INTERVIEWS

ATOM(TM) & MASAKI SAKAMOTO

MASAKI SAKAMOTO:僕が、ブロードバンド経由でのファイル交換という制作手段だけでやっていたユニット"SL@yRe & The Feminine Stoolξ"のアルバム「Phut Cr@ckle Tokyo[k] 」を2005年にリリースした直後に、Atomに聴いてもらいたくて手紙を同封してCDを送ったのが始まりです。その後、こっちの連絡先も書いてなかったのにわざわざ調べてくれたみたいで、いきなり彼からメールが来て。本当にうれしかったです。それで、あれこれやりとりしてるうちに、当時僕が次のアルバム(「ENDOTONES」)を作っていたので、「何曲か一緒にやらない?」と聞いてみたら、むこうもOKで。そのアルバムでは結局2曲コラボできたんですが、そこからです。

ATOM:お互いのアプローチの仕方に魅力を感じた。まずメールのやり取りをして、ある時点でMASAKI SAKAMOTO氏が何か一緒にやることを提案した。最初のアイデアは、単純に我々が楽しいと感じる音楽を作る。アプローチは純粋に直観的だったね。「単に一緒に楽しいことをやろう」と。それからコンセプトを考えず、音楽的アイデアをいろいろ交換し始めたんだ。 MASAKI SAKAMOTO:とにかくファイル交換で音楽をつくること(コミュニケーションが制限された状態)では、言葉のやりとりより、でき上がりつつある音楽そのものが最終型に導いてくれると思う、というところから始まっているので、とくに最初からこだわりはなかったです。このアルバムを制作している途中、あるときATOMのソロの新作を聴かせてもらったことがあって、彼はこのころ、昔使っていたアナログデバイスを引っ張り出して修理して使ったり、アナログのアウトボードを多用するようになる過渡期だったみたいで。僕はといえば同じ時期、エレクトロニカ熱も冷め始めていて、PCでファイルをいじり倒すことに楽しみを感じなくなっていたりしていて、ちょうどそのとき彼が僕に「デジタルの出始めはその未体験のハイファイさに本当に興奮したが、今は逆で、デジタルがローファイでアナログがハイファイに感じてしまう」と言ってきたのに同感を覚えたりしました。なので、今回のアルバムでも、お互いとにかくデジタルとアナログのハイブリッド感を追求する方向にいきました。技術的に大切なこととして、古いもの(アナログデバイス)も、新しいもの(デジタルインターフェース)も、いずれも最高の技術を使っていい音をデジタル化することがもっとも重要である、ということにお互い制作している最中に気付いた感じです。 ATOM:まず、1度も同じスタジオ、または部屋で一緒に制作作業を行わないで音楽ができ上がった。全部、東京ーサンティアゴ間の遠距離データ交換で完成された。テクニカルな面でも、この方法でデータを交換する作業の繰り返しが多ければ多いほど、オーディオファイルが簡単に悪化する可能性がある危険は理解していたね。したがって、実際どの様に音楽を制作するかの定義のため、何個かルールを設ける必要があった。音源データは一回しかお互いに送らないことに決めた。その後、すべての新バージョン、ファイルなどは単に存在するセッションに足されることにした(過去のセッションを再度送るのではなく)。そのためには、お互い同じテクニカルセットアップであることと、プロセス自体を把握していることが必要となったんだ。

