中野雅之(以下中野)「レーベルの方から『ベストを出そうよ』っていうのは何年も前から言われてたんだけど、ずっと『嫌だ、嫌だ』って言い続けてきて。俺、自分の過去の作品って聴けないんですよ。やっぱり1年経てば当時の自分は未熟だったと思ってしまう人間だから、聴いててどうしても辛くなっちゃう。でも、こうやってアーティストとしてレコード業界という商業システムの中で生きている以上、いつまでも拒み続けることもできないんだろうなぁと思って……」
レーベルスタッフ「そんなに強制してません!」
中野「(笑)で、思い切って過去の音源をザーッと聴いてみたんですよ。そうしたら、意外と『へぇ……なかなかすごいじゃん』って思った(笑)。客観的におもしろい音楽だなぁと感じられたんだよね。それで、ベストっていう非常に商業主義的なアイコンにむしろ挑んでいって、ちゃんとしたひとつの『作品』として世の中に生み落としてみようっていう気になれた。だから今回出すことにしたんです」
中野「ま、この制作に1ヶ月以上かけてますから(笑)」
中野「そもそも自分は、たくさんの人と音楽を通して手を繋ぎたいって思うから。そのためにはどうしたらいいか、曲が持っている意味をちゃんと伝えていくための最善の形ってなんなのか?っていうことはすごく考えましたね。選曲や曲順はもちろん、やっぱり時代時代で音楽性も機材も違うから、そこのギャップを埋めていく、ひとつの流れで聴ける作品にするための作業も必要だし。むずかしい問題が山積みだったんだけど、そこはひとつひとつ挑んでいかないとダメだから」
川島「作品を聴き直したときに『いい曲いっぱいあるじゃん』と思えたから、これだったらベストを作っても楽曲の世界観が薄まることはない、それくらいの強度の曲を作ってきたっていう確信はあったんだけど、でも出すんだったら自分たちでもう1度マスタリングしたほうがいいとは思ってて。やっぱりマスターテープ(マスタリングによってCD用に音質、音圧調整がされる前の音源)と聴き比べると全然違ってたから」
中野「俺達の作ってたものって、プロのエンジニアが絶対に作らない暴れん坊なマスターなんですよ。それこそ録音マイク立てるところからミックスダウンまで全部自分でやってるから、音の中に他人が介在していない。だから通常エンジニアが間違いとして処理してしまう音が、意志として残ってたりする。ひとつひとつの音に意志が感じられるんですよね。……っていうことが10年ぶりにマスターテープを引っ張り出して聴いてわかって。そのクリエイターとしての骨太さに、昔の自分とはいえ、びっくりした(笑)。で、そういう曲に込められた思いや意味をちゃんと伝えるには、自分でマスタリングするしかないなって――マスターテープとしては独特だから、間違った解釈でマスタリングされちゃうと本当に伝えたいことが伝わらないんです。それは絶対に嫌だから。それで、新作のレコーディングを中断してこれをやりました(笑)」
中野「大変でしたね(笑)」
中野「この作品を聴く70分という時間をいかに充実させることができるかってこと。そこはすごく考えましたね。音楽は自分と自由にリンクできるものであり、自分の世界観を広げる扉になったり、自分の記憶をリマインドさせてくれるもので。だから音楽を聴く時間って、その70分をいかに有意義な時間にすることができるかによって、その後の1年間を充実させることができる可能性を持った大切な時間だと思うんですよ。だから、ちゃんと導入と結論があって、その間には『旅』があるという、そういう流れを1枚のCDの中に閉じ込めなければならない――ネガティヴなことやそれを乗り越える瞬間、昇華されていく瞬間がありつつ、でもそんなに簡単なことではないってことも表されてる――というのを繰り返していく様、つまり人生を表現できればいいなと思いながら作った。これはいつもアルバムを作る時に考えてることなんだけどね」
中野「うん、アーティストもレコード業界も、本当にアルバムという1枚の作品をリスナーが受け取ってくれるのか?ってことに半信半疑になってると思う。それは、すごく寂しいことだなと思うんですよね。ある1曲で人生変えられたってエピソードもわかるけど、俺はやっぱり1枚のアルバムからもらう感動っていうのは比べ物にならないと思ってるから」
中野「そうですね。もちろん僕らのベスト1枚で時代が変わるとは思ってないけど、でも、アルバム1枚聴くことで得られるものってあるぜ、『結構いいものなんだぜ?』ってことは言いたい」
中野「うん、エゴイスティックなだけのものにはしたくなかったし、自分たちのバンドの美味しい部分というか、核になる部分は詰め込まれていると思う。『あ、この曲知ってる』っていう楽しみもありながら、その曲が本来どういう意味を持っていたのかっていうことを再発見できたり、今まで聴き流していた曲も『こんな感動があったのか!』と違う角度から見えたりとか、そういうふうに聴いてもらえるとうれしいな」
