Interview, Report, Text and Translation: Norihiko Kawai
Photo: Angelina Nikolayeva, Nori (Amsterdam), Yuichiro Noda (Tokyo)
Special Thanks: Yoko Uozumi (Axis Records), Carola Stoiber (PullProxy)
世界中のテクノファンを魅了するミニマル・テクノの創始者であり、世界最高峰DJの一人でもあるJeff Millsは30年前に東京・リキッドルームのステージに立ち、エレクトロニック・ミュージックシーンの歴史に重要な1ページを加えた。
1995年にライブ録音された『Live at Liquid Room』は、単なるDJミックスを超え、伝説的な作品となった。
2台のターンテーブルと2台のオープンリール・テープマシンのみを武器に68分間にわたり、極限まで研ぎ澄まされた状態のJeff Millsが刻み込まれている。凄まじいスピード感と判断力で組み上げられたこのミックスは、今もなお斬新に感じられる名作だ。

Jeff Mills『Live At Liquid Room』はCDとカセットでリリースされている
そして、リリースから30周年を記念し、この伝説的な録音をCDおよびカセットでリリースすると同時に『Jeff Mills: 30 Year Anniversary Liquid Room Mix』として、2025年からワールドツアーを敢行している。
30周年記念ワールドツアーの日程
私はワールドツアーの一環として、2025年12月6日に行われたアムステルダム公演に足を運んだ。会場となったのは、近年の同都市を代表するクラブとなったLo-fi。そしてこのパーティをオーガナイズしていたのは、オランダを代表するフェスティバルクルーDEKMANTELだった。
会場に到着したのは23時半を過ぎたころだったが、すでにエントランスには通常の混雑時とは比べ物にならないほど、5軒先の店くらいまでの長蛇の列が作られていた。

Lo-fiのエントランスは大混雑

Lo-fiのエントランスは大混雑
会場内に入るとすぐにAxis Recordsのショップがオープンしており、リリースツアーグッズが売られていた。
この夜の出演者はJeff Millsとドイツのミュンヘンを拠点とするアーティストSkee Maskの二人のみという構成だった。
Lo-fiでプレイするJeff Mills
Lo-fiでプレイするJeff MillsTime TableはJeff Millsからスタートしていた。その後Skee Maskが中盤の時間帯を担当し、最後にまたJeff Millsが登場し、駆けつけたオーディエンスの期待に応えた。
Jeff Millsが醸し出す、ストイックながらもパーティがもたらす多幸感を引き出すグルーヴは、普段、アムステルダムのパーティではあまり感じることのできないピュアなテクノの本質を味わわせてくれた。
Lo-fiの会場内
バックステージにもドリンクが用意されており、おもてなしはばっちりで気さくに話ができる関係者が多かった印象だ。DEKMANTELとAxis Recordsという世界屈指のクルーのコラボレーションは、その存在感以上に一体感と温かみのあるパーティ空間を構築していた。
朝方になってもJeff Millsのスキのないプレイに幅広い年齢層で埋め尽くされたフロアの熱気は冷めやらず、オーセンティックなパーティの神髄を感じられる雰囲気が保たれていた。エレクトロニック・ミュージックのさらなる未来への道標的なパーティとなった。

Lo-fiでレコードをセレクトするJeff Mills
Jeff Millsが醸し出す、ストイックながらもパーティがもたらす多幸感を引き出すグルーヴは、普段、アムステルダムのパーティではあまり感じることのできないピュアなテクノの本質を味わわせてくれた。
Lo-fiの会場内バックステージにもドリンクが用意されており、おもてなしはばっちりで気さくに話ができる関係者が多かった印象だ。DEKMANTELとAxis Recordsという世界屈指のクルーのコラボレーションは、その存在感以上に一体感と温かみのあるパーティ空間を構築していた。
朝方になってもJeff Millsのスキのないプレイに幅広い年齢層で埋め尽くされたフロアの熱気は冷めやらず、オーセンティックなパーティの神髄を感じられる雰囲気が保たれていた。エレクトロニック・ミュージックのさらなる未来への道標的なパーティとなった。

