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Worldwide Festival 2016 - JAPAN DAY -

 地中海に面した南フランスの小さな港町、セットにおいて今年開催11年目を迎えた「Worldwide Festival」(以下WF)という素晴らしい音楽フェスティバルがある。2000人未満とそれほど規模も大きくなく、日本からは遠く、それほどアクセスのいい場所でもないためか、あまり知っている人は多くないと思う。しかし、これを主催するのは日本でもラジオDJ及びクラブDJとしてよく知られるGilles Peterson。彼のこれまでの功績や、普遍的な良質音楽を選び出す感性の鋭さと趣味の良さをご存知の方なら、彼がフェスティバルのプログラムを考案しているという事実だけで十分ときめいてしまうだろう。Gillesが長年続けているBBC Radio 6 Musicのラジオ番組やレーベル、Talkin’ Loud、Brownswoodで紹介してきた、世界各地の多種多様な優れた音楽やアーティストが、フェスティバルという体験型のイベントに集約され、太陽が燦々と降り注ぐ南仏のリゾート地で1週間にわたって味わうことができるのだ。今年は7月4日(月)~10日(日)開催された。

Text:浅沼優子
Photo:Pierre Nocca、Kosuke Inoue
 
 
 筆者もヨーロッパ(ベルリン)に住んでしばらく経つが、何しろ年間を通して膨大な数のフェスティバルが各地で開催されているため、平均的な音楽ファンに比べてかなり行っている方だと思うが、3年前までまったく知らなかった。ベルリンの音楽関係者にも知っている人はそれほど多くなく、ましてや行ったことがあるという人はほぼいないくらいで、「知る人ぞ知る」フェスティバルなのである。かといって、排他的な閉じられた雰囲気かといえばまったくそうではない。むしろその正反対だ。「ワールドワイド」という名前通り、世界各地の様々な音楽がプログラムに組み込まれ、当然ヨーロッパのお客さんが大多数ではあるが、オーストラリアや南米からも熱心な音楽好きの参加者がやってくるほどである。
 
 
 さらにあまり知られていないことだが、このWFにおいて日本の音楽及びアーティストは特別な存在感を持っている。主催者のGillesが日本の音楽シーンと長年親密な関係を気づいてきたことに裏付けられているが、2006年の初回にはSOIL&”PIMP”SESSIONS、2007年にはJazzy Sportのcro-magnonとDJ Mitsu The Beats、2008年には松浦俊夫、2009年には再びSOIL&”PIMP”SESSIONSと沖野修也、2011年には再び松浦俊夫、2014年は松浦俊夫 presents HEX、とかなりの頻度で日本からの出演者を迎えているのである(こうして見ると松浦俊夫氏が最多出場だ)。2015年からは、より日本にフォーカスした特別なプログラムが組み込まれるようになった。昨年は「JAPAN NIGHT」と称し、メイン会場のテアトル・ドゥ・ラ・メールという16世紀の要塞を改築して造られた、ステージの背後に真っ青な水平線が広がるという夢のような絶景を望む野外劇場にて、松浦俊夫、沖野修也、Daisuke Tanabe、Yosi Horikawaの4組が一挙に出演。Daisuke TanabeとYosi Horikawaは共同で開催地セットでのフィールドレコーディングをベースにした楽曲を、このために制作しライブパフォーマンスとして披露した。この曲は、WFに深い縁がありこの年他界してしまったフランスのラジオ局Radio NovaのDJ、Rémy Kolpa Kopoul氏(レミー・コルパ・コプール)に捧げられ、「Song for Rémy」として先日、Brownswoodから10インチのレコードとして発売された。
 
 このような昨年の「JAPAN NGHT」の成功と反響を受け、今年はさらにパワーアップされるかたちで、「JAPAN DAY」としてビーチステージにおける日中のプログラム「JAPAN BEACH」と、夜の部におけるコンサート「JAPAN STAGE」という二部構成で開催された。 「JAPAN BEACH」には須永辰緒、松浦俊夫、DJ Mitsu The Beats、Dazzle Drumsの4組のDJ陣、夜の「JAPAN STAGE」にはタップダンサー熊谷和徳、キーボーディスト佐野観、アーティスト井上純の3名と、総勢8名が日本から出演を果たした。常連となった松浦さんと、2度目の出演のMitsuさん以外は、いずれも初出演。  
 昨年に続き、このWFでの日本企画をジャイルスとの綿密な相談を経て実現したのは、これまでも主にラジオの現場で長年Gillesと仕事を共にしてきたシャ・ラ・ラ・カンパニーの木村真理さん。国際交流基金とアーツカウンシル東京の助成を受け、これほどインパクトのあるプログラムとなった。人選からタイムテーブルまで、細かくGillesとの意見交換をしたという木村さん。昨年DJ活動30周年を迎えた須永さんは、日本のクラブジャズのカルチャーを祝福するという意味でもぜひ出演してもらいたかったという。一方、Dazzle DrumsはたまたまGillesが来日時に立ち寄った、東京・青山のクラブZEROで彼らが主催・レジデントを務めるイベント「Block Party」で彼らのプレイを聴き、すぐに「セットのビーチにぴったりだ!」と言ったそうだ。また、夜の部のこれまでにない熊谷さん、佐野さん、井上さんによるコラボレーション「JAPAN STAGE」はWFにおいても初の試みとなるダンスとアートを取り込んだパフォーマンスで、「日本の美意識」を表現することを意図していたという。この三者が共にパフォーマンスをすることも初めて。事前にアイディアを交換し、公演前日に現地でリハーサルをしてから臨んだ。 
松浦俊夫、須永辰緒、DJ Mitsu the Beats、Dazzle Drumsが出演したビーチステージ
 
