オランダの首都・アムステルダム。そこには自由な空気と、多様な人種が入り乱れ形成された独自のミュージックシーンが存在している。オランダのダンスミュージックシーン、アーティストの発展のためにスタートしたAmsterdam Dance Eventは今年で21回目を迎えた。地元の人々は親しみを込めてADE(アーデーエー)と呼んでいる。
レポート第3弾は、オランダを拠点に活動する作曲家/DJ/エンジニアで今年のADEにも出演したSo Oishiが担当。カンファレンスにフォーカスしてもらった。
Text: So Oishi (SOAK Studio) http://sooishi.com/
Photo: ADE Official, So Oishi, Nori
Richie Hawtin、Marshall Jefferson、Armin van Buurenと直接話せるチャンスも。
ADEに漂うコミュニケーションが取りやすい空気感
毎晩数え切れないほどのパーティーが開催され、世界中からオーディエンスを惹きつける、世界最大のダンスミュージックの祭典。このような「音楽フェスティバルとしてのADE」に今では注目する人が多いかもしれない。しかし、ADEは20年前に、約300人のオランダの音楽業界関係者がビジネスミーティングを行う場として始まった。この時も30人のアーティストがプレイしたものの、そもそも業界のプロを対象にした情報交換およびネットワーキングのためのイベントという側面が強い。現在でも、音楽に関係するあらゆる職種の人が参加する日中のカンファレンスは、夜のパーティーと並んでADEの重要な柱であり続けている。この記事では、そんなADEのカンファレンスの模様をご紹介する。
ADEのカンファレンスは、音楽業界で活躍するプロを対象とした「ADE Pro」、ヒップホップやベースミュージックをテーマにした「ADE Beat」、映像を使ったイベント演出やステージデザインを扱った「ADE BeamLab」など、複数の部門から構成されている。いくつものセッションが同時進行で開催されるため、今回の取材で足を運ぶことができたのは膨大なプログラムのごく一部に過ぎなかったが、この記事では、多くのアーティストやエンジニアのトークセッションが行われた「ADE Sound Lab」と、これからの活躍を目指す若手プロデューサーやDJを対象にした「ADE Next」を中心にレポートする。また、「持続可能性」という視点から音楽イベントを取り上げた「ADE Green」については、別の記事で詳しく取り上げられているのでご覧いただきたい。
ADEのカンファレンスの大きな魅力は、登壇者の豪華な顔ぶれだろう。ほとんどのトークセッションにはQ&Aの時間が設けられていて、大物ゲストであっても観客は自由に質問することができる。今回の取材でも、ジャンルや年代を問わず一線で活躍してきたアーティストのトークを聞けた。例えば、ベルリンのテクノシーンの移り変わりをテーマにしたセッションでは、レーベルBPitch Controlを主宰するEllen Allienや、Panorama Barなど名門クラブのレジデントを務めてきたCassyなどだ。また、別の日にはミニマルミュージックの巨匠Philip Glassが、オーディエンスからの質問に答えて、ヒップホップについて語っている面白いシーンあった。
Ellen Allien, Cassyらによるトークセッション
「ADE Sound Lab」は技術と表現の両面から「サウンド」というものを考えていくカンファレンスの部門なのだが、「新しい機材(技術)をパフォーマンスの現場(表現)にどう生かしていくか」ということを掘り下げていた。そこではRichie Hawtinも登場し、アナログミキサー「MODEL1」のデモンストレーションを行った。MODEL1は、Allen & HeathでXONEシリーズなどの開発を手がけてきた技術者Andy Rigby JonesとRichieが共同で生み出した製品である。Richieは既に、日本を含む世界各地でMODEL1のデモンストレーションを行ってきたが、今回は上に設置したカメラで撮ったステージの模様がスクリーンに映し出され、どのようにRichieが機材を操作しているか観客に見えるようになっていた。現在のRichieのセッティングは、1台のコンピューターでTRAKTOR、Ableton Liveという2つのソフトウェアを同時に使うというものだ。TRAKTORの4つのデッキは「曲」「ループ」「エフェクト」「その他」に分かれており、Ableton Liveでは別のループをプレイしたり、エフェクトをかけたりできるようになっている。これらのソフトウェアはAllen & HeathのDJ用コントローラーXONE:K2で操作しており、パーカッションのサウンドを加えるのにAbleton Push 2も使われている。さらに、ディレイなどのエフェクトを操作するのにフットペダルも使い、パフォーマンス中に両手と足をフル活用している。毎回のパフォーマンスのたびにユニークなサウンドを生み出せる自分のセッティングを見せることで、自身がターンテーブルを離れてPCDJに移行した必然性を伝えていた。「ギーク(オタク)になって、機材を使っていろんな実験をしてみることがとにかく大事だ。また、現代のDJにとって秘密兵器と呼べるものは買ってきた曲ではなく、自分自身で作り出したサウンドだ」と話していた。
