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DJ KRUSH New Album "Butterfly Effect" Release Party

     
     11年間で変わったコトと変わらないモノ


            テキスト:小野寺勇人 撮影:堀哲平 
 18時までにはVISIONに到着する予定だったが、前の仕事が押してしまい会場に着いたのはオープン3時間半前の19時半だった。エントランスのシャッターが閉まっていたので、取材で入ったことのある後輩に電話をかけたりとあたふたしながらやっとのことでフロアに入ると、DJクラッシュとtha BOSSのリハーサルがすでに始まっていた。新垣隆との本番さながらのセッションが続く。トラックが終わる度に再度曲をかけ直し、今度はフロアーに降りてスピーカーの鳴りを入念にチェックするクラッシュの姿を見て、4年前に開催されたソロ活動20周年を記念したイベントでは7時間をかけてリハーサルを行っていたことを思い出した。

 約11年振りとなるオリジナルアルバム『Butterfly Effect』のリリースパーティが終わり、半蔵門線へ向かおうと地下階段を降りかけたところで駅前の喫煙所が目に入った。映像制作会社に勤めていた8年前はここでよく「いつか皆既日食を扱ったドキュメンタリーを撮りたい」と反芻していたことを思い出した。1年後には「いつか」どころか、その想いを帳消しにするように職場を去ってしまったわけだけど。
 8年前と比べて今の自分はどのように変わったのだろうか。タバコを吸いながら、今日のオープンtoラストのロングセット中にクラッシュがタバコを1本も吸わなかったことも思い出した。




 
 「まだアルバム聴いてないですよね。今日は全曲かけようと思って、1曲づつ。ミックスはしない。とりあえず聴いてください」

 tha BOSS、新垣隆とのセッションを終えた後にクラッシュがマイクを持って観客に告げ、Free the Robotsをフィーチャーした「Strange Light」から、新作11曲をかけ始める。最初の数曲こそ珍しくマイクを持って曲間に一言を挟んでいたが、やがて無言となって言葉の役割を音に任せていった。トラックが流れている間にクラッシュは何を考えていたのだろうか。ずっと昔の思い出から、つい先日の記憶までをこの瞬間にもう一度確かめているようなそんな顔付きに見えた。この日聴いた5時間半のセットの中で強く記憶に残っているのは『Duality』や『Kemuri』、『知恵の輪』が流れた瞬間ではなく「対自分」と向き合った、昔と変わらない姿勢が醸し出す空気感と、11年の月日によって変わったクラッシュが最も色濃く重なって聴こえた、その1時間弱だった。



 
 本作は、『Strictly Turntablized』『覚醒』『寂』など、ヒップホップの枠組みの外から挑戦心をもって新しいヒップホップの形を提示してきた過去のアルバムと比べると、新しいフィールドへの実験性を控えたクセのない印象を最初はもった、が、レコードをデジタルデータにリッピングしてCDに収録されているトラックリスト順に並べてメッセージを追いかけながら聴いていくと、スピーカーの前にいる「いま・ここ」の時間軸、空間軸が縦横に広がり、地に足をつけながら世界を俯瞰しているような緻密に構成されたストーリーが見えてくる。
 クラッシュが子供の頃に過ごしたという、仙台にあるふるさとの原風景を描写した1曲目の『Nostalgia』に3.11以前の記憶を想い起こし、『Sbayi One』ではアパルトヘイトが行われた南アフリカの過去から今に想いが巡っていく。続く『Missing Link』の後から徐々に、しっかり、ゆっくり、音を聴いている自分の「いま・ここ」という中心にトラックが歩み寄り、ラストの『Future Correction』をもって、音とシンクロしながら一秒一歩づつ未来へと歩んで行くような。



 
 時間軸と空間軸の距離を縮めたり広げたりしながらも、この物語をファンタジーではなく、現実と地続きの世界観として捉えることができるのは、クラッシュ自身が「マンホールから少し身体が出てきた」と形容しているように、今までの作品にはないコチラ側も共感できる同じ目線に立ったリアリティが音に込められているからだろう。もし、本作に注ぎ込まれたクラッシュのイメージや、11年が経っても変わらずに音の中に存在し続けるたたずまいが、個人の枠を超えて相手、つまり、あなたが受け身ではなく、心の深いところで感じ取れるのであれば、今に至るまでに積み重ねてきた同じ11年の間に、クラッシュとあなた自身を繫ぐ架け橋となる何かがあったのかもしれない。
 当時聴いていた人は、今一度自分の耳で出会い直して欲しい。クラッシュの何が変わって、何が変わっていないかを確かめることは、聞き手が11年の間に何が変わり、何を今も持っているのかを考えることときっと同じだと思う。そこに共振が生まれるかどうかはわからないが、一聴して決めるのが、DJクラッシュの背後に今も脈打つ「変わらないもの」にかつて惹かれたリスナーの筋だと、僕は勝手に思っている。