インタビュー:小野島大
写真: Jacob Khrist
写真: Jacob Khrist
JEFF MILLSが9月25日にリリースしたばかりの『SIGHT SOUND AND SPACE』は、「視覚」「聴覚」「空間」をテーマにした42曲収録・3枚組のコンピレーション・アルバムだ。
ジェフは自身が手掛けたブックレット内にて、同作を「我々人間が持つ感覚をテーマにした作品。音楽を聴いて、心の中でイメージを構築し、主題について『何を』『どう見るか』という、いわば翻訳するような行為のエクササイズ」だと表現している。「視覚」と「聴覚」は人間の要素の一部であり、「空間(あるいは宇宙)」は人間が存在する場所、そして我々の中に内在するもの。長いキャリアの中で発表してきた彼の作品に根付くこれら3つのテーマをより深く理解し、現在進行形の彼の音楽を知るためのインタビューを試みた。
ーー今回のコンピレーション『SIGHT SOUND AND SPACE』はビギナー向けのベスト盤であると同時に、あなたの音楽をより深く理解するために非常に効果的なツールなんじゃないかと思いました。
「そう思います。今作はグレーテスト・ヒッツ集というわけではありませんが、今エレクトロニック・ミュージックを聴くのは昔とは違うタイプの人たちもいるだろうから、そういう人たちに向けてこういう曲があるんだよと知ってもらいたいんです。この何十年の間にいろんな時代を経て本当に沢山の曲を作ってきました。リスナーの人たちもすべてをフォローし、すべての曲を聴くということは無理だと思うし、これまでみんなが聴き逃してしまった曲がいくつもあると思うので、そういうものにまた注目してもらうことも、ひとつの目的と考えています」
ーー昔とは違うタイプのエレクトロニック・ミュージックのリスナーとは?
「端的に言うと自分のジェネレーションとは違う、もっと若い世代ということです。私は60年代に生まれていて(1963年生まれ)、ソウルやファンクや60年代のヒッピー的な文化に影響を受けてきたけど、今の若い人たちは、エレクトロニック・ミュージックというものが自分の周りのどこにでも存在するような環境の中で育ってきているし、海外のDJが毎週のように地元のクラブに来ることも当たり前になっている。音楽に関して何かリサーチしたいと思った時には、コンピューターがあるから指先ひとつでいろんな情報をすぐに手に入れられるという状況の中で育っている人たちです。そういう、大体25歳くらいの若い人たちは、まったく自分とは違う環境で育ってきていると思いますね」
ーーエレクトロニック・ミュージックはある種ロマンチックで、日常生活とは離れた一種のファンタジーを描いていくような、特別な音楽という面もあるかと思います。今のお話は、そういう幻想を持たない世代が出てきているという意味でしょうか。
「エスケープという意味では、逆に今の世代の方が音楽にエスケープを求めているんじゃないかと思いますね。エレクトロニック・ミュージックだけではなく、音楽全体がある意味エスケーピズムを目的にしているところがあると思うけど、特に自分の音楽に関してはフォワード・シンキング、つまり前向きな考え方だったり、未来に向かっていくこと、現実から離れて別のところに行くようなことをテーマにしています。そういう自分の音楽を理解してくれる人たちは、若い人の間でもファンタジーやロマンチシズムというものを理解してくれていると思うし、そういう人たちが長い時間をかけてこういう音楽を聴いていくことで、世の中がもっとよくなっていくんじゃないか、楽観的な気持ちを持つことができるんじゃないかと思いますね」
ーーなるほど。
「このジャンルが今後生き延びていけるかどうか、いかにロマンチシズムやファンタジーを感じることができるかってことにも懸かっていると思います。一般の人達がエレクトロニック・ミュージックを聴くことで未来と自分たちを何かしらコネクトすることができて、聴くことによって未来に対してポジティヴな考え方を作っていくことができるんだとしたら、それがこのジャンルが世の中で必要とされているということの証になるんじゃないでしょうか。逆に音楽に深い内容がなく、すぐに忘れられてしまうようなものだったら、それはやっぱり間違った方向だから、ジャンル自体の存続に関わってくると思います」
ーーということは今回のコンピレーションであなたが示しているものは、あなたの音楽の中の未来志向、ロマンチックなファンタジー、あるいはエスケープを見せてくれる側面という理解でよろしいですか?