Lo-fiでレコードをセレクトするJeff Mills
ここからは、Jeff Millsに質問を投げかけてみたので、更なる深部へお連れしよう。
ーーまず、Jeff Mills『Live At Liquid Room』30周年アニバーサリー作品が、CDおよびカセットテープとしてリリースされました。このリリースはどのような経緯で実現したのでしょうか。また、制作に至った背景について教えてください。
Jeff Mills(以下Jeff):
エレクトロニック・ミュージックとその歴史に関して、ここまで自分たちが何をしてきたのかを振り返ろうとするのは、ごく自然な反応だと思う。ジャンルが歴史を積み重ねていくなかで、私たちは「どのようにしてここへ辿り着いたのか」を確認するため、過去へ遡ろうとする。そうした中で、ある行動や出来事が再び思い出され、見つめ直されるのは当然のことだ。
改めて注目すべき事柄は他にも数多くある。音楽がどのように始まり、何を成し遂げてきたのか、そしてどこへ向かっていく可能性があるのかを理解する助けとなる過去の出来事だ。『Live At Liquid Room』は、まさにそうした一例だと思う。
1995年当時ですら、何か特別なものを創り出す機会が訪れるかもしれないという予感があった。この時代、この時間枠を記録したドキュメントとして、後に振り返ることのできる作品を残せるのではないか、と。そこで私は、ソニー・ミュージックのチームに対し、スタジオ・ミックスではなく、ライブ録音という選択肢を検討するよう説得した。
それが了承された後、映像としても記録することを決めた。ただし、通常の撮影ではなく、サラウンド録音に対応する複数台のカメラを用いた方法だ。最終的にはサラウンド/4.1のDVDフォーマットでの収録は実現しなかったため、通常のライブ録音という形に落ち着いた。
このプロジェクトには数か月にわたる計画期間が必要で、多くのミーティングと議論を重ねた。最終的に、万が一初日がうまくいかなかった場合に備え、2日連続でプレイするというプランに行き着いた。
結果として得られたものは、私たちの想像を超えるものだった。CDミックスは再リリースされ、このプロジェクトは日本だけでなく、私がヨーロッパの主要都市をツアーで回る中で、世界各国で非常に良い成果を上げた。
その後、制作されたすべての素材やコンテンツは棚上げされ、保管庫などにしまい込まれることになる。当時はインターネットもデジタル環境も整っていない時代で、10インチ1/4のオープンリールテープやベータ方式のフィルム箱、そして私自身がこのセットの中でのみプレイしていた未発表・録音音源が大量に存在していた。中には、特別に作られたアセテート盤に収められ、保管されていたものもある。
数年前、アメリカの音楽メディア『Pitchfork』のコメント欄で、このDJミックスが自身の音楽キャリアに大きな影響を与えたと語る人が非常に多いことを知った。それをきっかけに、現存する素材がどれほど残っているのかを調べ、このプロジェクトを再訪し、30周年を記念する意味があるのかを検討することにした。
これほど高く評価され、記憶されているのであれば、この作品は当時私たちが何をしていたのかを切り取る、良いスナップショットになり得ると考えた。
2015年11月15日の東京公演Liquid Roomのブース
ーー本作のオリジナル音源は、1996年にソニー・ミュージックの「MIX-UP」シリーズ第2弾として、『Jeff Mills – Live at Liquid Room, Tokyo』のタイトルでリリースされました。このシリーズは石野卓球氏が企画・監修を務めていましたが、今回の新たなリリースを進めるにあたり、石野氏と何か相談はされましたか。
Jeff:
石野卓球氏が企画・キュレーションを行っていたソニー・ミュージックの『Mix-Up』シリーズは、多くのDJを招き、DJミックスを制作するという企画だった。1995年から1996年にかけて行われたのは、まさにその一環だ。
しかし、ミックスそのものの創作やそのアイデアに制作方法、組織・計画、映像収録、オリジナル・リリース後に行われたワールドツアー、そして今回の30周年の記念や今後の展開に至るまで、これらはすべて私自身に属するものだ。
私は個人的に卓球氏に連絡をとったわけではないが、このアニバーサリー・プロジェクトを開始する前に、彼には情報が伝えられていたと理解しているよ。したがって、象徴的な意味での許可や、正式な相談が必要なものではなかった。
この30周年企画は、DJとしての私自身の行動と技術を記念するものであり、他の誰かの所有物として扱われるものではない。
エレクトロニック・ミュージックとその歴史に関して、ここまで自分たちが何をしてきたのかを振り返ろうとするのは、ごく自然な反応だと思う。ジャンルが歴史を積み重ねていくなかで、私たちは「どのようにしてここへ辿り着いたのか」を確認するため、過去へ遡ろうとする。そうした中で、ある行動や出来事が再び思い出され、見つめ直されるのは当然のことだ。
改めて注目すべき事柄は他にも数多くある。音楽がどのように始まり、何を成し遂げてきたのか、そしてどこへ向かっていく可能性があるのかを理解する助けとなる過去の出来事だ。『Live At Liquid Room』は、まさにそうした一例だと思う。
