INTERVIEWS

FLARE a.k.a. KEN ISHII

- Flare名義でのリリースとなる『Dots』ですが、聴いていて本当に1人の人が作ったように思えない幅広さがありました。まるで、子供が積み木で形を作っては壊して、また組み立ているような画が浮かんでくる作品でした。ケンさん自身は、この作品をどういったものにしようとされましたか?

今回のアルバムは、一言で言うと何も考えないで、その時に作りたいものを作った結果です。そういう意味では、今言われたことに繋がると思うんですけど、普段やっているKen Ishiiとしてのプロジェクトとか、昨年アルバムを出したMetropolitan Harmonic Formulasとか、そのプロジェクトごとにやろうとしていることは、目的がある程度最初に決まっていることもあるんですけれども、このFlareに関しては、もともと随分前にやったんで成り立ちとか忘れてしまった部分もあるんですけど(笑)。とにかく、いわゆるダンスとかに拘らずに自分なりのエレクトロニックミュージックを作るってところでスタートしていて。
今回も初めからリリースするとかしないとか一切考えずに、ふと思ったフレーズだったり試してみたいことだったりをパーツパーツをずっと作りためていて、それがある程度まとまってきたから、形になるかもなと思って1枚にまとめてアルバムにしてみようと思ったのがこれなんですよね。

  - どれくらい前から作り溜めていたのですか?

3、4年くらいだと思います。その時その時で新しい機材とかソフトウェアとかを試してみて、おもしろいな~って思ったものを溜めていたというか。本当に何も考えないで作った素材、たまたま浮かんできたアイデアを溜めていったものなんです。
 
- もう1つ別の視点からなのですが、ケンさんのファーストアルバムGARDEN ON THE PALMのライナーノーツを読んだから思ったことがあります。クラブミュージックにはまる前は、DAFなどのジャーマンニューウェーブを聴かれていたようですね。その先入観からかもしれませんが、ニューウェーブの雰囲気をエレクトロニックミュージックで再現しているようにも感じました。新しい音が生まれる前の形になりきっていない醜い美しさのような。

好きなものを好きなように作ると、自分が昔に受けた影響は無意識に入っていると思います。例えば、新しいビートを取り入れるとか新しいものへの興味もあるけど、それはどちらかというと計算って部分もあるじゃないですか。自分がいざ、本当に好きなものを作ろうってなるとやっぱり自分がもともと好きだったものに還ってくるっていうものが気持ちとしてはあって。ジャーマンニューウェーブなんかはそうだし、自分がずっと好きだった音楽ってアイデアが先行している音楽。最初に剥き出しのアイデアが出てきたほうがおもしろいじゃないですか。そのアイデアがみんなに伝わりだした時に、それをうまく作る人がどんどん出てくる。そしてオリジネーターより売れていくのが、全ての音楽の流れというか在り方なんだけれども。
常に剥き出しのアイデアが出ているのがニューウェーブとかで。人を躍らせるだけの作り方だったら、もっと普通の作り方あるけれど、あえてこういう音を入れてくるんだってところで。それでもダンスなんだっていう発見もあったりね。

  - Flareでリリースしたのは、今年が海外デビュー20周年ということがあってのタイミングだったのでしょうか?

そうですね、それもあります。20周年に紐付けたものって今年だけじゃなくて、去年もMetropolitan Harmonic Formulasというコラボレーション中心のアルバムを出したんですけど、自分が持っているいくつかの側面を1つ1つ振り返りながらやってみようっていうのがあって。例えば、今年はコラボレーションでMarc Romboyとアルバムを作ってみたりとか。こういった側面を1つ1つ表現していく中でFlareっていうのは、ここ数年でいつかやりたいなって思っていたり、たまに周りの人間やファンの人とかに「出さないんですか?」みたいなことを言われたりして、みんなまだ覚えてくれているんだなって(笑)。
 
- 17年間、Flare名義でのリリースがなかったのはなぜでしょうか?

