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ADE(Amsterdam Dance Event)#02

 オランダの首都・アムステルダム。そこには自由な空気と、多様な人種が入り乱れ形成された独自のミュージックシーンが存在している。オランダのダンスミュージックシーン、アーティストの発展のためにスタートしたAmsterdam Dance Eventは今年で21回目を迎えた。地元の人々は親しみを込めてADE(アーデーエー)と呼んでいる。
 レポート第2弾は、各国の音楽、フードにまつわる今のカルチャーやライフスタイルを発信するライター、コーディネーターKumi Naganoが担当。カンファレンスにフォーカスしてもらった。

Text:Kumi Nagano(posivision•Amsterdam)
Photo:ADE GREEN Official, ADE Sleep/Over Official (Ernst van Deursen)
 
 
フェス終了後、使い捨てされるテントは2.5万個。だったら、エコなダンボールテントを開発


 夜だけでなく、昼も充実していたADE。音楽やアート以外のプログラムも多く用意されていて、あれこれ見ていくと、たちまち睡眠不足になってしまった。
 初日の水曜日には、エコやより良い未来といったテーマで「ADE GREEN」と題し20弱のパネルディスカッション、ワークショップが行われていた。ここには、UKテクノシーンの重鎮Dave Clarkeや、デトロイトでデビューして世界を飛び回っているスターDJのSeth Troxlerなどのアーティスト、さらにポルトガルのBoom FestivalやオランダのMysterylandのオーガナイザーなども参加していた。ごく一部だが、カンファレンスのトピックはこうだ。

・フェスティバルはどうやって地球に優しくなれるか?
・環境に優しいメインステージとは?
・排泄物はどう再利用する?
・音楽はどうやって人を癒し、健康に作用するのか?
・どんな食事をすれば、二酸化炭素排出量を減らせるのか?
・興味はあるけど、何からはじめたらいい?

 一見、音楽やフェスティバルと関連のなさそうにみえたこれらのトピックは、しっかりリンクしていた。たしかにオランダだけで年間600もあるといわれるフェスティバルで皆がポジティブに行動すれば、その影響はとてつもなく大きいだろう。また、カンファレンスのプログラムには行政も協力しており、アムステルダム市は「2020年までに、地球に優しいフェスティバルのみを残す」という目標を掲げている。市はADEのプログラムとしてゴミ処理に関するアイデアを募っており、実用化できそうなものには投資をすることになっている。

 ここでは、エコなフェスティバルに焦点を当てた「ADE GREEN」のプログラムや、その中でより良い未来について議論された「DANCE FOR A BETTER WORLD」について、パネリストの言葉を交えてご紹介したい。

   
 
 午前最初のプログラムは、ドキュメンタリー映画の上映からスタートした。アメリカの天然ガス掘削が引き起こす深刻な水質・大気汚染に悩まされる地域住民にスポットを当てた作品「How to Let Go of the World and Love All the Things Climate Can’t Change」(監督は映画『Gasland』のJosh Fox)。地域住民の抗議活動を撮影中に、プロデューサーが逮捕されてしまったという。「不当逮捕に抗議し、ジャーナリズムを守るため、協力してほしい」とJoshは強く訴えかけた。
http://www.howtoletgomovie.com/



 
 フェスティバル向けのアイデアや技術を、難民キャンプにも生かそうとアイデアを募っていたプログラムもあった。そのパネリストがやっていたビジネスも興味深かった。フェスティバル後に使い捨てにされるテントの数は、オランダだけで2.5万個にも及ぶそうだが「それならいっそエコなものを!」と段ボールでできたテントを開発。耐久性のある段ボールで、多少の雨や湿気でも4日は持ちこたえるという。紙なのでプリントしたりデコレーションも簡単。提携している大型フェスティバルの会場には直接デリバリーしてくれるそうだ。
 