「そのような意図で選曲しています。いろんなタイプ、いろんなスタイルの音楽を選んではいるけど、この何十年間かの間にエレクトロニック・ミュージックがどのような形で進化してきたか、ということも同時に表現したいと思っていました。たとえばエレクトロニック・ミュージックと映画、コンテンポラリー・ダンスなど、他の文化との関連性も示そうと思っていて、そういったものと一緒に自分の音楽が進化してきたことも踏まえて、今回の曲を選曲しています」
ーーこのコンピレーションに先駆けて、「ディレクターズ・カット」という、昔の楽曲を再編集して12インチ・シングルで出し直すプロジェクトをやってますね。今作はそこから派生した企画かと思いますが、両シリーズの狙いの違いを改めて教えていただけますか。
「12インチのほうは原曲をちょっと変更したり、当時「こうやってもよかったかな」と思っていた部分に手を加えてリリースしています。コンピレーションに関しては手を加えずそのまま収録しています。もうひとつ、今回のディレクターズ・カット・シリーズをやり始めた理由は、来年新しい方向というか、今までもクラシカルやジャズの方面にも手を伸ばしてきたけど、そちらの方向により強くシフトしていきたいと考えていることもあります。今回のコンピレーションがある意味ターニングポイントになるように、ここで今までの様々な音楽をひとつにまとめておき、来年新しい方向に向かっていこうと思っているんです」
ーー「新しい方向」とは、クラシックやジャズの融合をさらに進めていくということ?
「というよりは、レーベル(AXIS)をさらに拡張する方向に、より力を入れていくことでしょうか。テクノはもちろん私の十八番だから続けていきますが、クラシカルに関しては大体15年くらいオーケストラとの共演をやってきていて、だんだんクラシック畑のリスナーも増えてきた。ジャズに関してもここ3、4年くらいジャズ・ミュージシャンとコラボレーションして新しいリスナーを獲得したり、ジャズの人にテクノを知ってもらうきっかけになってきている。なので今後はそちらの方面でより大きなステップを狙い、レーベルを拡大していきたい。そこではもっとちゃんとしたスタジオ・レコーディングだったり、ゲスト・ミュージシャンを迎えてのレコーディングだったり、ビッグ・プロダクションと言うか、エレクトロニック・ミュージックだけではないより洗練されたレコーディングをしてていきたいと考えています」
ーーそれは具体的に進行しているんですか?
「いくつかもう進んでますよ。でも、具体的なアイディアは内緒です(笑)」
ーーわかりました(笑)。ではコンピレーションの話に戻ります。今回のコンピレーションは「SIGHT」、「SOUND」、「SPACE」という3つのテーマに分けて選曲・編集されていますが、何故こういう形になったのかを教えていただけますか。
「この3つが自分の30年くらいのキャリアの中で一番重要なテーマであるということが明らかだったからです。自分のカタログを振り返ってみると、何かを「見て」想像してそこからインスパイアされたもの、あるいは新しい「音」やテクスチャーを作ろうとして作った曲、「宇宙」の中にあるものにインスパイアされて作った曲、その3つがメインのインスピレーション源なんですね」
ーーそこに「ダンス」という項目がないのはどうしてでしょう。
「(笑)自分のサブレーベルに<Purpose Maker>というものがあって、そこからリリースされているもの以外はダンスということは考えていません。AXISの他にも<Something In The Sky><Mars (6277)>というサブレーベルがありますが、それらもUFOや火星をテーマにしたレーベルだし、AXIS自体も元々コンセプチュアルなレーベルとして設立したものだから、大半の曲で「ダンス」は全然念頭にありませんでした。結果として曲がダンサブルになることはあるけど、それを目的にして作られたものではありません。アルバムにしてもコンセプトを大切にしてきた。なので<Purpose Maker>というレーベルを立ち上げ、ダンス・トラックはそこに集中させ、AXISとは切り離すような形にしてきたんですよ」
ーー以前あなたにインタヴューした時、ダンス・ミュージックであることは、エレクトロニック・ミュージックの進化にあたっては、ある種の制約になっているんじゃないかということをおっしゃっていました。今でもその考えに変わりはないですか?