明確な理由っていうものはなかったと思うんですけど、単純に自分の中でこの手の音楽は出なかったというか、その時その時で自分がフォーカスしているものがFlareでは無かったかな。Ken Ishii名義のものだったりとか、年によってはツアーばっかりやっていたりもしたし。たまたまここ数年、やっとFlareなムードが自分の中で出てきたんです。時が経つのってすごく早くて、自分にとって17年前にやっていたことって案外覚えてて。だからそんなにすごい時間が経ったって感じはしないんですよ。

  - 今までのリリースの数ってすごい多いじゃないですか?すごい忙しい生活をされているのかな?と思ったんですが。

そんなことないですよ(笑)。音楽は、冴える時とそうじゃない時があって、基本的には何かしら作りたいものって常にあるんです。やる気を一押ししてくれる気分があるかないか。あとは、特に自分が20代の頃は、初期衝動的なものがあって、どんな少ない時間があってもいくらでもできるみたいなものがあったんです。でも、ある程度経験してきて、もう短い時間にバババって作ってバっと出すってことはやりたくないと思い出しました。自分がものを作るのであれば、最後まで面倒みたい部分があるんです。そうなると、ある程度まとまった時間が必要になってくるっていうのもあって。ツアーとツアーの合間にやっちゃうんじゃなくて、2週間とか3週間時間があってしっかり作りたいなって。それがキャリアの後半に強く思うようになりました。
 
- これまで20年以上活動されてきた中で、ご自身の中で音楽的に何が1番変わったと思いますか?

やっぱりいろいろ経験してきたんで、最初の頃に思い描いていたことは一通りできたかなと思います。その経験があるから、あんまり動じなくなったかな。それこそ、レコード会社にプッシュされて派手にやっていた頃とか一通り大きなことも経験したし、その後で、自分の中でインディペンデントな音楽をしっかりやりたい時期もあって、コツコツやっていたこともあった。だから、どっしり構えられるようになったかな。今回みたいなアルバムを作る時とかに、おもしろい音ができた時、自分が好きな音ができた時っていうのは、楽しいなっていうのは、10代の時と変わらないんだよね。
 
- またファーストアルバムGARDEN ON THE PALMのライナーノーツからなのですが、当時、いかに金をかけずにおもしろい音を作るかを信条されていると書かれていました。それは今も変わってませんか?

今はちゃんと稼げるようになってきたから、そこまで拘ってはないけどね(笑)。
 
- そうですよね(笑)

その頃は、単純に学生だったんでお金がなかったんです。どちらかというとお金をかけるより頭を使わないといけなかったので。今って昔ほど機材の1つ1つが高くないから。それこそ10年15年前だったら100万円くらいかけないと出ないような音も5万円くらいのソフトウェアで出たりもするし。世の中が随分変わってきたなと思いますよ。
今は、どちらかというと経験とかインスピレーションのほうにお金をかける。音そのものとかっていうよりは、旅行に行って気分転換して、やる気を漲らせたり。
 
- 旅行以外で趣味とかはあったりしますか?

小さい頃から変わってないんですけど、格闘技は好きですね。今では、残念ながら日本は総合格闘技の中心地じゃなくなってしまった。年に1、2回アメリカから来るUFCとか見に行くんですけど、どうしても見たくなるとアメリカまで行っていますよ。ヨーロッパでギグがある時も、何日か延ばせば大きい試合があるって時は、延ばして見に行ったりとか。
 
- 好きな選手はいますか?