MASAKI SAKAMOTO:音源データのリンクが付いているかどうかはさておき、制作中、彼と往復したメールの量は軽く400通を超えました。ある程度完成形が見えたところで、ATOMがチリでデジタルミックスし、同じプロジェクトファイルを東京で僕がSSL X-RACKを使ってアナログミックスし、それを今度はATOMがチリで名機の数々を駆使してアナログマスタリングし、さらにそれを、僕とATOMでデジタルプラグインを共有させて微調整するというプロセスを踏むことですべてがうまくいきました。何といっても気持ちがいいのは、今回リミッターをまったく使っていないという点です。 ATOM:ひとつの長い流れの音楽を作ることが主なコアアイデアだったと思う。「異なるステージ」「強烈さ」「情景」に向けて、それをゴールとして前進する感じだった。実際の作曲においてということではなく、単にテクニカル的な参考として、これを「シンフォニー」と言う定義で説明することにしたんだ。「シンフォニー」という言葉は歴史的な響きがあるので、そのチャーミングさで遊びたかった。
クラシックのシンフォニーを聴く場合、トラックという課題は存在しない。コンサートホールで座ってシンフォニーを聴くとき、トラックとか、ある楽章の始まりも終わりも気にせず、全体の音楽をいっぺんに聴く。たったひとつの体験だね。もし作曲家が異なる楽章を異なる状況で書いたか、異なる音楽的アイディアをひとつのシンフォニーにペーストしたのかは、大したことではない。大切なのは、全体的にシンフォニーがうまくいくかだ。僕らもまさにこの点を気にかけた。聴いて楽しい、おもしろいストーリーがあるか、おもしろい気持ちを伝える上手くいくひとつの構造を作りたかった。この長い構造が完成した今となっては、ある部分が作品の中で再現されたり、ある瞬間は明らかにほかの瞬間とまったく別であることを感じたり、聞こえたりするだろう。明らかに異なるさまざまなステージをとおる、エイリアンのようなストーリーを伝える音楽的構造。その時点で、楽章に名を付けて、全体の構造の中で重要性を与えることでお互いに理屈が合ったんだ。僕が思うには、坂本さんも僕も本当はトラックというコンセプトはそんなに好きではない。「スタートID」はたまたまCDというメディアに含まれているものなんだと思う。実際、最近人々は長い音楽構造に集中できなくなったため、音楽は断片に小さく分割されなくてはならなくなったのだと思っている。 MASAKI SAKAMOTO:「400通のやりとりしたメール」の中でもっとも強く印象に残っている会話で、「おそらく僕もATOMも一般的には変わった人の部類に入るんだと思うんだけど、その"違和感"たるや、周りが見る以上に本人たちは強く感じていて、とくにATOMは世界中どこに行っても"stranger"な気分を味わい続けてきた」っていう話をしたことがあったんです。僕はなんだかんだで自分はある程度、普通の生き方的なバランスを取れていると思ってますが、それでも処理しきれない感情や衝動を音楽として吐き出しているところがあると思っているんです。で、ATOMはなおさらそうなんだろう、と。彼は「世界のどこにも居場所を感じない感覚」を「alienism(エイリアニズム)」と呼ぶらしく、僕たち2人にとって、これは随分大きなテーマになり得るトピックでした。

ATOM:「シンフォニック」の作品を作るときの音楽に対するアプローチの仕方と、エイリアンの目線を合わせたってことだね。この場合、「エイリアン」という言葉の定義は「他人」「外国人」……。かけ離れた見方のこと。アルバムの概要となるコンセプトを話しているとき、誰がこの定義を会話に出したのかは覚えていないけれども、僕は、奇妙なことに、地球のどこでも関連もなく感じているので自身をエイリアンと呼んでいる。最終的に、僕らの音楽を見上げて、坂本さんと私はエイリアンだということに決めた。これで自由にスタイル、要素、引用句等を選べることが可能となる上、新たな音楽の形を達成できるフリーな方法となったんだ。 ATOM:場所自体が重要なポイントになりえるかどうかはわからない。というよりも、その人自身及び、文化的背景が重要だ。それは一方で、文化的に「遠い」のに、芸術的に「非常に近い」というおもしろいコンビネーションの人と一緒に仕事することがある、ということだ。これはエイリアンの見方と同じなんだ。場所の重要性は、出会った人の魂よりは低く感じる。

