INTERVIEWS

Hiroshi Watanabe

Kaito、QUADRA名義の作品でも知られ、コアなテクノミュージックファンやゲーマー、アニメファンまで幅広いファンに愛され続けている日本人アーティストHiroshi Watanabe。自主レーベルMusic In The Deep Cosmosのローンチをはじめ、日本人初の偉業達成となったDerrick May率いる世界的レーベルTransmatからの作品リリース、さらには同レーベルの30周年イベントへの出演など、彼にとって激動の1年となった2016年。その躍進にさらに拍車をかけるような話題が耳に入ってきた。それは、自分にとってのライフワークだと明言しているミックスシリーズ「Contact To The Spirits」の新作リリースだ。4年ぶり第3弾となる本作が、なぜこのタイミングで世に放たれることになったのか。その必然性に迫るべく、自主レーベルのローンチや、「MULTIVERSE」のリリース経緯、さらにはDJキャリアをスタートさせたきっかけなども織り交ぜながら本人に聞いてみた。

Interview&Text: Yoshiki Yamazaki(clubberia)
Photo : Satomi Namba(clubberia)

 

 

 

ミックスCDとして敢えて商品にするという意味、意図、意気込みをどれだけ詰め込められるか


ーー『Contact To The Spirits 3』は4年ぶりのミックス作品となりますね。
今年は、レーベルのローンチやTransmatからのリリースなど、自分にとっていろんな扉が開いた年だったので、今年のうちにリリースしたいという想いがありました。なので本作品には、今年に懸けた僕の想いが集約しています。

ーー『Contact To The Spirits』シリーズのコンセプトというのは?
“誰かが気持ちを込めて作り上げた作品を扱ってどうやって自分の世界観にコンバートさせるか”ということを本シリーズでは表現しています。また、現場でプレイしている感覚を、ある方程式をもとに84分という制限されたCDの世界のなかに詰め込み、さらに商品化するという意味、意図、意気込みをどれだけ詰め込められるか、ということにチャレンジしていくシリーズなんです。

ーーHiroshiさんの場合、ミックス作品はどのように作っていくんですか?
このシリーズでは大体の曲をピックアップした後、曲と曲とのハーモニーやシナリオを調整します。すべての曲をすべて同じピッチ(楽曲の移調+ーの事)に合わせたとしても、それぞれ個体値があるので厳密にいうと“すべて同じ”というわけではないんですね。さらにそのピッチのズレを割り出し、ハーモニーがより綺麗に聴こえるよう構築させ、作品全体を通してひとつの大きなハーモニーに聴こえるかどうかという全体の流れにも注意を払っています。ピッチをずらさなくてもいい曲もありますが、大抵はターゲットとなる曲から+1からー1とか、多くても+ー2の範囲にセットし、さらに細かくいくと0から+ー1(例 0.35など)の間で調整することもあります。それくらい徹底的にハーモニーの構築に対して考えていますね。

ーー緻密なシナリオ作りが作品全体の完成美に影響を与えているんですね。とくに気に入っているミックスポイントはありますか?
それは随所にありますよ。何かしらいじって常にミックスしていますからね。個人的には、2曲がずっと被っている状態が理想です。でもミックスCDの特性上、IDを打って曲ごとの情報を表示させ、どこかで曲を区切る必要があるので、それは難しいんですよね…。ちなみにIDは、少しでも次の曲が入ってきたと自分が感じたところで入れてるので、CDプレイヤーなどで曲を飛ばした時、聴感上では気がつかないかも知れません。