基本的に、その時その時ですけど、ヴァンダレイ・シウバは好きです。どんなものを作っても気になり続けるアーティストのような選手です。だけど、それ以外は常に新しい選手もたくさん出てくるので、その移り代わりを見ているのも楽しいです。
 
- clubberiaの昔の記事なのですが、AIRのカウントダウンイベント前に録ったKen Ishiiさん、Ryota Nozakiさん、sugiurumnさんの対談で「PRIDE 男祭り」に触れられている記事があったんですが。

3人で黒い服着て録った時ね(笑)。AIRでカウントダウンを4年連続でやらせてもらっていたんです。毎年、必ず「PRIDE 男祭り」を埼玉スーパーアリーナで見て、AIRに直行してプレイするっていうのが4年連続で続いていたんですよ。その気分を持ち込むっていうのがテーマだったんで。4年のうち1回は、ヴァンダレイ・シウバが激勝した年があったんです。その年は、ヴァンダレイ・シウバのテーマ曲って「Sandstorm」って曲をかけました。コマーシャルなトランスの大ヒット曲なんで、基本的に自分がかけちゃいけない曲なんですけど、今日だけはかけさせてくれって(笑)。
 
- ちなみにケンさんは、DJが先だったのでしょうか?トラック製作が先だったのでしょうか?

何か作り出したのって中学生くらいの時なんですよ。その時はDJシーンっていうのもなかったんで。だから中学、高校の時とかはあんまりDJシーンのこととかは考えないというか、入ってこなかった。どちらかというと当時聴いていたニューウェーブとかを真似して作ってたりして。自分が大学生くらいの頃が80年代の終わりなんですけど、DJカルチャーに入っていって、作る曲もそういう方向になり、自分でもDJの練習をしたり。
当時のクラブシーンって特に日本はすごく小さくて、その環境に入りこめるものでもなかったので、どちらかというとDJは友達のDJ同士で楽しくやりながら、自分は曲作りのほうを最初にしっかりやろうって思って。それでやっていたらそっちの方で芽が出たというか。それで、アーティストとして脚光を浴びたらDJとしてオファーが来るようになって。
 
- クラブミュージックに傾倒するきっかけってなんだったんですか?

たぶん、最初に聞いたのはシカゴハウスとかかな。その時は、なんか変な音楽だなって思った。その前の時点に、いわゆるエレクトロニックボディーミュージックとか、ロック寄りのエレクトロニックミュージックを聴いていたんですよ。そこは意外と進化していたんで、いきなりスッカスカの感じの音に情感込めて歌っていて変な音楽だな~って思ったのが最初だったんです。その流れでアシッドハウスがあり、ちょっと経ってからデトロイトテクノがあり。俺たちがテクノだって出てきた人間を見て「あれ、これなんか違うぞ」ってはまった。本格的には、88年~89年くらいにUKのVirginが〈Ten Records〉からデトロイトテクノのコンピレーションを出したんですよ。これを監修したのは、Derrick Mayなんだけど。それを聴いた時に普通のハウスとは違うぞって思って。その中に、Juan AtkinsもDerrick MayもKevin SaundersonもMike Banksとか、最初のデトロイトのジェネレーションの人間がずらっと入っていて。そこで、ヨーロッパのボディーミュージックよりこっちの方がおもしろいなんじゃないかって思い始めたんです。
 
- 以前、MOODMANさんのインタビューを録らせてもらった時、当時デトロイトテクノのような音を好きだった人があまりいなくて、ケンさんに自然と出会ったと言っていました。

自分が大学生の頃だったから90年、91年くらいの頃だったと思うけど、当時、東京の大学生、大学生だけじゃないと思うんだけど、デトロイトテクノの初期のころのすごいハードコアだった時期って好きな人が10人くらいしかいなかったんじゃないですか?5人でもおかしくないかも(笑)。レコ屋にも1~2枚しか無かったよ。バイヤーがチェック用に1枚とったとして、チェックしたらそれをお店に並べていて、それをみんなで取り合った。あと、ハウスのDJとかが買っても使わないからすぐ中古屋に流れては、それを追っかけたりね。自分もそうだけどMOODMANもそのうちの1人で。MOODMANとは、たぶん吉祥寺でやっていた友達同士の小さいパーティーで知り合ったのかな?共通の友達がいて紹介してもらったんだけど、こんなの持ってんだ?これ持ってる?珍しいね!みたいな話をして。
当時、日本の雑誌にデトロイトテクノの情報って一切載っていなかったから。やっぱり、まだヨーロッパのものか、良くてNMEとか。雑誌とかも、そういうもののダンス記事を引っ張って来て日本語で書いている人が多かった時代だから。自分は、アンダーグラウンドなDJマガジンとかがたまたま日本に入って来たら買って、辞書見ながら読んだりしたからね。

