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今や世界トップを誇るテクノやハウスミュージック中心のディストリビューターであるwordandsound(以下WAS)。96年に設立され、本社事務所と倉庫をドイツのハンブルグに、そしてベルリンにも支社を構え新世紀のダンスミュージックシーンをリードしている。今回は社長のKAI FRAGERに、会社立ち上げ〜この10年心がけてきたことなどを中心に話を伺った。シーンを愛する人々へ、数々のヒントが詰まったこのインタビュー、是非参考にしてもらいたい。

http://www.wordandsound.net/
interview: Kumi Nagano text: Norihiko Kawai
photo: Asami Uchida special thanks: Maki Miura
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●今日は、お忙しい時期にお時間をつくっていただきありがとうございました。

こちらこそ、来てくれてありがとう。ベルリンまでは来てもハンブルグまで足を伸ばす人はなかなかいないからね。



●ハンブルグは、地元ですか。

いや、生まれは中部ドイツで、カスーという街。学校へいくためにハンブルグへ来て、そのまますぐに音楽関係の仕事をはじめたんだ。もともと、ここの音楽、とくにクラッシックなハウスミュージックが好きでハンブルグにきたんだ。1989年ごろだった。そのころ、よくハンブルグにきていて、ドイツではじめてアシッドハウスのパーティーをやったのもここハンブルグで、だからそれ目当てにここへくる人も多かったんだ。ベルリンはまだ東西に分かれていたし、よりテクノ寄りの音楽が多かったけど、ここはもっとハウス寄りで。

●そのころよく行っていたクラブはありますか。

"Front"やほかにもいくつかあったけれど、今はどこももうない。Boris Dlugoschなどが毎週土曜にプレイしていて、500人くらいが集まって踊り明かしていた。クラシックなアメリカスタイルの音楽で、でも当時はすごく新鮮な音楽だった。ディープハウスだね。

●当時、海外からもアーティストがプレイしにきていたのですか。

1994~95年ごろはまだシーンは始まったばかりで、高いギャラを払って海外からアーティストを呼ぶ、といった感じでもなくて、ローカルでパーティーをやっているという感じだった。音楽はすごく貴重な娯楽だったしね。



●いろいろなパーティーへ行っていたんですね。

ああ。でも本業は学生だったし生活していかなければならなかったから、レコードショップで働き始めたんだ。インポート部門のマネージャーとしてね。新しくいろんなところと取引をはじめたけど、多くの相手はアメリカだった。ハイクオリティな音を仕入れて、ドイツ国内を中心に卸していたんだ。
Cajmere、Green Velvetといったアーティストを一番最初にドイツへ紹介したのもそのときだし、そのほかにもシカゴやニューヨークのサウンドをたくさんインポートしたよ。
その会社は1999年になくなってしまったけれど、そこで一緒に働いていたスタッフ3人で同じ年にWASを設立することになったんだ。ずっと構想はあったけれども、ちょうどそのころ「時がきた」といった感じだった。
当時ハンブルグで一番有名なレコードショップ、Undergroound Solutionのオーナー、Ollie Grabowskiとパートナー関係になって、のちにプロデューサーとして成功する"Poker Flat"のMartin LandskyとMarc SchneiderとでWASをはじめたんだ。
当時ドイツでは、ヨーロピアンスタイルのテクノが主流で、なかなかそれ以外の音が手に入りづらかった。自分たちが強い影響を受けたシカゴハウスなど、違った趣味のレコードがほしかったから。UKからも入れていたけれど、基本はアメリカだった。 前の会社で同じ業務をやっていたから、やり方はよくわかった。どうやってコンセプトを構築していくか、どのようなステップを踏めばよいか、働きながら覚えた。ヴァイナルだけでなくCDについてもね。
一番最初のリリースがすごく成功をおさめたんだ。"Poker Flat"のSteve Bug「Loverboy」がヒットしたり……。すごくいいレーベルに恵まれていた。

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●今は何人くらいでやっていますか。

22人かな。ベルリンに数名、4名が"whatpepleplay"、2人がWAS、ほかはハンブルグのオフィスにいる。
ヴァイナルプロダクトのセールス部門が3人、僕と同僚のPeterとでCDのディストリビューションをやっていて。BeatportやAmazonなどへデジタルでディストリビューションする部門が2人。「音楽をあらゆるフォーマットで提供する」ということは今の時期、とくに大事なことだと思うから。さまざまな趣向のカスタマーに満足してもらうには、いろいろとやってみなければね。



