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山積みの問題と理想とのギャップに諦めることなくポジティブに一歩ずつ前進する。 「Amsterdam Dance Event 2022」 – 後編 –

Text by Kumi Kawai
Photo by ADE Official, bmfotografie, Kapaphotography, Milan Goldbach, Kumi

前編はこちら

  パンデミック後、初のフルバージョンでの開催となったとなった2022年のADE(アムステルダム・ダンス・イベント)。第27回目となるイベントは、市内200カ所以上で1000を超えるイベントや取り組みが行われ、2500人以上のアーティストやスピーカーを迎え、世界中から45万人という記録的な数の来場者を迎えた。


つい先日アップロードされた今年の振り返りのオフィシャル映像。

後編として、以下昼間のプログラムを中心にレポートする。

アフターコロナのADEは、「フェスティバル」「アート&カルチャー」「Pro(ミュージックビジネス向けコンテンツ)」と「Lab(プロデューサー志望者を対象とした、業界のキーパーソンから学ぶためのプラットフォーム)」の4つの柱で構成されていた。
さらにADE Proは、「ビジネス」「フューチャー」「ワールド」の3つのメインテーマで構成されており、「ビジネス」ではトレンドやチャレンジに対するディスカッション他、「フューチャー」では業界の最新(技術)やイノベーション、スタートアップ・シーンなどを扱い、「ワールド」ではサステナビリティ、社会変革、メンタルヘルスや世界各地のシーンに焦点を当てていた。

例えばコンテンツの例で言うと、メタバース向けにどうやってより没入できる音楽を作るか(イマーシブオーディオ)、XBox・PlayStation向けビデオゲームの音楽にどうオーケストラのサウンドを組み込むかなど、比較的IT向けのコンテンツもあった。


In Pursuit Of Repetitive Beats at Felix Meritis


VRコンテンツのプレミア試写もあり、観客は1989年にUKのコベントリーで開催された違法レイブにバーチャルで招待される。当時の関係者のコメントを交えたドキュメンタリーでもあり、アシッドハウスの多幸感を得るところまで用意されている。ディレクターはDarren Emersonだが、元Underworldのアーティストとは別人とのこと。


Meta社のOculusを装着して体験ができる。フライヤーを手に取ったり部屋の中を歩き回ったりできる。


Antler Startup Competition Final


また、アーリーステージのベンチャーに投資をするAntler主催のコンテストでは、音楽・エンターテイメント業界に関連する革新的なアイデアや製品、サービスを2022年春に募り、ADE会期中にファイナル選考が行われた。勝者の賞金額は、最低で10万ユーロ(約1400万円)。選ばれたのは、オンライン音楽レッスン界のいわば ”Zoom”と言われるSYNKii、それにデータドリブンでAIと独自の技術を駆使する音楽テック企業のUn:hur。2社とも、市場の根本的な問題を解決しようとする気概と、そのテーマに関する卓越した専門知識で勝利を勝ち取った。


賞金(最低で)10万ユーロ(約1400万円)の他、Antlerのネットワークへのアクセスやリーダーシップによるコーチング、そしてシリーズCまでの更なる投資を受ける可能性も開けているという。

オーガナイザーはもちろん、起業家や企業担当者、それから行政向けのテーマやワークショップも多数あったので、日本からも自己投資や企業視察、それから国の補助金や奨学金をもらっての参加もありなのではないかと思った。(音楽はもちろん、イベント、マーケティング、サステナビリティ、ビジネスのヒントを見つけに等)
レポートでもある程度のことは伝えられるが、国を越えて当事者同士が学び合う機会はとても重要で、そこで学ぶこともあれば、きっと自分達の強みも再確認できる場にもできる。
昼は学び、夜は遊ぶ。充実した5日間にできそうだが、一点注意したいのが、オフィシャルのADE Pro Pass(正規で€625)を買っていても、入場できない夜のフェスティバルが散見されたこと。オフィシャルでないため別途チケットを購入する必要があったり、入場制限があったりと希望のコンテンツに参加できない場合もあるが、期間中の選択肢は多いので、次へと気持ちは切り替えられる。
興味深いコンテンツが多々ある中、時間がかなりかぶっており選ばざるをえない状況もあったのは事実だ。


