INTERVIEWS

tha BOSS

THA BLUE HERBのラッパー、tha BOSS初のソロ・アルバム『IN THE NAME OF HIPHOP』は、「ヒップホップの名のもとに、これがイデオロギー」という宣言とともに幕を開ける。この作品でtha BOSSは若手からベテランまで多彩なビートメイカーとラッパーを招き入れ、彼らと凌ぎを削る。Olive Oil、HIMUKI、DJ KAZZ-K、YOUNG-G、Southpaw Chop、NAGMATIC、INGENIOUS DJ MAKINO、PENTAXX.B.F、PUNPEE、LIL'J、DJ YAS、DJ KRUSH、grooveman Spot、Mr.BEATS a.k.a. DJ CELORY(特典音源)といったビートメイカー、BUPPON、YUKSTA-ILL、田我流、ELIAS、B.I.G. JOE、YOU THE ROCK★といったラッパーたちが参加している。数々の輝かしい戦績を残してきた北のベテラン・ラッパーはなぜいまソロ=個人となり、これだけの客演陣と共作し、あらためてヒップホップをイデオロギーとして掲げるのか。その背景にはいかなる真意があるのか。また、44歳となった彼が体現するヒップホップのリアルとは何であり、戦後70年を経て激動するこの国に生きる一人の表現者として何を思うのか。18年間のキャリアを振り返りつつ、おおいに語ってくれた。

Interview & Text:二木信
Photo:難波里美

 

 

 
俺にはヒップホップがあってさ、上の人間を削ろうが、口汚く罵ろうが、最後はユニティであって、ストップ・ザ・バイオレンスという暴力に歯止めをかける先達の教えやマナーがあった。
 

 

 

――「BLOODY INK」という曲に「TURTLEやBRAHMANやKOちゃんや難ちゃん~」という、バンドやハードコアのミュージシャンの名前を挙げていく、まさに勝負魂についてのリリックがあるじゃないですか。ヒップホップのラッパーとして勝負観に変化したところはありますか?

基本変わっていないけどね。負けず嫌いなだけだよ。これに関してヒップホップの枠ってのを取っ払って言うんだけど、俺の勝負っていうのは、最後までリングに立っていた方が勝ちっていう勝負だから、MCバトルのような一過性のモノじゃないわけよ。もっと長い話だ。97年に、いろんな人間と勝負するべく俺はヒップホップのゲームにエントリーして、いまは44歳になったけど、あの時代にいていまも曲を出してライブもバリバリやっているラッパーってどれだけいる? たしかにRHYMESTERをはじめ、いまもバリバリやっている人間もいる。そういう意味じゃゼロではない。ただ、俺らが当時、こいつらをどかして上がっていってやるぜっていう時代にいたヤツらのほとんどがいなくなった。長距離走に耐えられるスタミナを持っているラッパーは、そんなにいなかったっていうことだ。

一方で、TURTLE(ISLAND)とか他のジャンルのヤツらとの勝負は同じステージで同じお客さんを相手に盛り上げたり、特別な何かをお客さんの心に残したり、共感をよんだりした方が勝ちという勝負。そういう勝負は一年の間に何度も起きるし、ハードでもあるし、負けることも多々ある。「BLOODY INK」で名前を挙げたのは、どいつもこいつもすげぇヤツらだし、すごいおもしろいよ。まだまだ俺らの方が追っかける立場にいるよ。
 

 

 

――もちろん1DJ1MCのヒップホップの美学と強さもあるんですけど、バンドの強さもあると思うんですよ。バンドと勝負してきた経験から、これまで自分もバンド編成でライブをしてみようと考えたことはありますか?

いまからバンドでやっても追いつけるわけがないし、バンドで20年以上も生きているヤツらに勝てるわけがない。俺らが勝てるとしたら1MC1DJしか可能性はないね。俺とDYEの1MC1DJのライブをやり続けてきて、いまようやく勝負をさせてもらえるところまできたんだ。
 

 

 

――ジャンルを越境した勝負という意味では、『IN THE NAME OF HIPHOP』の前にリリースされるtha BOSSさんのこれまでの客演曲をDJ HIKARUがミックスした『BORDERS』でまさにジャンル越境の歴史を振り返ることができますよね。選曲はtha BOSSさんとHIKARUさんでしたんですか?