MASAKI SAKAMOTO:僕が以前から意識していることなんですが、バンドでリアルタイムで作り上げる音楽の密度、意識下も含めた高尚なコミュニケーションの上に成り立つ音楽には、左の脳で分析しようにも分析しきれないようなすごさがある。そういったことは自分も楽器を演奏するプレイヤーとして、音楽のマジックだと理解しているつもりなんですけど、対してこういう、コンピュータを作って作り上げて行く音楽には、たとえるならば絵を描く感じみたいな、みんなで同時に何か作り上げる感じではなくて極めてパーソナルな時間の流れがあると思うんです。で、こういう音楽を誰かとコラボレーションする場合、お互いの完成の交わる瞬間の喜び以前に、それぞれが、たった独りで音楽と向き合い、じっくり独りの時間を過ごすことがとても大事なことだと思っています。つまり隣にパートナーがいていろいろ話しながら……という時間の過ごし方、それとは違ったパーソナルな時間の流れから生まれるよさと、決してクローズではない、確実にコミュニケーションがあるところのよさ、その両方があると思います。場所が離れていることより、それぞれが独りの時間を過ごすことが重要なんだと思います。 MASAKI SAKAMOTO:コシミハルさんは、実は以前から知り合いだったというのがあったんですが、ATOMもコシさんをリスペクトしているということを知っていたので、今回参加していただきました。Coppe'に関しては、ATOMからの紹介です。「Coppe'知ってる?メールしてみて」こんな感じ。前回のアルバムにも参加してもらっているので、その流れもありました。Chris MosdellはATOMの友達で、彼が「Chrisは東京に住んでるからコンタクト取って、歌詞書いてもらって」というもんだから、Chrisにメールして会ったんです。ドキドキしましたよ。で、全員に共通しているのはエイリアニズムを即座に理解し得る人、あるいはもうすでにエイリアンである人。アルバムのコンセプトにバッチリ合う人でした。Chrisは僕の作ったポリフォニーにコンセプチュアルな歌詞、あり得ないけどわくわくするような、一瞬で曲そのものがコンセプチュアルなエアをまとってしまうようないい歌詞を書いてくれました。ぜひ歌詞カードを見て欲しいです。コシミハルさんは日本語、英語、フランス語の3カ国語が混ざった変わったアクセントで歌ってくれました。これをエイリアニズムと言わずして何を……という感じでしょ? ATOM:もちろんいろいろなレベルで発見があった。ひとつはテクニカルな面。新たな結論や成果を出すように、お互いいろいろな課題について相談したんだ。今回、制作中にいろいろな制作テクニックの成果を注意深く比べながら、収録、ミックス、マスタリングなどにおいてお互いに新しいことを初めて試すことができたので、お互いを成長させた最高な経験だと思っている。そしてもうひとつは、純粋に音楽的なレベルだ。それは、坂本さんと僕がどのように曲に取りかかるか。単純に「音楽を作る」といっても、お互い違う角度から始まったりするということだ。坂本さんはピアノ演奏などでもっとクラシカル的に訓練を受けているし、ジャズの背景もあるが、エレクトロニックミュージックが好きだ。一方で僕はドラム、プログラミング、編集などからきていて、聴き方や音楽構造の理解は坂本さんのと比べて実はなかなか異なっている。お互いの制作において、何が大事か、大事ではないのかも同時に違う。したがって、坂本さんが何かを作曲するとき、彼は僕が思いつかないことを行う。でもたとえば自分なら違う風にするけど……という部分も聴こえてくる。そして、その逆のこともある。このように進めると突然音楽的言語そのものの広い意識が開発される。これらは、僕には少なくとも重要な発見だったね。

MASAKI SAKAMOTO:僕は最初から音楽の道に進まなかったけれど、ずっと音楽に対して子供のときから好奇心一杯で、音楽に関わることには何の躊躇もなかったです。これは理由を考えてもわからない。それで医者という仕事に就いたわけですが、いよいよ生活スタイルの中に無理矢理音楽の居場所を作らないといけない年齢になり、歳を取るにつれてそれに対して費やさなくてはいけない努力は増える一方で、自分の体力、精神力との勝負になってきています。本能的なモチベーションから、もう少し理屈っぽくてもいいから言語化できるような音楽を作る理由、もっというと、生きる理由を考えないといけない局面にさしかかってきていることを自覚しています。とくに今回のATOMとのやり取りでいろいろ考えるようになりました。


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