  - 同世代の話は伺えたんですが、世代的にケンさんの上の世代の人っているのでしょうか?卓球さんやケンさんも世代的には一緒かなと思いますし、その上って誰かいたのかな?って思いました。

テクノに関してはいないんじゃないですか?実際、個人的に繋がりがあったわけじゃないけど、唯一よく行っていたクラブがCAVE(現MODULE)で。そこでDJ KUDOさんがレギュラーで毎週やっていたパーティーがテクノ中心だったんです。ただテクノといってもいろんなテクノを全部かけるって感じで。デトロイトテクノもかけつつジャーマントランスもかけるって感じで。
 
- ファーストアルバムGARDEN ON THE PALMを先日初めて聴いたんですけど、すごいびっくりしました。〈R&S RECORDS〉からのリリースと時代性とかを考えるとすごい渋くて。ビートもゆっくりだし、ミニマルだし、実験的というか。音色の時代性はあるかもしれないですけど、20年前の音源でも遜色ないというか。

あの作品を出す2~3年前にハードコアテクノブームっていうのがあったんですよ。それこそT99とか、のちにジュリアナテクノって呼ばれるようになった音楽の源流。そういうリフもののテクノを真似して作っていた時もあって、それはそれなりに形になっていたんですけど、やっているうちにおもしろくなくなってきて。どこかのタイミングで、自分の好きなものだけ作ろうって素人ながら思ったんです。それで作ったのがあのアルバムの曲でした。そしたら、送った曲を全部採用してくれて。今までは、レーベルの反応も「いいね、悪くないね。でももうちょっと聴かしてくれるかい?」って感じだったんだけど、あの作品は、できた曲をまとめて送ったら「これいいから、全部でだしましょう」ってなったんです。
 
- ケンさんが曲作りで大切していることがあれば教えてください。

あまり聴き手のことを考えないことかな。本当に作っている時は何も考えていない、それこそファンのこととか。DJ用のトラックを作る時は、使いやすいように構成とかは考えるけれど、いわゆる、こうしたらこうだ!的なセオリーみたいなのは考えてない。さらに言うと『Dots』は、一切考えていない(笑)。 好いてくれれば嬉しいし、そうでなければこれからやるかどうかはまた考えようくらいで。自分のやることに集中するというか、自分がやりたい音に集中するっていうのが一番大切にしているというか、いつの間にかそうなってしまっている。もちろん人から、こういうものを作って下さいってプロジェクトは別だよ。
 
- 作り手やプレイヤーとして名義を分けるっていうのは、何か自身の中で実際に変化があるのでしょうか?

ごくごく初期の頃は、いろいろなところから出すので、レーベルがこの名義を独占的に欲いって言ってきたりとか、そういうところから名義ってスタートしているんです。
当時3~4レーベルほど契約したんですけど、〈R&S〉が1番のってきてくれて。しかもアルバムを出して大きくやりたいっていってくれて。だからKen Ishiiという名義は〈R&S〉で独占したい、むしろ他のところから出さないでほしいって言われて。でも自分としては、他にもやりたいことはあるし、少し音楽のテイストは変えるから名義を分けだしました。Ken Ishiiは〈R&S〉が独占契約だったから、すごい分厚い契約書を交わしたんですけど、やはり日本は自分のベースだし、自分のことをサポートしてくれるスタッフもいるから、そういう人たちのためのプロジェクトも欲しかったので、そこを除外してその代わりに違う名前でってところからFlareは、スタートしているんですね。

  - ケンさんがこれからデビューしたいという若手の立場だったら、どういった行動を今だったらとりますか?