●数年前、デジタルダウンロードサイト「whatpepleplay(以下WPP)」をスタートさせた理由もそれですか。

WPPを始めたのは、僕ら独自の音楽の世界観をデジタルメディアを使って伝えたかったから。そのフォーマットがヴァイナルなのかデジタルなのかというより、その音楽のスタイルを知ってもらいたかった。
音楽のクオリティが保証されていて、探しやすいし買いやすい。そこを目指している。WASはB to B(企業対企業)で、WPPはB to C(企業対顧客)モデル。お客様と直接やりたかったというのもあった。デジタルダウンロードを始めたけれど、ヴァイナルやCDなどのフィジカルプロダクトは今ももちろん扱っている。なくなってしまうものではないと思うし「どのフォーマットだから扱う」ということではなくて、音楽そのものやコンセプトがどうかで選んでいる。
ヴァイナル市場は危機にあるともいわれているけれども、すべてがそうだともいえなくて、たとえばヴァイナルでの売上げが好調だけどデジタルの売り上げはイマイチ、といったリリースもあったりする。売上げは「どのフォーマットで売られる」というよりも、音楽そのものの持っている力に左右されるところが大きいと思うから。それにプラスして「どのような形で売られるか」が大切になってくる。その音楽ごとにふさわしい形があると思うし。
以前はヴァイナルしかフォーマットのチョイスがなかったのが、今ではCDやデジタルという別のフォーマットも選べるようになった。音の好みが人それぞれだというように、フォーマットもそうだと思う。僕は、早く欲しいときはデジタルでダウンロードするし、そうでないときはヴァイナルを買ったりCDを買うときもある。まずはデジタルで聴いて、その後ヴァイナルを買うものもある。「どんな音楽を、どんなふうに聴きたいか」によってフォーマットを使い分けている。 新しい技術に対してオープンマインドでいようと思っているし、昔からのものも大事にしたいと思っている。新しいものだって、すべていいことずくめとはいかないからね。
デジタルダウンロードという新しい技術が広まったことで、それに対抗するような形でヴァイナル文化を守ろうという動きが強くなったように思う。ヴァイナルを支持していこうという動きはいいと思う。でもそれぞれのよさがあって、僕らはデジタルの恩恵もたくさん受けているし、それを無視することはできない。ヴァイナルでリリースする予算がなくても、デジタルだからリリースできることもあったり、デジタルだから届けられる人もあると思うから。 一言で言えない複雑な状況があるけれども、クオリティの高い音楽がヴァイナルでリリースされている状況がある限り、僕はそれを聴いてみたいと思うし、レコードプレーヤーを過去の遺物としてどこかへ放り去ってしまうことはないだろうね。 世の中にはあまりにたくさんの音楽があふれている。選択肢がありすぎるのが今の状況で、なにから聴いていいのかわからなくなったり、これは問題のひとつでもあるよね。

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●そんな状況の中、ディストリビューターの役割はとても重要となってきますね。

ああ、とても重要だと思っている。ディストリビューターの役割としてはまず、音楽を選ぶことに始まる。信頼のおける音のセレクトを続けて、まずはリスナーの信頼を得ること。あとは「新しい音、アーティストを世に紹介する」ということも常に意識している。売れ行きの予想ができるベテランだけでなく、才能あるニューカマーを世に出そうとしている。
たとえば、1年半前に無名だったWolf & Lambとデジタルダウンロードの契約を結んで、プロモーションのサポートを続けていったところ、かなりいいレベルまで押し上げることができた。
そうやっていくことがディストリビューターがシーンの中でできることで、役割なんだと思う。ディストリビューターがどんどんなくなっていく中、すべてのディストリビューターがそうやっているわけではないし、そう簡単なことではないけどね。

●ミニマル人気が落ち着き、数年前からダブステップが注目されていますが、次にくる音はどんな音だと思いますか?

WASとしてではなく、僕個人としての意見となるけれど、インディーズ、オルタナティブ、エレクトロニック、ダブステップ、ハウス、テクノ……これらのジャンルはこれからもよりクロスオーバーして、融合し続けていくと思う。最近のダブステップで成功をおさめているのは、テクノのエッセンスやコンセプトを持っているものも多かったりするしね。
僕らは、もっとオルタナティブミュージックの分野に手を広げたいと思っているし、そのベクトルをエレクトロニックミュージックの方へ向けてみたいとも思っている。



●誰が音楽をセレクトしていますか?

