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新レーベルSANKA始動! そしてWOMB24周年でALL NIGHT LONG SET|GONNOインタビュー

  90年代中盤からDJキャリアをスタートさせ、今や日本を代表するDJ/プロデューサーのGONNOにインタビューを敢行。これまでのリリースの話やDJ/音楽スタイルの変化、そして満を持してスタートさせたレーベル<SANKA>について訊いた。また、既に告知されている4月13日(土)の渋谷WOMBの24周年パーティーにOPEN TO LAST SETへの意気込みについても語ってもらった。
 

 

Interview : Yasuo Takata
Photo : WOMB



ーーGONNOさんの歴史を深掘りをさせていただきます。まずはDJを始めたきっかけを教えてください。

生まれ育ちが東京で、90年代中盤ぐらいに同級生に都内のクラブに連れてってもらったんです。それまではオルタナ・インディのような音楽のバンドでギターを弾いてたんですけど、初めて行ったクラブで掛かっていたダンスミュージックやクラブカルチャーに強い衝撃を受けて、ターンテーブルとDJミキサー、レコードを買い集めていって、その後バンドもやめてしまいました。

ーー衝撃を受けた当時の音楽はハウス・ミュージックですか?

そうですね、主にハウスでした。連れていってもらったクラブが主にハウスの掛かるクラブでしたので。同年代はヒップホップが好きな人が多かったのでヒップホップのレコードも買ってましたが、それよりもハウスやテクノのレコードの方を自発的に買ってましたね。

ーーそこからどんどん今のGONNOさんのスタイルになっていくと思うんですけども、2005年ぐらいにEPのリリースがあったと思うんですけど、テクノというかミニマルの方に傾倒していく時期があったと思うんですけども、どういった経緯だったりするんでしょうか?

DJを始めた当初は所謂NYハウスやUKのハウスを主にかけていたんですが、当時僕が活動していたシーンは、ある種の本格派志向というか、ちょっと権威主義的なところがあって、例えば「NYやロンドンのトップDJはああいう音楽をかけてるし、このレコードは彼らがかけるような曲ではないからNG」みたいな事を言われたりして、好きなレコードがあってもそのスタンダードから外れていると認められないような雰囲気がありました。今振り返ると変な時代の話ですけどね。そんな事もあって、その頃はそんなシーンにとても窮屈な思いをしていた時期でもありました。

ただそんな窮屈な時が過ぎていき、2000年代初頭くらいかな、同年代でミニマルテクノやアブストラクト、エレクトロニカをプレイするDJやトラックメイカーの人達、ラップトップやソフトウェアだけで音楽をつくったりライブをする人達がその頃から沢山出てきて、交流するようになっていきました。それまでのようなトラックメイキングにお金も掛からない姿勢が、パンクの時代のように「下手くそでお金が無くても音楽はやれる」という風に見えてとてもクールに見えたんですよね。

自分がDJで掛けていたUSハウスの系譜とも関連性がないし、またUKのハウスとも違う、むしろDJ以前にやっていたロックのアティテュードに近かった。だから新鮮でいてかつ肌にも合っていたんだと思います。

そこからハウスやテクノのジャンルの外にいる人たちとよく遊ぶようになって、だんだんとそういった音楽に傾倒していくようになっていきました。その頃に、後の2005年に僕が1stアルバムをリリースした<WC Recordings>のレーベルオーナーSalmonくんとも出会っています。

ーーその頃に2005年に<Reactive Music>というレーベルからリリースされますよね?

Reactiveは元々<Primate Recordings>(Ben SimsやAdam Beyerなどハードテクノをリリースしていたレーベル)のレーベルディレクターがPrimateの後に始めたレーベルだったんですよ。2004年くらいにロンドンに遊びに行った際、いくつかのレーベルに直接デモCD-Rを渡しに行ったんです。

当時インターネットはもう存在していましたが、ストリーミングはもちろんのこと、オンラインファイルストレージも無く、高音質のmp3ファイルを送ることさえ速度的に難しい時代だったので、直接渡した方が印象も良いだろうと思い、わざわざデモCDRを渡しに行きました。いくつかのレーベルの事務所にお邪魔して、その中でReactiveが反応してくれてEPがリリースされました。残念ながらリリースされた半年後にReactiveは倒産しちゃいましたけどね。

ーーその後にPercとの出会い、そしてリリースがあります。

Percは<Primate>のアシスタントディレクターだったんですよ。Re-activeが無くなった後に確か彼から「Perc Traxというレーベルを運営してるんだけど、他に新しい曲はないか?」とコンタクトがあって。ただその頃は音楽をつくるようになってまだ間もなくデモ曲のストックなどなかったので、日本国内だけでリリースされていた<WC Recordnings>のCDをPercに送ったんですよね。それを聴いた彼がWCのCD音源の中からリリースしたいとオファーしてくれて、そこから関係が始まったという感じですね。

