INTERVIEWS

Christian Schachta a.k.a. Syntax Error

- 何千枚もプレスするコマーシャルなレーベルじゃないけれど、いい音、自分の信じる音を発信し続ければ、距離は関係なく届くんだって実感したよ。 -
 
- 簡単に自己紹介をお願いします。

僕はChristian。〈Snork Enterprises〉というレーベルを運営している。Syntax Error名義でDJ活動もしていて〈Snork Enterprises〉や〈Feinwerk〉などからもリリースしているよ。フランクフルトから車で30分くらいのギーセンという街でずっと育ってきたんだけど、今年の9月にハンブルグに引っ越す予定なんだ。
 
- 音楽のバックグラウンドを教えてください。

父親は鍵盤楽器ならなんでも弾きこなす人で、ピアノや教会のオルガン、アコーディオンなど楽譜なしに即興でなんでも弾いてしまうような人だった。僕自身もクラッシックのピアノを8歳から習っていて、はじめてステージの上に立つ興奮を味わったのは、ピアノの発表会の時だった。ピアノの他にサックスもやっていた。父親の即興音やクラッシック、ジャズなどヴォーカルのない音楽が身近にあったから、僕はテクノのようにシンプルな音楽が好きになったのかもしれない。音楽は音そのものがメッセージを持っているから歌詞などの言葉はいらないと思っているんだ。僕にとって音楽は感情を表現する手段の1つだから、フロアにいる人とコミュニケーションをとるのにヴォーカルはいらない、ベース音だけで十分なのさ。
ある日実家でラジオを聴いていた時期があって、そこでドラムンベースを知ったんだ。ベースラインがすごく好きで自分が音を作る時やDJする時にベースラインを重視しているのもその影響かもしれない。従兄弟から聴かなくなったレコードをもらって、 父からはピッチコントロールの効かないターンテーブルをもらった。当時はCDよりもレコードの方が手に入りやすかったし、アンダーグラウンドのいい音はレコードでしか見つからなかったんだ。
初めて行った野外パーティーは、古い陸軍基地で開催されたもので、そこからドラムンベースよりもテクノを聴くようになった。今考えてみると、トランス寄りのパーティーだったと思う、朝11時頃家に帰ってきた後、昨晩の体験を思い出してなかなか眠れなかったよ(笑)。
 
- テクノとの出会いは?

TV番組でラブパレードや”Tresor”の映像を見たときから「ここに行きたい!」とずっと思っていた。僕が大学生で2000年になるかならないかの時にベルリンに1週間滞在したことがあって、まだ場所が移転する前の”Tresor”へ行ったんだ。すごくクレイジーな夜で、誰かは覚えてないけど、スキンヘッドに全身タトゥーの大柄なDJがプレイしていた。自分がどこにいるかわからなくなるほど薄暗い中、フラッシュライトが閃光のようにまたたき、それまでに聴いたこともないような音を体験したんだ。ダークでストレート、それでいてエモーショナル。 ボンゴの入ったトライバルなものでなく、インダストリアルなマシン音。それがリアルテクノと出会った夜だった。この夜を境に音の趣味がガラッと変わったよ。DJがプレイしているレコードを読み取ってメモして、ハードワックスなどでレコードを買い漁って、どんどんテクノにのめりこんだ。安くてぼろいターンテーブルを1つ買って、それと父からもらったピッチコントロールが効かないタンテでひたすら家で練習したよ。
 DJを始めたての17、18歳の頃は学校が終わるとほぼ毎日練習していて、DJセッションを友達ともよくやっていた。大学の授業のことはまったく頭になくてよく母親に叱られたよ。でも学校で学んだことは、現在レーベル運営などにすごく役立っている。
 
- レーベル〈Snork Enterprises〉について教えてください。

最初に作ったレーベルは〈Feinwerk〉で、もっとハードでエクスペリメンタルな音を扱っていた。でも地元のシーンからみても、ちょっとハードすぎたから方向転換したんだ。今自分で聴いてもハードだなぁと思う。当時は良かったけど。でもしばらく音の方向性が固まらずうまくいかなくて、ある晩、友達とフランクフルトの”Robert Johnson”でやっていたパーティーに行った時にSteve Bugがプレイしていたんだ。最初は正直退屈だったけど、せっかく来たから2時間、3時間といるうちにだんだん選曲も変わってきて、プログレッシブ〜トリッピーになってきた。パーティーが終わる頃には「こんな音をレーベルに取り入れてやっていきたい!」と感じるような所にたどり着いたんだ。
当時大学生で退屈な授業のとき、教科書によくマンガを書いていて、そのとき書いたエイリアンのキャラクターが、〈Snork Enterprises〉のレーベルのロゴにもなっているオリジナルキャラクターなんだ。「Who’s the Snork?」ってトラックを作ったことがあったんだけど、ヘビーなベースミュージックで気に入っていたから〈Snork Enterprises〉という名前に決め、レコードショップでも見やすい黄色をレーベルカラーにした。アシッドミュージックのシンボルマーク、スマイリーと同じ色で。2006年に〈Snork Enterprises〉はスタートしたんだけど、Snorkの後にEnterpriseとつけたのは、なんだか大きなプロダクションみたいな感じがするから。所属アーティスト以外に実際働いてるのは、今は僕1人だけどね(笑)。
 
