DRAGON: 何!? D&Nの10周年にかけた質問なの?(笑)
DEKA: そうです!そうです!
DRAGON: 2000年につくったんだっけ?
DEKA: そうです。
DRAGON: よくもったね(笑)
一同: (笑)
DRAGON: いやー会社で10年は結構大変だよね?
DEKA: 毎年ドキドキですよ。
DRAGON: 10年前、RAM RIDERは何をしていた?
RAM RIDER: えーと、浜崎あゆみさんのリミックスとか……。やっとプロになってお金をもらえるようになってき始めたころですね。 そのころはマキシシングルとかで、うしろに8曲くらいリミックスがあったじゃないですか。バブルっていうか、リミックスのお仕事がいっぱいあったので、結構やっていましたね。DJも、そのころはもうやっていました。
DRAGON: リミックスを作るきっかけはなんだったの?
RAM RIDER: 元々コンピューターが好きで、打ち込みをやっていたんですが、DUB MASTER Xさんのブート盤を高校生ぐらいのときに買って、おもしろいなって思って。安いサンプラーとかを持っていたんですけど、ループする機能ぐらいしか使っていなかったので、こういうことに使えばいいんだって思って、自分でもブートを作り出していたんです。
DRAGON: あー、それがリミックスになったんだ。
RAM RIDER: はい。それをピックアップしてもらって、いろんなところで出回り始めて、「浜崎あゆみのリミックスやってみない?」って言われたのが、きっかけですね。
DRAGON: DUB MASTER Xさんのリミックスって覚えてる?
DEKA: PUFFYのリミックスとか。
DRAGON: 松田聖子とか久保田利伸の「LA・LA・LA LOVE SONG」とか。
RAM RIDER: その辺のリミックスですね。
DRAGON:ほかにもMy Little Loverや小沢健二とか。
RAM RIDER: その辺、全部持っていますよ(笑)。
DEKA: 今度、そのセットでやってみようよ。
RAM RIDER: いいですよ(笑)。
DRAGON: 今、かけるとテンポ遅いよね?
RAM RIDER: 最近、ニコニコ動画でいろんな人がマッシュアップしてるんで、また最近になって流行りだしているのかなと思っているんですけど。
DRAGON: そうかもね。10年前のリミックスの話とか聞くといい時代だったよね。
RAM RIDER: はい。ちょうどそのころに、拾っていただく形でリミックス制作を始めました。
DRAGON: 当時は、プロフェッショナルとして活躍する場がいっぱいあったね。CDバブルの中でリミックスバブルだったね。みんなやってたもんな。
RAM RIDER: 海外でもSharp Boysとか一級クラスの人が、浜崎あゆみのリミックスとかやっていましたし。
DRAGON: MISIAも当時いろいろやってたね。
DEKA: JUNIOR VASQUEZとか、MUROくん、WATARAIくん、DJ GOMIとか。
DRAGON: あと、HEX HECTOR!!懐かしいね。ある意味、MISIAが邦楽をクラブに持ち込んだってことですごい盛り上げってたね。
DRAGON: あのころは、リミックスバブルだよね。
DEKA / RAM RIDER / KENSHU: ホントに、そうですよね。
DRAGON: そしてKENSHUは?日本に居なかった?
KENSHU: いや、居ましたよ。10年前は、1ヵ月ほとんど毎日DJしてましたよ。
DRGON: どこら辺でやっていたの?
KENSHU: VUENOSとHARLEM……。
DRAGON: 完全にヒップホップだね。
KENSHU: そうなんですよ。あと、clubasia、GASPANICですかね。オールジャンルでやってたんですけど、そのころからジャンル縛りがあるイベント増えてきていので、GASPANICでいろいろ試そうかなって。
DRAGON: まさにそうだね。ジャンルが細分化されてハッキリしてイベントもあんまり交らなくなってきたころかもしれないね。
KENSHU: 音楽の制作の方は、DJとは逆でクラブと接点のないものをやって、プレイヤーとしてもドラムやったりとかフルートをやったりして。
DRAGON: クラッシックもやってたんだね、意外(笑)。そう見えないところがすごい。
KENSHU: あとは、ERYKAH BADUのプロデューサーのサポートメンバーをやったりだとか、そんなことが多かったです。全然クラブとは繋げてなかったです。
DRAGON: DEKAは?どんなイベントやってたっけ?
DEKA: DRAGONとクマさんの「ドラクマナイト」とかやって、ダイゾウさんがやった「ミレニアムカウントダウン」のイベントを仕切ったりしてました。 俺がテクノフロアをやって、サイケフロアをSOLSTICEチームがやって、ハウスフロアが高橋征爾さん、ヒップホップフロアを加倉井純さんが手がけて。
DRAGON: 錚々たるメンバーだね。1万人くらい入ったんだっけ?すごいよね。
DEKA: DRAGONと「ドラクマ」をやって、そのあとサイケ系が出始めて、その現場仕切ったり。あとはMISIA周りと小室哲哉さん周りをやっていましたね。DRAGONは?
