Text by Norihiko Kawai
Photo by Bart Heemskerk, Tim Buiting, Pierre Zylstra, Tim Buiting, Stef van Oosterhout, Charlotte van de Gaag, Kumi, Nori
エレクトロニックミュージック・ラバーの楽園、「DEKMANTEL FESTIVAL」。夢心地の5日間が終わり、2日が過ぎた朝、一通のメールが「DEKMANTEL FESTIVAL」の取材関係者を取り仕切る担当者から届いた。その中に“can't believe it's over already! “と記されていた。まさにその言葉が相応しい今年の「DEKMANTEL FESTIVAL」であった。
「DEKMANTEL」の幅広い音楽コンセプトはレーベルの音源や彼らのPodcastを通じて理解できると思うが、フェスティバルに参加するとさらなる音楽的な魅力はもちろんのこと、彼らが社会に与えている影響力も肌で感じられる。
街中の会場案内看板
8月3日
今年も例年通りに、Amsterdamse Bosでの野外フェスを前にアムステルダムのセントラル地区と北地区を隔てる平均水深15.1mの川・水路であるIJ RIVER沿いに位置するMuziekgebouwでフェスティバルがスタートした。まだ夕方前くらいの日差しが残る19:30のオープニングを飾ったのは、地元アムステルダム在住のIDM・Experimental系のサウンドに傾倒するアーティストupsammyとマルチディシプリナリーアーティストSjoerd Martensによるオーディオ・ヴィジュアルのライブショー(LIVE A/V)だった。ディープなエレクトロニカ調のサウンドにアンビエンスな風景映像が交差し、リラックス感極まる好内容だった。その後もRUSH HOURからのリリースでもおなじみYoung Marco率いる3ピースのアンビエント・プロジェクトGaussian Curveのライブを経て、ハープ奏者Mary Lattimoreとプロデューサー兼ギタリストのNeil Halsteadへ。Ghostlyから2020年にリリースしたアルバム『Silver Ladders』でコンビを組んだこの二人の緩やかで優美なサウンドは、最高の入眠状態へと導いてくれ、初日を美しく締め括った。
初日ということもあり、この日は全プログラムを通して、客足は7割強程度といったところだった。来年以降にご参加をお考えの方はオープニングコンサートから参戦し、余すところなく「DEKMANTEL」の音楽センスを楽しんでもらいたい。
会場となったMuziekgebouwとBimhuisの外観
upsammyとSjoerd Martens
8月4日
「DEKMANTEL FESTIVAL」二日目の醍醐味といえば、ワークショップやトークセッションなどのカンファレンスプログラムが日中にEye Filmmuseum(アイ・フィルム・ミュージアム)で無料で開催されることだ。もちろん、ミュージックプログラムも昼夜通して行われている。まずは、エレクトロニックミュージックメディアのRAが主催する2つのプログラムに参加してみた。カンファレンスプログラムが開催されたEye Filmmuseum
8/4の会場図とタイムテーブル
カンファレンスプログラムに目を通していると「Whitney Wei」の名前を見かけたので参加することにした。現在はRAの編集長を務める彼女とRA編集者Chloe Lulaによるジャーナリズムのワークショップだった。
NY出身のWhitney Weiはファッションにも明るく、ベルリンへ移った後にはElectronic Beats(Deutsche Telekom AGの出資するメディア)の編集長も務めていた。2021年3月、音楽業界におけるアジア人差別について書いた彼女の記事が話題になっていたが、その時から気になる存在でフォローしていた。