- レーベルを運営はいかがですか。

3枚目のリリースSamklangの『Torkild E.P.』の評判がよかったから、他にもレーベルをやっていたけど〈Snork Enterprises〉に集中して取り組むようになったんだ。なかでもNeil Landstrummのファーストリリースは日本では人気が高かった。遠く離れたところで反響があるのは、すごく興味深かったよ。日本のどこのレコードショップかはわからなかったけど、〈Snork Enterprises〉の黄色いジャケが飾ってある写真を見て、レーベルを続ける上で高いモチベーションにもなった。何千枚もプレスするコマーシャルなレーベルじゃないけれど、いい音、自分の信じる音を発信し続ければ、距離は関係なく届くんだって実感したよ。
Cristian Vogelも2度 リリースしてくれたけど、本当に好きなアーティストで大きな影響を受けたんだ。レーベルで扱っているアーティストは多岐にわたっていて、例えばJens Zimmerman, Phil Kieran, Daze Maxim, Konstantin Siboldといったアーティストがリリースしている。Jens Zimmermanが09年にDaniel Steinbergのシングル「Orangefood」をリミックスしてこれがすごく売れた。レーベルの名前を世界に知ってもらうきっかけにもなった。日本人のリリースもあって、Ditchはe-mailでコンタクトしてきてCDを送ってきてくれたんだけどまさにレーベルが探していたような音だったし、アートワークも素晴らしいものだった。とてもトリッピーな音楽で、典型的なパーティーミュージックではなく、アンダーグラウンドなクラブでプレイするのがぴったりな音だった。他にも、Haruyuki Yokoyamaの作品をサブレーベル〈Relax 2000 Records〉からリリースしている。
ありがたいことに、毎日、国内外の見ず知らずのアーティストからたくさんのデモが送られてくる。中にはカラーの違う音もあったりするけど、デモを送る時は自分の音に合ったレーベルに送らないとね。
 
- 身を切るような思いもしたけど好きなことだからがんばれたかな。もし僕がビジネスに厳しい人だったら「こんなに儲からないことは全てやめろ!」と言っているだろうね(笑)。-
 
- テクノ系ディストリビューターのNeutonで 働いていたと聞きました。

最初、〈Snork Enterprises〉はDiscomaniaというディストリビューターで、その後はNeuton、08年になくなってからはIntergrooveにやってもらった。今ではダイレクトにディストリビューションもやっているよ。Neutonでは、06〜08年の間働いていて、売り上げやプレオーダーなどをいつも見ていた。それまで、レーベルをやって大金を得られるなんて全く考えてなかったし、僕自身レーベル業での収入は僅かだったけど、実際に大金を得ている大きなレーベルをいくつも見たよ。オーダーのシステムについても勉強できたし、当たり前だけれどプレオーダーがたくさんある時はプレスを多めにするとか。300枚のプレオーダーがあったら、3000枚プレスしようと予測が立てられた。プレオーダーの多いリリースは、倉庫に来た日の午後には全て売り切れていたよ。今は状況がガラリと変わったから当てはまらなくなってしまったけどね。そういえば、僕のレーベルから2011年にアルゼンチン出身のアーティスト、Monkey Bのシングル「Remember B E.P.」をリリースしたとき、少し少なめにプレスをしたら発売当日で何故か完売してしまった。あとで知ったんだけど、Richie Hawtinがトラックをプレイしたのが影響したみたいで、プレスについては本当に分からないものだと感じたよ。
 
- Neuton以降の生活はどうでしたか。

レーベル運営で生計を立てられればいいと思っていた時期もあった。朝10時か11時に起きて、メールをチェックして質問に回答したりデモをチェックしたり。うまくいっているレーベルならやることがたくさんあるはずだから。
いろいろといい経験もしたけど、みんなが知っているとおり、08年の末にNeutonは潰れた。その後、フランクフルトで父親の働く投資会社で働いたこともあったけど、どうしても毎日スーツを着てオフィスに通う生活は性に合わなかったんだ。精神的にまいっていた時、ダイビングに出会った。海はいいよ。音楽と同じくらい好きになってしまった。
今は音楽以外で仕事としてダイバーもやっていて、軍からの仕事なんかもやっているよ。以前はレーベルだけで生きていこうと思っていた時期もあったけど、レコードを売るだけで生きていくのは大変なんだよ。もっとDJギグを増やせばいいのかもしれないけれど、レーベルのマネージングとか、やることがたくさんあるのでそれに時間を費やしている。普通の仕事をしながらレーベルを運営して、パーティーもオーガナイズしていたけれど、かなり大変だったしね。身を切るような思いもしたけど好きなことだからがんばれたかな。もし僕がビジネスに厳しい人だったら「こんなに儲からないことは全てやめろ!」と言っているだろうね(笑)。
 
