ベオグラードを訪れる前にイギリスのバルカン音楽専門誌Bturnの編集長に面白いアーティストはいないか聞いてみたところ、2組のアーティストを紹介された。今はもうあまり使われなくなったカセットテープ・プレーヤーをパフォーマンスに用いるLenhart TapesとLukatoyboyだ。いずれもライヴ・エレクトロニクスのアーティストだ。
Lenhart TapesのVladimir Lenhartはフリーマーケットで中古のポータブルのカセットプレーヤーの見つける度に購入し、現在十数台のポータブルプレーヤーを所有している。そのほとんどはSONY、Panasonic、AIWAなどの日本製。思わぬ場所で旧友に再会したような温かい気持ちになる。それらの内、実際にライヴで使用するのは数台だそうだが、それぞれのプレーヤーに機能や癖の違いがあり、使い分けているという。例えば録音機能や内蔵マイクの付いているものはライヴでそのままサンプラー的に利用することができるし、稀に再生スピードを変化させられるものもあり、それで音を歪ませたりして楽しむこともできる。まるで昔のポータブルプレーヤーが非常に優れたものだったかのような気持ちになるが、もちろん今はスマートフォンが1台あれば機能としてそれらのことはできる。Vladimirも「僕も1台持っているし、便利だから使うよ。」と言っている。それでも使い続けるのは音の味わいや操作感があるからだ。特にボタンを押してすぐに録音・再生できる、早送りや巻き戻しを素早く直感的に行える、といった点でメリットがある。薄く軽い最新の機器を使い慣れていても、すっかり置き去りにされた過去の機器のメカニズムに価値を再び見出し学ぶことも多い。またそこから新しいイノヴェーションが生まれることもあるだろう。
Vladimirは空のテープだけでなく、録音されたカセットテープ、特に第三世界のテープをコレクションしてライヴでも使っている。フリーマーケットを探したり、友達や知り合いが旅行する時には現地のカセットテープを買って来るように頼むそうだ。どのくらい昔かわからないセクシーアイドル、パンク、イスラムの宗教音楽、日本の邦楽のテープなどがあり、それぞれの音楽はきちんとしたものかもしれないが、アナログレコードとも違うB級感のようなものを感じさせた。「音楽はユーモアを感じさせて楽しいものでなくてはいけないと思っているんだ。」
Vladimirは現在セルビア国内でのマイノリティ(少数民族)をサポートするための非営利団体で働いていて、国籍はセルビアだが、自身もスロバキアを話しスロバキア人が住む集落で生まれ育ったスロバキア系セルビア人だ。現在セルビア国内にはロシアやチェコやギリシャ、ジプシーなども含めて19の民族が住んで今でもそれぞれの言語や文化を保とうとしている。
Vladimirも今までそういったマイノリティのためのプログラムのサポートを受けてテープをリリースした。1本くれるように頼んだが、本人はこれまでリリースしたカセットテープのコピーを持っていない。何と本人は売る気がさらさらなく、全て知り合いに配ってしまったのだ。
上の動画はLukatoyboyことLuka Ivanovićがヨーロッパの音楽の祭典の日である6月21日を記念して共産主義時代に建てられた団地のアパートなどベオグラード市内21か所のエレベーターにゲームボーイやピックアップなどを持ち込みゲリラライブを行った時の動画だ。エレベーターに入ってきた一般市民の冷ややかな態度がたまらない。
Lukaが音楽活動を始めたのは2003年頃からだが、それ以前も好んでPanasonicのポータブルのカセットテーププレーヤー/レコーダーを持ち歩き、日記代わりに音を録っていた。90年代後半にベオグラードが空爆されていた時も日々録音していたという。
「当時国立劇場の前を歩いていたら、劇場の前で役者がブチ切れて寸劇を演じていたのを録音した。面白かったね。そのテープもどこかにあるはずだ。」
今も時々録音しているが、ポータブルなデジタル録音機器も使うようになった。何度か買い直しているが未だにPanasonicのポータブルプレーヤーは現役で早送りや巻き戻し再生が素早くできるので重宝しているという。左下の画像はテープ用のエフェクターだが、小型のモジュラー・シンセなども基本的にコンパクトな機材を使うようにしているという。Lukaの作業場を訪れた際に機材類を見せてもらったが、移動する際も旅行用のトランク1つに収める。
国外の劇場やアーティストレジデンスなどでの活動が増え、昨年は半分以上セルビア国外にいたという。特に今やヨーロッパのアートシーンの中心になってしまったベルリンに頻繁に訪れる機会が多いという。でもベルリンはもうメインストリーム過ぎない?と尋ねると「わかってるよ。でもまだいいと思うんだ。友達もいるし」と語る。
自分1人のスタジオを持つことも考えているそうだが、ベオグラードを空ける方が多いので、今のところはシェアオフィスを作業場にしている。
ロフトスペースから垂れ下がるキラキラにデコレートされたピンク色のロープ。これで安心して、いつでも首が・・・って、おい。Lukaと同室で映像関係の仕事をしている女性による極上の一品、クリエイターが集う素敵なシェアオフィスの風景だ。
Lukaは構わずその横でデモンストレーションを行ってくれた。
使っているのは、ベルリンの楽器製作者でミュージシャンのDerek Holzerが製作したMusicbox。ピエゾマイクが拾うフィードバックで本人も予期しない音が出る。
これらの他にLukaは日本で言うところのトランシーバー、ウォーキートーキーを複数台使ったパフォーマンスも得意としている。ウォーキートーキーは基本的に各ペアが特定の周波数を使っているが、機種によっては同じ周波数を使っていたり、使用する周波数を切り替えることもできるので、1台から複数台に音声を伝えることができる。この原理を使い、ステージ上で複数台で音声のフィードバックを拾い合って音を変調させたり、サラウンド的な独特の音響空間を作り出す。
また彼はKid Patchという子供向けのワークショップでも、デジタル機器でほとんど完結している時代に生まれた今時の子供のために、アナログの回路を通じて音の信号がどのように伝わっていくかについて理解を助ける目的でウォーキートーキーを用いている。ウォーキートーキーだからできることにこだわっているということもあるが、スマートフォンやタブレットを使ってみても音楽以外にインターネットやゲームなど用途が広く気が散りやすいので、特に子供には不向きだと考えたそうだ。
日本のOpen reel ensembleにも通じる、レガシーになってしまった機材の最新の機材にはないアナログの機能を活かしたパフォーマンス。当時それらの機器を使っていた世代にとっては何でもないし、特別に専門知識や技術を必要とするわけでもないが、今の子供たちにとっては未知の領域で新しい可能性だ。