文:飯野篤紀
写真:Kenichi Yamaguchi (REALROCKDESIGN) 、 Kenichiro Moriya (REALROCKDESIGN)、Akane Kofuji
“禅”という言葉を聞くと、何を思い浮かべるだろうか?神社や仏教、瞑想といった事柄を連想する方も多いのではないだろうか。一見すると音楽やアートといった芸術には関係ないようにも思えるが、先月この”禅”をコンセプトとしたカルチャーフェスティバルが静岡県沼津市の禅寺「大中寺」を舞台に開催された。クラベリアも制作に携わった本フェスティバルを制作者側の視点も交えて振り返ってみたいと思う。写真:Kenichi Yamaguchi (REALROCKDESIGN) 、 Kenichiro Moriya (REALROCKDESIGN)、Akane Kofuji
静岡県沼津市を舞台にしたカルチャーフェスティバル「MUSO Culture Festival 2021」。当初は“音 × 禅 × 食” をテーマに掲げ、沼津市の禅寺「大中寺」を中心にミュージックライブやサウンド&アートインスタレーション、座禅会、アフターパーティー、フードマーケットなど多様なコンテンツを展開する予定だった。しかし、新型コロナウイルス感染拡大による政府からの緊急事態宣言発令を受け、開催日時とプログラムを急遽変更。2月19日(金)~21日(日)の3日間に渡り、3D仮想空間に構築されたバーチャル大中寺「夢中空間」を中心に各プログラムは実施されることとなった。
最初に本フェスティバルのメイン会場となった大中寺について触れておきたい。大中寺は臨済宗妙心寺派の禅寺として700年以上の歴史をもつ由緒あるお寺だ。鎌倉末期、自然の眺望・景観を活かした庭園の造形でも知られる「夢窓国師」によって開山。1909年に建立された恩香殿とそこにかかる通玄橋は、登録有形文化財にも指定されていて、和洋折衷の面影が残るその景観には独特な情趣を感じる。また、自然そのままの風情をなす梅園は、ちょうど本フェスティバルの開催期間と開花の時期が重なり、その鮮やかな色彩と香りが少し早めの春の訪れを告げているかのようだった。
そんな風趣に富む大中寺にて行われたミュージックライブをまずは振り返りたいと思う。ライブは当初誘客をして開催される予定だったが、プログラムの変更に伴い事前収録の映像がオンライン配信されることとなった。
ミュージックライブ
心地良い太陽光が差し込む昼下がり、まずはermhoiによるライブがスタート。常田大希率いるmillennium paradeでもその才能を輝かせる彼女の美しくもどこか歪な歌声が本堂を包み込む。エレクトロニカやアンビエント、インディロックといったテイストが絶妙にブレンドされたトラックにサポートメンバーのMarty Holoubekによる力強いウッドベースの音色が重なり、独特なハーモニーを生み出す。50分に及ぶストーリー性溢れるライブセットはあっという間に終わりを迎えた。
次なる演者は日本が誇るサウンドデザイナーYosi Horikawaだ。ステージを恩香殿に移し、夕陽が落ちていく時間に合わせてライブは行われた。彼が奏でる環境音と哀愁漂うメロディー、そして時折垣間見せる力強いビートが庭園に響き渡る。彼のいわゆる"らしさ"が寺の景観と夕暮れ時の空の色とマッチし、会場は美しくそしてエモーショナルな空間へと色づいていった。
最後を飾るのはヒップホップを革新し続けるレジェンド、DJ KRUSH。ステージはまた本堂に戻り、御本尊と対峙する形でライブは始まった。
繊細かつ緻密なミキシングと臨場感のあるスクラッチがステージの景観と相まり、夢幻的な空間を作り出す。ヒップホップという枠組みではとてもじゃないが収まりきらない音楽体験に強く心が震えたのを覚えている。
三者三様の形で禅を表現したライブには圧巻の一言だった。無観客で行われたからこその緊迫した空気が映像を通して見受けられるはずだ。それぞれのライブは以下YouTubeより視聴することができる。禅の真髄を体験するかのようなコンセプチュアルなライブを是非堪能していただきたい。
サウンド&アートインスタレーション
感染予防を考慮し人数制限を設けての開催となったサウンド&アートインスタレーション。庭園に入ると同時に本堂の窓に描かれた佐藤夏実の作品が出迎える。大中寺にある三本の菩提樹を中心にインドのペイズリーや日本の唐草等を意識して制作された本作品。大中寺の景観と見事に調和し、優美なアート空間を創り出す。まるであの場所に昔から描かれていたかのようだ。
佐藤夏実 - 作品制作の過程
庭園を歩いていくと透明感のあるアンビエント音が自然と耳に溶け込んでくる。そう、Yosi Horikawaによるサウンドインスタレーションだ。庭園に設置された全16台のスピーカーからは全て異なる音が流れていて、鳥の鳴き声や風の音など実際の環境音と合わさることで、その場所その瞬間でしか体験することのできない音色を作り出す。
