BLOG

子育てと音楽活動の両立
Vol.2:木村健太郎

取材・文:Koyas

 
 子どもを授かったときに、自分の音楽活動やライフスタイルはどうなるのか? 正直、想像もつかないと思います。もうすぐ4歳になる娘を持つ私、Koyasもそのひとりでした。
 
 海外とは違い、日本の音楽業界の人はあまり家族の存在をオープンにしない印象です。しかしそれでは、子育てと音楽活動を両立するためのノウハウが蓄積されません。そこで、この連載では子持ちのアーティストや関係者に登場してもらい、どう両立しているのかを聞いていきたいと思います。
 
 今回の取材相手はマスタリングエンジニアの木村健太郎(KIMKEN)さんです。マスタリングとは、制作された音源を大量生産用にマスターを作成したり、曲間や音量・音質の調整を行ったり、最後の仕上げの工程のことをいいます。マスタリングで作業した音がそのまま世に出てしまうので、神経を使う繊細な作業です。
 
 私Koyasも何度かKIMKENさんにマスタリングをお願いしていますが、いつも素晴らしいサウンドに仕上げてくれます。子どもが出来てマスタリングの音に影響あったのか興味があったので、本拠地KIMKEN STUDIOに訪ねて、子育てやマスタリングのお話を伺いました。



クラブ世代のマスタリングエンジニアKIMKEN
 
Koyasこの記事を読んでいる方は、KIMKENさんの名前は知らないけど、電気グルーヴとか卓球さんとかも手がけているので、マスタリングした音源は聴いていると思います。僕もクラブミュージック系のマスタリングをするならKIMKENさんという定評を結構聞くんですよ。
 
KIMKEN確かにそういう年代というかクラブ世代ですね。
 

KoyasそんなKIMKENさんですが、まずは家族構成から教えてください。
 

KIMKEN5歳の男の子と5ヶ月の男の子です。長男は保育園、次男は家にいます。奥さんは以前、Woofin’って雑誌の編集をやっていた人です。今はフリーの編集で、家で仕事したり、外に取材いったり。
 

Koyasスタジオの日とオフの日の一日の流れを教えてください。
 

KIMKENスタジオの日は、朝8時くらいに起きて、9時くらいに子どもをこども園(幼稚園と保育園が併設された施設)に送って。午前中にスタジオに来て、機材の電源を入れて暖まるのを1時間くらい待って。
 

Koyas1時間!やっぱり音が違うんですか?
 

KIMKENFairchildなどは電源入れてから最低30分後に使ってくださいと説明書にも書いてあるんですよ。段々柔らかくなってくる感じですね。電源入れてすぐはちょっと硬めの音というか。マスタリングはクライアント立ち会いでやる場合と、オンラインでやる場合があって。午前中は一人で進められるオンラインのをやって、午後からお客さん来たら一緒にマスタリングしたりして、終わったらまた宿題…直しもあるし、オンラインの作業もあるし。
写真左上がFairchild
 
Koyas終わるの遅いんじゃないですか?
 
KIMKEN遅いですね。立ち会いが早く終われば、一回家帰ってご飯食べて、子どもをお風呂に入れてまたスタジオ戻ってくる、みたいな。
 

Koyas寝るのは何時頃ですか?
 

KIMKEN朝が早いので1時か2時には寝る感じで。でも、立ち会いで朝までとかってのもたまにあるので、朝は子どもに起こされて寝れないからしんどい…。年とったらほんとにきつくなりましたね。
 

Koyas子持ちでも徹夜はできるけど翌日がすごく辛い(笑)。クライアントが立ち会って作業するのは週何日くらいあるんですか?
 

KIMKEN多いときは毎日ずっと入っているし、1日に2タイトル分の人が来たりすることも少なくないですね。
 

Koyas:となると、その分奥さんが子どもの面倒を見るわけじゃないですか。奥さん的には「私ばっかり面倒みて」っていうのあるんですか?
 