俺もいろいろリクエストはしたけど、決めたのはHIKARUだね。
 

 

 

――そうなんですね。TOKONA-Xさんとの逸話が語られるG.CUE さんとの「真夜中の決闘」(2009年)は、日本語ラップ・ヘッズにとっては感慨深い曲ですけど、一方でaudio activeとの「スクリュードライマー(Elements of Rhyme)」(2000年)のような研ぎ澄まされたラップはいま聴いてもハッとする驚きがありますね。

そうだね。俺も久しぶりに聴いたけど、驚いた。自分でもあの頃にああいうラップをして勝負していたなんておもしろいヤツだなと思う。ただ、今回はアルバムに参加してくれた人たちと良い曲を作ろうっていうことしかほとんど頭になかった。もちろん勝負はするよ。でも、勝負よりも調和しようとする方に強い気持があった。「スクリュードライマー(Elements of Rhyme)」を作った頃の俺の世界は狭かったから、それ故の強さとスリルがあって、俺がドープなラップをキックしてあとは好きにやってくれ、そういうテンションでやっていた。それはその時代にしかできないものなんだ。いまの俺にはもうできない。
 

 

 

――ドープさでもありますし、別の言い方をするとサイケデリックの要素のあるトリップ・ミュージックでもありますよね。

RECするときの状態も変わったからね。昔はマジックが起きる偶然を待っていたんだけど、当時は偶然で得られたようなマジックを、今は必然的に作ることができるところまで成長した。つまり、マジックにはそれほど期待していない。自分の力で向こう側へたどり着く。あと、当時はお客さんに向かうというより、同業者や東京にいるラッパーを驚かせて、「俺がいちばん格好いいっていうことを教えてやる!」、そういう感覚が強かった。でも今は違う。ライブをやってお客と一緒にガッツリ上がりたいという気持ちや、お客の持っている感情を言い当てたいという気持ちが強くなっているね。
 

 

 

――「お客の持っている感情を言い当てたい」というのは、その場にいる人たちの心を代弁したいという気持ちに近いですか?

代弁したいね。グッサリ言い当てて、一人静かに驚かせたいね。「なんで私がこう思ったことをこの人は知ってるんだろう」なんてちょっとドキドキさせてみたいね。
 

 

 

 
2015年現在の最先端のヒップホップと言えば、22、3歳の作るヒップホップだけか? いや、違うでしょ。俺はその20年後を生きているんだぜ。20年先をいく44歳の最先端のヒップホップをやっているつもりだよ。
 

 

 

――「44 YEARS OLD」に「平成生まれのラッパーを見りゃ/俺等は奴等の親と近い年だ~」というラインがありますよね。これはヒップホップと加齢についての話ですね。世の中にいろんな音楽があるなかで、ヒップホップというジャンルは若者の音楽、最先端の流行を反映する文化の代表例でもあります。例えば、いま人気のA$AP Rocky やKOHHといったラッパーは若者のファッションやライフスタイルさえもリードしていく。一方で、今年Dr.Dreが50歳にして現役バリバリの力強いアルバムを出しました。そういうなかで、44歳のtha BOSSさんは日本でヒップホップをいかに大人の音楽にしていくか、成熟させていくかということを考えながら『IN THE NAME OF HIPHOP』を作ったのではないかと感じましたが、どうでしょうか?

間違いない。2015年現在の最先端のヒップホップと言えば、22、3歳の作るヒップホップだけか? いや、違うでしょ。俺はその20年後を生きているんだぜ。20年先をいく44歳の最先端のヒップホップをやっているつもりだよ。
 

 

 

――tha BOSSさんが一人のヒップホップ・リスナーに立ち返って、おもしろいと思える自分より若いラッパーはいますか?

KOHHとかANARCHYとかがやっていることも純粋におもしろいと思う。あとKID FRESINOとかもノリがフリーだし、いいと思う。ヤバいと思う人はたくさんいるよ。
 

 

 

――44歳のラッパーの強みとは何だと思いますか?