ワークショップには、ジャーナリズムを学ぶ学生からプロのファッションジャーナリスト、音楽プロデューサー、マーケティング畑で働く人など、アムステルダムやベルリンのほか、スイスやアメリカ、ポーランドや中国などから15人が集まった。WhitneyとChloeが以前、The New York TimesとThe Guardianに記事を売り込んだときに送った実際のピッチ文章や記事のドラフトテキストが配布され、それを読んで小グループでディスカッションをした。限られた中で読み、自分の意見を考える中で、自分の中に批判的な視点が非常に欠けているのを認識し、とてもいい経験になった。
ジャーナリズムワークショップの様子
2つ目に参加したのは、RAの人気シリーズ・The Art of DJing。アーティストが自身のDJ セットに関するテクニックやスタイルについて話してくれるコンテンツだ。今回のスペシャルバージョンでは、大人気ハウス系プロデューサー・DJのOcto Octaが登場した。「ヴォーカルハウスが好き。毎週DJしていることが自分への癒し、自分と他人を勇気付けていること、それら全てを含め、私生活がDJセットに影響をおよぼしている」と語っていた。さらにvinylにはBPMを記したステッカーを貼るなどの裏話も披露。このプログラム中、満員の会場からは何度も笑いが起こり、参加者は誰一人として席を立つことはなかった。Octo Octaの音楽センスのみならず、人間的な魅力を肌で感じられる貴重な時間となった。
他にも、本や文献で過去のことが読めるのと同じように、音を聞いて過去のことを知ることをコンセプトに過去の音源を再利用しているオランダのプロジェクト「RE:VIVE」が主催したパネルディスカッションなどが行われていた。
トークセッションを行うOcto Octa
夕方に差し掛かり、プレスパス(リストバンド)を引き取りに、会場のひとつであるParallelのテラスへ向かった。リストバンドの受け取り場には木曜にも関わらず、客がすでに長蛇の列となっていた。さらにそのすぐ近くにあるクラブ、Shelterにも長蛇の列が出来ていた。The GuardianやPitchforkのメディアでも高く評価され、Hyperdubからのリリースでその名を世界に知らしめたロンドンのLoraine Jameのプレイを堪能しようと集まったクラウドだった。
Parallelのテラス
Shelterには長蛇の列
ちなみにこの2日目、IJ RIVERを挟んだアムステルダム北地区のEYE FILMMUSEUM、Shelter、Parallelに加え、アムステルダムのセントラルステーションから徒歩圏内(トラムで一駅)のMuziekgebouwとBimhuisという各ヴェニュー内の9つの会場を使い、プログラムが行われていた。二つの地区の各建物内、九つもの会場でのプログラムとなると、地元でもなければ移動は大変だなぁと考えてしまうかもしれないが、この二つの地区を結ぶDEKMANTEL専用の船が無料で25分おきに出ていた。そのおかげかは分からないが、人の往来が活発に行われており、各会場満員の盛況ぶりであった。
前日とこの日のメイン会場であるMuziekgebouwは、現代クラシック音楽ホールの中心的な役割を担う場所ということもあり、すこぶる気持ち良い環境で音楽を体感できる。この夜、個人的にハマったのがLaurel Halo & Oliver Coatesのライブだった。Honest Jon’s RecordsやHyperdubからのリリースに加え、Moritz von Oswaldトリオのメンバーとしても知られるLaurelと、チェロの演奏家であり、RVNG Intl.等からもリリースを行うプロデューサーのOliver Coates。以前にトラック制作でコラボ経験があるからか、息のあったダーク・エクスペリメンタル調のアンビエンスな世界観を披露し、オーディエンスは息を呑む展開に没入させられた。
そして、同じ敷地内にあり併設するジャズクラブのBimhuisで、イギリス系ジャマイカ人のプロデューサー、マルチインストゥルメンタリストのBradley Millerによるワンマンプロジェクトcktrlのライブをチェック。ジャズクラブの雰囲気にマッチした澄んだ管楽器の音色がお酒を進ませ、ずっと留まりたくなるような居心地の良い空間を創出していた。