Within Without II
2022/10/19 (Wed) at Royal Theatre Carré


ADEのオープニングイベントとして、オーディオビジュアル・ライブショー「Within Without II」の独占プレミア上映が国立劇場カレで予定されていたので、早速予定を入れた。2021年に開催された「Within Without」の第一回目の公演ではMax Cooperとコラボレーションしており、何千もの来場者が訪れ大成功を収めていた。

会場の王立劇場カレ(Koninklijk Theater Carré)は、アムステル川近くにある1887年設立のネオ・ルネサンス様式の劇場。クロークから併設のカフェまでとても趣がある場所で、年配の地元客と学生を含む若者が入り混じり、開場前から賑わっていた。
サーカスも行われていた場所で、かなり急勾配に座席が設置されているおかげで、後ろの席でも前の人が邪魔になって見えないということが全くなかった。私の左には老夫婦、右には女子3人組が座った。




アムステル川ほとりの王立劇場カレ。珍しく秋晴れに恵まれた。

タイムスリップしたような感覚に陥る趣のある内装。

アムステルダム出身の現代アーティストNick Verstandが電子音楽、モダンダンス、ライティングアートで聴衆の五感に訴え、トランス状態へと誘い潜在意識に問いかけてくる。

コンセプトとして、ユングのこの言葉が添えられていた。
「人は自分の魂と向き合うことを避けるために、どんなに不条理なことでもやる。人は光の姿を想像することによって悟りを開くのではなく、闇を意識化することによって悟りを開くのである。」

大きな光の輪、しなやかなダンサーの動きと宙を舞う身体。そして音楽が、それぞれの心の奥の扉を開け、揺さぶった。それは各々パーソナルなものであり、きっと同じではないものの、同じ場所で深層にアクセスされた体験を皆が共有したと思う。観客はその感動をスタンディングオベーションで伝えた。




プロジェクションの演出で、まるで湖の中に足が浸かっているように見える。




1時間のショーのクライマックスでは、ダンサーが宙を舞った。


Mark to the Music – a mindful art experience
2022/10/20 (Thu) at Museum van de Geest


カルチャーのテーマの一つとして「Deep relaxation」が掲げられていたが、自分のメンテナンスは重要課題の一つであり、現代に欠かせないテーマの一つとなっていると思う。
私を含め多くの人が忙しい日々の中、「感じる」ということを無意識に忘れてしまっていることがある。
つい数ヶ月前にワンオペ双子子育てとフルタイムの仕事が1ヶ月続いたとき、やらなきゃならないことが山積みなのに一つ一つが遅々として進まず、急ぎたいのに子供は彼らのペースでやるわけなので、怒っては自己嫌悪という悪循環に陥ったことがあった。自分が壊れそうな感覚の淵が自覚できたので、これまでずいぶん蔑ろにしてきた自分の時間、感覚を少しでも取り戻せるよう、近所の人や仕事先の人に協力してもらったことがあった。
オランダで働く人のうち、130万人が燃え尽き症候群(バーンアウト)になったという統計結果も発表されている。

そんな中、目を引いたコンテンツとして「Mark to the Music – a mindful art experience」があった。
「マインドフルネス・瞑想」に「アート・美術館」という切り口を加えることでその分野の第一人者となったJolien Posthumus。彼女のガイドで1時間のメディテーション・ドローイングセッションとなった。


Jolien Posthumusの瞑想ガイド、そしてDJ Marcelleの音楽という贅沢なコンテンツだった。

会場はアムステルダムのエルミタージュ美術館別館内にあるMuseum van de Geest | Outsider Art Museum

このセッションでは、音が重要な役割を果たす。音楽をガイドしてくれたのは、アムステルダム出身のDJ、プロデューサーのDJ Marcelle。”Nyege Nyege”フェスのレジデントでもある彼女はありとあらゆるボーダーやルールを超えて独自の世界を作り出すのに長けているが、今回もフィールドレコーディングヴァイナルなどを駆使して内なる旅に連れ出してくれた。


DJ Marcelleの音の懐の大きさに安心して身を委ねることができた。

瞑想用クッションに腰掛けて、Jolienのガイドに耳を澄ませる。はじめは少し気になった周りの人の存在も、セッションが進むにつれ、だんだんと気にならなくなってきた。各人にクレヨン1セットが用意されていて、好きに描いても、描かなくても良い。その指示に従って、そのうちにただ音に反応してクレヨンを持つ手や体を揺らしていった。音が変われば、色もそれに合わせて持ち替えたくなり、流れに身を任せた。