いや、俺は自分の仕事だから自分のできることをやっていくだけだ。マイク稼業が俺の仕事だ。俺はまだ現役だ。はっきり言うけど、俺は自分の作品も出さず、汗もかかず、自分の権威が傷つかない程度に若い子たちに物申すようなポジションに居座ろうとはしない。そんなせこい真似を、俺はダサイからしない。レーベルとか事務所とかマネージャーに仕事を丸投げして長年生きてきたヤツらはちょっと売れないとすぐ弱気になって、そういう逃げ道を作りたがる。でも俺は自分で汗かいて、今もポスターを撒いてるんだよ。若い子に物申す前にそこまでやれよ。落ちたなら落ちたなりの、昔すごかったんならすごかったなりの曲を書けよって思う。それでも売れねぇなら、自分でCD-Rを作ってインターネットで発表したりできるだろ。そんな席に余裕こいて座っていると、いつか若いラッパーに吹っかけられてケガするぞって感じだよ(笑)。
 

 

 

 

――あとやはり「MATCHSTICK SPIT」には、安保法案が強行採決されそうないま触れないわけにはいかないなと思います(取材日は9月16日)。「お先真っ暗に沈んで行く国に生き合わせ息詰まり 心の揺らぎ 空しい暮らし」というネガティブならラインから、最後のヴァースの「黄昏な この国をド派手に巻き込んで弾けたい」というポジティヴなラインへと行き着くこの曲は、311以降のこの国に対するtha BOSSさんの意見や東北での3日間のライブの経験も反映されたものかと思います。質問したいのは、この国の何に絶望を感じ、どこに希望を感じているか、また何がネガティブと感じ、どこにポジティブさを見出しているのかということです。

『TOTAL』を作った2012年に自分の立場を明確にしたくて、実際にあのアルバムでそうした。原発反対、安保反対、米軍基地を沖縄の人に押し付けるのは人の道として間違っている、そういう考え方は今も変わらない。いま国会前で抗議行動をしている人たちを俺はすげえリスペクトしている。ただ、国会前の行動だけでは世の中は変わらないし、仮にそれだけで変わってしまう世の中であれば、またすぐ自分たちの望まない方向にも変わるんじゃないか。そういう風にも思う。

俺、あるとき反原発のデモに参加してデモの内側からデモを見ている人たちを見ていたんだ。買い物終わりのOLや子ども連れの人たちが、みんなこっちを見ているのね。その目線の中に一種の“引いてる感”を感じたの。そのときに断絶しているのは「ここだよな」と思った。拡声器で自分たちの主張を大きな声で張り上げることだけでは、彼らはどんどん引いていくんじゃないかって思ったのね。「これがベストなのか?」「闘い方や意思表示の仕方はこれしかないのか?」って思ったんだ。

「こんなときに俺はなぜいまここにいるんだろう?」と思うときがあるぐらい、あきらかに大義は国会前にある。でも、そのことと世の中の人の意識を根底から変えていくというのはまた別の話であって、しかもそこが変わらないとどうしようもないと思う。いま国会前で頑張っている20歳ぐらいの大学生の人たちがお父さんやお母さんになったときに子どもに教育することで、たぶんまたひとつ変わると思う。その子どもたちが大きくなって生んだ子どもたちを教育することで、さらに変わっていく。その過程に生きていると思うんだ。

だから、俺らが生きている間に俺らが望むような世の中には変わっていないかもしれない。それぐらいこの国の支配層の力は強固だから。今の自民党の連中の一部なんて国の作り方、国家の運営の仕方、群衆の導き方っていうのをおじいちゃんの代から引き継いで、叩き込まれている。ある意味支配層のエリートだと思うよ。原発はナンセンスだし、安保だけに頼ってるのもナンセンスだし、沖縄の米軍基地もナンセンスだし、もうナンセンスだらけなんだけど、支配層の連中に「俺らが選挙で勝った」と言われたら何も言えないよ。人びとの声を届けるのは選挙だけじゃない、デモや抗議行動で意思表示をするのも民主主義だという意見があるのも、もちろんわかるけれど、現実問題として選挙というシステムがあるわけだから、引っくり返すには選挙で勝つ以外ないんだよね。

この国はほとんどアメリカの属国だからさ、今のアメリカを見るとわかることもある。今のアメリカのおじいちゃんおばちゃんぐらいの世代の人たちが60年代後半から国家や国家の権力のくだらなさを見切って、平和主義を掲げたいろんなムーブメントを起こして意識を変革して、新しい価値観を作り、そういう層を増やして世の中を変えていった側面はある。それでもいまだにアメリカはあんなに酷いんだから、人びとの意識を変え、国を変えるのがどれだけ難しいかってことだよね。だからいま、意思表示をすることはもちろん大切だけれど、同時に長い目で見て、いまのうちに勉強して知識を蓄えて、子どもとか隣人とかに対して伝えていって、どこからどう質問されても全員が自分の意見を答えられるような層を広げていくことも大事だと思う。最終的にすべてを引っくり返す方法は、それしかないと思っているよね。
 