ーーでは、人のプレイではどうでしょうか? 今までで一番衝撃を受けたミックスなどはありますか?
90年代半ばの日本のシーンでは、DJ K.U.D.O.さんがプレイしていたトランス〜テクノを縦横無尽にジワジワとそして気付くと知らぬ間に感覚をピークへと運ぶマジックのような音の構築の仕方にはすごく衝撃を受けましたね。当時僕が滞在していたニューヨークでいえばSound Factoryのサウンドシステムの凄さに生涯自分に必要なクラブサウンド体験が詰まっていて集約されている気がします。「自分だったらこうプレイする」という気持ちが本当にそこに込められているかどうか? それをJunior VasquezがプレイしていたクラブSound Factoryで体感しましたね。凄まじいプレイでした。特に印象にあるのは壮絶なロングミックスでしたね...。それら体験は間違いなく今の自分のDJプレイにも影響を及ぼしていますし、そして「Contact To The Spirits」に込めようとしているものも、DJミックスというひとつの表現としてもひとつの軸になった体験だったと思います。

■Junior Vasquez - Sound Factory 1993

 

 

 

自我意識で作られた作品なのにどこか他人が作っているものを聴いているような感覚


ーー自主レーベルMusic In The Deep Cosmosのローンチ経緯を教えてください。
KompaktだったりギリシャのKlik Recordsだったりと、自分の作品を出せる環境が国外にあった分、自身のレーベルからしっかりと作品を出しているアーティストを見ていて“後れを取っているな”という感覚が正直あったんですよね。自分の確固たる拠点というか、何か作品を出したいと思ったときに他の意見やディレクションを介さずにそのまま出せるプラットホームを作るべきだろうと思いローンチしました。

ーーQUADRA名義の作品をレーベル第1弾としてリリースしたのはなぜですか?
QUADRA名義の作品は、もともとFrogman Recordsという国内レーベルからリリースされていたのですが、そのレーベルがなくなってしまってからというもの、それら楽曲がずっと宙ぶらりんになっていたんです。中古でしか出回っていなかったという現状も知っていたので、作品全体をまとめてもう一度リリースしようと思い至ったんです。

ーー楽曲は全部リマスタリングされた状態でリリースされています。改めて昔の楽曲を聴いたときの感想は?
新たな発見が大きかったですね。当時の潔さだったり、若さゆえのエネルギッシュな部分を見せつけられました。「若いな、初々しいな」というような過去作品への回帰ではなく、「こんなことやってたんだ」というような新たな発見です。当然過去に比べて現在の自分というものは進化してるんですけど、現在の自分にはない感覚がそこにはあって。自分の作品ですが、他人が作っているものを聴いているような感覚でした。

ーー過去の話においてもうひとつ。そもそもDJはいつから始めたのでしょうか?
じつはダンスミュージックの作曲もDJも同じ時期に始めたんですよ。きっかけは、作曲活動をしていくなかで、本物のダンスミュージックの作り方の答えはどこにあるのか? という疑問が生じたからなんです。学生の頃、自分が作ったダンスミュージックと既にリリースされた他の作品を聴き比べたときに、何かが違った。それで、その答えはDJをしないと埋められないんじゃないか、という考えにいたり機材を揃えてDJを始めたことがきっかけでした。なので当初は純粋に楽曲をより深く理解したいという気持ちから始めたDJだったんです。

ーー最近のDJ活動としては、11月に行われたヨーロッパツアーが大きく注目されていましたね。なかでもフランスで開催されたTransmatのレーベル30周年イベントでは、最近TransmatからアルバムリリースしたピアニストFrancesco Tristanoとも共演されましたがいかがでしたか?
彼は、クラシックピアニストがデトロイトテクノをトランジションしていくような今までにいないクラシック界とエレクトロミュージック界を行き来できる希少なアーティストなので、当日のパリ公演でもすごく興味深いライブでしたよ。僕の方は、Transmat初の日本人アーティストということもあるのでDerrick Mayのフォロワーからしてもそういう意味で受け止めてくれるお客さんもいっぱいいて、興味深く僕のプレイを見てくれていたので逆にやりやすかったですね。

ーー彼とコラボレーションしたいですか?
実際に2015年にクラシックコンサートで来日をした際にFrancescoとは自宅スタジオでセッションもしててコラボレーション作品の制作は始めているんです。そもそも、コラボレーションの面白さというものを僕は最近やっと感じられるようになってきたんです。相手の動きに対しちゃんとキャッチして反応できるかどうか、といったようなアドリブ的な掛け合いができることで、より一層エレクトロミュージックという枠を飛び越えられるんじゃないかなとKUNIYUKIさんとライブセッションをした時にも強く感じましたし、制作に対しても思っています。

 

 

 

 

Transmatのアルバム『Multiverse』を日本国内からリリースした理由とは?