会場にいた女性。缶バッジをあしらったリメイクの古着を着こなしていた。  
 
自分と音楽、政治と音楽
パネラーの多種多様な経験と回答


 夕方に1時間行われたカンファレンス「DANCE FOR A BETTER WORLD」は、社会貢献をしている、もしくは気にかけているアーティストたちによるトークセッションだった。
 司会は、アメリカのハウス、EDM系売れっ子プロデューサーのTommie Sunshine。彼は音楽以外に活動家としても名が知れていて、自身のSNSでも政治や環境問題について多く発言しており、最近だと警官に射殺された黒人男性の一連の事件に対して抗議デモにも参加していた。
 冒頭では、インドの巨大フェスティバル、SUNBURNのオーガナイザー、Shailendra Singhが登場。人口約12億人、そのうち25代以下の若者が6億いるという母数の力も得て、インドのフェスティバルは2000年に入り急成長を遂げた。彼らが行ったのは「World's Biggest Guestlist(世界一長いゲストリスト)」というプロジェクト。世界的なスター、HARDWELLが無償でプレイし、数十万のキッズを無料でイベントに招待した。収益を寄付した結果、インドのスラムに住むおよそ2万人の子供たちが10年間学校へ通えることとなった!!

   
 壇上のアーティストたちはそれぞれ自分の背景を語ったが、みな音楽からもらった大きな恩恵を、なんらかの形で返したいという気持ちを持っていた。
 Seth Troxlerはアメリカのミシガン州で生まれ、小さい頃に両親の離婚を経験。その後デトロイトへ引っ越すが、貧しい環境で育ってきたという。「僕は、お金がないところで育つことがどういうことかを知っている。成功できた今、人の役に立つことをやろうと思っているし、その責任が生まれたと思っている」そう答えた彼は、東日本大震災のチャリティのほか、今年はオーストラリアでの脳腫瘍のチャリティのためにキリマンジャロ登山を達成したところだ。
 
 
 南アフリカのアフロディープハウスシーンを牽引するBlack Coffeeも厳しい環境で育ってきた。「貧しさから抜け出すための答えは、最初から見つかったわけじゃない。今は自分が何かを変える力を持てたからチャリティをやっている。でもなにも寄付やチャリティじゃなくたっていいんだ。ただ一言『やあ!』と声をかけることだっていい。それがその人の人生を変えることだってあるから」彼は10代の頃、交通事故に遭い左腕が麻痺してしまい、音楽への夢を一時はあきらめた。そこから自分と向き合い、限界を越えようと人の二倍努力をして逆境を乗り越え、今では多くの若者に夢を与える存在となった。彼の立ち上げた「DJ Black Coffee Foundation」は、障害を持つ子供達に音楽を学ぶチャンスを与えている。

 また自分の過去を振り返り「音楽に救われた」と語ったアーティストもいた。Tommie Sunshineは、シカゴで育ったどうしようもない少年だったという。「私はハウスミュージックに救われた。だから最初に考えるべきことは、音楽が人にどのようにポジティブな影響を与えるかということなんだ」と自分の使命を語った。

 権力やメディア嫌いの一面を持つDave Clarkeは、すべてのことが馬鹿らしくなって15歳で学校をやめたという。その後、靴屋やソフトウェアエンジニアの仕事もやってきたが、音楽への情熱を忘れなかった。「ただただ直感に従ってきただけ」と語るその言葉に、静かな強さを感じた。

 ULTRA JAPANで来日経験もあるSunnery Jamesは、新たにできた目標について語った。「有名になることを夢見て音楽をはじめて、今では世界各地でプレイできるようになった。特にアジアや南米へ行くと言葉は通じないけれど、一緒に共有できるものがある。そうやって音楽やエナジーが心に届いてポジティブなものに変換された時、もうひとつ上のゴールに到達できる気がする」とまっすぐな目を聴衆に向けた。
 
 
 後半は、会場の参加者からの質疑応答だった。「アーティストは政治的な発言をすべきなのか?」といった問いに対して、Black Coffeeは「身近で暴動のような状況が起こったりすると、意図せずとも政治的なことについても発言せざるをえないんだ」と国の状況を語った。南アフリカの多くの公立大学では、学費高騰に反対する学生たちが立ち上がりデモを起こしたが、平和的に進める動きがありつつも、過激になる学生に対して警察は容赦なく暴力で応えようとした現状があった。また、隔たりのあった人種間の溝は時代とともに少しずつ狭まりつつあるが、彼の音楽もその一端を担っている。音楽だけでなくその行動や発言は確実に多くの若者たちに影響を与えている。

