REPORTS
>

DOLBY ATMOS for Musicがダンスミュージックにもたらす“新たな音楽体験”

取材・文・撮影(本文内):小張 正暁 (ageHa / DANCE ON THE PLANET)
撮影(メイン写真):
Masanori Naruse 
 
 

 「立体音響 = サラウンド」の業界標準として知られ、1965年設立の歴史を持つアメリカの企業ドルビーラボラトリーズ(以下:ドルビー)。ドルビーが保有する技術のなかでも最新フォーマットとなる「DOLBY ATMOS」は、オーバーヘッド(天井)スピーカーを加えることで、より立体感のある空間表現を可能にした。そして、ドルビーはこの「DOLBY ATMOS」に、クラブなどでのパフォーマンスの環境(アプリケーション・ハードウエア)までを含めたプラットフォーム「DOLBY ATMOS for Music」を開発した。
 
 5月26日、この「DOLBY ATMOS for Music」がトライアルとして、アジアで初めてクラブパーティーに導入された。そのパーティーはユーロトランスを中心とする「Anahera feat. Pure Trance」。会場は新木場ageHaである。そこでageHaで10年以上にわたり仕事をしてきた筆者が、この日のDOLBY ATMOS体験をレポートしたい。




 そもそも、ぐるりとメインフロアを囲むageHaの34個の完全オリジナルサウンドシステム「オクタゴン」は、サラウンドを実現するために作られた。と言われても不思議ではない配置になっている。しかし、15年におよぶageHaの歴史で、実際にサラウンドの音源がプレイされたことは一度もなかった。予算を度外視すれば技術的に不可能ではなかったはずだが、それでも最終的に「サラウンドなら映画として楽しんだほうがいい。」それが今までの現実だった。
 
 じつは「オクタゴン」は横並びするスピーカーに左右のチャンネルが交互に続く配線になっている。空間全体のステレオ感を犠牲にしても、音の充実感を最大化するために試行錯誤の結果行き着いた構成である。
 しかし今回、DOLBY ATMOSのシステムを導入するにあたり、図に示す通りスピーカーを9つのブロックに分けてチャンネルの振り分けを行った。


 
 やっとのことでageHaでの実機テストができ、実際にGOが出たのはイベントの10日前。しかし、決して万全の状態までセッティングを追い込めたわけではなく、ageHaのPAのWAVES小林氏は音質にまだまだ満足していなかった。(さらなる音質向上が望めるという、裏返し意味で)
 しかし結果から言うと、この日のSolarstoneのDOLBY ATMOSセットは素晴らしかった。では、それはどのような体験だったのか?
 
 Solarstoneのプレイがスタートし、音が会場の中を回り始めると「音が回っている」ただそれだけで心が踊る自分がいた。それは、条件反射的で人間の本能的な感覚だ。
 従来のサラウンドは、映画を観ている鑑賞者の視覚を、よりリアルに感じさせるための「音場」を表現するためのものであり、音は映像に従属する。
 一方、DOLBY ATMOSでのサラウンドは、音で「空間そのもの」を表現するために使われる。
 プレイする音源は、ドラム、ベース、ボーカル、上物といった具合に楽器ごと、あるいは周波数帯域ごとに分けられ同期されたマルチトラックで録音され、それぞれのチャンネルごとの音源移動のデータを楽曲に並走する形で記録、プレイすることができるのだ。
 音が縦横無人に動く中にいると、やがて景色が眼の前に広がるかのような錯覚に陥る。例えば、ドラムが私たちの周囲を回ると、まるで大型動物に囲まれて不安になるような感覚を覚え。ボーカルが天を行き交えば、森の中で鳥たちがさえずっているかのようにうっとりとした気持ちになる。90分のセットの間、ジャングルの中から宇宙の果てまで、筆者の脳内を想像の景色がかけめぐり続けた。


 DOLBY ATMOSは、DJパフォーマンスの一回性を際立たせる。そして、聴衆が視覚の束縛から解放され、自由に想像し味わえる。という点で、従来のサラウンド体験と異なる新たな音楽体験をもたらしてくれる。しかも、それが大空間、ダンスミュージックで、多くのオーディエンスと共有しながら。という点が今までにない。
 Solarstoneのセットはメロディアスで空間的な音が際立つトランスミュージックだからこそ、DOLBY ATMOSの特性を活かしきっていたと思う。
 プレイ後に行われたドルビー社のインタビューでSolarstoneは、DOLBY ATMOSのサラウンドに映像を同期させるアイディアなど、さらなる未来の可能性を示唆していた。
 
 私にとってだけでなく、現場にいた関係者、お客さん、SNS上での声を聞く限りこの日の体験が特別なものだったのは間違いない。今回、この体験を逃してしまったそこのあなた!! 未体験のダンスフロアを、次こそは絶対にお見逃しなく!!

ドルビーラボラトリーズ
https://www.dolby.com/

DOLBY ATMOS for Music (英語サイト)

https://www.dolby.com/us/en/technologies/music/dolby-atmos.html


世界ではロンドンのMinistry of SoundとシカゴのSound-Barが「DOLBY ATMOS for Music」を正式導入しており、Deadmau5、YousefやThird partyなどの著名DJがDOLBY ATMOSセットでクラバーたちを魅了しているという。


DOLBY ATMOS for Musicのシステム
DOLBY ATMOSのはMacbook Pro上で動作し、パイオニアのミキサー、メディアプレーヤーをコントローラーとして使用することができる。音源移動は現場でリアルタイムに変化させることも可能だが、基本的にはスタジオで記録したプリセットを切り替えることでプレイする。さらにPC DJでのオーディオインターフェイスに相当する部分は、大型のPCのようなハードウェアからなっており、リアルタイムで、遅延なくサラウンドの演算を行うにはかなりの処理能力が必要なことが想像された。“チャンネル毎に”、 “リアルタイムでサラウンドを処理できる”、という2点が今までにない特徴であり、価値なのである。


「DOLBY ATMOS for Music」のメイン画面。


楽曲管理にはパイオニアのrekordbox が使われていた。



ラックに納められたマシンが「DOLBY ATMOS for Music」の真の心臓部である。


本国からプロダクトマネージャーのGabriel Cory氏(左)も来日。 

Solarstoneがこのパーティーのピークタイムであった。