1995年当時ですら、何か特別なものを創り出す機会が訪れるかもしれないという予感があった。この時代、この時間枠を記録したドキュメントとして、後に振り返ることのできる作品を残せるのではないか、と。そこで私は、ソニー・ミュージックのチームに対し、スタジオ・ミックスではなく、ライブ録音という選択肢を検討するよう説得した。
それが了承された後、映像としても記録することを決めた。ただし、通常の撮影ではなく、サラウンド録音に対応する複数台のカメラを用いた方法だ。最終的にはサラウンド/4.1のDVDフォーマットでの収録は実現しなかったため、通常のライブ録音という形に落ち着いた。
このプロジェクトには数か月にわたる計画期間が必要で、多くのミーティングと議論を重ねた。最終的に、万が一初日がうまくいかなかった場合に備え、2日連続でプレイするというプランに行き着いた。
結果として得られたものは、私たちの想像を超えるものだった。CDミックスは再リリースされ、このプロジェクトは日本だけでなく、私がヨーロッパの主要都市をツアーで回る中で、世界各国で非常に良い成果を上げた。
その後、制作されたすべての素材やコンテンツは棚上げされ、保管庫などにしまい込まれることになる。当時はインターネットもデジタル環境も整っていない時代で、10インチ1/4のオープンリールテープやベータ方式のフィルム箱、そして私自身がこのセットの中でのみプレイしていた未発表・録音音源が大量に存在していた。中には、特別に作られたアセテート盤に収められ、保管されていたものもある。
数年前、アメリカの音楽メディア『Pitchfork』のコメント欄で、このDJミックスが自身の音楽キャリアに大きな影響を与えたと語る人が非常に多いことを知った。それをきっかけに、現存する素材がどれほど残っているのかを調べ、このプロジェクトを再訪し、30周年を記念する意味があるのかを検討することにした。
これほど高く評価され、記憶されているのであれば、この作品は当時私たちが何をしていたのかを切り取る、良いスナップショットになり得ると考えた。
2015年11月15日の東京公演Liquid Roomのブースーー本作のオリジナル音源は、1996年にソニー・ミュージックの「MIX-UP」シリーズ第2弾として、『Jeff Mills – Live at Liquid Room, Tokyo』のタイトルでリリースされました。このシリーズは石野卓球氏が企画・監修を務めていましたが、今回の新たなリリースを進めるにあたり、石野氏と何か相談はされましたか。
Jeff:
石野卓球氏が企画・キュレーションを行っていたソニー・ミュージックの『Mix-Up』シリーズは、多くのDJを招き、DJミックスを制作するという企画だった。1995年から1996年にかけて行われたのは、まさにその一環だ。
しかし、ミックスそのものの創作やそのアイデアに制作方法、組織・計画、映像収録、オリジナル・リリース後に行われたワールドツアー、そして今回の30周年の記念や今後の展開に至るまで、これらはすべて私自身に属するものだ。
私は個人的に卓球氏に連絡をとったわけではないが、このアニバーサリー・プロジェクトを開始する前に、彼には情報が伝えられていたと理解しているよ。したがって、象徴的な意味での許可や、正式な相談が必要なものではなかった。
この30周年企画は、DJとしての私自身の行動と技術を記念するものであり、他の誰かの所有物として扱われるものではない。
ーーオリジナル盤のリリース当時と比べると、DJ機材やオーディオ機器は大きく進化しています。今回のリリースにあたって、マスタリングを重視するなど、制作面で何か変更はありましたか。
Jeff:
オリジナルのミックスは、デジタルのADATで録音されたもので、今回はそれをリマスタリングした。構成やセグメントの形成は、1995年当時のままになっている。
これは歴史的な作品であるため、オリジナルの構造を変更したり、手を加えたりしたくなかった。そこにはDJミックスとしての側面があり、同時に音楽コンテンツそのものも存在している。
各トラックごとに立ち入って周波数を強調するようなことをしてしまうのは間違いだと考え、できる限り「手を加えていない」状態に近づけることを重視した。
ーーAxis Recordsの動画の中で、あなたはこのセットについて「おそらくこれまでで最高のDJセットだったかもしれない」と語っていました。なぜ、そのように感じたのでしょうか。
Jeff:
30年以上が経ち、今こうして振り返ってみると、私にとっては「30年」という数字以上の時間がそこにある。というのも、私のプロとしてのDJキャリアは1980年代初頭に始まっているからだ。
当時、DJという存在は、世界の限られた都市に住み、特定のクラブでレギュラーを持つ、ごく少数の人々のものだった。国外へ移動してプレイするDJは、ほとんど存在していなかった。そうした背景を踏まえると、『Live At Liquid Room』のミックスは、1995年以前に私が長年にわたって培い、磨き上げてきた多くの要素が集約された結果だといえる。
このミックスは、私にとって「何かの始まり」などでは決してなかった。Liquid Roomでのあの夜以前にも、私はすでに何度か日本で、そしてLiquid Roomでもプレイしていた。

