2025年4月19日(土)開催のWOMB25周年パーティー「WOMB 25TH ANNIVERSARY PARTY」への出演が決定したテクノミュージシャン、リッチー・ホウティン(Richie Hawtin)。昨年、来日30周年という大きな節目を迎え、自身が初めて来日公演を実現させた名古屋を含め、北海道・福岡と3都市で来日ツアーを敢行した。
エレクトロニックミュージック・シーンの歴史を語るうえで欠かせない非凡なDJ・プロデューサーであるリッチーだが、彼の存在は日本のリスナーたちにとってもとても大きな意味を持つ。1994年に初来日して以降、リッチーはなんと80回以上にもおよび来日公演を実現。その度に多くのオーディエンスの心を掴み、日本中のダンスフロアを虜にしてきた。
リッチーにとっても日本は大きな存在だ。これまでにも数々のインタビューで日本が彼に計り知れない影響を与えてきたことを何度も語っている。彼が80回以上も来日公演を行ってきたのは、日本がかけがえのない場所であり、音楽制作のインスピレーションを与えてくれる存在だったからだろう。
今回は彼が昨年行った来日30周年ツアーについてインタビューを実施。日本が彼の音楽人生や、彼自身の価値観にどのような影響を与えたのか、話を訊いた。
interview / text - 竹田賢治
photo : SKINNY
彼が初めて来日公演を行ったのは1994年。名古屋ID Barでの公演だ。彼が30周年ツアーを実施することを決意したのは、公私ともに親交の深い東京のクラブWOMBのスタッフたちと会食をしている最中だったという。
「このツアーのアイデアが生まれたのは、今思えばとても自然な流れだった」と振り返る彼は、会話の最中にふと2024年が来日30周年という節目だったと気づいたのだとか。
「普段記念日を祝ったり、過去を振り返ったりすることにあまり興味がないんだけど、30年間も日本に通い続けているという事実に気づいた時、自分にとってとても特別なことだと思えたんだ。そこで『ツアーをできないか』とWOMBのチームに相談したのが来日30周年ツアーを実施するきっかけになった」
当初は日本全国を周遊するような大きなプロジェクトにすることも考えたというリッチー。だが、初来日した当時の感覚を再現するためにも、あえて当時のツアーに近い規模で実施することに。そこで、自身が初来日公演を行った名古屋のCLUB MAGO、初来日した当時弟のマシューと訪れたという福岡を賑わせる新たなベニュー・THEATER 010、そして1996年に初めてプレイした札幌のPrecious Hallの3つを周るツアーが実現した。
「1994年に初めて日本に来た時は、ローカルでコアなクラブを訪れたんだ。その時のように、もう一度当時の感覚を感じられる場所でプレイする方が面白いんじゃないかと思った。30年前にプレイしたクラブや似た規模の場所を選び、何人かの日本の友人たちと一緒に旅をすることにしようと思い立ったんだ」
リッチーは今回、ツアーマネージャーやPAなどの音響スタッフを帯同せずツアーに臨んだ。Plastikman名義でライブを行う際は、サウンド、照明、ビジュアルなど、それぞれの分野を担当するメンバーが加わることもあり、10人以上にもおよぶスタッフが同行することもあるというが、今回その身一つでツアーに臨んだ背景には、「原点回帰を図る」というテーマがあった。
「普段は機材やテクニカルセットアップをサポートするために、スタッフが必ず同行してくれているけれども、今回のツアーでは日中に各クラブを訪れ、僕がサウンドチェックを行った。今思えば、とても貴重な経験だったよ。ただツアー中、初めて来日した時のことをふと思い出して、当時一緒にツアーを巡った弟のマシューがいないことに気づいたんだ。とても寂しく感じたけれど、今回のツアーを通じて、それほどまでに初来日当時の記憶が鮮明に蘇ってきたということだと思う」
唯一無二の音楽性で日本中のファンを魅了してきた彼だが、もう一つ彼を語る上で欠かせない要素がある。それが日本酒だ。2012年、自身のオリジナル日本酒ブランド「ENTER.Sake」を開業すると、2014年には日本酒文化を広く世界に伝えるキーマンとして、「Sake Samurai」にも任命。さらには自身の拠点でもあったベルリンで日本酒専門店「SAKE36」をオープンするなど、日本酒を通したその活動は多岐にわたっている。
「音楽制作と日本酒づくりには親和性がある」と語るリッチーは、その制作過程における重要な共通項について「手作業であることだ」と話す。
「どちらにおいても、物理的な手の感覚を活かし、周囲のものを操作するタイミングを知ることはとても大切だ。特に手や目、そして舌は非常に敏感だし、僕たちはこうした器官を通じて感覚からフィードバックを得ることで、自分が目指している方向を定めている感覚さえある」