DRAGON: 最近のことのように感じる。気付けばキャリアが21年なんですよ。
DEKA: 僕も21歳からなんで20年目です。
DRAGON: DEKAは当時、Yellowの学生バイトだったからね。俺が、Yellowがオープンしたときに「Dancing All Night」ってイベントをやってて、そのときにDEKAがバイトでいたんだよな?
DEKA: はい。
DRAGON : 10年ってクラブの歴史からすると短いよね。いろいろあるんだけど。
DEKA: : 面子も変わってないですしね。
DRAGON: 中田ヤスタカくんとかRAM RIDERみたいなクリエイター系のDJが出てきたのも10年前くらいじゃない? それまではいなかったからな。ただ回すだけみたいなDJが多かったし。それで機材の進化もあって、みんな音楽を作ろうみたいな感じだったね。
DEKA: 自分の作品を出せるDJが出てきたのも、そのころですね。
DRAGON: ジャンルねー、むずかしいね。
一同: (笑)
DEKA: RAM RIDERは聞かれたらなんて言う?
RAM RIDER: ずーっと考えていたんですけど、DJはそのときの好みで変わるんですが、4つ打ちから大きく外れたことはないですし、平たくダンスミュージックっていっておかないと、自分がジャンルに縛られて困っちゃうんですよ。
DRAGON: そうだね。
KENSHU: DJスタイル自体がジャンルに感じるんですけど。
RAM RIDER: かける曲より、ロングセットDJかPCDJなのか、マッシュアップみたいなのを自分で仕込んでやるのかその辺で差を出している気がします。
RAM RIDER: 僕の究極は、全部自分の曲でDJをやってみたいというのがあるんですよ。
DRAGON: そうなってくるんじゃないかな。クリエイティブで自分の作品の発表の場として、選んでいる人なのか自分が好きな曲をコレクティブに回してそれを伝えるDJなのか、海外は自分の作品を名刺代わりに掛けていく人が多いから、日本もそうなってきた気がするな。まぁ、どうしてもジャンルで縛りたがるから、むずかしいよね。
KENSHU: むずかしいですよ。
DEKA/DRAGON: むずかしいよね。
DRAGON: 俺はずーっと戦い!20年間そこの戦い!昔はジャンルで表さないと、いろいろ言われる時代だったしね。
RAM RIDER: その日そのときのチョイスで違うじゃないですか。ジャンルで表すのは、なかなかむずかしいですよね。
DEKA: ダンスミュージック、クラブミュージックってことですよね。
DRAGON: そうだね。そこまできてるよね。確かに自分のセットの中にサイケデリックな曲をいきなり入れるか?っていうのは、なかなかむずかしいですけど。もうそこも関係なくなるかもしれないね。今日の3人はそんな感じのDJばかりだってことですね(笑)
DRAGON: KENSHUはヒップホップから?
KENSHU: いや、実はテクノなんですよ。トライバルチックな感じが多かったですね。ニューウェーブからの流れで聴いていて、このころテクノが一番いろんなジャンルの要素が入っていたかなって思っていて。
DRAGON: えー、そうなんだー。10年くらい前ってどんなテクノ流行っていた?
DEKA: KEN ISHIIさんのEXTRAとか~ドラムンべースだと4Heroとか。
RAM RIDER: 2000年だと僕的には、ワープハウスが1番好きでした。
DRAGON: ワープハウス。懐かしい、確かにカッコよかったよね。
RAM RIDER: 最初に自分が何のDJかって意識した時、ワープハウスのDJなんだなーと。
作っていた曲もそんな感じのブートを作っていたんで、それが98`~00` 頃でダフトパンクが「ワン モア タイム」を出してからガラッと変わって・・・
DRAGON: ワープハウスの流れで、トランスにいっちゃう感じあったもんね。それでヨーロッパがバーンと動いたもんね。トランスのムーブメントは爆発的だったよね。
DEKA: 毎週末、野外のイベントやっていましたけど、おもしろかったですよ。
DRAGON: 海外でのプレイ経験は?
KENSHU: 僕はオーストリアとドイツ、あと、シンガポールとアメリカですね。
DRAGON: シンガポールはおもしろいよね。シンガポール行ってショックだったんだよね。すごい、進んでて。
DEKA: 確かに。日本はDJスキルとかは上なんだけど、アジアの大都市行くと遊び方とか、建物もすごい魅力的なんだよね。
DEKA: RAM RIDERは?
