INTERVIEWS
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Francisco Allendes

僕はイキケ(Iquique)というチリ北部の都市で生まれて、それから5歳のときにサンティアゴに引っ越したんだ。
僕が音楽に触れだしたのは、サンティアゴに移ってからなんだけど、9歳のときにバイオリンを始めてからというもの、ずっと音楽漬けの人生だよ。それから16~7歳のときにバイオリンをやめて、高校と大学のときはギターやシンセ、コンピューターで音楽を作ったりしていたんだ。だからもう大学を卒業する前には「音楽で生きていこう」って決めていた。 バイオリンをやめてから、自分だけで作曲して、それを自分だけで演奏できる方法は何かなって考えたら、エレクトロニックミュージックっていう答えに行き着いたんだ。だって曲を作ったらコンピューターが演奏してくれるからね。すごいことだよ。
それから何年か経ってから、僕の兄がクラブに連れて行ってくれて、それがとてもいいパーティーだったんだ。それがダンスミュージックと僕の初めての出会いだね。そしてその日からDJになろうと決めたんだ。 チリのアンダーグラウンドシーンはとてもいいよ。ジャンルはハウスだけじゃなくて、トランスとかドラムンベースとかテクノとか幅広いけど、それぞれに世界的に有名なアーティストがいて、みんなすばらしい作品をプロデュースしているし、どのパーティーもとても質が高いね。みんな「チリっぽい」サウンドに慣れ親しんでいるものの、新しくてフレッシュなサウンドを受け入れるオープンな感性をしているね。クラブシーン自体はそんなに大きなものではなくて、エレクトロニックミュージックのかかるクラブは国全体でも少ししかないんだけど、みんなでシーンがもっと大きくなる日を待ち望んでいるよ! Frank Zappa、Pink Floyd、John McLaughlin、そしてFela Kutiがとても好きなんだ。あとは70年代のプログレッシブロックと、ジャズだね。シンセサイザーの黎明期ともいえる時代だし、あらゆるバンドが実験的に取り入れ始めていて、そしてそれが結果としてきちんと残っていると思うんだ。僕は彼らの音楽を毎日のように車でも聴くし、携帯電話にだって入れているし、家でも聴く。だからこれらのアーティストが僕に一番大きな影響を与えたんじゃないかな。 今年は本当にいろんなところに行ったね。エクアドル、コロンビア、アルゼンチン、ウルグアイ、ブラジル、ペルーなどなど。
そして日本に行ってからは、オランダ、ドイツ、スペインとロシアに行くよ。僕の音楽が海を越えて、僕のことを遠くの国に連れて行ってくれるのは、最高の気分だね。でもどの国も彼ら独自のシーンがあって、僕は敬意を示すためにそのサウンドを取り入れるように注意しているんだ。こうしていつもフロアが最高潮に達するように心がけているよ。 コロンビアのグアルネという街に行ったんだけど、森の真ん中で、周りに家も何もないところで、パーティーしたんだ。相当長時間だったけど、クラウドと一体になれたし、本当にすばらしかった!
今回の来日を心待ちにしているし、楽しみながら日本のオーディエンスの前でプレイできたらと思っているよ。田中フミヤやケンイシイの話はよく聞くし、FPMやピチカート・ファイブのようなポップなサウンドもよく知っている。日本のシーンはとても大きいよね。パタゴニカのコンテストで日本代表だったAosawaがチリに来たとき、日本のダウンすミュージックシーンについて聞いたんだ。今回は僕の期待以上のことがいろいろと起きてくれると思うよ! Marcelo Rosselotというパートナーと2007年にこのレーベルを立ち上げたんだ。チリで一番初めのレコード流通とデジタル流通をワールドワイドにするレーベルになりたいなと思って。これからビッグになりそうな友達のDJの作品をリリースして、かっこいいリミキサーを探している。今の音楽ビジネスの状況はあまりよくないと思うし、僕らみたいな小さいレーベルには本当に最悪な状況じゃない?だから、僕らのレーベルは、僕の友達と世界のエレクトロニックシーンをつなぐ、ネットワークビルダーの役目になるんじゃないかなと考えているよ。
Cadenzaから最近リリースしたばかりで、次は「Andes music」からのソロアルバム「 Fiebre Amarilla」を出して、それから年内に LimonadaとPhazeからもリリースするよ。来年はまた Cadenzasから2枚出す予定だね。