KIMKENまさにそんな感じで(笑)。週末も休めることがあまりないので「まだ休めないの?」みたいな。
 

Koyasオフの日は何をしてますか?
 

KIMKENずっと子どもの面倒見る感じです。代々木公園とか立川の昭和記念公園とか好きですね。遊具で遊んで、代々木公園で自転車乗り回って。あとはサッカー教室行っているので、サッカーの練習とか。
 

Koyas公園では一緒に遊ぶんですか?
 

KIMKEN僕は見てるだけですね。サッカーやるときは一緒にやってます。走るのも遊ぶのも好きですけど、公園ちょっと走ると頭痛がしてくるんですよね。
 

Koyas男の子と遊ぶのは体力的にきついですか?
 

KIMKENめちゃくちゃきついですよ(笑)。別に遊んでなくても一緒にいるともうぐったりしますね。遊園地とか子どもが室内で遊べるような所はめちゃくちゃ疲れちゃいます。イオンモールのような所は、奥さんが行きたいときに子どもとどうぞ、みたいな感じで自分は断っています(笑)


子どもが産まれる前後での変化


Koyas子どもが生まれる前と後で生活に変化はありましたか?
 

KIMKEN生まれる前は夜型だったんですけど、強制的に朝方になって。子どもができてからは、ライブ行ったり、イベント行ったり、フェス行ったりっていうのが極端に減っちゃって。行きたいなという気持ちはあるので不満というか。あとは体力がめちゃくちゃ落ちて。
 

Koyas子どもの時間軸に合わせなきゃいけないから疲れますよね。
 

KIMKEN疲れます。常に疲れています(笑)
 

Koyas子どもが生まれて興味の対象や趣味の変化はありましたか?
 

KIMKEN男の子2人で、割と感情的というか動物みたいな感じなので、人間なんだけど人間じゃない、みたいな。なんでこんなことするんだろうって考える時間が結構多い。それが自分もそうかも…そんなことを毎日考えています(笑)。
 

Koyas何か工夫していることはありますか? 家庭内のポリシーや家事の分担とか。
 

KIMKEN保育園に送るのと、休みの日は面倒を見るのと、主に朝の仕事ですね。あとはゴミ出すくらい。
 

Koyasじゃあ家事も手伝っていると?
 

KIMKEN奥さんが言うには手伝っているうちに入らないらしいですけど(笑)。
 
Koyas僕もそう思います(笑)。



音楽に寄り添う形で進めていくことが上達した
 
Koyas僕が今回一番興味あるところですが、KIMKENさんの音作りが出産で変わったとかはありましたか?
 

KIMKEN音作りは常に変わっているんですけど、子どもの影響とかは全然ないですね。マスタリングだと音楽を作るというよりも、アーティストが作った音楽を聴いて、その音楽に寄り添う形で進めていくので。でも、子どものせいかわからないですけど、ちょっとずつ寄り添うことが上達しているような気がします。
 

Koyasその「寄り添う」ということ、具体的には?
 

KIMKENたとえばマスタリングって音量を上げることが多いじゃないですか。こういう音楽だったらこれくらいの音量感、とかを音楽だけ聴いて判断する。コンプ(※1)をかけると歌のバランスとか楽器同士がくっついてきたり、コンプをかけないと分離が良かったり。若い人って結構分離がいい音が好きだなとか、年取っている人は結構まとまった感じが好きだなとか。もちろん全然違う人もいるし、その違いというのが音楽を聴いてわかるようになってきた。年寄りでもこの人は分離していた方がいいのかなとか。
※1:コンプレッサー。音量を揃えて音圧を上げたりする機材でマスタリングによく使われる。
 

Koyas自分の仕事の仕方が変わってきたことは?
 

KIMKEN体力が落ちたから寝る時間をよりとるようにしなきゃっていうのは意識的にしていて。
 

Koyasちゃんと寝れてますか?
 