Jeff Mills "Liquid Room Tour 2026" スケジュール
当時、DJという存在は、世界の限られた都市に住み、特定のクラブでレギュラーを持つ、ごく少数の人々のものだった。国外へ移動してプレイするDJは、ほとんど存在していなかった。そうした背景を踏まえると、『Live At Liquid Room』のミックスは、1995年以前に私が長年にわたって培い、磨き上げてきた多くの要素が集約された結果だといえる。
このミックスは、私にとって「何かの始まり」などでは決してなかった。Liquid Roomでのあの夜以前にも、私はすでに何度か日本で、そしてLiquid Roomでもプレイしていた。

Jeff Mills "Liquid Room Tour 2026" スケジュール
ーー日本の視点から見ると、日本のオーディエンスは非常に注意深く音楽を聴く傾向がありますが、一方で海外のパーティと比較すると、どこか物足りなさを感じる瞬間があるようにも思えます。
Jeff:
そう感じる人がいるのも無理はない。というのも、音楽は決して絶対的な科学ではないからだ。創造的な進歩は、常に目に見える形で大量に現れるものではなく、むしろ誰にも気づかれないような小さく、段階的な変化として積み重なっていき、気づいた時にはすでに時間が経っている、ということの方が多い。
私の考えでは、世界のどこを見渡しても、あらゆる面で完璧なダンスミュージック・シーンというものは存在しない。DJのひとつひとつの行動、各イベント、起こった出来事に対するその後の思考は、常に変化し続けている。
音楽に対して注意深い人が多いからといって、それだけで地域として活気のあるシーンが保証されるわけではない。「継承」やある種の「期待」といったものは、音楽において実体のある概念ではなく、想像上のものに過ぎない。

2015年11月15日の東京公演Liquid Roomのフロア
私の考えでは、世界のどこを見渡しても、あらゆる面で完璧なダンスミュージック・シーンというものは存在しない。DJのひとつひとつの行動、各イベント、起こった出来事に対するその後の思考は、常に変化し続けている。
音楽に対して注意深い人が多いからといって、それだけで地域として活気のあるシーンが保証されるわけではない。「継承」やある種の「期待」といったものは、音楽において実体のある概念ではなく、想像上のものに過ぎない。

2015年11月15日の東京公演Liquid Roomのフロア
ーー今回の『Jeff Mills - 'Live At Liquid Room'』ワールドツアーは、日本のテクノシーンが国際的に再評価される大きな機会になると個人的に感じています。この点について、率直な考えや個人的な思いがあれば教えてください。
Jeff:
私も同意する。個人的な経験として、数十年にわたり、多くのテクノやハウスミュージックのDJにとって、日本は最も招かれたい場所の一つだ。そこには、確かな理由がある。
しかし同時に、日本のシーンには、常に欠けていた重要な要素がいくつかあったとも感じている。おそらく、ジャンル全体に対する包括的な理解が不足していたのかもしれない。
日本のDJやアーティストが、十分に説得力を持てていなかったのだろうか。あるいは、YMO、戸川純、P-MODEL、プラスチック・ミュージック・バンドといった先行世代の成果を十分に引き継ぎ、次へと広げていく意識が欠けていたのかもしれない。
断言することは難しいが、決して遅すぎるということはないと思っている。今もなお、多くの可能性は十分に残されている。

