INTERVIEWS

Carl Craig

「僕が作ろうとしたのは“偉大な音楽”なんだ」
作品について、そう言い切ってしまうCarl Craigには感服だ。エレクトロニックミュージックシーンの天才が長い年月をかけて磨き上げてきたプロジェクト『Versus』が作品となった。本作はCarl Craigの名曲を、Carl Craig、Francesco Tristano、Moritz von Oswald、そしてオーケストラがコラボレーションし、たしかに彼が言うように“偉大な音楽”を完成させたといえる。そんな曲たちが詰まったアルバムについて、本人から話を聞けるチャンスが訪れた。


取材・文:yanma(clubberia)
通訳:Emi Aoki

 

 

 
「音楽にはソウルが表現されていなければならない。ソウルがない音楽を作ったって、その音楽が永遠に残るわけがないだろ?」
 

 

 

——まず、もともとオーケストラでの演奏やクラシック音楽への憧れはあったのでしょうか?
オーケストラへの憧れは確かにあったね。60年代、70年代に育った僕たちには、オーケストラ音楽が生活のあらゆるところにあった。アメリカでは、「エレベーターミュージック(
エレベーター内で流される音楽。イージーリスニングなもの)」という言葉がある。またの名を「ミューザック」という。ミューザックは実際の会社名で、その会社は、当時人気のある曲を取り上げて、オーケストラによる曲に構成し直した。だから、我々はThe Beatlesの曲のオーケストラ版をよく耳にするようになった。当時、人気があった音楽は何でもオーケストラ音楽に変換された。だからぼくが子どものころはオーケストラによる音楽を耳にする機会がたくさんあった。エレベーターの中などでね。

それ以外にも、ジャズミュージシャンの影響からもオーケストラ音楽を聴くようになった。Duke EllingtonやCount Basieはジャズのアルバム以外でも、オーケストラと一緒に演奏していた。また、Motownのレコードにもオーケストラの音が入っているものがたくさんあった。70年代には、Philadelphia International RecordsやBarry Whiteなどの音楽が登場し、弦楽器を贅沢に使ったスタイルが生まれた。僕はこのような音楽を聴いて育ち、一方でシンセサイザーの音も聴いていた。Motownのレコードのシンセの音や、1968年の『Switched on Bach』などだね。これは僕が5歳か6歳のときに図書館で見つけた作品だ。そこから80年代のPink FloydやKraftwerkを聴くようになったんだ。
 

 

 

——では作品に関してですが『Versus』制作にあたり、あなた、Francesco、Moritz、オーケストラといった関係者間でのコンセプトのような共通認識はあったのでしょか? というのもエレクトロニックミュージック × オーケストラで表現されている作品は珍しくないのですが、お互いの音楽の良さをかき消しているようなものが多かった。しかし『Versus』にはそれがなかった。音楽として高い次元で完成されていたように思うのです。
我々の認識としてあったのは、『Versus』はオーケストラ対マシーンではない、ということだ。オーケストラとマシーンは同じ空間、ステージに存在することができ、同じバンドに存在することができる。多くの人は交響曲という概念をクラシック音楽として捉えるだろう。僕もクラシック音楽は好きだ。だが、ぼくの想像していた概念は多くの人とは違う。ぼくが作ろうとしたのは“偉大な音楽”なんだ。それを今回のアルバムのミキシングやプロダクションで実現しようとした。どんなシチュエーションでも聴いて楽しめるような、偉大な曲たちが詰まったアルバムをね。
 

 

 

 

ーーたしかに“偉大な音楽”という言葉はしっくりきます。
僕の音楽はつねに精神的な部分と共鳴している。僕たちは物質的なもの、機械や楽器などに捕らわれてしまいがだけど、音楽はプロダクションを通して、ソウルが表現されていなければならない。例えばJohn ColtraneとKenny Gという、ふたりのサックス演奏者がいる。彼らの音楽からはソウルが聞こえてくる。彼らの違いは、ソウルがどのような人に共感されるかという違いだけだ。Coltraneは、サックスという楽器を極めた優れた演奏家だったが、50年代、60年代に音楽活動をしていた黒人だった。そのため、彼は特定の人たちの共感を得た。一方、Kenny Gはその20年後に登場したユダヤ人だ。彼に共感したのは、まったく別の人たちだった。Kenny Gの音楽にソウルがないと言っているのではないよ。どちらにもソウルがあるのは大前提なんだ。ただ、Kenny Gの方が、時代に合っていて、彼はその恩恵を受けることができた。ラジオで曲が流れ、何百万ドルもの収入を得ることができたんだ。音楽にはソウルがないといけない。ソウルがない音楽を作ったって、その音楽が永遠に残るわけがないだろ? Kenny Gの音楽は、Coltraneがソウルを込めて作った名曲らと同じようには捉えられていない。
 

