ダンスミュージック大国オランダが世界に誇るフェスティバル「ADE」をDJがレポート
オランダの首都・アムステルダム。そこには自由な空気と、多様な人種が入り乱れ形成された独自のミュージックシーンが存在している。オランダのダンスミュージックシーン、アーティストの発展のためにスタートしたAmsterdam Dance Eventは今年で21回目を迎えた。地元の人々は親しみを込めてADE(アーデーエー)と呼び、開催を待ちこがれていた。
昼夜を通し5日間にわたって開催されたこのフェスティバルを、オランダ在住のDJ/アーティスト/ライター/フォトグラファーの4人が、イベントやカンファレンスをそれぞれ独自の視点でレポート。
まずは、オランダ在住日本人DJ/イベントディレクター、Nori (Norihiko Kawai)のイベントレポートからお届けしたい。
Text: Norihiko Kawai aka Nori (posivision・Amsterdam)
Photo: ADE Official, Irina Raiu, Yuta Sawamura, Atushi Harada, Nozomi Endo, Khris Cowley, Nori
Special Thanks: Kana Miyazawa, Tatsuya Takahashi, Nozomi Endo, Ryosuke Matsuzaki, Kento Ozaki
Goedemiddag(フッデミダッハ=こんにちは)。筆者は、この記事を書き下ろしている時点でオランダに移住してまだ1年程だが、今回のADEへは2009年の取材以来2回目の参加となった。
ADEはいうならば、エレクトロニック・ダンスミュージックシーンの国際見本市の様なものである。その規模を数字で見てみると、参加アーティストが2,515人、カンファレンスなどトークセッションに参加するアーティストや関係者が546人とステージに立つ者だけで3,000人を超えている。そしてクラブや屋外イベントの数は452、カンファレンスのプログラムは実に396、そしてADEを訪れた人の数は37.5万人にも及んだ。この数字が物語るとおり非常に大規模なイベントで、会期中は街中の至る所で何らかのイベントが開催されている夢のような5日間である。市内のホテルや飲食店、バーにレコード屋などもADE効果を受け常に混雑しており、経済効果は計り知れないだろう。アムステルダム市や大手の電話会社をはじめ、さまざまな企業もバックアップしており、国を挙げてエレクトロニック・ミュージックにかける熱い思いがひしひしと伝わってくる。
ADEには元々、オランダ人アーティストを世界へ発信するという目的があった。8年前にはラインナップ等からもそのコンセプトを強く感じとれたが、時代の変化とともにシーンの在り方が変わる中で、今では世界中のアーティストからレーベル、クリエイター、エージェンシー、機材メーカー、メディア等が積極的に参加する国際色豊かなイベントへと進化を遂げていた。例えばエージェントなどは、ADEに参加申請を出し、昼のメイン会場の一つであるThe Dylanに場所を確保したり、近くにあるカフェや小スペースを借りきる。事前にADEのデータベースの中から、メディアやオーガナイザーなどの業種で検索し、そこから自由にコンタクトやアポをとってミーティングが出来るシステムとなっている。アーティストや関係者にとって、日頃会うことが難しい異国の人々と知り合うことが出来る貴重な機会である。その他にも昼間の会場では、各機材メーカーの製品を自由に触わることができたり、カンファレンスでは開発者やアーティストのトークセッションを堪能することもできる。またアートも充実しており、「The Art of Banksy」をはじめとしたエキシビジョンも開催されていた。とにかく期間内で全てを楽しみ尽くすのは不可能な数のコンテンツが用意されていた。
クラブはもちろん、ビルの最上階やパレードまで。様々な場所でパーティーが開催。
肝心のパーティーの方も世界中からハウス/テクノ系のレーベルやアーティストが駆けつけており、初日のオープニングコンサートでは、40年あまりの歴史を持つ会場MelkwegにてHenrik Schwarzが、ジャズにも定評があるハイブリッドオーケストラ、Metropole Orkestと共演した。
https://www.mo.nl/2016/10/terugblik-openingsconcert-ade