ーーそのリリースのEPはSalmonさんも一緒だったんですよね。

確かSalmonくんのWCからリリースされたCDも一緒に送ったんですよね。それで僕とSalmonくんのスプリットEPにしようという話になった。Salmonくんのその頃の音楽はとてもオリジナリティ溢れるものだったので、多分Percからすると、まだ当時あまり知られてなかった日本のアンダーグラウンドテクノシーンでこんな面白い音楽があるんだと驚いたと思います。


 
ーーこのスプリットEPのタイトルが『WC SUCCESSION』でしたね。


これは確か忌野清志郎さんのRCサクセションのもじりから来てますね(笑)
当時付き合っていた彼女が名付けたタイトルだった気がします。

ーーそこからSuwa Shingoさんのレーベル<Merkur Schallplatten>のリリースがありました。
 
Suwa Shingoくんとの出会いは確か2007年に初めてベルリンでプレイしたBar25というクラブでした。彼も「今度Merkurというレーベルを始めるから曲を出させて欲しい」とその時に誘いを受けて。初めて訪れたベルリンで、Suwaくんは既にクラブでドイツ人達とドイツ語で話して打ち解けているような、個性的で面白い日本人だったので、すぐに仲良くなりました。

ーーそして、2011年にGONNOさんが世界に知らしめるEPが<International Feel>からリリースですね。強力なアンセム盤『Acdise #2』でした。

2011年は東日本大震災の年でしたし、その年にはSalmon君が亡くなってしまったので、個人的にも人生観が大きく変わった年だったのを覚えてます。
一方で『Acdise #2』がリリースに至ったのは2011年に代官山AIRでLaurent Garnierのフロントアクトをした際にAcdiseのデモCD-Rを渡した事がきっかけで、Laurentがそれを海外のラジオでプレイしてくれた。そのラジオを聴いたInternational FeelのMark Barrottからコンタクトが来たというのが経緯です。

 

ーーこの時から音楽性がだいぶ変わった感じになったんですか?それとももう過去に貯めてたトラックの中からリリースした感じなんですか?

『Acdise #2』の原型は2009年か2010年ぐらいにクラブでCDJでプレイできるくらいは完成してたんじゃないかな。その頃にはミニマルテクノもだいぶ様式美化していたし、また個人的にも色々辛い時期を過ごしていたので、もうどこかのシーンやスタイルを意識するのではなく、自分から素直に出てくるモノを曲にしようという気持ちで音楽をつくっていた気がします。同じくリリースされた『Turn To Ligh』もそんな感じで、DJを始める以前のようにエレキギターを弾いたりしてつくったアンビエント曲でした。

ーーなるほど。その頃からDJの選曲にも表れているというか、いろんな音楽をまた混ぜた感じのDJになっていった気がしましたね。

それまでよりも更に、ジャンルに囚われず好きなものをかけようとしていた時期だったかもしれませんね。元々10代の頃から音楽の好みも雑食でしたしね。その意識は今でも続いていると思います。

ーーDJスタイルの変化もあったという話になったので深掘りしていきたいのですが、ハウスから始まってミニマルテクノそしてバレアリックなスタイルになっていくキャリアの中で心境の変化やGONNOさんが感じるシーンの変化などを教えてください。

自分の音楽スタイルが所謂バレアリックになったという意識は全く無いんですよ。『Acdise #2』は<International Feel> の中でもテクノやハウス的で、諸作品の中でも浮いてる作品だと思いますしね。なので軸はDJを始めた当初から結局あまり変わっていない、結局は元々掛けていたハウス、もしくはハウスが基本にあるテクノに帰結してる気がします。

ーーではGONNOさんのキャリアの中でのオールタイムベストのトラックを紹介していただきたいです。

 

USバルチモアのDJ Spen率いるゴスペルグループによるボーカルハウス。20年以上経った今でも心に響く歌もの。

2020にリリースされてからずっとプレイしているノルウェー出身Telephonesのトラック。
Telephonesは他にもお気に入りの曲がいっぱいあって毎回DJで掛けます。
先日家のレコード棚から発見したんですけど今聴いても最高にかっこいいですね。
Cross SectionやChris Simmondsのレコードは他も見かけたら必ず掘ります。


ーー今度は新たにGONNOさんが立ち上げたレーベル<SANKA>について訊かせてもらいたいのですが、どのようなきっかけで立ち上げようと思ったんでしょうか?

 ずっと前からレーベルを運営したいとは思っていたんです。同時にコロナ禍の終わりかけの2022年くらいから、ちょうどSalmonくんが没後10年経ったということで、<WC Recordnings>の音源を一度整理して紹介してはどうか?という話が仲間たちの間で出てきて、そのみんなの助けもあり、僕が自分でレーベルを立ち上げる第一弾として、WC Recordingsのリイシューコンピレーション「WC Heritage」をコンパイルすることに至りました。

WCの音源を改めて紹介したいというのも勿論ですが、僕個人としても、2010年代により多くの方に知られている<International Feel>や<Endless Flight>、<Ostgut Ton>などの海外レーベルからのリリースよりも、もっと前のキャリア、私が海外で多くDJをするようになるよりもっと以前の、かつて自分はどこにいたのか?という、自分自身がよく知られる前の出自をいま一度再確認したかったんです。

それに、WCの音源を知っている人は海外でもほとんど居ないだろうし、日本でもWCの事を知らない若い人達がほとんどだと思うので、2000年代の東京で起こっていたアンダーグラウンドかつダイナミックな音楽が、速度の早い現代でも忘れ去られないように、という願いも今回のリリースに込められてます。

 


ーー今後どういったリリースを予定していますか?

