療養期間を経て新たな気持ちでまた創作に臨みたくて、今回はピアノ作品にした
ーーこれまでエレクトロニカやアンビエントといった電子音楽シーンで活動されてきた宮田さんが、ピアノアルバムの制作に踏み切ったきっかけは何だったのでしょうか?
自分の音楽体験の原点に戻りたい、という気持ちが強くなったからですね。昨年4月に、『Private Cottage』というアンビエントアルバムをリリースしたのですが、その矢先に体調を崩してしまったんです。それからは、薬との戦いで鬱状態みたいになってしまい、まともに音楽活動もできない状態が続いたんですが、何とかまた創作活動ができるような状態まで回復しました。療養中に今後の活動をいろいろ考えていたのですが、僕は元々ピアノを習っていたこともあり自分の音楽体験の原点はやはりピアノだなと思ったんです。それで、一度リセットしたいというか、新たな気持ちでまた創作に臨みたくて、今回はピアノ作品にしました。
ーー療養中に、心境の変化があったんですね。
創作意欲はいつでもあったんですけど、気持ちに体がついていけないというか。例えば音楽以外でも、一日空いてる日に、どこか出掛けたい気持ちがあっても、どうしても起き上がれなくて朝から晩までずっとぐったりしてるだけ、みたいな日もあったんです。立っているだけで精一杯。そんな状態だったので、創作したい気持ちはあっても楽器やPCに向き合えない、体がそこまで辿り着けずに悶々とする日が続いていたんです。今まで当たり前にできていたことができなくなって、これからどうなるのかと思いました。
ーーそこから復帰して、数ヶ月で14曲作曲したのですか?
いえ、本作には以前作っていた曲も収録されています。復活してから作った曲もありますが、前に公開して削除していた曲やリメイクした曲、あと9曲目の「hitohuta」は僕がメンバーとして活動しているバンド、かろうじて人間の曲「ひとりになったり、ふたりになったり」のピアノアレンジです。
「この気持ちは忘れたくない」と思った瞬間をフィルムに焼き付けて、ひとつのアルバムにした
ーーアルバム全体的にしっとりとしたピアノ曲でまとまっていますね。ピアノ系のアーティストや作曲家で影響を受けた方はいますか?
坂本龍一さんのピアノ曲は子どもの頃から好きでよく聴いていましたし、高木正勝さんの曲も好きなので、その辺りの影響は受けたかもしれません。あと、影響受けたと言っていいのか分かりませんが、クラシックのピアノ曲も聴いてましたね。
ーークラシックの要素も取り入れながらも、メロディからポップス要素が感じられるようなキャッチーな曲も多いですよね。
今までのアルバムは、メロディというメロディがほとんどなかったんです。でも、今回ピアノの曲を作るにあたって、メロディは大事にしたいなと思いまして。即興的にピアノを弾いて曲を作ることに憧れはありますが、ピアノに限らず即興がどうも苦手で…。頭のなかである程度イメージが定着してからでなければ曲作りに着手できないというか、そもそも感情移入ができないんです。そこはもう開き直って、メロディまで頭の中で作っちゃいます(笑)。
ーー曲を作るためには頭の中でのイメージが重要なんですね。
アンビエントミュージックやメロディがない曲にしても、やっぱり頭の中で映像やイメージなどの素材がないと気分が乗らないんですよ。たぶんそういう性分なんです。
ーーアルバム全体としてのテーマのようなものはありますか?
印象に残った思い出だったり感銘を受けた出来事は誰にでもあると思うのですが、今回はそういった思い出やこれまで自分が考えた空想で記憶に残っているもの「この気持ちは忘れたくない」って思った瞬間をフィルムみたいに焼き付けてひとつのアルバムにしました。俗に言う“昇華”ということですかね、創作物になることで価値が高まって完全に自分のものになるという。例えば10曲目の「orion」のタイトルは小学生の頃によく行っていた映画館の名前なのですが、そこで観た映画や映画館自体の記憶について描いた曲で、その日のことを忘れないようにフィルムに焼き付けた感覚があります。
ーー星座のオリオン座のことだと思っていました。
全然関係ありません(笑)。今はもう無くなってしまったのですが、「オリオン座」という名前の映画館があったんです。今みたいに全席指定ではなく、昔ながらのレトロな映画館。そこで観た映画が今でも好きで、そこから紐づいて映画館の記憶も焼き付くっていう。その次の曲「recollect」は、映画を見た次の日に記憶の余韻に浸ってるような感じです。
ーー「hitohuta」はアレンジ曲ですが、何か特別な思い入れはありますか?
