Resonateフェスティバルは今年通算3回目の開催になるメディアアート系のフェスティバル。ベオグラード市内の数か所の会場でアーティストによる講演やディスカッション、作品の上映やワークショップを行う昼の部とDJやライヴを楽しみながら社交を楽しむ夜の部が設けられている。CreativeApplications.netの肝いりということで国際的に注目を浴びていたイヴェントで、イギリスやドイツや北欧といったヨーロッパの経済的に余裕のある国からだけでなく、スペインやギリシャなど南欧からもベオグラードまで訪れていた。行われているワークショップの内容自体は情報系の大学のクリエイティヴ系ツールの演習の講義のようなもので特段興味深いものはなかったが、セルビア国内の学生は無料で参加できる枠があり、現地の学生達に取っては貴重な機会であったかもしれない。

Yuri Suzuki氏のプロジェクトOTOTOのワークショップも行われていた。導電性のインクなど様々なものにつけて音を出すスイッチにしようとしている(写真上3枚目)。左からYuri Suzuki氏、Resonateのオーガナイズに協力しているCreativeApplications.netの編集長であるFilip Visnjic氏、真鍋大度氏、真鍋氏の講演の後に会場となったコンサートホールのロビーで歓談していた(写真上4枚目)

メイン会場のエントランスに設営されていた針金状のオブジェクトにプロジェクションマッピングするインスタレーションそこにサウンドを同期させる作業をしていたJan Nemečekは今回のフェスティバルに参加していた数少ない地元ベオグラードのアーティスト。プログラマーでもあり、クリエイティブコーディングにも通じている。

Janは1日目の夜の部でもライヴパフォーマンスを行っていた。まだ20代前半だが、2004年頃からアンビエント系の作品を発表している。ベーシストの父親がコンピューターに興味を持ち、その作業をしている様子を見ていたのがきっかけだという。様々なスタイルやジャンルに挑戦しているが、現在実験的な電子音楽を作ることを好み、音楽制作のほとんどをラップトップのソフトウェア上で行う。しかしコンピューティング一辺倒ではなく、一方でカセットテープやトランシーバーなどを用いるLukatoyboyやLenhart Tapesのような年長のアナログ派のアーティストとも仲が良くコラボレーションをすることもある。彼はベオグラードのクリエイティブシーンに少しずつ頭角を現している戦後の新しい世代だ。

Resonateをクリエイター同士の出会いの場として捉えている者は多く、会場ではよく話しかけられた。夜の部のクラブでも、ただ踊っているように見えて、何かしら交流の機会を伺っている者が多い。初日は何らかの形でクリエイティヴな活動に関わっている者が会場を埋め尽くしていた。いわゆるクリエイターやアーティストのような者でなくとも、大手IT企業のオフィス用アプリケーションの開発者だったり、様々な層が主にヨーロッパの各地から訪れていた。

開場が遅れて真夜中になったり、ヴィジュアル方面のクリエイターが山のようにいる会場でVJが付いていなかったり、オーガナイズのスムーズに行えていない点が目についた。クリエイター同士のミーティングポイントにはなっていたものの、3日という期間で日に日に人が少なくなっていく。最終日の会場Magacin Depoはドナウ川沿いの倉庫を改装してクラブにしたスペースで2000人は収容できるキャパがあったが、真夜中を過ぎても100-200人程度しか集まらない。

寂しくなり、ある夜は途中からは隣の別の箱でロックバンドのライヴで盛り上がっていたので、そちらに行ってしまった。言葉はわからなくても、やはり演奏が熱い。川沿いののエリアは倉庫が多く、クラブやライヴハウスなどイヴェントスペースに改装された建物も多い。ベースの低音で倉庫の屋根や雨どいがバタバタ動く様子を見ていると、建物全体がオシレーターにでもなったようで楽しい。

他の都市でやっても同じ、ネットで見たものと同じ、さらに講師のトークがつまらなかったりとイヴェントに大分退屈していたころ、会場で話しかけられた香港出身の映像作家に「これから昼休みに地元の楽器の買える楽器屋にいかないか」と誘われた。

何となく付き合いのつもりでMitros musicという楽器屋行ってみたところ、伝統的な楽器はそこには置いていなかったが(クロアチアとの国境に近い楽器職人の集まる村があるらしい)、キーボード奏者としても活動しているという店員がこの地域の音楽をキーボードで弾いてくれた。

演奏のテクニックだけでなく音色が際立っていたので、これはプリセットで入ってる音か?と聞いてみたところ、この地域の楽器に合わせた仕様の音源だと言う。あまり知られていないことだと思うのだが、それぞれの地域の音楽文化に合わせたご当地音源のようなものが存在するのだ。

「うちはYAMAHAの特約店なので、開発の人に前に入っていた音が全く使えないと不平を言ったんだ。そしたらスタジオにミュージシャンを呼んで準備するように頼まれて、開発の人がベオグラードまで来て音源を作ってくれたんだ。鍵盤のタッチレスポンスも調整したくて、元々のベロシティの設定は変えられないんだけど、友達と一緒に勝手に改造しちゃってね。そこまでされるとは思ってなかった、って開発の人驚いてたよ!セルビアの人はクレイジーだねって。ふふふ。」

皆が一斉に大量生産された同じ楽器やダウンロードした同じソフトウェアを使う時代、ベオグラードでも東京でも使うツールは大体同じだ。しかし実際にはこういった各地域の音楽事情に合わせた仕様のローカライズがあるかないかで、その地域でのシェアも大きく変わってくるのだという。世界中どこに行っても同じような音楽を耳にする昨今、音のコモディティ化が進んでいると言えるかもしれないが、むしろこういった”ここだけで演奏できるもの"の方が貴重ではないだろうか。ロンドンにない、パリにない、ベルリンにない、バルセロナにない、他所では体験できない地域特有のものをゼロから生み出したり見つけ出すことはもちろん並大抵のことではない。今回のベオグラード特集は、トレンディスポットになって良くも悪くも均質化してしまった大都市にはないものを拾い上げるいい機会になったと思う。