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freerange tokyo

AOSAWA (以下:A)「昔からfreerange recordsのリリースをチェックしていて、レーベルのA&Rとしてもチャンスがあるなら、freerange recordsの音源を扱いたいと常々考えていたんだよね。そうしたら、あるときディストリビューションの話が舞い込んできたんだ。それが商売になる云々ではなく、『freerange recordsが好きだから』という思いからリリース実現に向けて動き出したんだ。それでカンヌで開催されているMIDEMまでJimpsterに会いに行ったのが、彼との最初の出会いかな 」

大山 (以下:O)「その出会いがのちの『Mix This - Jimpster』へと繋がっていったんだね。最初このCDを聴いときの衝撃を今でも憶えているよ。全体の構成やミックスのクオリティーが高くて、今聴いても色褪せない名盤だと思う。『freerange tokyo』のスタートは2009年からだけど、実際、企画段階の話は2008年から始まったよね。WAREHOUSE702からJimpsterを招聘したいという話をもらって、ちょうど前年に「Mix This - Jimpster」がリリースされていたり、僕らとしてもJimpsterをキッカケにfreerange recordsをちゃんと日本に紹介していきたいと考えていた時に、みんなの様々な思いが一致して、freerange tokyoのスタートへと動き出したんだ」

A「freerange recordsのよさはひとことでは言い表せないものだけど、彼らの音楽はとても有機的で、アーティストたちもミュージシャンとしての経歴がしっかりしている人達が揃っているから、常に音楽性の高いリリースを保ってると思う。そういうクオリティーの高さを日本に紹介していきたいと思っていたよ」

O「当時はテックハウスがシーンを席巻していて、その偏った流れにおもしろさを感じられなくなっていた。だからこそ、イギリスでディープハウスシーンが再び注目されていた状況を日本にも流し込んで、一石を投じたいという思いがあったんだよね」 A「2009年4月にやっとスタートしたとき、最初のパーティーは衝撃的だったね! Jimpsterのプレイもとてもエネルギッシュでよかったし、それに呼応するようにフロアのテンションも朝7時過ぎまで持続していたよね」

O「日本のシーンでも、ちょうどディープハウスが注目され始めた時期だったね」

A「あのとき、Jimpsterが手がけたリミックスがタイミングよく立て続けにリリースされていたし、Jimpsterの名前が一つのブランドとして確立されていたイメージがあるな」

高橋 (以下:T)「でも、スタート前にfreerange tokyoの企画をさまざまな人に話すと、『すごくカッコイイ企画だね』と注目してくれる反面、『動員は大丈夫なの?』と心配されたのを憶えています (笑)」

吹上 (以下: F)「そうだね。まだこういう音がしっかりと根付いていなかったし、Jimpster自体も、都内のクラブではまともに週末にプレイしたことがなかったからね。でも、まさかパーティー終盤にジェイミー (Jimpster) を交えてDJ全員でバックトゥバックをするとは思ってもいなかったよ。本国なら気が知れた仲間たちとそういう流れになるかもしれないけど、言葉が通じない異国でローカルDJ達と一緒に楽しむ、というのはなかなかないことだと思うよ。ジェイミー自身も、よほどパーティーを楽しんでくれた証拠だね」

T「翌年も当初は4月に来日する予定だったけど、火山噴火の影響で来れなかったのは残念でした」

F「ジェイミーがイギリスを発つその日に火山が爆発して、かなり大変だったよ。急遽ユーロスターでフランスのシャルル・ド・ゴール空港まで行くチケットをどうにか1席確保して、ジェイミーも急な旅程にトライしてくれたんだけど、発車の時間にどうしても間に合わなかった」

A「でも、メイン・ゲスト不在ながら、いざ蓋を開けてみたら、たくさんの人がアニヴァーサリーをお祝いしに来てくれて、すごく良いパーティーだったよ」

O「4月にジェイミーが止む終えず来れなかった分、8月に再来日が実現したときは、またすごい盛り上がりだったね」 A「ちょうどアルバム「Crash」がリリースされた時期だったね。Jimpsterがリミックスした「Rhythm Track」が色々なDJにプレイされていたし、前年からも様々なリミックスを頻繁に手がけていて、旬な中での来日だったと思う。そういえば、あのときのライヴはテッキーなセットだったよね」

O「うん。freerange recordsのまた違った側面を見せることができたんじゃないかな」

A「でも、ミルトンは凄く酔っぱらっていたよね (笑)」

T「セッティングの段階からディタオレンジをずっと飲んでいましたよ (笑)」 A「今までパーティーを続けてきた中で、JimpsterとShur-i-kan、そしてTony Lionniは、キャリアを積んでいる分、ズバ抜けていたと思う」

O「freerange recordsの中でもDJとして随一の巧さを誇っているよね」

T「初回の評判が良く、翌年の再来日時はちょうど『One Night In Tokyo』のリリースも重なって、まさに"待望の"といった雰囲気でしたね」

O「ちなみに彼は昔SEGAで働いていて、よく日本に来ていたらしいよ」

A「ゲーム音楽を制作していたの?」

F「いや、ゲームのプログラマー」

O「初めて会ったとき、『お前はSEGAを知っているか?』って聞かれた (笑)」 F「Manuel Turは若かったね。23歳! でも、(若いのに)ミキサーの指定がUREI (笑)」