サウンドインスタレーションの中でも特に印象的だった竹林コーナーでは、4chで鳴るその立体的なサウンドと背丈より遥か高い竹林に体が包み込まれた。
庭園をぐるりと周っていると書院の窓には惣田紗希の作品が。彼女の作風でもある植物と人物を組み合わせて描かれた本作品は、その柔らかいタッチと温かみのあるフォルムが相まり、どこかノスタルジックな気持ちに誘い込まれる。
惣田紗希 - 作品制作の過程
日が暮れてくるとライティングが灯され、昼間とはまた違った幻想的な景観が目の前に広がる。ライトアップされた満開に咲く梅とほのかなその香り、そして心地良いボリュームで耳に入るサウンドインスターレーションによって五感は完全に満たされた。贅沢すぎる芸術体験だ。
アートインスタレーションは現在も大中寺に残されている。拝観をご希望される方は大中寺のインスタグラムへお問い合わせください。
夢中空間
本フェスティバルの見所はまだまだある。次は仮想大中寺「夢中空間」を紹介したいと思う。プログラム変更に伴い導入された本コンテンツは、3Dカメラで空間をまるごとキャプチャしユーザーが自由自在に動き回ることができるテクノロジー「Matterport」を用いて制作され、大中寺の本堂と庭園がオンライン上の仮想空間に完全再現。リアルで開催されたサウンド&アートインスタレーションはこの夢中空間でも体験することができる。仮想空間と言われても中々ピンとこないので、写真を交えつつ説明していきたい。
夢中空間はPCやスマホ、iPadなどのデバイスからアクセスすることができ、VRデバイスにも対応している。
アクセスすると3Dで映された大中寺が画面に表示され、360°映像を自分の好きなように動かしながら寺内散策をすることができる。
視聴者側で自由に開閉可能な機能窓。Yosi Horikawaによるサウンドインスタレーションのオン/オフ、視点の切り替え、寺内スペースへの直接アクセスなどの操作が可能だ。
庭園に入ると夜の大中寺に移り変わる。各所に散りばめられた幻想的なライティングや、夜の竹林、梅園なども堪能することができる。
リアルのインスタレーションも体験した筆者だから分かるが、この夢中空間の再現性の高さには驚くばかりだ。まるであの時にタイムスリップしたかのように大中寺の景観、サウンド&アートインスタレーション、ライティングを楽しむことができる。夢中空間は現在もオンライン上に公開されていて、こちらから入場可能となっている。実際のサウンドを録音したYosi Horikawaによるバイノーラル音響をよりリアルに体感されたい方には、ヘッドフォンの着用を推奨する。
DJ Mix "For Meditation"
泊まれる公園としても人気な宿泊施設「INN THE PARK」にて開催予定だったアフターパーティーは、緊急事態宣言発令に伴い開催を中止に。その代わりとして、出演予定だった全7組のアーティストは、”禅”をテーマにしたDJ Mixを制作。「For Meditation」と銘打った全7時間以上に及ぶプレイリストが公開された。”禅”というコンセプトは強固でありながらも、どことなく抽象性の高いものに感じる。その1つのコンセプトを各アーティストの音を通して体感することができる本プレイリストは、それぞれの個性を感じることができる傍らプレイリスト全体として1つの作品とも言えるようなまとまりがある。休日の朝や就寝前、あるいは在宅勤務中のBGMとしても良いかもしれない。心安らぐひと時をそれぞれのアーティストが奏でる音と共に堪能していただきたい。
坐禅会
当初はINN THE PARKでのみ開催予定だった坐禅会だが、プログラム変更に伴いオンライン坐禅会も追加された。オンラインやオフィス、様々な場所にて坐禅会を実施しているFlying Monkのキュレーションによって実施されたオンライン坐禅会は、窓を開き、庭園のサウンドインスタレーションを聞きながら坐禅するという、本フェスティバルのコンテンツを入れ合わせての開催となった。筆者も坐禅の経験はほとんど無かったが、音を聞きながら行うことで、周りの騒音にも気がいかず、より"今"に意識を持っていくことができたように感じた。オンライン坐禅会はInstagram上ににアーカイブが公開されているので、興味のある方は是非一度試してみてはいかがだろうか。
禅というコンセプトと大中寺という特別なロケーションが合わさったことで、それぞれのコンテンツが1つの糸で繋がれているようにそこには何か共通した優美さを感じた。また、そういったコンテンツをオンライン上でも体験できるのもコロナ禍ならではの新しい芸術の楽しみ方と言えるだろう。リアルでしか味わうことのできない体験ももちろんあるが、今回のように最新のテクノロジーを駆使することで、よりリアルの体験と近しいものをより多くの方々にお届けできたのではないだろうか。依然として猛威を振るう新型コロナウイルスの感染拡大下において、今後もフェス業界の在り方は問われていくはずだ。次回「MUSO Culture Festival」はどのような形で皆さんに体験していただけるだろうか。次なるアナウンスにご期待いただきたい。