WC Heritageリリース以降は基本的に私自身の作品を軸にリリースしていく予定ですが、いまアジアで格好良いトラックメイカーが沢山いるので日本やアジア各国のアーティストによりフォーカスできたらとも考えたりしています。今でこそアジアツアーを行なっている日本人のテクノ/ハウスDJも沢山いると思いますが、その中でも自分は比較的早い段階でアジア各国のシーンを見る事ができていると思うので、折角だしそういった人たちの音楽をもっと色んな人に紹介したいです。とはいえアジアのアーティスト限定のレーベルというわけではなくて、純粋に自分がこれまで長く旅をしてきた中で出会ったピュアな音楽を紹介できたらな、と思ってます。

ーーこのレーベルのリリースフォーマットはレコードとデジタルですか?

レコードリリースのみで続けられたら良いんだけど、今アナログレコードを作るのは本当にお金が掛かるんですよ。正直なところ今回のWC Heritageは完売してもかなりの赤字でして。レコードのクオリティを担保するために今後アナログレコードのセールスだけでレーベル運営するのはとても難しいかもしれないと思ってます。

ーーWOMBのアニバーサリーパーティーでそのレコードを販売することを聞きました。

はい、正式には4月26日リリースですが先行販売します。さっきも言いましたが完売しても赤字のレコードなので、当日ぜひ買って欲しいです。当日までまだ間に合うか分からないですが、購入特典も付けられたらと思ってます。

ーー今度WOMBの24周年アニバーサリーパーティーで、メインフロアでOPEN TO LASTでプレイすることを伺いました。どういった感じのセットになりそうですか?

基本的に僕はDJセットをあらかじめ組んだりする人ではないので、当日もその場の雰囲気でレコードをその場で選んでかけていくと思うんですが、今回は長いセットなので、その長い時間だからこそつくれる大きな物語性をつくろうと考えてます。もしかして断片的に聴いたら、11時ぐらいにかかっている音楽、2時ぐらいにかかっている音楽、5時にかかっている音楽は、まるで別のDJがプレイしているかのように違う雰囲気に感じるかもしれませんが、その雰囲気の違うバラバラな音楽が繋がれていく行程を、一晩ゆっくり是非お付き合いいだけたら嬉しいです。

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ーーその日VIPフロアもGONNOさんがキュレーションしてると伺いました。どういったアーティストの方が紹介していただけますか

 
Alex Kassianは日本人のルーツを持つベルリン在住のDJで、最近ではParamidaのLove On The RocksやPinchy And Friends等からの作品がヒットして現在ベルリンのPanorama Barでも頻繁にプレイしていたり、他にも世界各地を飛び回るライジングスターですね。一方でAlexと今回初めてB2Bを行うAaguuはインドのゴア在住のDJで、私がインドでプレイする際に何度も共演した隠れたアジアの才能です。AlexとAaguuはプライベートでも仲が良いようなので、きっとWombのアニバーサリーに華を添えるような、また現在アジアのシーンで起こっているダンスミュージックムーブメントを捉えた素晴らしいプレイをしてくれると思います。

ーー最後に、Gonnoさんのように長きに渡り活動をしているDJとして、若いDJの皆さんに何かアドバイスなどはありますか?

「DJを職業にしたい、DJで有名になりたい」という質問をたまに聞かれるんですが、それについては何もアドバイスはできません。自分も今でも手探りで生きているし、そもそも有名になれるセオリーなんてそんなものは存在しませんからね。
 
でも、もしDJや音楽そのものがあなたの人生にとってかけがえのないもので、やり続けたいものであり、それを色んな人に聴いてもらいたいのだとしたら、まず音楽そのものに誠実であるべきだと思います。単純に、DJで掛けている音楽そのものは音楽に誠実なトラックメイカーによって(もしくはAIによって簡単に)つくられたものですから。

現在はテクノロジーが普及して以前よりも比較的簡単にDJを始められると思いますが、DJは誰か他の人のつくった音楽を使って自己表現をしているということを忘れてはいけないと思います。自分の思う良い音楽をさらに魅力的に聴かせるよう、音楽を編集したりミックスしたりして再生するのが、本来のDJの基本的役割だと思うので。そんな感じで音楽そのものに対してエゴを捨てることを意識しながら活動を続けていれば、段々とゆっくりと、世界中の同じような人たちと繋がって、そのコミュニティの中で楽しく生きていく事ができるんじゃないかなと思います。僕自身が今そんな感じですしね。