A「このパーティーの2ヶ月前にアムステルダムで開催されたfreerange recordsのパーティーに行ったんだけど、そこで初めてManuel Turに会ったよ。Jimpsterとか大物に混じって一人だけ若いから緊張しているのか、第一印象がとてもシャイな人だったな」

O「でも、あの若さでfreerange recordsからアルバムをリリースしたのはすごいことだよね」

A「今もだけど、リミックスワークがすごく多いよね。何気に大物の作品も手がけているし。ちなみに最近だと、「Most This Moment」が話題になっていたよ」

D「若いのに、ボーカルトラックの制作もしっかりできるアーティストはそうそういないよね」 O「Manuel Turとは打って変わった、べテランならではの深さがあるプレイだったね」

F「(過去のフライヤーを見て) Manuel Turは"16歳で楽曲をリリース"って書いてあるけど、Roccoは"16歳で初めて2台のターンテーブルをゲット"って書いてある。どんだけ時代が違うんだよ (笑)」

一同「(笑)」

A「確かに、freerange records以外にもReal ToneやBuzzin' Flyにも所属していて、経歴が長いアーティストだよね」

O「確かWAREHOUSE702のサウンドシステムが増強されたあとだよね? Roccoが音響を褒めていたよ」 T「Tom Middletonとは、その年の3月に偶然マイアミで話す機会があったんですよ。僕らがfreerange tokyoをオーガナイズしている話をしたら、とても興味を持ってくれたのを憶えています。音楽に対してとても真摯で、気さくな人でした」

O「実際、Tom Middletonはfreerange recordsのメンバーではないけど、ジェイミーの大親友ということで、このパーティーはいわば、freerange tokyoのスペシャル版だったね」

A「基本的にはfreerange recordsらしい選曲ながら、終盤には彼の「Shinkansen」等のアンビエントやドラムンベースも織り交ぜて、彼らしい音楽性の幅広さが垣間見えたセットだったな」 F「freerange recordsからアルバム「As One」をリリースした後、待望の来日だったね」

A「個人的にはfreerange tokyoで招聘したゲストDJの中でも1、2を争うくらいのいいDJだった。セットのスタートがLil' Louis「Do U Luv Me」だったのが印象的だな」

O「アレはビックリしたよね (笑)」

A「あのスタートからフロアの雰囲気を掴み取っていく巧さは流石だったな」

O「ディープハウスシーンの人だけど、Ostgut TonやFigureからもリリースをしたり、時々Berghainでもプレイしているみたいで、そういった意味でも幅の広さを持っている人だったね」 F「Lovebirdsはお騒がせだった (笑)」

T 「セッティング時に機材トラブルがありましたね」

O「TRAKTORを起動させたら音が出ないから、最初オーディオインターフェイスに問題があるような話になって、慌てていろいろなDJに電話して、バックアップを取り寄せようとしたよね。結局ラップトップを再起動したら音が出たけど(笑)」

F「彼はKnee Deep名義でも有名だけど、意外とこのときが初来日だったね」 T「初来日かと思ったら、実は過去にトランスのアーティストとして日本に来た経験があるんですよね。『これまでトランスに求めていたスピリチュアルなものをディープハウスに感じて現在のスタイルになった』と言っていました」

A「そういう風にサウンドスタイルが移行していくのもおもしろいね。パーティー前日にSounds Good JapanというUstream番組に出演していたけど、その時のDJもずごくよかったよ」

F「そういえば、彼はWAREHOUSE702のバーテンに飲まされ続けていたね (笑)」

T「(笑)。freerange recordsのアーティスト達は、一緒にお酒を飲んでくれたり、ホームのようにパーティーを楽しんでいる印象がありますね」 F「やっと2周年だね」

O「今回はローカルからもゲストDJが集まるし、昨年以上にボリュームがある内容になっているよね」

A「4月の渚で開催したfreerange tokyo Limitedでは、Satoshi OtsukiやRAHAさんなど、都内のDJたちがブースに集まってくれて、渚の中でも異色の盛り上がりになったけど、そういう事柄からもfreerange tokyoはいろいろなDJやクラブ関係者からのサポートを受けてきて、今回の2周年をむかえることができるんだなと思う」

O「New World Recordsの人たちもよくパーティーに遊びに来てくれるよね。Milton JacksonやTony Lionniなど、そこから「Tokyo House Underground」シリーズへの参加に繋がっていったというのは、僕らとしてもうれしいことだね」

A「今後もfreerange tokyoを続けて行く上で、これからもfreerange recordsからニューカマーがどんどん出てきて欲しいな。それと、ローカルの若手DJ達にもパーティーにぜひ遊びに来て、freerange recordsならではのべテランのプレイを直に楽しんでもらいたいし、僕らにもどんどんアピールして欲しいかな。若い世代の中に良い才能がいて、このパーティーの質が継続していくなら、別に自分がレジデントDJでなくても構わないよ (笑)」

一同「おいおい (笑)」