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TOTEMS FLARE

CLARK
TOTEMS FLARE
 前作はしたたかな衝撃だった。それまでどちらかといえば静的で端正でインテリジェントなアンビエント・トラック主体だったクラークが、果敢にダンス・フロアの熱狂に身を投じた大傑作だった。そのアップリフティングなダンス・トラックスは、狂気にも似たクールでハードコアでストイックでエネルギッシュな高揚に満ちていた。それ以前のクラークの音楽が色あせてしまいかねないような鮮烈なインパクトだったし、昨年度のベスト・アルバムの1枚に選んだのは当然だったのである。  そこからわずか1年半という歳月で登場した新作で、クラークはまた新境地に進んでいる。前作のような徹底してハードでストレートでアップリフティングなダンス・トラックは影を潜めた。といって以前のような作り込んだ緻密なアンビエント・トラックに回帰しているわけでもない。一言で言ってしまえば、よりぶっ壊れている。クルっている。前作がジャケットのアートワークの示すように漆黒に沈むモノクロームの魅力だったとすれば、本作はもっと間口が広く色づかいがカラフルだ。といってそれは端正に塗り分けられた静物画ではなく、サイケデリックにきらめく万華鏡的世界でもない。全編どこかデッサンが狂ったような奇怪な造型と、不安定なデッサン、色ズレを起こしたようなアンバランスなカラーリングだ。踊れない。といって気持ちよくもなれない。ただ聞く者を不安に陥れるような恐ろしくも不気味なノイズだけが鳴っている。だが、美しい。こんな美しい音はない。そこが素晴らしい。  クラークは基本的に毎日、時にはほぼ一日中曲を書いているらしい。時間をかけず、ほぼワンテイクでどんどん仕上げていく。何百というトラックが次々と完成して、ハードディスクにたまっていく。作らずにはいられない、作らないと不安になってしまう。そんなパラノイアックでオブセッシヴな「作曲獣」。そのように毎日大量に生み出され、ハードディスクに蓄積されていく曲の数々は、言ってみればクラークの日々のつぶやきや溜息、いやもっとはっきり言ってしまえば排泄物のようなものかもしれない。何も考える間もないまま次々と輩出されるノイズはこんなにも異様で、こんなにも歪んでいて、それでいて美しい。そこにこの男の、類い希な才能を感じずにはいられないのである。 小野島 大 (SNOOZER 09年6月号掲載)