川島「俺は『LIGHT MY FIRE』かな。これは何日やってもぜんぜんうまくいかなくて、中野が一晩でトラックを作り直したんですよ。その新しくなったものを聴いたときの、イントロが耳に入ってきたときの衝撃は本当にすごかった。あそこまでの体験はほかになかった気がする」
中野「ビート組むところから楽器から何から、全部やり直したからね。『何かが足りない』と感じたときに、普通はもう1本ギターを足してみようとかってことで済む場合が多いんだけど、このバンドの場合はトラック全部殺しちゃうこともあって。これはそのパターン」
中野「うーん、思い入れがある曲ばっかりだからなぁ………。あ、でも『LET IT ALL COME DOWN』のアコースティックギターの1発目の音が入った瞬間にバンッとカラーが変わるでしょう? あれは自分がそれまで聴いたアコギの中でも最高の音を録ろうと思って、何時間も試行錯誤して録った音で。そういうことってちゃんと残るんだなぁって、無駄になってないなっていうのは思いました。そういうのはどの曲にもいえることだね。あと「JOYLIDE」は、今回新たにシンセの音をダビングしてる。この曲は当時流行ってたビッグビート・ブームの完璧なカウンターを作ろうと思って作った曲で。ロック的なテイストとミニマルなテクノの昂揚感と、予測不可能な連れて行ってくれる感じを全部1曲に盛り込んだ、自分の中では革命的な曲なんですけど、まぁ当たり前なんだけど10何年経つとあまり新鮮さが感じられない部分もあって。で、原曲のイメージを壊さないまま今になじませるために、ちょっとシンセをダビングしました」
中野「大切に音楽を作ってきたんだなぁということは、改めて感じられましたね。本当に寝ないで1曲1曲、丁寧に丁寧に作ってるから。『確かにこれじゃあ2年に1枚がやっとだったよな』って思うくらい(笑)」
中野「あと、その時々の自分はちゃんと反映されるってことは改めて感じましたね。僕らは自分たちで曲も作ってミックスもやってトラックダウンもしてるからこそ、音を聴き直すとすごくわかるんですよね。たとえば、今回は『FULL OF ELEVATING PLEASURES』の曲がキーになっていて。あのアルバムは自分たちをすごくドラスティックに変えていこうとしている時期だったから、世界観の広い楽曲が多いんですよ。音楽の理想形っていう大風呂敷をバンッと広げた形で作ってる。だから結果的に『FULL OF~』からの選曲が多くなったな。DISC 1もDISC 2もエンディングは『FULL OF~』の曲だしね。振り返ると、あのアルバムは結構不思議だったなぁって。日本に制作の拠点を設けて最初のアルバムなんだけど、海外にいたことで自分が日本人であるということをすごく感じていた時期でもあって、自分たちをリスタートしたいという欲求や、表現に対する欲求が凄く強かった。自分のあらゆるモチベーションが詰まっている作品――だからこそバリエーションが広くてエネルギッシュな、そして開放的な作品。で、逆に『UMBRA』の曲はフラストレーションを感じるし(笑)。でも、違和感は感じなかった……。俺、結構自虐的だったんだよね。『UMBRA』って『OUT LOUD』聴いてた人からは衝撃的なものだったし」
中野「それに対するいろんな向かい風もあったから、そんなものを作ってしまった自分への戒めの気持ちもあって、『UMBRA』は1番聴けないアルバムだったの。でも今回マスターテープを引っ張り出して聴いてみたら、すごくみずみずしい音楽ばっかりだった。その場で鳴ってる音に対してものすごく楽しみながら作ってたんだなぁってことが、明らかに聴いて取れる感じだった。それがわかったのはよかったと思う」
川島「『こうすればよかったなぁ』なんていう後悔は、俺は地球上でも1番多い部類の人だと思うから(笑)。いろいろあることはあるけど、でも昔が間違ってて今があってるとか、昔があってて今は失ってしまったものがあるとかは、まったく思わなかった。音楽性は変化しているけど、でもそれは人間が変化していく以上当たり前のことで……、すごく筋が通ってるなぁと思った。歌い方も「40 forty」とか「INGRAINED」みたいに地獄の底を這うような(笑)低い声を出してたりするものから、「KICK IT OUT」みたいなシャウトしていく感じまであったり……。歌詞に関しても、書き方もトピックもぜんぜん違うから。昔はやっぱり悩み過ぎてるところもあるし、カッコつけてた部分もあるし。そういう意味で、すごく歴史を感じましたね」
川島「そう言ってもらえると嬉しいです」
中野「逆にこれくらい濃いオリジナルアルバムを作らなきゃいけないというプレッシャーが、今……(苦笑)」
中野&川島「はい、頑張ります(笑)」
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