   
 また、あるチャリティイベントのオーガナイザーはアーティストに、こう問いかけた。
「あなたたちは僕らのイベントにボランティアでプレイする心構えはあるか?」と。それに対してBlack Coffeeは「いつでもチャリティに参加する心がまえはある。でも限られた時間の中で数あるプロジェクトの中から参加するものを選ぶ必要がある。チャリティは人に押し付けるものではなく、各人の意思で参加するもの。それには自ずと人を惹きつける魅力がなければならないし、 しっかりとした計画が必要だ」と地に足のついた回答だった。続いてSeth Troxlerも続く。「やるならなるべくたくさんの人に来てもらうのがいい。それには、音楽だけでなくオーガナイズ他にそれなりのクオリティが求められる」
と同様の立場を取った。

   
 ADE GREEN以外で「地球に優しいフェスティバル」の具体例が身近に感じられたのが「ADE Sleep/Over」というプロジェクトだった。中央駅から北へ船で渡った元造船所だったエリアNDSMに作られたPOP UPのキャンプサイトで、キャンピングカー、ログハウス、ゲルなど形や価格帯の違うおよそ100室が設けられていた。最高気温は10度ちょっと。最低気温は5度前後とすでに日本の冬並みの寒さだったが、全室暖房とWIFI完備。キャンプサイト内やすぐ隣のエリアでは、音楽、トーク、アートやパフォーマンスのプログラムも組まれており、マッサージやサウナ、ヨガなどのリラクゼーションも用意されていた。自然の中で行われる野外パーティと比べると少し便利すぎる気もするが、環境のことを考えた工夫もなされていた。

   
 このエリアの電力はグリーンバッテリーによってまかなわれていた。これは、風力やソーラーなど、グリーンでクリーンなエネルギーを携帯式バッテリーに蓄電したもので、送電されてない所でも使うことができる。だからこのエリアにはジェネレーターも一切なかった。

   
 キャンプサイトの入り口では、露天風呂に浸かってビールを一杯やっている姿も見られた。薪をくべて温めたお湯はとても気持ちよさそうだった。
 
 
 その横でADEプログラムの一環として開催されていたフェスティバル、DGTLは、環境に優しいフェスティバルとして「Greener Festival Award 2016」を受賞していた。彼らは自分たちの二酸化炭素排出量をモニターして、排出量を抑える努力をしている。その一環として、ソーラーパネルを使ったり、温室で育てた自家製野菜を提供しているほか、トイレで出た尿内のリン酸を分解し、植物の肥料として再利用している。またDGTLで出される料理には、環境に負荷が大きい肉が一切使われていないという徹底ぶり。音はテクノ、ハウス中心の都市型フェスティバルなので、そのイメージとのギャップに驚いた。
 
夏に開催されたDGTLでのソーラーパネル

 私たちは楽しみやアートを追求する自由とともに、環境や社会に対する責任も担っている。それをどう果たしていくか。眉間にしわを寄せながらでなく、楽しみながら、社会の役に立つことを合理的に考えて形にしていく一つのステップを、今回ADEの中で垣間みることができた。クールでなかったり、面倒くさそうなことは、多くの人に受け入れられないことをよく知っているから、魅力的なフェスティバルと社会や環境への責任を、組み合わせて取り組んでいこうとしている。時間の関係もあり見られなかったプログラムも多かったが、具体的なアイデアや方法について、これからもっと知りたいとインスパイアされた。

>>>>「ADE(Amsterdam Dance Event)#01」はこちら
>>>>「ADE(Amsterdam Dance Event)#03」はこちら
>>>>「ADE(Amsterdam Dance Event)#04」はこちら


永野久美(Kumi Nagano)
各国のストリートから、主に音楽、フードにまつわる今のカルチャーやライフスタイルを発信するライター、コーディネーター。立教大学卒業後、DTPインストラクター、アジア放浪、出版社勤務を経てフリーに。2015年よりベースをヨーロッパへ移し、日欧の交流のために活動中。
http://vegefrom.com/