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レコードのためのDJブース
Aoyama ZEROのこだわり

取材・文:yanma(clubberia)
写真:Rui Yamazaki


 
 Aoyama ZERO(以下ZERO)は、2013年5月、青山にオープンしたクラブ。2018年には5周年を迎える、まだまだ若いクラブではあるが、LOOPというZEROの前身にあたるクラブをご存知の方も少なくないはずだ。LOOPは、1995年に今のZEROからすぐの場所にオープン。2013年にビルの建て替えのため19年の歴史に幕を下ろさざるを得なくなった。その4ヶ月後にオープンしたのがZEROだ。今年ZEROは4周年を迎えたのだが、それに向けZEROの内装、音が著しく変わっていった。本特集は、その変化と効果についてまとめたもの。また、ZEROが大切にしている、“レコードを綺麗に聴かせること”への独自の工夫についても話を聞いた。
 
 取材を行ったのは、ZERO店長の寺田さん、サウンドデザインを協力した音響ブランドaetに所属する音楽家の小原さん。さらに音響ブランドPHONON代表の熊野さんの3人。一緒にZEROの音を作った寺田さんと小原さんには、工夫したポイントを。ZEROには関っていない熊野さんには、第三者の目(耳)としてレビューをしてもらった。まずは、オープン当初のことから振り返ってもらおう。


 

 

本当の意味で、ゼロからのスタート

ZEROのエントランス。青山通りから1本入ったところにあり、昼はカフェとしても営業している。渋谷駅から徒歩約7分程度。近くには青山学院大学がある。

——ZEROはLOOPのイメージが強かったのですが、LOOPの機材は使われていないというのは本当ですか?
 
寺田さん:LOOPから持って来たものは、ひとつもありませんでした。NORIさんが「0からのスタートだね。」って言って、「ZERO」という名前にしたほど、本当にゼロからのスタートだったんです。
 
——ZEROを立ち上げる際、レコードを綺麗に聴かせるための環境を作ったと伺いました。

寺田さん:ZEROを立ち上げる際に、協力してくれたNORIさんやCalmさん、多くのDJの皆さんがレコードを使われていました。僕もレコードは好きですし、“レコードをかけた時に、いい音を出せるクラブ”というコンセプトを設けて動き出しました。
 
小原さん:
僕の記憶では、Calmさんが「日本一、いい音にしたいんだよね。」とおっしゃっていて。それで、音がいいと言われる全国のクラブを回って研究しました。すると自分の知っている知識と同じような機材やテクニックを使われていたんです。僕はそもそも工業技術出身の人間で、機械屋から音楽家に転身していたこともあって、予算の制約はあるけれど、現代の技術を使えばできないことはないなと。

あと面白かったのが、クラブとマスタリングルームで、いい音の解釈は違うと思っていたのですが、音がいいと言われているクラブにそのことを聞いてみると、ハイファイサウンドを求めていたんですよ。「パワーがあること、スピードがあること、解像度があること」、この3つの基本が定義されていて、それをいかに整えるか、独特の個性を出していくか、ということをクラブでも実現しようとしているんだなと発見がありました。


空間の反響を整えるルームアコースティック

 写真は、Aoyama ZEROのメインフロア。DJブース含む四方の壁には木材で凹凸が作られている。これは、2017年5月に開催した4周年のアニバーサリーパーティーに向けて行ったという。木片はひとつひとつ壁にくっつけられており、形にも規則性がない。想像するだけで途方もない作業だったと思われる。これはいったい何のために行ったのか? 

——まずは遊びに来る人も気になると思いますが、壁に施された凸凹は、ただのデザインというわけではないですよね? どんな意図がありますか?
 
小原さん:これはディフュージングと言って音を拡散させ、音響を整えるテクニックです。手間とお金がかかるのであまり行いません。一般的な箱は、デットニングといって音を吸音させるケースが多いです。
 
——音を拡散させるメリットは何ですか?
 