ーーEP「MULTIVERSE」のリリースの経緯についてお伺いしたいのですが、そもそもDerrick Mayとはどのようにして出会ったのでしょうか?
西麻布Space Lab Yellowのクロージングパーティーです。DerrickはDJで来日していて、僕はKaitoとしてライブ出演していました。そのパーティーが始まる前に彼と会って話した時が本当の意味でのお互いに直接コミュニケーションを取った最初だった気がします。

ーーDerrickは、Hiroshiさんのことをすでに知っていましたか?
はい。当時Kompaktからリリースしていたこともあって、Kaitoのサウンドは知ってるし好きだ!と言ってくれてて、その後のライブも驚くほど評価してくれたので、最初はデリックが言っていることは嘘なんじゃないかなと思っていました(笑)。でもその後交流と対話を交わすなかで、DerrickがDJでも僕の曲を使ってくれたりミックスCDに使ってくれてたりと自分にもこれは本音で話しかけてくれているという実感が沸いてきて。そこから、僕も恐縮ばかりしていないで体当たりしていこうと思ったんです。思い返すと始めの頃は僕は緊張しまくってましたね...(笑)。

ーーそれがきっかけで、自身の曲を彼に送ることに?
親交を深めていくなか、2014年の正月に熊本でDerrickと一緒にDJをする機会があって、そこでさらにいろいろと深い話をしたんです。例えば、海外活動でのエージェントの話をしていたときに、「Transmatでもエージェントサポートしていくよ」と言ってもらえたことや。その辺りからより関係も親密になっていったので、いよいよ自分のなかの思いを彼にぶつけようと思って、その後ちょうど出来上がっていたデモをまずは送ってみたんです。そしたらある朝メールが来て、「Hiroshi、Transmatから本当にリリースしたいんだったら、そういう曲を作ってこい」といった内容のメッセージが送られてきて。その時、僕はふたつの衝撃というか認識を受けたんです。ひとつは「送ったデモのレベルがそこに到達していなかった」という認識と。もうひとつは、「そういうものを作れさえすれば絶対リリースできる」とDerrickが約束をしているということへ喜びと衝撃というか。その後に彼から届いたメールには、「お前がそのレベルの曲を作れば、必ず次のTransmatのリリースはHiroshiの作品だと約束する」と書いてありました。

ーーそうして生まれた作品がEP「MULTIVERSE」というわけですね。その後、国内レーベルのU/M/A/Aからアルバムがリリースされることになるのですが、ここの経緯を詳しく教えていただけますか?
まず、レーベルとして今現在はアルバム単位でのリリースはしたくないという当時のDerrickの思惑があったので、LPリリースというのは難しかったんです。ただ、アルバム相当数の曲を彼にはTransmatの楽曲としてその時選んでもらっていて「こんなに曲があるんだからデジタルではアルバムとして出そう」と言ってくれてたんです。その後、EPはアナログで、アルバムはデジタルでリリースする方向で進めていました。しかし、そこから実際にレーベルがリリースへ向けてさまざまな準備を進めていくなかで細かい方針変更や30周年というタイミングへ合わせていくなか、残念でしたがアルバムとしてのデジタルリリースの話は頓挫してしまったんですね。その状況をいろいろ考えたなかで出した手段として、TransmatからはEPのみをリリースし、アルバムとしては楽曲をTransmatから国内レーベルであるU/M/A/Aにライセンスしてもらい、日本発信でTransmatのアルバムをリリースすることに決まったんです。でも結果的には、このアルバムが日本で多くの人へと渡り販売枚数的にもヒットと言える数字でしたので、海外へもアルバムの存在は配信を通じて知れ渡っていきました。じつはTransmatからアルバムとして『MULTIVERSE』をついにアナログでも来年あたりにリリースすることになりましたよ(笑)。具体的な日程はまだお伝えできませんけど今その準備中です! アルバムもアナログで聴きたいと思ってくれていたみなさん、ぜひ楽しみにしてて下さいね!

