今やシーン屈指の良質かつ先鋭的なミニマルトラックの供給元のひとつとなったルーマニアのシーンを、その最初期から盟友Petre Inspirescuと共に育て上げてきたDJ。Rhadoo、それにPetre Inspirescuの2人はニコラエ・チャウシェスクによる共産党独裁政治の終焉を経てルーマニアの社会そのものが大変動を迎えた混沌の時代に生まれ育った世代であり、西側世界から流入してきたあらゆる新たな文化へ最初に触れた世代でもある。(もちろん、そこにはハウスやテクノをはじめとしたダンスミュージック、そしてドラッグなども含まれる。)ブカレスト市内にダンスミュージックの12インチを取扱うショップが1軒も無かった90年代当時から、RhadooとPetre Inspirescuの2人は毎週末ごとに片道丸一日以上列車に乗ってプラハやブダペストへレコードを買いに通っていたそうで、そうした体験から培われた時間的/距離的感覚は日本人にはなかなか想像し難いものだ。しかし、Rhadoo独特のロングセットでこそ活きる、時間軸が拡大し捻曲がっていくような感覚にはそうしたバックグラウンドの片鱗をにわかに垣間みることができるし、その豊かな音楽性にはルーマニア独特のロマ(ジプシー)文化に由来するであろう多様性すらにじみ出ている。もともとジプシー的な文化に対する共感と憧憬を持ち合わせていたRicardo Villalobosは、そのキャリアの初期からRhadooをはじめとしたルーマニアのDJたちをサポートしフックアップしてきたが、Rhadooが現在得ているDJ/アーティストとしての実力とそれに対する賞賛はまちがいなく彼自身の手によって築きあげてきたものだ。ベルリンのパーティー・シーンに匹敵する、あるいはそれ以上のタフさを要求されるブカレストのシーンで鍛え上げられたそのDJスタイルは、ごく有り体に言ってしまえばテクノとハウスにおける最良のエッセンスをミニマルなかたちで抽出したものだ。そうしたエッセンスは当然彼自身のトラックメイクにも息づいており、2012年夏にCezar、Kozo、Prasleaの3人によるレーベル、Understandからリリースされた「Arhiva EP」はごく限られたプレス枚数にも関わらず、各地のフロアでは熱狂的に迎え入れられた。また2013年にfabric MixCDシリーズ「fabric 72」を担当し、更にワールドワイドのアーティストとして認知を深めた。