そうこうしているうちにJames Holden & Wacław Zimpelのライブがスタート。UKシーンの英雄とポーランドのクラリネット奏者は、ジャズとエレクトロニック・ミュージックを反復的に奏で、ある種のトランス状態を誘発していた。初日と2日目に関しては、アンビエントやエクスペリメンタルな電子音楽を中心に、ジャズやR&Bまでをも網羅した幅広いリラックス系の音楽プログラムが組まれていたこともあり、当然彼らのライヴもその流れに沿っていた。ところがダンスミュージックに飢えたオーディエンスからは、徐々に激しさを増す音の揺さぶりに呼応するような雄叫びがあがり、翌日から始まるAmsterdamse Bosのプログラムへの期待が膨らんだ。
Bimhuisでプレイするcktrl
James Holden and Wacław Zimpel
8月5日
オランダ生活も8年目になるが、こちらの天気は一年を通してとにかく曇りと雨が多い。しかし、夏場は22時近くまで日が沈まず、太陽が出れば皆ご機嫌で天国のようだ。8月に入ると、例年だともう夏も終わりという感が出てくるが、今年の「DEKMANTEL」は連日快晴の程よい夏日が続き、天気も味方についていた。そんな気候にうってつけのレゲエデュオChannel One Sound Systemで、僕の今年の「DEKMANTEL」の野外が幕を開けた。
到着するやいなやGreenhouseステージに向かったが、Channel One Sound Systemの代名詞でもある40年以上の歴史を持つサウンドシステムは残念ながら搬入されていなかった。金曜日ということもあり最初は人もまばらだったが、セットの中盤には人が一気に集まり出し、サイレンマシーンを使用するなどトリッピーな雰囲気を創り上げていた。自ら音響システムと音を作り上げてきた確固たる信念が当日のセレクションにも反映され、レゲエ・ダブの魅力を十二分に伝えていた。彼らが活躍する世界屈指のフリーフェス、ノッティングヒル・カーニバルにも行きたくなった。
Channel One Sound System
オープンして1時間ほど、メインステージや他のステージも訪れてみたが、人はまだいなかった。今回の「DEKMANTEL」では、MAIN STAGE、UFO I、UFO II、SELECTORS、GREENHOUSE、新しく登場したTHE NESTとCONNECTS (以前はRED LIGHT RADIO)、そしてBOILER ROOMと8つのステージが用意されていた。そして、オープニングの時間帯に地元Amsterdamの有能なDJがUFO IIに送り込まれていた。アムステルダムのウェスターパークに位置するクラブRadio RadioのレジデントDJ Leoni。トライバルかつレイヴィーなブレイクスを多用し、オープニングから訪れるコアなファンをじっくり時間をかけてうならせた。
オープンして1時間のメインステージ
DJ Leoni
そして、このオープニングからの時間帯で最高潮の雰囲気を作り上げていたのがSELECTORSステージのSadar Bahar & GE-OLOGY。世界的にも知れ渡るこの二人のディガー、長年慣れ親しんだ関係なのか絶妙なコンビネーションで、極上のハウス・ディスコを変幻自在に操り、笑顔溢れるフロアを構築し、あっという間の4時間セットであった。
Sadar Bahar & GE-OLOGY
その他にもこの早めの時間帯に素晴らしいプレイを披露していたのは、メインステージに2番手に登場したJosey Rebelle。エレクトロテイストなブレイクスやテクノを織り交ぜ非常に安定感のあるプレイで、振り返ってみれば初日のメインステージの流れを作った立役者といったところだった。また、The NestステージでのOKO DJとJasminのB2Bが、BPM160くらいのレイヴィーなブレイクスなどアンダーグラウンド感溢れるセットでフロアを熱狂させていた点も付け加えたい。
OKO DJとJasmín