RAM RIDER: 上海、韓国、台湾、あとは修行してたニューヨークもですね。韓国はハウスも盛り上がってましたね。やっぱりハイソな感じの雰囲気ありましたね。
DRAGON: でも韓国はやっぱり、ヒップホップ強いでしょ。K-POPの中にもそういう要素入っているじゃない。街中のクラブ回ったときにそう感じたんだよね。
KENSHU:ブレイカーも韓国が1番クオリティ高いみたいですしね。
DRAGON: 上海は圧倒的にディープハウスだよね。4年くらい前だけどね。
DEKA: 今は結構変わりましたよ。
KENSHU: 僕は、オーストリア産まれなんですけど、オーストリアはロックパーティーのイメージ強いですね。国が音楽パーティーにお金出してくれたりするんで、国鉄のトンネル貸し切ってパーティーやったり、国宝級のお城でやったり。
DRAGON: すごいよね。日本ではなかなか厳しいよね。
DRAGON: やっぱりPCにいけないんだよね。テクノとかだとカッコいいと思うんだけど。CDJも今はいろいろできるしいいもんね。
KENSHU: 10年前はまだスクラッチできなかったですしね。
DRAGON: 初期のCDJよく飛ぶし、壊れるんだよね。
KENSHU: アナログだと、一晩500枚持って行くのが当たり前でしたもんね。
DRAGON: レコードから変わったのは大きいよね。持って行くのだけでも大変だったもんね。
RAM RIDER: CDになったら新幹線で安心して寝れるっていう(笑)
一同: (笑)
DRAGON: レコードを多く持つのが結構大変だったじゃん。新譜が出れば買いに行くし、CDやPCになって、ぐぐっと敷居が低くなったよね。女の子もなかなかむずかしかったじゃん。今じゃ、キティちゃんまでもやってるしね(笑)。
DRAGON: デメリットなわけじゃないけど、誰でも気軽にDJにはなれるけど、やっぱりそこで、プロかプロじゃないかがわかるし、自分も自覚を持ってプライド持ってやらなくちゃいけないしね。逆にアナログしかやらないって人もいるしね。それもイイと思うよ。
DEKA: アナログのDJが回していると、覗かれて人だかりができたりして、逆にプロフェッショナルに見えるだろうし。
RAM RIDER: 曲の差別化っていうか、自分しか持ってないネタとかがあんまりなくなってますよね。
DRAGON: やっぱレコード屋での人との繋がりとか、レコード屋でDJ同士で会ったりとか、店員さんとも交流があったよね。
RAM RIDER: 僕は新宿の"LIQUID ROOM"が好きでしたね。独特なあの床の揺れがよかったですけどね。
DEKA: 僕はやっぱり"Space Lab YELLOW"かな。僕のルーツがありますからね。
KENSHU: 僕は"BLUE"かな。骨董通りはやっぱり思い出あるな。
DRAGON: "Velfarre"はやっぱりすごかったよね。週末とかすごい人だったしね。クラブって10年前は地下が多かったよね。今はビルの上階が多くなって、ラグジュアリーな感じのクラブが増えたよ。
DRAGON: 10年後か……。DJやっていたい。生きていればやっていたいな。1つのエンターテイメントとして、家族連れがクラブに来たっていいと思うんだよね。昼間にイベントやったりさ。DJだって気軽にできる機材になってきたんだから、ダンスミュージックだって特別なモノじゃなくっていいと思うんだよ。
RAM RIDER: まぁ、そうなっていくと思いますけどね。
DEKA: 確かに銀座だと、仕事終わりぐらいから終電までクラブやってますもんね。
DRAGON: そうでしょ。そうやって変わり始めてるんだから、チャンスなんだよね。だから、レストランと隣合わせでクラブ営業してさ。
DEKA: 上海にもありましたもんね。
KENSHU: そうしたら、未成年も入れますしね。
DRAGON: 普通の時間にやったらいけないってことはないし、そうすれば一般の人も遊びたいんだから来れるでしょ。そうやって変わっていってほしいよね。だから、DJキティちゃんでもいいんだよ(笑)。子供ハウスとかやってほしいもん!
DEKA: いかに遊びやすい環境を作ってあげられるかや、そこでDJがどれだけ魅せられるかだと思いますしね。
DRAGON: 頭柔らかくして、日本の中でどう残っていくかとか、やり方はいろいろあると思うし、DEKAみたいなオーガナイザーがどんどん若い奴らとやってほしいけどね。
KENSHU: スカイツリーもできますしね。
DRAGON: そんなところでやってもおもしろいじゃん!そんな風にみなさんとやっていけたらいいなって思います(笑)
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