小原さん:サウンドのエネルギーが失われないことです。低音から高音までサウンドのエネルギーが満ちているので、聴いていて気持ちがいいんですね。それに空間を広く感じ、開放感も生まれます。デッドニングは、どうしてもサウンドのエネルギーが少なくなってくる。そのかわり簡単にできます。ZEROのDJもお客さんも耳が肥えているから、有希くん(寺田さん)も挑戦したいっていう意図があったと思うんですよ。
 
寺田さん:じつは天井にも手を加えていて。低域を吸収する吸音材を貼っています。さらにその上にアルミホイルを貼って中高域は反射させています。アルミホイルを貼る前は、高音が吸われていました。天井が高いからと思っていたんですけど、アルミホイルを貼ったら天井が見えるようになった。反射して高音が降ってくるんです。
 
——さすがに天井は気がつきませんでした。
 
寺田:アルミホイルを黒く塗ってあるんでね(笑)。これは、超大変でした。


メインフロアの天井に貼られたアルミホイル。


——今は、拡散をさせると空間の音が良くなるという話で進めてますが、それとは対照的な考え方もありますよね?
 
小原さん:
ありますよ。徹底的にデッドニングする方法です。そのやり方は小規模のライブハウスに多いですね。例えばロックとか激しいビートのものは、デッドニングが向いています。ただ、アンビエントのものだとか、アコースティックなサウンドの場合、つまらなくなっちゃうんですよね。クラブミュージックって音圧至上主義ではなくて、引いて出して引いて出してだと思うんです。引く部分がないと、音の表情が見えないんですよね。

——ZEROのフロアには、後方にスピーカーがありますが、前方(DJブース側)にはありません。一般的には前方にあるケースが多いですが、これはなぜでしょうか?
 
寺田さん:最初はDJブース側からもフロアに向けて吊りのスピーカーを置こうという案がありましたが、今は考えていません。DJブースの対面から出ていたほうが、DJはフロアにどのくらい、どんな音が出ているかが確認しやすい。フロアの広さにもよりますが、お客さんと同じ音を聴ける方がDJプレイにとって、いいんじゃないかという結論です。それにお客さんがDJの方向く必要もないかなとも思ってもいます。
 
——最近は左右にもスピーカーを置かれるようですが、それはなぜでしょうか?
 
寺田さん:最近のテクノ、ハウス、昔のディスコとかってPANを振ったりしていて、ぐるぐる回るような曲があるんです。それこそDavid MancusoのThe Loft Classicsなども、上下左右に音が動いたりするので、そういったものをちゃんと聴けるようにしました。今後スピーカーを入れるとしたら、後ろの中央にひとつ入れたい。それでモノラルで出してみたいですね。



写真左が寺田さん、右が小原さん。


フルカスタムのターンテーブル。すべては正確にトレースするために。

 ZEROのDJブースは、レコードでDJをするDJであれば一度は立ってみたいブースのひとつだろう。UreiのDJミキサーに、埋め込みのターンテーブルが3台。回転を安定させるスタビライザーもあり。背中側にはレコードが選びやすいよう、レコードボックスも常設されている。まさにレコードでDJをするためのブースとも言えるが、パっと見て気付かないところに、こだわりが隠されていた。

——次はDJが気になるブース内の工夫について教えてください。

小原さん:まずは、ターンテーブルのフルカスタムですね。ただ、Technics SL-1200という制約のなかで行ったので大変でした。やっぱりこのモデルは、よくできています。でも、高級なアナログプレイヤーと比べて遜色がない、もしくはもっといい音を出すとなれば、フルカスタムしかありませんでした。レコードの溝を正確にトレースさせるために。
 
——見た目はSL-1200ですが、中身はまったく違うものなんですね。
 
小原さん:例えばトーンアームですが、分解して各部を整備しています。より正確な信号を伝えるために、中の配線を変えたり、トーンアームの動きを滑らかにするために、軸を宝飾用のダイアモンドが入った研磨機で磨いたり。いろいろなことを行って、DJ用のターンテーブルでも高級プレーヤーのような音質を実現しています。

 
寺田さん:床とDJブースはコンクリートで一体化したものです。これによりターンテーブルが受ける振動を減らしています。あと、ターンテーブルの足を小原さんの会社で作ってもらいました。形がスパイク状なんですよ。それでさらに振動が伝わらないようにしています。
 
——DJミキサーはいかがですか?
 
