ヨーロッパに在住しながら、景観が美しい、友人に会いたい、格安でチケットを購入できた、現地の物価が安いなど色々理由はあるが、これまで繰り返し何度か訪れた国や都市がある。東ヨーロッパのパーティーの拠点として多くの若者が訪れるセルビアと首都ベオグラードは、これまで毎年のように訪れた場所の1つだ。
複雑な歴史を持ち「ヨーロッパの火薬庫」と形容されるバルカン諸国には独自の音楽文化があり、特にセルビアはブラスバンドがベオグラードから100㎞ほどの山中の村グチャに集まって腕を競う「The Guca trumpet festival」が有名で、毎年8月にはヨーロッパ中からバルカン音楽ファンが訪れる。フェスティバル中は、村の中を流しのブラスバンドがバーやカフェのテーブルを練り歩き、ステージ上だけでなく一般の観客が直にバンドと触れ合い、地元の人間にはチップを渡し曲をリクエストするだけでなく、自らバンドを指揮しながら彼らの民謡を歌い出す者までいる。
ブラスバンドの文化はやはり都市よりも地方に習慣として残っていて、コンサートや音楽フェスティバルだけではなく冠婚葬祭など生活にも深く根付いているが、対照的に首都ベオグラードは典型的な現代の都市の生活文化を持ち、夏場は特に市中心を流れるドナウ川とサヴァ川沿いのクラブやボートでの水上パーティーなどナイトライフは賑やかになる。
「戦争の前は僕たちの国はとてもいい暮らしをしていたんだよ」セルビアを訪れてから、何度か言われた言葉だ。かつてセルビアはヨーロッパの先進国と同様に皆が長い夏休みのバケーションを取り、物質的にも日本人と比べても遜色のないレベルの暮らしをしていたという。
今回カセットテープをパフォーマンスに使うアーティストを2組取材したが、そこでは80年代から90年代にかけて誰もが持っていたSONY製のウォークマンを始めとしたたくさんのMade in Japanのカセットテープのポータブルプレーヤーと出会うことになった。そしてそれらは彼らにとって豊かだった時代の記憶でもある。
90年代半ばに旧ユーゴスラビアで起きた戦争から10数年経った今も、ベオグラードのパーティーを愛する気持ちが尽きることはなく、その本来の姿を取り戻そうとしている。今回はベオグラードのそういった音楽シーンの中から興味深い動向をいくつか取り上げ、また同時に、ベオグラードで3月末に行われたメディアアート系フェスティバルResonateへの取材を行った。今年で3回目になるResonateは、ベオグラード出身でメディアアート系情報サイトCreativeApplications.netの編集長であるFilip Visnjicによってキュレーションが行われている今注目のフェスティバルだ。そういったクリエイティブなシーンと共に息を吹き返しつつある都市の再生の様子を今回は紹介したい。
Text : by 類家 利直