ーーおめでとうございます! では最後に来年の活動予定を教えてください
春から夏にかけて、Kaitoの作品をKompaktからではなく敢えて自分のレーベルからリリースしようと思っています。KompaktからリリースされるKaitoというものは日本でも十分に認知してもらえてきたし、そこにKompaktという母体があって始めたプロジェクトだということも十分に知ってもらえてきていると思いますから。Kaito=Kompaktという認識を敢えて一旦切り離して、日本発信でKaitoの作品を世に送りだしてみたいんですね。そうなった時に、日本や海外にいるKaitoファンが新生Kaitoをどんな風に受け止めてくれるのかも見てみたいです。あとは、TransmatからのLPリリース後の展開ももちろん考えていて、すでに楽曲はデリックのもとへ渡ってます。最高に気に入ってもらっている曲が出来上がってるのでぜひ楽しみにしていてください! それがいつになるか! は今はまだまったく分かりませんが...(笑)。自分でも期待してます。

 

 

 

 

- Release Information -

タイトル:Contact To The Spirits 3
アーティスト:Hiroshi Watanabe
発売日:2016年11月23日(水)
価格:2,592円

[トラックリスト]
1. Sunrise On 3rd Avenue - Marsen Jules
2. Stage 1 - Roberto Clementi
3. Collapsar(Unreleased)- R406
4. 8&6 - The Analog Roland Orchestra
5. Steganography(Dub Version)- Alex W
6. Perfect Storm(Frequency Fifty Rework)- A.Paul
7. Broken Times - Mark Broom
8. Machine Theme - Kirk Degiorgio
9. Solstice - Jon Hester
10. Put Your Color In Music(feat. Los Hermanos)- Ian o'Brien
11. 3 Forms Of Sadness - Deep'a & Biri
12. Good Time Charlie(Claude Young Remix)- Rennie Foster
13. In The Blurry Mist Of Yourself - Sebastian Mullaert
14. internal_external_where_is_my_body(Unreleased)- junyamabe
15. In The End - Woo York
16. RB-1 - Africans with Mainframes
17. Spector - Deviere
18. Jazzaj - Karim Sahraoui
19. Cevennes Calling - Vince Noog
20. The Stream Of Consciousness(Exclusive New Track) - Kaito
21. Memories Of Heaven - Tomohiro Nakamura

■リリースページ
http://www.clubberia.com/ja/music/releases/4830-Contact-To-The-Spirits-3-Hiroshi-Watanabe/

- Event Information -
タイトル:Hi-TEK-SOUL JAPAN TOUR 2017
開催日:1月7日(土)
会場:Contact(東京都渋谷区道玄坂2-10-12 新大宗ビル4号館 地下2階)
時間:22時
料金:DOOR 3,500円  WF 3,000円
出演者:【Studio】Derrick May(Transmat/from Detroit), HIROSHI WATANABE aka KAITO(Transmat/Kompakt), DJ Shibata(TAN-SHIN-ON/The Oath)【Contact】
Alex from Tokyo(Tokyo Black Star/world famous), Naoki Shirakawa, TERA(CHANNEL/Low Tech Circus)

■イベントページ
http://www.clubberia.com/ja/events/262170-Hi-TEK-SOUL-JAPAN-TOUR-2017/