寺田さん:
DJミキサーで使用しているUreiもカスタムしています。ミキサーからPANやEQは切除してもらって、電源関係を強化してもらいました。あと、いわゆるPA卓は使っておらず、フォノイコライザーだけ入れてあります。でも使うのは、ドラムンベースや最近のテクノがかかるパーティーくらいです。ベースラインの80kHzあたりを強調したい場合などに対応しています。
 
——例えばZEROでDJをしたときに、誰でも綺麗に鳴らせるのでしょうか?

寺田さん:理想を言えば同じであるべきなんですけど、DJによって出音が違ってきます。ミキサーの扱い方ひとつにしても、ゲインとマスターのバランスで、音が全然違ってくるんですね。CDやUSBだとあまり気になりませんが、レコードだと綺麗に鳴らせているかどうかの差が大きくなります。

——ボリュームのみですがそれでも違ってくるんですか?

寺田さん:違います。NORIさんや普段からUreiをよく使っている人は、ゲインだけじゃなくてマスターも同時に調整しているんですよ。

——では、どうしたらZEROのシステムを活かせるのでしょうか?
 
寺田さん:外の音をよく聴くことですね。フロアの音が聴きやすいブースになっているので。でも、規定の音量を出していれば大丈夫ですよ(笑)。


スパイク状に加工されたターンテーブルの足。下からコンクリート、コルク、ソルボ(緩衝材)、大理石、ソルボを敷いた上にターンテーブルを置いている。硬いもの、柔らかいものを交互にひき、振動を抑えたり、安定させたりしている。


DJブース横にあるアンプ類。LOW、LOW MID、MID、HIの4ウェイ。ハイエンドオーディオの代名詞、マッキントッシュやマークレビンソンなども使用している。電源タップは小原さんの会社aetのものを使用。クリーン電源も使用し、チャンネルデバイスに綺麗にした電力を供給している。


Aoyama ZEROのシステムは、ハイエンドオーディオであり、個性があり、ストーリーもある。

 最後に登場してもらったのは、音響ブランドPHONON代表であり、マスタリングエンジニアである熊野さん。彼は、ZEROの音響設計などには関わってはいないため、いわゆる第三者の目(耳)として、レビューしてもらった。視聴に使った音源は、Harvey Hancockの『STARS IN YOUR EYES』、Tor Dietrichsonの『GLOBAL VILLAGE』、WILL LONGの『TIME HAS COME』。ディスコ、ワールドミュージック、ハウスを使用。音源は寺田さんが用意。もちろんレコード。
 
——ZEROの音を聴いてみていかがでしたか?
 
熊野さん:こんなにオーディオに力を入れられていることに驚いています。この鳴りって、もうハイエンドオーディオですよね。でも、ハイエンドオーディオの鳴りであっても、クラブのオーディオが高級オーディオの世界と違うのは、サウンドをデザインする人たちの個性が面白いことだと思うんです。要はサウンドシステムってことですよね。その個性も出ていて、オーディオのレベルがこんなに高くなっていることにすごく面白みを感じました。
 
——個性ですか。
 
熊野さん:例えば、とりあえず◯◯を導入しておけばいい、みたいな考えになってしまったら、クラブのような遊びの場は、たぶんつまらなくなる。いい意味で、余計な努力をする人たちがいる方が、いいんだと思います。クラブの物でもスタジオの物でもPA系の最先端の物って業務用っぽいんですよ。これを基準にしましょうっていうことで、画一化されているので、つまらないなってずっと思っていました。数値の正しさがパっと出て、確かに良い音にはなる。業務上、何も問題のない音が出るんですけど、お店ならではのストーリーを感じない。何に拘わってきたのか。そのストーリーは、音楽に付加価値を与えることになると思います。ZEROのシステムをみて、ホーンが付いていて、すごく嬉しくなったんです。
 
——なぜ嬉しかったのですか?

