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Laurent Garnier

F-COMMUNICATION/FRA

アシッドハウスがヨ-ロッパを席巻した1987年に伝説のクラブ、マンチェスタ-のHaciendaでキャリアをスタ-ト。

 

以来20数年以上に渡り、エレクトロニック・ミュ-ジックのシ-ンで常に重要な役割を担い、現在では世界3DJ1人とも称される。

 

長期にわたりレジデント・パ-ティを行っているパリのREXクラブでは、彼がプレイする夜に長蛇の列ができるのはもはや日常的なこと。ロランはデトロイト・テクノの巨匠からも、ラジオやDJセットで獲得してきた若いファン達からも、同様にリスペクトされる数少ない伝説のDJであるといえる。

 

DJとしての輝かしいキャリアとは別に、これまで彼はプロデュ-サ-としてもその才能の奥深さを証明し、フレンチ・ハウス、テクノの第一人者として、1994年に1stアルバム『Shot in the Dark』をリリ-ス。続いてリリ-スした2ndアルバム『30』では一つのタ-ニング・ポイントを向かえ、これを機に多忙なDJとしてのスケジュ-ルを減らし、自身の音楽制作に集中するようになる。

 

1998年にパリで初めて開催されたテクノ・パレードでは実に10万人が集ったメインステ-ジで、後世に語り継がれる伝説のセットを披露。2000年にリリ-スした3rdアルバム『Unreasonable Behavior』ではさらに成熟したサウンドで、これまでよりも更に幅の広い音楽性を打ち出すことに成功。シングル「The Man with The Red face」は2000年度のベスト・シングルにも選出される。

 

耳の障害による一時休業という、最悪の時期を乗り越え、カムバックとなった2001年の“エレクトラグライド”以降、自分の音楽を通じて、日本のダンスミュージック・シーンの育成に尽力したい、という本人の強い希望により、比較的小さなクラブを中心に出演。彼がこの20数年間において培って来た集大成を日本のファンに細かに伝え、各地で成功をおさめる。

 

2005年にはアルバム『The cloud making machine』がリリース。ダンスをまったく意識しないシネマティックな大作を仕上げ、同年の“フジロックフェスティバル”へ出演も果たす。2006年の来日では、常に開拓者としてのスピリットを忘れない彼らしく、WOMBDJ MARKYと、ドラムンベースセットでのバトルも披露し、ファンの度肝を抜いたのは記憶に新しい。

 

2007年にはジャズ・ミュージシャンを引き連れ、ニュー・リリースされたアルバム『Public Outburst』を引っ提げ国内初のライヴツアーを行う。テクノ、ドラムンベース、エレクトロニック、そしてジャズの融合は新たな反響を呼ぶことになった。

 

自叙伝『ELECTROCHOC』は日本でも翻訳され、80年代末のサマー・オブ・ラブからラヴ・パレード、そしてURJeff Millsへと続くダンスミュージックの熱い季節を忠実に描いた。

 

ここ数年はライブを中心に活動を続けていた彼も、昨年、ドイツのInnervisionsより、12インチ“Back to my roots”をリリースし、 その夏のアンセムとなる。

 

今年に入り、ニュー・アルバム 『Tales of a kleptomaniac』を完成させるなど、彼のクリエーションは休むことをしらない。今では伝説となったYELLOWクロージング・ナイトでのプレイを経て、ダンスミュージックの新たなるチャプターで彼が我々に伝えるものは一体何なのか?それは文字通り、2010年の夜明けとともに明らかになるだろう。