 
 「JAPAN DAY」はフェスティバル3日目の水曜日に行われた。当日は真っ青な空に太陽が照りつける真夏日。文字どおり「ビーチステージ」は白い砂浜の上にDJブースとバーが設置され、誰でも無料で出入りできるダンスフロアスペースがある。ここでは他の日にBenji B、Mala、Simbadや地元のワールドミュージック系のDJなどがプレイ。来場者はそれぞれ気ままに海水浴や日光浴、食事やカクテルを楽しむ。この日は砂の上も裸足では歩けないほどの暑さだったが、午後2時にトップバッターの松浦さんがプレイを始め、須永さんに交代、程よくチルアウトな選曲で海水浴や隣のバー/レストランに集まった人たちの贅沢なBGMとなった。まあ、なんとも優雅な環境だ。4時にMitsuさんが登場した頃から少しずつブース前の“フロア”に人が集まってきて、少しずつパーティー感が出てくる。5時を過ぎてDazzle Drumsの2人がハウステンポにピッチを上げると、徐々にフロアの人々の体が動き出した。その後に須永さんが2度目の登場で、すっかりフロアも埋まり、温まったダンサーたちを勢いづけるように盛り上げた。最後の30分は松浦さんが担当し、ビーチステージを解放感と一体感で包んで午後7時半に「JAPAN BEACH」を締めくくった。まだ外は昼間のような明るさだ。
 
熊谷和徳、Kan Sano、Jun Inoueが出演したテアトル・デ・ラ・メール
 
 
 その足でテアトル・デ・ラ・メールに移動すると、ベルリンの若手ビートメーカー、Max Graefのバンドが1組目に出演し、夜9時半頃に
「JAPAN STAGE」が始まった。まず熊谷さんが登場しタップダンスのソロパフォーマンスを披露。WFでも初となるダンスのパフォーマンスにお客さんも釘付けになっていたようだった。続いて佐野さんがラップトップ上にあらかじめプログラムされたサンプリング音とグランドピアノの演奏というソロパフォーマンスで、さらに会場を静粛な雰囲気で包み、緊張感と集中力が最高潮に高まったところでライブペイティングの井上さんが加わった3者の共演パフォーマンスが始まった。他の演者たちとはまったく違うステージを、ノリのいいWFの観衆が息を飲むように静まりかえって耳をそばだて、見つめていたのが印象的だった。最後はGillesも多大な思い入れがあるという、ジャズピアニスト板橋文夫の「渡良瀬」が演奏された。これは今年のWFのハイライトのひとつになったと言って間違いないだろう。Gillesもそうコメントを残している。 左からKan Sano、Jun Inoue、熊谷和徳
 

 今回の「JAPAN BEACH」に出演したDJ陣の皆さんにも、フェスティバル後に感想を聞かせてもらったのでご紹介したい。
 
 
須永辰緒:
「濃厚で幸せな時間は国内外限らずフェスの醍醐味ですが、演者と観衆に取っては受け取り方が違うと思います。しかし、WFに関しては最良の音楽を共有、享受する空間の密度がより濃く身近に感じました。キュレーター、インフルエンサーとしてのGillesの慧眼、そこから演出される最先端のジャズのショーケースは世界でも類を見ないと思います。セットという街も、会場の雄大さやピースフルな観客もすべてが魅力的で多幸感が一杯でした。私はビーチでのDJプレイでしたが、演者としてもこれ以上ない環境に身を置くことができ、幸せの一言に尽きました。個人的なハイライトは野外シアターでの佐野観、熊谷和徳、井上純による「渡良瀬」のパフォーマンス。日本の美意識と誇りに不覚にも涙が出てしまった次第です。今から考えるとあの環境だからこそさらに光ったんでしょうね。世界中の注目すべきアーティストのライブも観ましたが、あの時間も真のジャズでした」