このプログラムは自己の解放、ストレス解消など、メンタルヘルスにポジティブな影響を与えることを目指していたが、終わった後に確かにすっきりとして、グラウンディングしたように気持ちが落ち着いた。


2回あったセッションのうち、2回目の方がより多い参加者がいた。Yogishaの瞑想用クッションは高さがあって座りやすかった。


ADE Cook Off
2022/10/20 (Thu) at Fosbury & Sons


以前のリバイバル企画のコンテンツもあった。その名も「ADE Cook-Off」。
タイトルからお察しの通り、アーティストが料理の腕をふるうバトルだが、2015年にはSeth Troxlerが3コースメニューを作り、アムステルダムのホームレスの人たちに振舞ったこともあった。
今年は星付きレストランのシェフとパートナーを組んでのチーム戦となり、3対戦あったうちの2対戦目、Masalo VS Jamz Supernovaのバトルを観戦した。


コワーキングプレイスのFosbury & Sonsの中庭が会場。

日本にもルーツを持つアムス育ちのアーティストMasaloは、Kammaと共にハウスからディスコ、イタロなど多様なグッドバイブスを世界に放っている一人。

対するJamz Supernovaは、BBC Radio 1XtraとSelector RadioのレジデントDJでもあり、ファンキーハウス、UKジャズ、オールドスクールなUSヒップホップをシームレスに繰り出すのを得意とする。コペンハーゲンから、遊び心と刺激に満ちたレストランPunk RoyaleのHampus Risbergがサポート。

Masaloがタッグを組んだのは、ギリシャ出身のシェフGeorge Kataras。以前は国立美術館併設の一つ星レストランRIJKS、そののち現在はVanderveenで腕を振るう。

1時間で3品を作るチャレンジングな企画だが、ともにテーマとして選んだのは自身のルーツでもある国の家庭料理。Masaloが選んだのは、ベジカキフライ、くるみ味噌の焼きおにぎり、れんこんの梅あえ。

カキフライをどうヴィーガンで表現するのか注目していたが、茹でたジャックフルーツにオイスターリーフというハーブと昆布で風味付けをして、パン粉を使ってフライにしていた。

また、Jamz Supernovaは彼女のルーツの一つであるジャマイカの国民食、アキ&ソルトフィッシュにヒントを得てベジな一品にアレンジ。マンゴーにコリアンダーやミントなどのハーブをふんだんに使ったカリビアンコールスローには、仕上げにライムゼストで爽やかな香り付けがされた。



ソルトフィッシュの代わりにジャックフルーツを使い、トマトを加えて煮詰める。

老舗の酒蔵から選りすぐりの日本酒を輸入するOtemba Sakeがとっておきの日本酒を観客に振る舞っていた。

審査員は皆「共にすごくおいしい!」と甲乙つけがたく悩むも、プレゼンテーションの仕方、盛り付けなど僅差でMasaloの勝利となった。(会場の観客は試食ができなかったのが残念!)

勝者にはトロフィー代わりにナイフを形どったオブジェがプレゼントされた。


Music moves


また、今回のADEではソーシャルな活動も目についた。
「誰もがダンスフロアにアクセスできるように」というテーマを掲げての活動をしている団体Music MovesがADEとコラボレーションし、イベント運営やソーシャルワーク、起業などをテーマとしたトレーニングプログラムを提供していた(事前登録制、無料)。これまでこの団体は、例えばダウン症の若者のためのディスコナイトや聴覚障害者のためのテクノレイブ、ホームレスセンターのオープンステージ、ケアホームでのサルサアフタヌーンなどのパーティーを開催してきたが、今回は初心者に向けて起業家やフェスティバル・イベント業界の専門家によるトレーニングを行っていた(主にオランダ語だったが)。


MusicMovesの活動を伝える映像


How to redesign festivals to be accessible for all
2022/10/21 (Fri) at Felix Meritis


また、HandicapNLGreen Eventの2つの団体がタッグを組んで、「誰もが一緒にパーティーを楽しめるように」というミッションを掲げてADE期間中にUnlimited Party Promiseというプロジェクトを立ち上げた。Awakeningsを含むオランダの大型フェスティバルを10団体巻き込み、障害にチャレンジしている人たちにも楽しんでもらえるよう、車椅子でもアクセスできる会場作りや、特別なサポートが必要な人に届くようフェスティバルを作るために、トライアンドエラーからの学びや具体的な知識を共有していた。


