上京したての頃は、地方に比べ色々なパーティが毎日のようにあるので、ひたすらにクラブ通いをしてまして、その中で、KEIとNAGI(現Dazzle Drums)という2人と出会いまして、ちょうど青山のLOOPでパーティを考えてるんだけど、よかったら一緒にやらない?と誘われ、当時渋谷のReal Music Recordで働いていたシンゴ君も加わり、東京でもパーティをやり始めました。それが23歳の時ですね。
その時点でも、まだ音楽を作ろうという気持ちは全く無くて。ただ、元々、何かを表現したい、作りたいという願望は強かったので、潜在的にそういう意識があったんでしょうね。パーティをしばらく続けているうちに、ある時ポンっと、自分で音楽を作ってみたいという気持ちになったんです。とはいえ、バンド経験もないし、楽器もできないし。でも、これならなんとなく作れるんじゃないかっていう気持ちもあって。当時、本当に何の音楽経験もなかったんですけど、音楽を作ろうと思い立って、機材を買ったのが2003年の10月頃でした。
Macは元々持っていたので、Macで何か作れる環境を整えようと思って、秋葉原に行ってLogicなどを買いました。最初は、とにかく機材をの使い方を覚える事からでしたから、1人で、ひたすら家で機材と格闘という感じでした。あ、音が出た!みたいな(笑)。そんな折、シンゴ君が家に遊びに来て、そこで、じゃあ何か一緒にやろうかという話になり、Agora Rhythmが誕生しました。2人で一緒に作った一番最初の曲を、CISCOの野口さんに渡したところ、何かの荷物と一緒に、ダニークリビットに渡してくれて。そうしたら、ダニーが気に入ってくれたらしく、向こうで色々なレーベルの人に配ってくれて。King Streetと、Jellybeanと、chez(注:すべてNY拠点のハウス/ダンス・ミュージック・レーベル)から、いきなりオファーが来て。ビックリしましたよ。
そうですね...。2003年の10月に機材を買って、11月中のどこかしらで出来てました。
はい(笑)。で、最終的に、King Streetにレーベルが決まって、リリースしたのが2004年の春先頃だと思います。
その後、Agora Rhythmとしては、オリジナル12'をを3枚KingStreetからリリースして、その後、Sonar Kollektivからもリリースしました。Sonar Kollektivは、神戸にストラーダレコードというレコード店があるんですけど、そのお店の方に、シンゴ君がDEMOを渡していたんですね。たまたま、お店に、JAZZANOVAのALEXが来る機会があり、音源を聞かせてくれた事で、興味を持ってくれまして。同じ頃に、ALEX FROM TOKYOにも同じデモを渡していて、Innervisionsのパーティでプレイした時に、DIXONが『この曲は誰だ?』と聞いてきたそうで、ちょうど同時期に、JAZZANOVAの中でもAgora Rhythmの認知がつながって、それで声をかけてもらいました。
曲を作り始めた時に、ずっとLOOPでやっていたパーティを辞めたんです。その後はカフェとか、ラウンジダイニングみたいなところでは、BGM的なDJをしてはいたのですが、クラブでのDJは、一回辞めました。
制作に没頭するためです。正直、その時期は、全ての時間を犠牲にしてでも、曲作りをしているほうが、本当に楽しかったので。もともと性格的に、いろんな事を同時並行するのは得意では無かったこともあって…DJを止めて、曲作ってましたね。
Agora Rhythmで色々と活動していた頃、ある時、IRMAさんの方から、Bossa系のコンピで楽曲を探していて、何か無いですか?と聞かれたんです。その時に、自分のストックの中から、提出した曲がBRISAとしての最初の曲ですね。その辺りから、一人でも楽曲を作り始めまして、自分でデモを色々なレーベルに送ったりしました。やはり自分一人で完結した作品も作りたいという気持ちはありましたので。最初の頃は、Agora RhythmとBRISAを並行してやっていて、その後Agora Rhythmを休止してからは、BRISAと、他にperspectivという名義もやり始めました。しばらくして、愛知に戻る事になりまして、そちらで活動を始めたのですが、今までは海外ばかりデモを送っていたのを、徐々に国内でもきちんとリリースしたいと思い始めてきまして、国内のレーベルにも音源を送り始めました。
僕は、エクレクティックな、多様性を感じる音楽が好きなんですよ。ACID JAZZの時代は、D-NOTEというアーティストが大好きでした。ハウスの中では、当時のBody & Soulには、大きな影響を受けましたね。WAVE MUSIC(レーベル)が、凄く好きでした。DJだったら、ハウスで言えば、Francois Kとか、ジャズならGilles Petersonとか、ごちゃまぜ感のあるDJが好きなんですよ。多種多様な音楽がプレイされるパーティやDJが好きなのは今も変わらないですね。あとは、Phil Asherがすごく好きでした。ハウスの良さを持ちつつ、多様性のあるプロダクションが出来るので。Body & Soulでいえば、Francoisがプレイするエッジの強い、強烈なトラックにも影響をかなり受けました。大抵ヨーロッパの物が多かったですね。ハウスに限らず、刺激的、独創的な作品がヨーロッパはやはり多いと思います。自分が曲作りを始めてからは、むしろそちらの影響の方が、色濃く出ていると思います。僕の音楽の入り口はUK寄りACID JAZZ、その後USハウスに影響を受けたという感じですが、近年は、また急速にヨーロッパに戻ってきた気がします。でも、根柢にあるのは、ハウスでもJAZZでもテックでも、ヴォーカルでもインストでも、僕の中ではごくフラットな存在という事ですね。
そうですね。だからこそ、僕にとってマンデイ満ちるさんは特別な存在だったんですよ。今回のアルバムにフューチャリングが決まった事も、僕にとっては本当に特別で。昔、憧れていた人を実際にフューチャリング出来る機会が来るなんて、と思うと本当に感慨深かったですね。■BRISA 『Elevation Perception』
http://www.clubberia.com/Release/Detail/?id=2346
はい(笑)元々あまのじゃくタイプなので、今回のアルバムも、国内ではあまりないタイプの物をやろうと思っていました。そういう意味では、福富さんや、Jazztronikさんには、共感する部分を感じています。あとは、あるコンセプトに縛るのではなく、あえて自分が影響を受けてきた物をなるべく多くさらけだそうと。それが自分自身を知ってもらう最良の方法だと思いますし。あとは正直、今の一部の国産ハウスシーンに対しては、何かしら音楽で物を言いたいところもあるんですよ(笑)
ありがとう御座います!