「hitohuta」の原曲は歌詞が良いというか、自分にとっては染みてくる感じなんですよね。自分の体験と全部関連してるわけではないのですが、「小さな嘘が大きく育ってく。僕の中にある水だけじゃもう手に負えないよ」とか、「孤独になりたいときには誰かが側に居て、誰かと笑いたいときにはひとりが心地よくて」というフレーズがあって、なんかしんみりくるんです。
ーー同曲のミュージックビデオは、ゆりかもめの窓からの風景になっていますよね。
ゆりかもめがめっちゃ好きなんです(笑)。窓から見える風景とか、沿線の地域とか、あの辺り一帯が好きですね。同じ東京なんですけど、空気感が東京とちょっと違うような。建造物も東京ビッグサイトなど魅力的なものが多い気がします。市場前駅とかとくに良いんですよ。失礼な言い方ですが、東京都23区内なのに地域全体が廃墟みたいになってて。一日で利用者が100人もいないと昔聞いた気がします。今後は増えて行くんでしょうけど。「hitohuta」の動画を録った際、道路に全然人が居なくてちょっとした異次元空間みたいになってました。ゲームの世界で主人公になったみたいでしたね。
創作は誰にも見られない、聴かれないところでやっていたい、ということが根底にある。
ーー創作のルーツについて聞かせてください。
子どもの頃はよく文章を書いていたんです。小学校に上がったばかりの頃、祖父が大学ノートを5冊買ってくれて。その頃は、ジャポニカ学習帳みたいな学習ノートしか家になかったので嬉しくなって。それから、ノートに自分で考えた物語や空想、絵空事みたいなものを、ひとりでコソコソ書くようになりました。これが創作のルーツですね。創作は誰にも見られない、聞かれないところでやっていたい、というのが今でも根底にはありますね。
ーー本作のジャケットは、「とつくにの少女」などの作品で知られる漫画家ながべさんが担当されていますね。どのような経緯で依頼されたのですか?
ながべさんとは、バンドメンバー経由で知り合いました。最初にお会いした時は、一言二言ご挨拶した程度だったと思うんですけど、それから暫くして、バンド関連で一度絵を描いて頂いたことがあったんです。その絵がすごく良かったんですよね。僕自身、絵の心得は全然ないのですが、絵を見るのは好きなんです。時間のあるときに美術館に行ってみたり、知り合いの個展やデザインフェスタに行ったりしていました。そのなかで、記憶に残る作品や忘れられない絵に出会うこともやっぱりあって、ながべさんもそのひとりだったんです。
ーージャケットの具体的なイメージは宮田さんが考えたのでしょうか?
はい、お願いする段階でジャケットのイメージは伝えていました。先ほどフィルムに焼き付けると話しましたが、焼き付けたフィルムを森のなかで見てるようなイメージです。ながべさんから最初のラフを頂いた時点で、「すごいのが来るかも」という気はしましたが、完成版を見てみたら予想超えてました。このジャケット無しには今回のアルバムは成立しなかったかもしれません。
ーー現在ライブ活動はされていますか? また、ピアノはライブでも弾いているのでしょうか?
誘って頂ければ出演してます。前は頻繁にライブしていましたが、ライブは曲制作と同じくらいエネルギー消耗するので、頻度は落ちてます。ピアノは会場にあれば弾いたりしますが、ほぼ一貫して電子音響系の音楽を演奏してます。ひとりでライブやるときって、自作の無声映画を上映するような感覚なんですよ。以前、ライブで共演したアコースティック系の方から、「映画を見てるみたいだった」と言われたことがあったのですが、これが一番嬉しい感想かもしれません。
ーーでは、最後に今後の展望をお願いします。
今後は、ピアノの作品も引続き作りつつ、アンビエント作品もまた発信していきたいです。昨年の充電期間を経てまだ低空飛行なところもありますが、低空飛行でも飛び続けて、また徐々に高度上げていければ良いなと思っています。
- Release Information -
タイトル:films
アーティスト:宮田涼介
リリース:5月21日(日)
価格:2,160円
[トラックリスト]
01.sorrow
02.condolences
03.umbre
04.ank
05.waffle caramel ice cream
06.oborodukiyo
07.leafe
08.at eventide
09.hitohuta
10.orion
11.recollect
12.silent night report
13.nymphi
14.syasou
■リリースページ
http://www.clubberia.com/ja/music/releases/4889-films/