熊野さん:最近のスピーカーってホーンが付いてないんですよ。でもディスコや管楽器が多い音源とか、ホーンで鳴らすといいんですよ!自分のスタジオでも、ホーンで鳴らしたくて、JBLの昔の物を使ったりとか。同じことをやっているんですよね。いやぁ〜音楽が好きな人っていいですね。
 
寺田さん:オープンする前、準備したユニットについてきたホーンが樹脂だったんです。それで、木と鉄のホーンも準備して聴き比べたら、僕は鉄が一番好きでした。管楽器やカウベルが、ものすごく綺麗に鳴るんです。素材でまったく違いますね。

——機材以外の面ではいかがですか?
 
熊野さん:僕もスタジオを作って、いい音が云々言ってますけど、音の半分は部屋だと思っています。装置にはいくらでもお金を突っ込めますが、部屋はそうはいかないですから。工夫したりとか、その人の感覚がものすごく大事だと思うので。そういう意味だとすごいバランスですよね。才能がないとできない仕事をされているなと、良い文化になっているなと、びっくりしました。
 
寺田さん:僕も機材は、なかなか変えようがないので、ルームアコースティックをやっていくうちに「機材じゃなくてこっちで変わるんだ」と思って。仕事が終わって木を少しずつ貼っていくんですが、ある日いきなり低音が消えたりするんですよ。すごく不安になって(笑)。でもその後もうちょっと貼っていくと、また出てきたりして。
 
熊野さん:僕も同じようなことやっているんですよね。こっちの壁をやったら、こっちの壁もやりたくなって。自分が良いと思っているところを、ほじくっているだけなんで、別にクライアントが増えるわけじゃないですけど(笑)。でもそれが耳を鍛えているのかもしれませんね。ペットボトル1本そこに置くだけで、音は変わるんで。
 
寺田さん:10年くらい前、LOOP時代に熊野さんに音響で入っていただいた時のことを思い出しました。砂が入ったペットボトルを持って歩かれ、フロアにペットボトルを置いて回っていて(笑)。その頃は、「この人、何やってるんだろうな」と思っていましたけど、今なら理解できます。
 
——寺田さんから、熊野さんに聞かれてみたいことはありますか?
 
寺田さん:これから何をしたら面白そうなど、アドバイスがあれば伺いいたです。

熊野さん:何がというよりは、自分の感覚に正直にやればいいと思います。自分の作った音が、突然つまらない音に聴こえだしたりすると思うんですよ。その時は、もうその遊びが終わったということだと思うので、次の遊びを自分で探してみてください。ひとつステージが上がった感覚を繰り返していかないと、成長はしないと思うので。ただ、ここまでのものを作っているので、その経験はすでにされていると思いますが。
 
寺田さん:僕がそのままLOOPの機材をここに持ってきてやり始めていたら、気づけなかったことかもしれませんね。何もないところからやり始めたので。

熊野さん:お見事です!
 
 
 

 あなたがDJであれば、このブースでお気に入りのレコードをかけたい、と思っているかもしれない。あなたがクラバーであれば、お気に入りの曲がレコードでかかるのを聴いてみたいと思っているかもしれない。目に見えない分、想像力を膨らませる力が音にはあるのだなと気付く。記事を書き終えて、もう一回ZEROの、あの音を聴きに行きたいと思っているから不思議なものだ。



Aoyama ZERO

2013年5月にオープン。「Back to Basic」をキーワードに、温かみのあるアナログサウンドとクラブ本来のスタイルが魅力のクラブ。DJ NORI、Beppe Loda、Dimitri From Parisなど、著名DJが多く出演している。
東京都渋谷区 渋谷2-9-13 B1F
http://aoyama-zero.com/


小原 薫
音楽家、技術者、オーディオ評論家。世界を代表する音響、楽器ブランドのAETも手がける。Aoyama ZEROのサウンドアドバイスも行った。
http://www.audiotech.jp/
 
熊野 功雄
既存の製品だけでなくカテゴリーすらないユニークな製品も開発する音響ブランドPHONON代表。マスタリングエンジニアとしても多くのアーティストから尊敬されている。Alex From TokyoとのユニットTokyo Black Starや、高木権一とのユニットModular Ballとしても活動。

https://phonon-inc.com/