 

 

――種を撒いて行かなきゃいけないっていう気持ちがあるということですね。

それしかないんじゃないかと思っている。例えば、沖縄の人たちの権利、あとは原発や安保の問題、俺たちの思う理想の世界になるのは、きっと俺たちが死んだあとかもなって思う。それは悲観しているわけじゃないんだ。そこに向かって一生懸命に俺たちが行動すれば、俺たちが死んだあとぐらいにたぶんやっと変わる。俺はそう思っている。
 

 

 

――悲観や諦めではなく、長い闘いになるということを覚悟しているということですよね。

そうそう。そう思っている。だから、明日か明後日には安保法案が仮に通ってしまったとしても、いまの負けは負けではないって逆に思っている。それはある種、終わりの始まりなのか、俺たちの勝利に向かっての始まりなのかは、これからの俺たちの行動にかかっている。それが俺の正直の考えだね。
 

 

 

――「SEE EVIL, HEAR EVIL, SPEAK NO EVIL」は、話されたような“キナ臭い”世の中の状況下でのインターネットやSNSにおける罵り合いへのtha BOSSさんなりの見解というか、気持ちの表明でもありますよね。

言いたいことも言えないで抑圧されているよりは、言いたいことを言う方が健全だとは思う。だけど、そこでどういう言葉や意見が許容されて、あるいは許容されないかというのも社会の質であって、ただただ全員が自分の好きなことだけを言って罵り合っていたら、どんどんおかしくなっていって、暴力や憎悪が支配するような社会になってしまう。だから、やっぱり一定の理性やモラル、マナーは必要で、そういうのが歯止めになることが重要だと思うよ。でも、そんなモラルやマナーを、お上から与えられる一方っていうのもまた危うい。俺にはヒップホップがあってさ、上の人間を削ろうが、口汚く罵ろうが、最後はユニティであって、ストップ・ザ・バイオレンスという、暴力に歯止めをかける先達の教えやマナーがあった。だから、俺も口汚いことをたくさん言ってきたし、そういう意味じゃ人のことは言えないけど、そういうヒップホップ・マナーがあってなんとかギリギリで人間関係を保てたわけで。そういう経験を通じて人を傷つける無益さにも気付いたよね。結局言葉は自分に返ってくるよ。
 

 

 

――では、こういう時代に音楽にポジティブな希望があるとすれば、それはtha BOSSさんにとって何ですか?

いや、俺にとっては常に通っているプレシャス・ホールの月一回のダンス・フロアが最高にポジティブだよ。毎月ポジティブで、毎月答えを見せてもらって、「よし!もう一回頑張ろう」「イチから行こう!」っていつも思っているよ。20年近く、ずっとそうやって生きて来たよ。
 

 

 

――最後の質問です。いまあらためて「ラッパーとは何か?」と訊かれたら、どう答えますか?

ラッパーっていうのは自分の言葉を持って能動的に、「ちょっと聴けよ、おまえら」っていうテンションで言葉を投げかけていく、喩えるならば休日に寝ているときにやってきたゴミ収集車のような、ちょっとうるさいけど、でもときどきはまともなことを言っているぐらいの存在かな。
 

 

 

――ははははは。すごい喩えですね。

謙虚にいかないとな(笑)。
 

 

 

― Release Information ―

タイトル:IN THE NAME OF HIPHOP
アーティスト:tha BOSS
レーベル:THA BLUE HERB RECORDINGS
発売日:2015年10月14日
価格:3,240円
Beats by :  DJ KAZZ-K [STERUSS], DJ KRUSH, DJ YAS, grooveman Spot, HIMUKI, INGENIOUS DJ MAKINO, LIL’J, NAGMATIC, Olive Oil, PENTAXX.B.F, PUNPEE, Southpaw Chop, YOUNG-G [stillichimiya]
feat. : B.I.G. JOE, BUPPON, ELIAS, YOU THE ROCK★, YUKSTA-ILL, 田我流 [stillichimiya]
エンジニア : TSUTCHIE

■HMV
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