http://sunaga-t.com/  
 
松浦俊夫:「今回で5回目の出演でしたが、前年より規模を少し縮小し、いわゆるビッグネームが減ったことで、逆にGillesのキュレーション能力の高さが証明された年だったと思います。一般的に知られていないアーティストであっても、素晴らしいパフォーマンスをすれば耳の肥えたオーディエンスは全力で楽しんでくれる。こんなに素晴らしいサポーターを前にできたことは自分を含めて出演者皆幸せだったと思います。これまでに、「Glastonbury Festival」やヨーロッパの主要ジャズフェスティバルにも出演してきましたが、これほどアットホームな雰囲気の中で現在進行形のアーティストたちを楽しめるものは記憶にありません。現在の、不穏な空気が漂うヨーロッパとは別世界でした。自分のプレイに関しては、前半60分はJAPAN BEACHのオープナーということで、ダンスよりもムードを大事に選曲家としてプレイし、スタッフ含めた関係者からの賞賛を得ることができて何よりでした。後半はラスト30分ということで久し振りに緊張しましたが、自分が直前に思った理想的な絵を描き切れたので、遠路はるばるやってきた甲斐があったと思えました」

http://www.toshiomatsuura.com/  
 
DJ Mitsu The Beats:
「2回目の出演で前回も受けた印象なのですが、ビーチリゾートで行なわれている効果なのか、熱狂というよりは、それぞれが本当に楽しそうに自分の時間を過ごしているなと感じました。世界で活躍するDJだけでなく、有名無名問わず実力派アーティストが揃うフェスティバルだと思います。今回もまったく知らなかった人たちのパフォーマンスに圧倒されました。まだまだ知らない素晴らしいアーティストを知ることができる、素晴らしいイベントだと思います。それでもやはり、個人的なハイライトはメインステージでの熊谷和徳、佐野観、井上純のパフォーマンスでした。何も言う事はありません。あの場所で、あれを体感できた方は本当にラッキーだったと思います。自分はちょっと踊れないような暑さの砂浜でのDJでした。はじめはまったく客さんが現れなかったので、どうしようか悩みつつのプレイでしたが、音をビルドアップしていくにつれて少しずつ踊る人たちが現れて最終的にはかなりいい感じになったと思います。あの灼熱の砂浜で踊ってくれた皆さんに感謝します」

http://gagle-official.com/  
 
Dazzle Drums:
「年齢層と音楽性の幅広さ、そしてアーティストもスタッフもオーディエンスもとてもオープンマインドなところに心を打たれました。すべての行程を終えて、改めて振り返ってみて思うのは、Gilles Petersonとそのチームの皆さんの、素晴らしい人柄があのフェスの魅力を作り上げているのだな、ということです。私達はヨーロッパのフェスティバル出演は初めてだったので、ただただ夢中で、75分間のセットタイムがあっという間でした。夜のシアターでGillesに褒めていただいたのはとても嬉しかったけど、なかなか実感が沸きませんでした。でも、次の日町を歩いていたら、すれ違う色んな人に『良かったよ』と声を掛けられて、やっとほっとしました。そして一番の手応えは、ハウスをこれまで続けてきてよかった、ということです。いろんな音楽性を自由にDJに組み込めるので、幅広い聴き手に届けることができる。ハウスのDJであることを、あの場所であらためて誇りに思いました。また、JAPAN DAYの他の演者の方達の落ち着いたプレイに頭が下がりました。夜のシアターでの、3人が一体となったパフォーマンスも本当に素晴らしく、スタンディングオベーションが起こった時はとても胸が熱くなりました。私達はまだまだ経験が足りませんが、周りの先輩方は、きちんと経験をご自身の糧にしていらっしゃる。日本にいるときよりも、あの場所だからこそ、それがはっきりと伝わってきました」

http://common.dazzledrums.com/  
 
 筆者にとっては昨年に続いて2度目の参加となったWFだが、やはり他と比較しても、ラインナップ、出演者、そしてお客さんに共通して、本当にオープンマインドでフレンドリーで、群を抜いてポジティブなエネルギーに満ちているところが、このフェスティバルの最大の魅力だ。セットのつつましくも美しい街並み、豊かな太陽と海の恵み、さらに絶品のシーフードやワイン、と夢のような条件が揃っている。プログラムの組み方や、トイレの数、バーやフードも、お客さんにとって一切ストレスがないように考えられ、準備されている。これほどあらゆる面で行き届いた、洗練されたフェスティバルにおいて、これだけの日本人アーティストの活躍を見ることが出来たのはとても貴重かつ、勇気と自信を与えてくれる体験であった。


■Worldwide Festival
http://worldwidefestival.com/

■Gilles Peterson
http://www.gillespetersonworldwide.com/