ミュージックプログラム以外にビックフェスの楽しみといえば、やはり飲食だろう。オランダやドイツのさまざまなジャンルのフェスを中心に出店している日本人のやすくんとあおいさんが運営するFood Escape は「DEKMANTEL」関連フェスの常連店だ。彼らに話を聞いてみると、今年の「DEKMANTEL」は設営から何から人手不足で、現場の進行が非常にギリギリだったそうだ。また、飲食に関しては全店舗ベジフードのみでの出店が条件だったとのこと。彼らはカリフラワーのフリットとベジタリアン仕様のお好み焼きで出店していた。本格的な日本の美味しさを楽しもうという人達で、お店は常に混雑していた。
その他には、アムスが誇るThe Dutch Weed Burgerの安定の美味しさに舌鼓を打ち、薪で焼き上げたピザに自然派ワインのEUROPIZZAを楽しんだ。野外には、クラウディーで有機的な味わいが楽しめるヴァン・ナチュールがぴったりで、泡にオレンジに...とトークンを大分費やした(笑)。
FOOD ESCAPE
The Dutch Weed Burger
EUROPIZZA
また、フードコートに置かれていた看板には、出店者について4つの項目(プラントベースか、循環できるか、地元食材を使っているか、クライメイト・ニュートラル・気候中立か)の度合いがグラフで示されていた。オーディエンスはそれを見て、環境に対する意識を思い起こされたり、どの店で買おうかの判断基準のひとつとしていたようだ。
イベントのサステナビリティに取り組むのはSeavents。彼らの所有するコンポストマシンが会場に持ち込まれていたが、24時間以内にゴミを肥料に変えることができるとのこと。もちろん、使用されていた皿とカトラリーも100%生分解性可能なものだった。
4つの項目がグラフで示された看板
夜の時間に差し掛かり、本日一番楽しみにしていたJANE FITZがSelectorsステージに登場した。しかし、問題発生、先ほどまでSelectorsステージのバックステージ(DJブース周り)にも行けたのだが、なぜかこの時間からプレス用のパスがこのステージだけ使用できないというのだ。別にフロアで聞けば良いじゃんと思うかもしれないが、このSelectorsステージには問題があり、隣接するGreenhouseステージと音がかなりのレベルでぶつかり合ってしまうのだ。特にフロアの後方にでも居ようものなら、否応無しに隣のステージの音がガンガン入ってきて、とてもじゃないけれど…音楽を楽しむような環境にはない。さらにこのピークの時間帯ともなればフロアはパンパンで、最前列に行こうにもはじき出される始末だった。
Selectorsステージ
さらに追い討ちをかけるように携帯電話の電池が2%という事態に陥った…。8つもあるステージのタイムテーブル管理に取材用の音や映像素材、そして「DEKMANTEL」のアプリに頼りまくって動いていたので、他者との連絡も含め、携帯がないと何もできないことに気が付いた(笑)。
重宝したDEKMANTELのアプリ
ダウンロードはこちら
https://qrfy.mobi/p/Hkvj9bv
こういったタイミングでこそ素晴らしいセットに出くわすものだ。メインステージでは、Joy Orbisonがプレイ。彼の真骨頂であるジャンルを超越したアシッドハウスからドラムンベース、ブレイクスからテクノ、そしてハウスへと、わずかな時間のうちにスムーズかつ、いとも簡単にミックスしていく。ロンドナーならではの多様性がDJセットに反映されているかのようだった。
Joy Orbison
いつの間にか超満員のメインフロア
Boiler Roomステージ前には長蛇の列
Greenhouseではオランダ・デンハーグ発のウエストコースト・サウンドを代表するプロデューサーLegoweltがライブセットを行っていた。アシッドの極み的なサウンド、時々散りばめられるオリエンタルテイスト、ドラムだけにフォーカスしてキックの音圧だけでフロアをコントロールするその職人技に驚きを覚えた。
鬼才Legowelt
夕暮れ時の会場内
そして、この日の最後の時間帯を最も盛り上げていたのは、「Hessle Audio 15 Years」と題して、Pearson Sound、Ben UFO、Pangaeaの3ピースが行うB2Bセットだった。新ステージ、The Nestのキャパをはるかに超える数のオーディエンスが集まり、フロアの前方にたどり着くのはほとんど不可能な状態だった。
今年からスタートしたThe Nestステージ
後編はこちら