2019年には2000万枚売れたフェスティバルのチケットのうち、たった50枚がハンディキャップの人たちが購入したものだったという。


DJs/Musicians set to cycle to ADE to raise money for Ukrainian Refugees and Bridges For Music


26人のアーティストと音楽業界関係者が、ロンドンからアムステルダムまで500kmの距離をサイクリングするというチャリティ企画もあった。ライダーたちは日曜日にロンドンを出発し、怪我や雨風、そして脚の痛みと戦いながらフランスとベルギーを抜け、4日間かけてADE初日の木曜にアムステルダムへ到着した。この企画は、チャリティ団体Bridges For Musicが、南アフリカの恵まれない地域に住む若い才能に質の高い教育を提供するプログラムの資金集めのために立ち上げたものだが、今年はウクライナで戦争が起こっているため、難民のための人道的支援を行うChoose Loveとパートナーシップを結び、結果3.7万ポンド以上(およそ600万円)の寄付を集めた。


ADE1日目の木曜に4日のサイクリングを経て到着した音楽関係者たち。


ADE Green
2022/10/21 (Fri)


毎年、ADE期間中に1日カンファレンスを中心に開催されるADE Green(サステナブルなイベントや社会変革をテーマにしている)だが、今年のテーマは過去と重複するものも多くあった(行政やスタートアップはどうフェスの場をテストの場として利用するか、キャンプサイトに置いていかれたテントなどのキャンプグッズの問題にどう対処するか、サステナブルなイベントを作るための具体的なアクション等)。ただ、比較的ワークショップやブレストなど、参加型の実践的なものが増えており、実際のコンテンツはより具体的で現在抱えている問題を取り上げている、という印象だった。大切なテーマに関して、一度取り上げて話すだけではなく、根気強く長期にわたって取り組んでいかなければ解決しない問題だということがよくわかる。

例えばプラスチック問題に関してもほぼ毎回取り上げられているが、今回はEUで2019年に可決された「使い捨てプラスチック流通禁止指令」にフォーカスしていた。この可決を受け、オランダでも店頭やオフィス、そしてイベントにて2024年より使い捨てのプラスチックの食器が禁止になる。エココンシャスなフェスでなくとも、シングルユースのプラスチックの利用ができなくなり、再利用できるものやプラの入っていない紙製のもの、バイオプラスチックを選ばなくてはならない。

ahaslideを使ってオーディエンスとインタラクティブにやりとりし、クイズやアンケートなどで飽きさせないよう進行していた。


Short Cuts: HE.SHE.THEY. Redesigning The Dancefloor
2022/10/21 (Fri) at Felix Meritis


多様性とインクルーシブに特化したUKのレーベル・イベント・コンサルタントのHE.SHE.THEは、クィア・レイブをShelterで開催した翌日金曜午後に、共同創始者のSteven Brainesが45分間のトークを担当した。かつてロンドンで行くクラブによって自分のアイデンティティを変えなければならないことに嫌気がさし、今の活動をはじめたが、ダンスフロアやブースに多様性が足りないことや、人種や性差別他、安全が保てないことが問題だと言う。その中でプロモーターには、ラインナップに多様性を持たせるベく自身でのリサーチや、エージェントやJaguar Foundatioなど専門家への相談、それにチケットの価格に幅を持たせて安いチケットを用意することで、収入の格差に考慮することを提案している。お客様が不快、不安、楽しめないことでビジネスチャンスを失ってしまっている。多様性を持つことで、よりコンテンツの才能もターゲット層も広がり、チャンスが広がる、と訴えていた。

ハングオーバーでもおかしくないスケジュールだったが、Stevenは静かな熱意と具体案を伝えてくれた。

もちろん、どこにでも山積みの課題や問題はあるが、理想と現実のギャップの大きさに腐ったり諦めることなくポジティブに一歩ずつ、具体的に前へ進んでいくこと。今回のADEに参加してその大切さを感じさせられた。

ADE2023のアーリーバードチケット等の情報は、下記へ登録を。
https://www.amsterdam-dance-event.nl/en/thank-you-for-your-pre-registration/