毎日莫大な量の音楽が僕らの元へ寄せられるから、セレクトがむずかしいこともしばしばある。whatpeopleplayで扱っているものにしたって、僕らがセレクトすることによって、「What WE wanna play」(僕らが何をプレイしたいか)になりがちなところを、「What OUR PEOPLE want to play」(僕らのカスタマーが何をプレイしたいか)と考えて選ぶ。「どんな音をみんなが求めているかを意識すること」はディストリビューターとして本当に大事なことだと思うんだ。
誰かが個人的に好きな音を集めただけでは、同じような音ばかりになるし、偏りが出る。これはよくありがちなことなんだけど、意識して「これからの音、アーティスト」をピックアップするようにしている。もちろん、いつもうまくいくというわけじゃないし、結局売れなかったアーティストもいる。でもある程度流通に載せることができた先は、カスタマーの判断となる。
契約したアーティストやレーベルに対して、たとえば「その方向性は、いいと思うよ」とアドバイスしたり、リリースの期限やスケジュールについてアドバイスすることもある。相性のよさそうなレーベルとレーベルを引き合わせることもある。もちろん、彼ら自身で考えて判断することもあるし、それがWASのアドバイスを受け入れたものの場合もある。ディストリビューターやメディアは、シーンに対してインパクトを与える力を持っているからね。でもそれだけでなく、レコードショップやレコードショップの店員、つまりカスタマーのレスポンスのひとつひとつがシーンを構成しているし、動かしている力なんだと思う。

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●WASで取り扱ってほしいと思ったら、どのようにすればいいですか?

スーパーイージーだよ、他のみんなと同じように、僕のところへメールを送って。莫大な量のメールが毎日来るから、少し時間がかかることもあるけれども、すべてに目を通すようにしているからね。たった1つのトラック、ファイルでもかまわない。音といっしょに、音楽に対するコンセプトとレーベルの説明、もしあればアートワークも。それに「なぜ、その曲を作ったのか」も送って。これが一番大事だから。 どの音楽を扱うかは、レーベルやレコードショップ、社員などたくさんの人の意見を元にして決めている。少なくとも3~5人の人数が決定には携わっていて、僕の独断はできないようになっているんだ。
フォーマットも、可能であればデジタルとヴァイナルと両方のリリースを検討するし、長いスパンで考えて付き合うようにしている。なぜなら、いいレーベルができ上がるまでには時間を要するからね。

●いくつくらいのレーベルと付き合いがありますか?

本当にたくさんになったね、ただすべてのレーベルが毎週、毎月リリースしているわけではないし、年に1、2つのリリースのところもあったり。15~20個のレーベルは毎週なんらかのリリースをしているね。



●契約はしたけれども何もしてくれないというディストリビューターもあるときいたことがありますが、WASではレーベルにプロモーション的なアドバイスもしているのですか。

セールス部門など僕らの本筋の仕事はほかにあるから、プロモーション的なことはレーベル自身で考えてやってもらう、というのが基本スタンスだけれども、あくまでレーベルの身になって考えてやっているから「こんなこともできる」「こうしたほうがいいだろう」といったヒントとなるようなことを伝えたり、どうすれば注目を集めることができるか、アドバイスしている。 対話を続けていくと、それが自然といいプロモーションにつながっていくことが多いのも事実。

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●数年前、Neuton(ノイトン)やいくつかのディストリビューターがつぶれていきましたが、そんな中、WASはとても音楽ビジネスの中で成功しているディストリビューターかと思います。その秘訣は何だと思いますか。

ああ、昨年も本当にたくさんのレーベルやレコードショップがなくなったからね。そうだな、それぞれの会社が直面した問題を知らないから100%とはいえないけれども、レーベルに対してのサービスは関係あるのかもしれない。彼らのリリースを売って、それをお金にして、予定通りに届ける。基本的なことだけど、どれか一つ欠けてしまっても困ることだから大切にしている。レーベルの持っているカラーや長所をきちんと見せていったり、レーベル自体のレベルを上げていったり……。
それがWASのコンセプトでもあるし、そこがほかより抜きん出ているところなのかもしれない。はっきりとはいえないけれど……。それが生き残ることができた理由のひとつなのかもしれない。
レーベルの知名度が上がるとともに、WASの名前も上がるようになるし、レーベルがクオリティの高いリリースを続ければ、それが結果的にWASのクオリティ、信頼へとつながっていくからね。
最近、日本のレコードショップの友人から聞いたんだけど、リスナーが「このディストリビューターが取り扱っているから」という基準で購入楽曲を選び始めたというんだ。これはまったく新しいことだと思ったよ。