クラバーの皆さんがご存知の通り、リッチーのDJプレイは他に類を見ない。さまざまなハードウェアやソフトウェアなどのインターフェイスを駆使し、その場で作り上げた音をDJミックスのシーケンスに組み込んでいくことで、その瞬間でしか感じ得ないグルーヴを生み出そうとする。それは単に即興性を魅せるために行うパフォーマンスというよりも、むしろ自らに内在する生の感覚を「手作業」によって落とし込もうとする姿勢と言えるのかもしれない。そして、その姿勢は常にストイックで、挑戦的なのだ。
細部にこだわりを持ちながらも、真摯に、そしてチャレンジングに音楽に向き合う姿勢を育んでいく過程において、リッチーは日本の伝統文化に根付く価値観から多くを学んだと話す。
「日本での経験は、“RICHIE HAWTIN”という人間を本当の意味で成長させてくれた。僕のクリエイティブな活動や世界の捉え方まで深く浸透し、以前は気づかなかった細部にまで目を向けられるようになり、理解できるようになったからね。日本の文化から学んだ考えのなかで、強く影響を受けたのは「SABI(さび)」の概念だと思う。“不完全さを受け入れる“という考え方は日本の暮らしのあらゆる側面に深く根付いているし、電子音楽の創作にも通じるものだと思う」
日本の伝統文化だけでなく、「ENTER.Sake」での日本酒づくりも彼の人生に大きな影響を与えた。そんな日本酒づくりにおけるリッチーの新たな取り組みとして、2025年に開業25周年を迎えるWOMBのアニヴァーサリーに合わせて、新潟県柏崎市の酒蔵・阿部酒造とコラボレーションした日本酒「SPARK」を発売する。
今回阿部酒造とのコラボレーションに至ったのは、阿部酒造の6代目・阿部裕太氏がリッチー自身のオープンマインデッドな価値観に共感してくれるパートナーだと感じたからだという。
「阿部さんは日本酒を愛する人々のサポートを積極的に行っている人でもある。彼らに醸造方法を教えたり、さらに踏み込んで自身のチームの一員として酒作りに初挑戦する機会を提供したりもしているんだ。
今回のWOMB、そして阿部酒造さんとのコラボレーションでは、若者がいる場所とも言える音楽シーンやナイトライフでの僕や(WOMBの代表である)中川さんの立場を活かして、日本の若い音楽ファンたちにもっと日本酒に愛着を持ってもらいたいと思っている。阿部酒造さんのような次世代の酒蔵と協力することで、若いクラバーが共感できる味や姿勢を届けられると信じているよ」
30周年ツアーの締めくくりとして恵比寿Bar Blissで行われた交流会には、彼が日本酒づくりを通して巡り合ってきた酒蔵の蔵元や、日本酒の普及に貢献する関係者が数多く集った。そしてそこには、客人たちと終始にこやかに、そして丁寧に接するリッチーの姿があった。
こうした姿が見られたのは、何もこのBar Blissでの交流会に限ったことではない。リッチーが出演アーティストをキュレートし、招待制のパーティーとして開催された「PRADA EXTENDS TOKYO」でも、自ら招聘したローカルのアーティストたちと積極的に対話する機会を設け、コミュニケーションを図っていたのが印象的だった。このスタンスは、長年の音楽キャリアで繰り返し身を投じてきたダンスフロアがもたらしてくれたものだ、とリッチーは語る。
「ダンスフロアは神聖な場所であり、誰でも自由に参加し、好きな形で楽しむことを教えてくれる。その一歩先にあるのが(伝統的に言えば)DJブースで、音楽がそこで奏でられることで、踊る人たちとDJが一体となりグルーヴが生み出されていくんだ。DJは大抵ダンスフロア出身で、またダンスフロアで踊っている人が実はDJということもよくある。そして、最高のパーティーでは、DJとダンスフロアの皆さんが影響を与え合い、まるで周波数のように共鳴し、その場にいる全員が素晴らしい共有体験へと導かれていくんだ。こうしたダンスフロアでの体験が僕のオープンな姿勢の源であり、透明性や包容力、寛容さといった価値観が自然と、そしてポジティブに生まれているんだと思う」
「日本という存在がなければ、今の僕の人生がどうなっていたか、想像もつかない」という言葉でインタビューを締めくくってくれたリッチー。今後も彼は日本のダンスフロアとの関わりをもっと深めていってくれるはずだ。

◼️「WOMB 25TH ANNIVERSARY PARTY」
2F MAIN FLOOR
RICHIE HAWTIN, GONNO, MACHÌNA
LIGHTING: AIBA
VJ: VJ MANAMI
4F DRUM&BASS FLOOR
DJ AKi, DJ TOYO, VELOCITY, KEiTA
1F SAKE LOUNGE
MOODMAN, SATOSHI OTSUKI, WORD OF MOUTH
詳細はこちら
https://www.womb.co.jp/event/2025/04/19/womb-25th-anniv/