元学校を改装し作られたクラブDe Schoolには、 Four Tet、Floating Pointsの2組のみが出演し、水曜の夜にも関わらず入場規制がかかるほどの人気。また、本年25周年を迎えたUKのテクノレーベルSOMAもフリーパーティーを開催したり、地元のディスコ/ハウス好きが集うクラブDisco DollyではMove DとベルリンのMr. Tiesの2人が出演するなど、初日から充実したプログラムで幕を開けた。
ADEの楽しみは、オフィシャルに発表された昼夜のプログラム以外にもある。エージェントやレーベルなどが関係者に向け行う招待者オンリーのイベントで、今回はベルリンのエージェント主催イベントに出席。会場は市内中心部のビル最上階でナイスビュー。Michael Mayer (KOMPAKT)、Locked GrooveがDJとして登場し、ドリンクや食べ物もフリーで振る舞われた。今回ADEでよく見かけたスウェーデンのヘッドフォンURBANEARSも製品を陳列しアピール、さらに同じフロア横のスペースでは、オランダを代表するレコード屋、レーベル/ディストリビューターのClone RecordsがPOP-UPストアを展開しており、贅沢な空間が用意されていた。このような特別な空間の中で新たな交流や久々の再会を体験し、ADEの持つ強力な求心力をここでも感じた。
残り2日となった土曜日の昼間に、アンオフィシャルのパレードが出発予定を1時間ほど過ぎて始まった。どのトラックの音がいいか、走り去るトラックを一台ずつチェックして、迷いに迷って選択したのがオランダのサイケデリック・トランス・パーティーのクルー、Dutch Acid Familyのパレード。パレードは市内中心部を走行したが、歩行者も自転車も車もトラムも全ての往来が遮断され、ずーっと道のど真ん中で踊れる状況が作られていた。途中、レンブラント広場でスピーチと休憩時間。スピーチのテーマはアムステルダムらしく「Vrijheid (Freedom)」であった。
夕方からは、ADEコンサート“Francesco Tristano presents P:anorig feat. Derrick May”に向かった。会場は、以前にナイトメイヤー・サミットも開かれていたDe Marktkantine。広々とした会場にかなり大きなDanleyのスピーカーが吊るされ、ステージ上には円を描くように機材が設置されており期待が高まった。序盤は知的なエレクトロニカやアンビエントが2人組のDJにより奏でられ、はかなく美しい世界観が表現されており、連日の疲れを癒してくれた。今回体験したADEのDJの中でも抜群の構成力で、誰なのか非常に気になっているのだが…情報が掲載されていない。主役のFrancesco Tristanoが登場する頃にフロアも埋まりだした。今回は、TransmatからリリースされるアルバムFrancesco Tristano feat. Derrick May 『Surface Tension』の楽曲を中心にプレイしていた。「Sakamoto"Merry Christmas Mr. Lawrence" (Francesco Tristano Rework)」のトラック後半に入り、イベントも残り40分くらいになったところで満を持してDerrick Mayが登場。柔と剛のバランスがとれたLiveによりフロアはピークへと誘われた。
余韻を噛み締めながら、2つ目の会場のParadisoに向かう。欧州の音楽好きならば知らない人はいないという聖地に、アラビックなメロディーと電子音を掛け合わせたトラックで人気のAcid ArabのLiveを体感しに。到着して情報を見てみると、何とサブフロアでの出演…。メインフロアでは、どうやらADEに関係のないイベントが組まれていた。少し狭いサブフロアに、彼らの人気を象徴するかのように多数のオーディエンスが押し掛けてしまい、 フロアは寿司詰め状態。ほぼ窒息寸前のフロアを後にして、アムステルダム・北側(ノールト)に新たにオープンしたクラブShelterへ向かった。
ニッポンのパワーをオランダの地で再認識
ノールト側に向かうには、車・バス以外ではフェリーに乗船するしかない(地下鉄は数年後に開通予定 )。10分程度の乗船であるが、このフェリー がパーティーに行く興奮を煽り、何とも言えない清々しい気分にさせてくれる。Shelterへ到着すると、すでに長い行列ができていた。それもそのはず、この夜のプログラムは、世界的に人気のマドリッドをベースにするテクノレーベルSemanticaのパーティー。出演陣は、日本でも人気のPeter van Hoesen、Donato DozzyとNeelからなるユニット Voices from the Lake 、さらにSvrecaも! フロアに入るとスピーカーはFunction-One。VJには、伝説のクラブTrouwのレジデントだったHeleen Blankenが入り、万全の状態でパーティーはスタートしていた。