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●「WASだから」という理由で選んでいる人もあるかと思います。

まったくうれしいかぎりだよ。この10年余り、できることはやってきたつもりだけれども、僕らのセレクトを信頼してくれて、本当にありがとうといいたい。自分たちのところで扱ったリリースは、元々クオリティの高い音楽はたくさんあるけれど、個人的にも目をかけてさらにレベルアップし、それが世に出てスタンダードになっていくのはとてもうれしい。
1日では成し得ないことだからね。こういったことがあるから、ディストリビューターをやめられないんだ。カルチャーとしてこういったポジティブなフィードバックをもらうことがあるんだけど、やっぱりとてもうれしい。たくさんの人がレーベルやレコードショップを店じまいして、音楽業をやめていったけれど、そこにいい音楽をプロデュースする人がいて、フィジカルプロダクトでリリースし続けたいというアーティストがいる限り、僕らも続けていきたいと思っている。

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●ところで、WASはレーベルナイトもやっていますよね。「Sonar 09」でのショーケースパーティーは、ホテルのプールラウンジで、とても雰囲気があっていいパーティーだと思いました。

ときどきwhatpeopleplay nightとしてやっていて、もっとやりたいとも思うけど、オーガナイズするのに時間もかかるし、なかなか……ね。2010年は「ADE」や「BerMuDa(Berlin Music Days)」でもやる予定。
ベルリン市内のいたるところでパーティーをやっていて、デイタイムにもギャラリーみたいなところで、会社やアーティスト、デザイナーなどが参加して、自分たちのPRやプロジェクトをやっている。街中でいろいろとやっていて、あらゆるところがミーティングポイントとなっていて、とにかくみんなが参加してみる形のイベント。そこへwhatpeopleplayとしてはじめて参加する予定だ。

●そろそろ時間になりましたので、最後の質問をさせてください。ディストリビューターとして、一番大切なことは何だと思いますか。

レーベルやアーティスト、関わる人たちすべてにリスペクトを持って仕事をすること。
自分の得意分野だけにとらわれず、レーベルやビジネスパートナーに対して誠実であること。僕らが音楽ビジネスを始めたとき、状況はかなり悪かったよ。アーティストやレーベルにとって契約の条件が悪い、支払いがされない……。僕らがWASをうまく生かせることができたら、その状況を変えていきたいと思ったんだ。フェアトレードをして、適正な価格がアーティストやレーベルに支払われるようにしたかったんだ。それによってハッピーになれば、よりいい作品を作ることができるし、いい作品が僕らの元に集まることにもなる。そしていいオーディエンスが集まる。創立時に立てたこのコンセプト「フェアな取引をすること」「いい関係性を築くこと」「誠実であること」は、いまだに有効で、収益も上げているよ。
それに、情熱を持って確かな知識をつけていくこと。
また、今現在受け入れられている音でなく「これからどんな音楽がくるか」それを見る目、聴く耳がとても大切。ときには、世に出るために、いろんな状況を乗り越えなければならないこともある。それはDJやレーベルにも伝えている。過去やルールにとらわれず、まわりに流されることなく、自分のスタイルを築き上げ、それを突き通す。もし、自分のやりたいこと、スタイルを貫いて、それが人の目に留まったら、未来のヒットにつながるからね。DJとしても、レーベルとしても、ほかとは違った特別な存在となるからね。
アーティストだけでなく、ディストリビューターについても同じことがいえる。情熱を持って、自分が何をしたいかをはっきりさせて、どうやってそれをやるか、知識に裏付けされた方法を持ってやり続けることが大切だと思う。

●どうも、ありがとうございました。

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※このインタビューはZOOM Q3を使用して撮影されました。
(現在発売中のQ3 HDの一つ前のモデル)賑やかなバーやクラブ、
さらにはスピーカーの前でもクリアな音で撮れるので、欠かせない取材ツールでした。