Richie Hawtinのセッション
ADEは知識をシェアし、コネクションやビジネスを生み出す場
「ADE Sound Lab」では、アーティストだけでなく、トップのエンジニアのトークも聞くことができた。「Masterminds: The Art of Engineering」と題されたセッションには(Mastermindsは、優れた知能の持ち主というような意味)、自身の名前を冠したメーカーを設立し、シンセサイザーの名機Prophet-5などを生み出した技術者Dave Smithや、日本を代表する電子楽器メーカーKorgでアナログシンセサイザーの開発を手がける高橋達也氏らが参加。新しい機材をデザインする際のプロセスや哲学に関して意見を交換した。高橋氏は別の日にもプレゼンテーションを行い、楽器らしさを大切にし、ビンテージマニアなどのお金持ちのためではなく、普通の人が買って演奏するためのシンセサイザーを目指しているという、Korgの製品開発の考え方をヨーロッパの聴衆に伝えていた。
エンジニアによるトークセッション
カンファレンスの別の部門「ADE Next」は、第一線で活躍するプロデューサー、DJ、マネージャー、ブッキングエージェント、A&R、PRといった業界関係者が集い、これから音楽でキャリアを築いていくという夢を持つ若手に向けてアドバイスを送るという内容だ。例えば、「How to Make a Dance Hit in 2016」というトークセッションでは、シカゴハウスのMarshall Jefferson、EDMのMOTiら、異なるジャンルでヒット曲をリリースしてきたプロデューサーが集まり、今の音楽シーンで曲を売っていくためのヒントを伝えた。Marshall Jeffersonは80年代から活躍するプロデューサーだが、30年前の手法は今では通用しないと強調していた。現在では毎週のように百万を超える数の曲が世にリリースされているため、リスナーに自分の曲を選んで聴いてもらうということ自体がまず難しくなっている。このような状況では、クオリティーの高い曲を作れるというだけでは不十分で、ストーリーを持ったアーティストとして自分自身をプロモーションし、影響力のあるメディアに取り上げてもらうことがいかに重要かということを語っていた。
ADE Nextのトークセッション
また、デモソングをリリースにどうやって結びつけるかをテーマにしたセッションでは、DJ Magのランキングで5度のトップになった、地元オランダ出身のスーパースターDJのArmin van Buurenも登壇。「自分の曲はまだまだなどと理由をつけずに、とにかくデモを送ってほしい」とアドバイスを送った。
カンファレンスの会場となっている建物にはミーティングルームも設けられており、ここでは商談が行われる。この部屋に入ると、アジアにレーベルのネットワークを広げたいから、という理由でアジア人である私たち取材陣を見るや声をかけてくれる人も多い。「みんな新しい人とつながるためここに来ている」とひとりのレーベル関係者が語っていたが、ADEがビジネスの場なのだということを実感させられる。
ミーティングルームの模様
複数の会場では、メーカーが出展した機材を参加者が自由に触ることができるコーナーも設けられていた。ここでは女性のグループや、お父さんと小さい子供が一緒にアナログ機材で遊んでいる光景なども見られた。ADEは業界の関係者だけでなく、親子連れで楽しめるイベントとしても地元では受け入れられていた。このようなオープンな空気が、次の世代のアーティストや音楽ファンを自然と育てるのだろう。
機材コーナーには女性や親子連れも見られた
ADEに足を運んでみると、これはただのクラブミュージックのフェスティバルではない。表現を発展させていくために知識をシェアする場であり、新しいビジネスを生み出して産業を成長させていくための場、さらには先人が築きあげてきた電子音楽という遺産を次の世代に渡していく場なのだ。クラブミュージックという文化を大きくしていくためには、ただ有名なDJが出演するパーティーを数多く開催するだけでは不十分で、積極的に知識をシェアし、新しいコネクションやビジネスを生み出し続ける必要がある。そのために、アーティストやエンジニアは自分の言葉で語ることをいとわない。世代や有名無名を問わず、同じ場にいる人に声をかけようとするし、それが許される空気にもなっている。ADEを通じて、音楽に携わる一人一人のそのようなメンタリティーこそが、ヨーロッパをクラブミュージックの本場たらしめていると実感させられた。
>>>>「ADE(Amsterdam Dance Event)#01」はこちら
>>>>「ADE(Amsterdam Dance Event)#02」はこちら
>>>>「ADE(Amsterdam Dance Event)#04」はこちら
So Oishi
オランダを拠点に活動する作曲家/DJ/エンジニア。ハーグ王立音楽院修士課程修了。テクノ、エレクトロニカの他、マルチチャンネルのサラウンドシステム向けの楽曲制作を行う。今年のADEではライブセットをプレイ。また、国際コンピューター音楽学会(ICMC2016)でプログラムを発表するなど、音楽ソフトウェアの開発も手がけている。
sooishi.com
soundcloud.com/sooishi
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