そのきっかけが恥じらいや摩擦、不安、探究心、向上心、ひねくれ、、何であっても、
適応するべきと言われる価値観の不安定な側面を見つけ出し、こじ開けて拡大解釈を可能にします。
しかしあやふやなものへの反発は構造として、固定観念の細部をことごとく疑うことでなし得ると考えるなら、当然これもあやふやだと言えます。
ただ幸いなことにNeordを自称した上で一貫しているものがあるなら、それが発露した場所を(遡及して)捲し立てんばかりの熱と、その未開さを妄信して自らが辿り着く先を能動的に迎え入れる姿勢です。
Neord(ノード)を、いかに文化活動の中で再現が可能かを試みてやまない。
https://youtu.be/JVLCbMMdwzw?si=aSrNsBAKe-C25Uoa
https://on.soundcloud.com/9Ha6u55GMLpuzfUtCz