「今はもっとそう思ってますよ。他のジャンルの音楽に比べて、エレクトロニック・ミュージックの発展ペースが、不思議なほど遅いんじゃないかと思います」
ーー遅いですか?
「技術的な革新はあるけど、革新的な考えを持つということに関しては遅いんじゃないでしょうか。未だに他のジャンルとの会話がないというか、コネクションもあまりないし。それが必要だという意味ではないけど、他のミュージシャンと関わらずにひとつの方向性(ダンス)だけに集中することによって、他の周りのことから学ぶ機会を敢えて除外してしまっているんじゃないかと思います。たとえばジャズやロックは、自分の人生だったりその時代に起きていること、感情というものを直接的に表現していると思うけど、そういうフィーリングとはあまり関係なく、エレクトロニック・ミュージックはダンスだけに特化して存在してしまっている。それである種の深みがなくなってしまっているんじゃないかと思いますね。一般のエレクトロニック・ミュージックのトラックメイカーが、ダンスだけに特化して他の要素は関係ないと考えている以上は、この問題は解決されないんじゃないでしょうか」
ーーふむ。ただ、ダンスというものに特化することによって、それがある種のエスケーピズムになっているとも思います。社会との関りや周りの音楽との関係を遮断して、ダンス・ミュージックはダンス・ミュージックと存在することによってエスケープの場となっているのではないでしょうか。
「それはそうだと思います。それはエレクトロニック・ミュージックには必要なことだと思うけど、でも他のことも必要で、ひとつの要素だけにこだわってしまうことが気にかかっているんです。エレクトロニック・ミュージックの音楽プロデュースが何がしかのテーマ、コンセプトを掲げてそれを説得力を持って音で表現できないんだとしたら、そのジャンルの弱点になってしまうんじゃないか。プロデューサーの人たちが、たとえばそういうこと(ダンス・ミュージック以外の要素を取り入れること)をやったとしても誰もそんなことは気にかけてくれないというか、重要じゃないと思われてしまうんじゃないかと勝手に判断して、消極的になってしまう風潮もあるんじゃないでしょうか」
ーーなるほどねえ。
「自分の中のいろいろな才能をいろんな形で表現できるような機会を作っていかないといけない。たとえば何十年もアルバムを1枚もリリースしていないアーティストもいる。それは個人の問題だからとやかく言うつもりはないけど、リスナーからしてみると、そのアーティストが何かひとつのテーマ、考えをまとめて大きな作品として作り上げることで、何かしら自分たちに訴えかけてくることができるんだと知りたいんじゃないでしょうか。今の風潮としてはそういうものが足りないし、そういう側面も必要だと思うんです」
ーーそうかもしれません。
「もちろん自分はダンスすることも好きです。若い頃はよく踊りに行きました。そこは誤解してほしくありません。ただ、年齢と共にそれにはある程度のリミットがあるだろうということも実感しています。歳を取っていくとそうした時間やエネルギーというものがなくなってくるから。エレクトロニック・ミュージックが生き延びていくためには何が必要なのか考えると、フィジカルに自分の身体を動かすことと同時に、ちゃんと聴ける音楽にしていかなければいけないと思うんです。ジャンルがありとあらゆる方向に進んでいける可能性を探っていくべきなんじゃないか。音楽をただ踊るためのものとして扱うのではなく、音楽そのものを語っていくべきだし、この先にもっともっと可能性があるということを、本作によって示していきたいんです」