- パーティーオーガナイズについて聞かせてください。

最初にパーティーをやったのは99年くらいだったかな、ずいぶん前だよ。街にあるガレージでPAシステムをレンタルしてやったけど、サブウーハーの右と左が違っていたり、アマチュアなことをやっていた。その後はもう少しプロフェッショナルになって、“fusion club”なんかでやりはじめた。パーティーは一晩、それも数時間ですごく儲かったり損したりするからね。3人の友達と一緒にやっていたけれど、僕はもっとアーティスト活動したかったから、パーティーをやめてレーベルを始めたんだ。パーティーに来るのは、そのパーティーのファンもいくらかはいるけれど、ただパーティーに来たかったという人もたくさんいる。どんな音が流れるか知らずに来る人もね。でもレーベルとなると、音のファンになってもらわないとリリースを買ってもらうことはできないよね。
 
- フランクフルトや近郊のパーティーシーンはどうですか。

フランクフルトの周りにはたくさんの素晴らしい音楽シーンがある。例えばギーセン、オッフェンバッハやカッセルみたいな街。かつてカッセルには、”Stammheim” (2002年クローズ )(http://de.wikipedia.org/wiki/Stammheim_(Diskothek))や”Hotel Reis” (2003年クローズ)といった伝説のクラブがあって、”Stammheim”のクルーたちが本当にいいパーティーをやっていたよ。今だと、”Electribe”が良いクラブかな、パーティーにはいつも1000人以上集まるし、ラインナップも充実している。(http://e-lectribe.jimdo.com/)あとカッセルで推薦したいのは”Panoptikum Club” "(https://www.facebook.com/panoptikum.kassel) 。パーティーに対して熱いのが伝統的なカッセルスタイルで、ここでは今もそういう人達がパーティーをやっている。フランクフルトのクラブなら、”Tanzhaus West” (http://www.tanzhaus-west.de/)が個人的には気に入っている。ここで行われている「MOVE」 (https://www.facebook.com/movefrankfurt)もお薦めだね。オッフェンバッハのクラブなら”MTW club”と有名な”Robert Johnson”。”Robert Johnson”のミニマルスタイルはすごく好き。彼らはやや厳しいドアポリシーを持っているが、僕が行ったどのパーティーでも毎回超満員で素晴らしいエナジーで満たされていた。サウンドシステムもヤバいよ。そして僕の出身地ギーセンにもたくさんのエナジーに満ちたパーティーがあって、今は、「UNDERtheGROUND」 (http://www.undertheground.de/)”に関わっているんだ。ロンドンやベルリンで体感したいいエッセンスを取り入れて、17年間続いているパーティー。オーガナイザーのMaxとはギーセンの隣町で出会った。以来すごくいい友達で、尊敬するレコードコレクターでもある大先輩なんだ。彼がオーガナイズ業務をやって、僕はプロモーションを主にやっている。とても理想的な関係に落ち着いたよ。昔からギーセンでは1番影響力があるパーティーだと思う。〈Snork Enterprises〉のレーベルパーティもやっているし、 日本人ではDitch (OP disc)やNori (posivision)にも参加してもらったよ。今年5月には野外イベント「UNDERtheBRIDGE」をゲストにNeil Landstrummを迎えて開催したよ。場所は高速道路の橋の下で、イリーガルだったから途中で警察が来て中止になってしまった。でもいつも「UNDERtheGROUND」は超満員だよ。あとは、市民の生活向上を求めてギーセンの街中をパーティーしながら練り歩いた「ダンスデモ」もすごかった。https://www.facebook.com/events/494844543920257/
  
- そうですね、私たちが参加した時もすごく盛り上がっていましたね。最後に今後のリリースについて教えてください。

年に10枚リリースをした時もあったけれど、今はしぼって、特に気に入ったアーティストだけにして年に4, 5枚にしている。2014年5月にリリースした70作目はYoungman & Landstrummの『Fry Up EP』。Bill YoungmanとNeil Landstrummのユニットだけど、Neilはテクノに回帰しつつもダブステップのエッセンスも取り入れていい感じに仕上がった。71枚目は僕自身(Syntax Error)の作品で今年の9月にリリースされるので是非聴いてみてほしい。
 現在、〈Snork Enterprises〉の他に先ほども話した「UNDERtheGROUND」のレーベルが「UNDERtheGROUND Records」(http://www.deejay.de/Under_The_Ground__L25481) を2014年にスタートした。ここのリリースはタイトルもアーティスト名もなく、ただレーベルの名前しか公表しない。名前が売れてないだけで音楽を聴いてもらえない、という状況に物申したかったんだ。名前は知れてないけどいい音楽を作るアーティストは本当にたくさんいる。アーティストには事前にこのコンセプトを伝えているから了承済みだよ。こちらも注目してほしい。