 

 

——『Versus』が『Recomposed』(2008年作。クラシックの楽曲をリミックスした作品)とほぼ同時期に取り組まれているのも面白いと思いました。なぜならこのふたつの作品、発想としては反対のものだからです。まるで対を成した作品のように思いました。『Versus』制作の経緯としては?
このプロジェクトのパートナーであるアレックス・カザックが、僕の音楽をオーケストラに融合させようという案を思いついたのが発端だ。アレックスは僕にFrancesco(Tristano)を紹介してくれた。以前からFrancescoの音楽は知っていたよ。「Strings Of Life」や「The Bells」は聴いていたからね。ちなみに『Recomposed』は、Moritz(von Oswald)が、ドイツのレーベルDeutsche Grammophon Gesellschaft(ドイツ・グラモフォン)から委託されたプロジェクトで、僕はMoritzから共同制作を頼まれた。『Recomposed』はリミックスの企画のように捉えられていて、ぼくはリミックスのプロフェッショナルだ。それで僕もプロジェクトに参加しないかと誘われた。
 

 

 

 
「エレクトロニックミュージックはひとりでも作れるから、すべて自分でできるものだと思い込んでしまう。エレクトロニックミュージックの問題はそこにある」
 

 

 

——テクノミュージックをオーケストラで表現した『Versus』と、クラシックの名曲をテクノミュージックで表現した『Recomposed』、このふたつを作ってみていかがでしたか?
まったく異なるものだ。『Versus』のレコーディングは、『Recomposed』の作品に影響を受けている。『Recomposed』は、カラヤンが指揮するベルリン・フィルハーモニー管弦楽団をマルチ・トラック、マルチ・マイクでレコーディングしたもので、オーケストラ全員が演奏している、楽器のセクションごとにマイクを置いている。そのなかには、咳をする音や、椅子を動かす音などが入っていたり、バイオリンセクションのマイクには、ほかの楽器の演奏音(トランペット、金管楽器部、管楽器の音など)が入っていたりした。そこで『Versus』をレコーディングするときは、セクションごとにレコーディングすることにした。 オーケストラのメンバー全員が同じ場にいるという状況ではなくてね。セクションごとにレコーディングすることによって、弦楽器の音にほかの楽器の音のかぶりがないように、また管楽器の音にもほかの楽器の音のかぶりがないようにした。より、直接的な録音方法を取ったということだ。
 

 

 

——プロジェクトの始動から作品をリリースするまで長い時間をかけていますが、そうしたのは、なぜでしょうか?
アルバムを完璧に仕上げないといけない思っていたから長い時間がかかった。また、この長い期間で僕も様々な経験をすることができた。原曲のエディットが何段階にも分けて行われ、そのたびにエディットを聴きなおしていた。また、DJとしてツアーする経験、DJが上手くなったり下手になったり、いろいろあった。そのような経験すべてがアルバムの影響へと繋がった。イビサにいて、椅子に座って目の前の地中海を眺め、オーケストラ音楽を聴いて、どのようにアルバムをミックスしようかというインスピレーションを得たりしていた。そういうわけで時間がかかったんだ。
 

 

 

——オーケストラを介さず、自身でストリングスなどを打ち込むこともできると思います。ただ、自身で打ち込みをせず、オーケストラで演奏することとで得られるものは何でしたか?
自分ですべて音を打ち込んだら、フェイクな音として表現することになるだろ。僕はフェイクな音を作りたいわけじゃない。いまさら自分が演奏できないパートを弾こうとするつもりもない。バイオリン演奏者にチェロを弾いてもらうことはできないだろ。トランペット演奏者にオーボエを吹いてもらうことはできない。ベース演奏者にチューバを吹いてもらうことはできない。少し違う楽器でも、まったく違う楽器でも、とにかく違う楽器だということ。それは、タイヤを修理する専門家に靴を作ってもらうようなものだ。とにかく馬鹿げているよ。

エレクトロニック音楽の問題はそこにある。エレクトロニック音楽はひとりでも作れるから、すべて自分でできるものだと思い込んでしまう。オーケストラ音楽のアルバムを作る場合、僕は指揮者のふりなどしない。特定の楽器の専門家のふりなどしない。ティーンネイジャーのころはベースを弾いてライブをやったことはあるけど、僕はテクノ音楽家、シンセサイザー演奏者として今まで音楽業界でやってきた。ピアニストとしてこの業界にいたわけではない。だから自分ですべての音を打ち込むような方法は、僕にはできないんだ。
 

 

 

作品情報
アーティスト:Carl Craig
タイトル:Versus
レーベル:InFine/Planet E/Beat Records
発売日:4月28日

■beatkart
http://shop.beatink.com/shopdetail/000000002155

■iTunes Store
http://apple.co/2nmxywi