パーティー前半はストイックな展開であったが、中盤にさしかかりPeter van Hoesenのところで出音が一気に太くなったような錯覚を覚える。彼から放たれたエレクトロニック・ボディミュージックの影響が随所に表れたトラックの数々と、ヒプノティックなグルーヴが導き出したトリップ感は、フロアを確実にヒートアップさせていた。Voices from the Lakeに変わる頃には友人を探しにフロアの前に行こうとしても、はじき出されるほどの盛況ぶりで、気がつけば朝まで踊り倒す結果となっていた。入場時のエントランスの荷物検査は厄介であったが(プレスパスを持っていても)、圧倒的な出音とフランクな店員が多いこのクラブ、ぜひ一度訪れてほしい。
最終日は日曜日なので、イベントは夜通し行われないのかと思っていたら、 月曜朝まで行われているパーティーがほとんど! 今日は DJ NOBU (FUTURE TERROR)が、H7 Warehouseというベニューで開催されるBen KlockのレーベルKlockworksのパーティーにDVS1等と出演と、最終日を締めくくる絶好のプログラムが用意されていた。会場に到着すると、こちらもFunktion-Oneスピーカーがフロアを囲むように四方に設置されており、音にハマれる踊りやすい環境が整備されていた。DJ NOBUの3時間セットがスタートする頃には、フロアもほぼ人で埋まった。硬派な突進力のあるインダストリアルなテクノをセレクトし前半を引っ張ると、中盤から後半にかけては絶妙なタイミングで、モダンなテクノやアシッディーなハメトラックを織り交ぜた緩急の利いたセットを披露。フロアの至る所から雄叫びが上がり、オーディエンスの心を完全に掴む堂々たるオリジナリティがそこにはあった。とても3時間では聴き足りない、彼の魔法にかけられた会場からは惜しみない賛辞が飛び交っていた。VJには昨晩のShelter と同じくHeleen Blanken 、巨大なスクリーンに映し出された彼女のアブストラクトな映像は、色も動きも無駄がそぎ落とされ、音とシンクロし見事に陶酔感をかりたてていた。DVS1にチェンジし少し時間が経ってから、DJ QUやFred P、Patrice Scott などが出演しているPanamaクラブに向かいADEの最後を迎えた。こちらはやはり日曜深夜遅くとあってか、オーディエンスも予想より少なかった。事前に発表されていたタイムテーブル通りにアーティストが出てこないハプニングもあったが、 そんな中でもデトロイト・次世代中心アーティストの一人Patrice Scottのvinylセレクトから心に届くグルーヴが奏でられ、ADEの終わりを惜しむオーディエンスとの貴重な時間を過ごすことができた。
最後の会場Panamaのスピーカーをふと見てみると、Pioneerのシステムがインストールされていた。世界のDJ/電子音楽シーンを牽引する日本の各メーカーTechnics、Pioneer DJ、Roland、KORG、DENON、Oyaide Elec.等々がここADEにおいても確かな足跡を残していたこと、また近年の日本人アーティストの活躍を育んでいる日本シーンのパワーを 、ここオランダの地で再確認したフィナーレとなった。
来年のADEに一人でも多くの日本人が訪れ、素晴らしい体験を共有できることを切に願っている。
>>>>「ADE(Amsterdam Dance Event)#02」はこちら
>>>>「ADE(Amsterdam Dance Event)#03」はこちら
>>>>「ADE(Amsterdam Dance Event)#04」はこちら
Nori (Norihiko Kawai)
オランダ在住日本人DJ/イベントディレクター/エージェント/ライター/営業マン。東京育ち、2015年に渡蘭しposivision編集部・欧州支部設立。日本国内では95年、欧州では08年から積極的にDJ活動を行う。
放送局から報道、音楽系まで多数のメディア業を経験。アナログとデジタルが融合するディープなDJ芸術を追究中。
https://twitter.com/posivision