1987年に東京に生まれ、Gouryella、System F、Airwaveなどのヨーロピアントランスに影響されて高校生の頃にダンスミュージックの製作をスタート。10代の頃はKazusaやTaishi、Arkと共に立ち上げたevola recordsを活動の場とし、レーベルメイトと切磋琢磨しながら製作経験を積んだ。大学では音楽理論を学び、今日のエレクトロニックミュージックのプロダクションにおいてもその知識を活かしている。
Nhatoのサウンドの特長は、緻密に作り込まれたリズムワークと、グルーヴに乗って放たれる圧倒的なシンセリフである。間断なく挟まれるギミックはフロアを沸き立て、時には綺麗なメロディをエモーショナルに演出する。DJ活動においても類稀なる才能を発揮し、フロアからのフィードバックを得て常に自身のサウンドを独自の新たなものへと進化させ続けている。こうしたクラブでの経験知に基づいたプロダクションは世界中のDJからの支持を得ており、Tiesto、Armin van Buuren、Ferry CorstenといったワールドトップDJも、Nhatoの楽曲を自身のDJセットに組み込み世界中のクラウドを沸かせている。
彼の活動の転機となったのは2008年である。オランダの巨匠であり90年代からダンスミュージックシーンを支える重鎮、Marcel WoodsによってNhatoの送ったデモ楽曲「I’m Back / Regulus」がピックアップされ、Marcel自身の運営するレーベル「Musical Madness」からデビューを果たした。一躍世界中のDJやレーベルマネージャー達から注目の的となり、次々にプロダクションのオファーが舞い込みこれまでにHigh Contrast、Tone Diary、Flashover、Afterglowなどの海外のレーベルから楽曲を発表している。2010年にはMr. Sam監修のコンピレーション「Opus Quatro」に楽曲を提供し、Black Hole Recordingsと契約。2011年にはAly & Filaが運営するArmada Music傘下のレーベル「Future Sound of Egypt」からも楽曲をリリース。Hiroyuki ODAに続く、世界最大のダンスミュージックカンパニー「Armada Music」と契約する日本人アーティストとなる。
また国内においては、Sevensenses recordings、Landscape Music、Delights musicに継続的に楽曲を提供。2009年にはMarcel Woodsの来日ツアーにサポートDJとして参加し、東京と大阪にて共演を果たす。2010年からはOtographic Musicの運営に深く関わり、レーベルの発展に大きく貢献する。Kenji Sekiguchiと共に始めたラジオショー「Otographic Arts」では、インターネットを通じて世界中のファンに自身の楽曲も交えた最新の音楽を届けている。また同年にはYOJIの楽曲「Surrender」のリミックスを手がけ、Hellhouse Recordingsから発売されたYOJI監修のコンピレーション「VIBLE 01」のボーナストラックとして収録。テックダンスの先駆者として日本のダンスミュージックシーンの最前線で活躍するYOJIから「間違いなく、新たなる天才の出現」と評される。海外だけでなく国内においても今後の更なる活躍が期待される。