KIMKENいやいやいや(笑)。本も読まなくなったし、映画も見なくなったし、なんというか……仕事、寝る、みたいな(笑)。前はトラックダウン音源(マスタリングする素材の音源)を当日持ってきてもらってその日にやろう、みたいな感じが多かったんですけど、当日パッと聴いてパッとやって最高!みたいな感じが難しくなって。今は事前に送ってもらうことが多くて。何日か聴いて感覚つかんだ方がやりやすくなってきる。体力的な問題かもしれないけど、子どもが出来てからは明らかにそうなりました。なので、時間はよりかかっていると思うんですよね。
 

KoyasマスタリングしているときのKIMKENさんの頭の中はどうなっているんですか?
 

KIMKEN考えていたり、ただ音を聴いて「いいな」って思う部分が多くなれば良いなと思って。聴いて「嫌だな」って部分はなるべく押さえようと思って。音質的には、音量上げていくとピークがあがってくるじゃないですか。そのピークが嫌だなっていう部分ですね。
 

KoyasKIMKENさんにとってマスタリングとは何ですか?
 

KIMKENCDで言えばまとめる作業じゃないですか。音量揃えたり、それがどういう揃え方がいいのかっていうのは音楽によって変わってくるし。だから、とにかく音楽聴いて相手のことを考えるのと、こういう音楽だったら聴く人はこれくらいが良いのかなっていうのを考える時間が結構多くて。素朴な人だったら自然な感じが良いのかなって思ったり、ジェル付けてる人だったら割とパキパキの方がいいのかなって思ったり、ジャンル関係なしに喋っている内容とか見た目からも判断するじゃないですか。CDのアルバムとかだったらそれにプラスして自分が聴いて良い感じだなって思えるようにまとめていくんですけど。オンラインの場合だとその辺の情報量が減ってメールの文章と音楽だけになるから、知ってる人だったら良いんですけど、知らない人だといろいろ考えますね。
 

Koyasこの記事読んでいる人がKIMKENさんにマスタリングを頼むとしたら、立ち会いとオンラインどっちをオススメしますか?
 

KIMKENそれはケースバイケースで、会わない方が上手くいく人もいるんですよ。会うとお互いに分からなくなっちゃう人もいて。たとえば音を言葉にするのってすごい難しいじゃないですか。ハイファイにしたいって言われて、相手のハイファイとこっちのハイファイは全然違う場合、まったく上手くいかなくなる。低音出したいって相手が言ってきても、相手が思っている低音とこっちが感じている低音にギャップがある場合は上手くいかないし、ギャップが無い場合は上手くいくし。その低音がキックのアタックなのか余韻なのかで全然違う音楽になっちゃうから、そこら辺は難しいですよね。
 

Koyasこれは僕の考えですけど、マスタリングって完成の儀式だと思っていて。マスタリング終わったらもう後戻りできないからミックスとかもちゃんとやって、出来上がったものをシャーマンたるマスタリングエンジニアのところで儀式をして貰って「出来上がったね~」みたいな。KIMKENさんはそのシャーマン感があるんですよね(笑)。
 

KIMKENだから僕も一回制作をやってみたいんですよね。客観的に、いろんな工程があって体験して、最後マスタリングに出すってどんな気持ちか、あがってきた時にどんな気持ちなんだろうって。そういう理解は全然薄いので一回やってみたいんですよね。いま音楽も作っているんですけど、サイデラマスタリングにいたとき丁稚の同級生だったBunさんと一緒にアルバム作っているので、それは完成させたいですね。
※記事中の年齢は取材時のもの

木村健太郎

メジャーからアンダーグラウンドまで幅広い作品を手がけるマスタリング・エンジニア。SAIDERA MASTERINGやオレンジという名門スタジオを経て、KIMKEN STUDIOを設立。手がけた作品は電気グルーヴ、石野卓球、七尾旅人、フィッシュマンズなどをはじめ多岐にわたる。その専門知識を活かし雑誌やウェブメディアに多数寄稿もしている。

https://www.kimkenstudio.com