MadonnaをスターにしLouie Vegaの師匠でLarry Levanの盟友。
Larry Leavanが「PARADISE GAREGE」でガラージサウンドを確立していた時期 「STUDIO54」「FUN HOUSE」でレジデントを務め、当時最先端の「 フリースタイル」サウンドを確立。ディスコ、 ハウスの枠に止まらずMichael JacksonからTalkig Heads、Whitney Houstonなどトップアーティストによるポップ・ ミュージック界に於いても12インチ・ リミックスを浸透させた立役者。84年自身のアルバム「 Wotupski?」が全米ディスコチャート1位を獲得。 DJとしての現場経験と技術に自身のセンスやアイデアをプラスし 、 良質のダンストラックを量産するリミキサーとしてして音楽業界で 確固たる地位を築く。 同時にMadonnaのデビューに尽力したプロデューサーでフィ アンセとして時代の寵児となる。 以降ハリウッド映画の音楽監督としてCarlito’s Way(カリートへの道/主演アルパチーノ)、 Get Carter(追撃者/主演S.スタローン)等でも名声を博す。
1984年世界中で話題となったNY最大級のクラブThe PalladiumのオープニングDJに抜擢された際、 Larryに協力を仰ぎ以降、度々とともにプレイ。 2001年David Mancusoに乞われ、THE LOFT初のオフィシャルゲストDJとしてダンスシーンに復帰。 以降Louie Vega とNYでレギュラーパーティを開始。
現在はマイアミとNYをベースにイビザやロンドンでも精力的にD J活動を行い、昨年のRBMA NYのFUN HOUSE Reunion Party、本年のBoiler Room出演と再評価が再燃。 今回はイビサでのGlitterboxのレジデントを1週休んで 30年ぶりにDJとして来日が決定。