若いアーティストとかDJの人に世界中どこに行っても相談されるんですよ。今みんなもどかしさを感じているんですよね。こんなにがんばっているけど芽が出ないって。やっぱり自分がどこをやりたいのとかにもよるじゃないですか?アーティストとして成功したいのか?DJとしてお客さんと常に向き合って行きたいのか?あるいは、有名になりたいが最終的にくる場合もあれば、キャッシュがほしいとかね。それぞれに目的とかがあると思うから、アドバイスをする時は目的を聞いた上で、それだったらこれが近いんじゃないのってアドバイスをしている。
自分の場合は、もともと有名になりたいとか一切無かった。最初のテクノシーンとかって誰が作っているか分からないけど、世界中に好きだって言ってくれるやつが散らばっている。それがかっこいいって思っていて。自分もそういうアーティストになりたいと思った。デビューしてから2年くらいは、普通に働いていた。それは、生活が安定していれば自分の好きな音楽だけをずっと作っていられるから。好きに作れた音楽が、年に1枚とか2枚とかリリースされて続けられればと思っていたから、今、やるとしたら、作りたい音楽をガンガン作って誰かがいいねって言ってくれるのを待つよ。これが自分だって曲をとにかく作ることをスタートラインにすると思う。 

  - 「WIRE」に関して伺いたいのですが、卓球さんとはどうやって知り合ったのですか?

自分が〈R&S〉からデビューした時に、電気グルーヴがオールナイトニッポンってラジオをやっていたんですよ。電気グルーヴっておもしろい感じじゃないですか?でもラジオにおいては、すごいアンダーグラウンドのものを紹介していた。もともと卓球君自体が昔の雑誌で変わったエレクトロニックミュージックとか紹介していて、その流れかもしれないけど、テクノとかアンダーグラウンドミュージックを紹介していて、自分の曲もそこで紹介されていたみたいで。
その後に、電気グルーヴのシングルのリミックスのオファーをレコード会社からいただいて、そこが最初の接点。その時もやりたいようにやらせてもらったけど、たしか、ボーカルのサビだけ使ってしかも逆回転にして何言っているかわかんなくして使ったりして(笑)。でもやり直しとかはなくて(笑)。すごい自由な時代だったな。
そのリミックスを経て、イベントで会ったのが初めてかな。卓球君は当時電気グルーヴだったけど、少しずつ1人でアンダーグラウンドなパーティーにも出るようになって。そういうとこでちょこちょこ会うようになりましたね。

  - 「WIRE」が開催されるというのは、アンダーグラウンドだったテクノが、オーバーグラウンドなものへ変化した象徴だと思います。開催当初、オーバーグラウンドのものへ移行するきっかけみたいなものに何があったのでしょうか?

爆発した感じがあったのは95、96年くらいだったと思います。自分が大学生のころに好きで遊んでた時はCAVEで200人がマックスだったのが、95年、96年くらいになってくると、「RAINBOW2000」とか「Natural High」とかテクノ中心のダンスフェスティバルが開催され、そこで数千人規模に膨れて。
自分の話になってしまって恐縮なのですが、93年にデビューして、2年間くらいあまり顔も出したくなかったので、取材とかも顔を出さないようにしていた時期がありました。でも95年から、大きく売り出すことになって、自分も腹をくくったら1ヶ月の間だけで取材も50件とか100件とかになって。それで98年に長野オリンピックの公式テーマ曲を作りましたからね。5年前まで学生で、なんのキャリアもない人間が、この5年でそこまでなったってことは、シーン的な後押しってすごかったと思います。
そう考えると95年くらいからがシーン的に勢い着いたタイミングだったのかなと思います。国ごとにダンスミュージックの爆発の仕方って違うけど、特に日本は火が着いてからすごく早かったですね。例えばUKとかクラブシーンの歴史って長くて、最初にレイヴっていうブームがあり、ダンスミュージックは、それを中心に広がっていったけど、日本って別にそういうのはなかったじゃないですか。テクノぽい音というかエレクトロニックな音はYMOのブームがあったので、体の中に刷り込まれている部分ってあったとは思うんですけど、正味3年くらいでいきなり1つのジャンルができた感じがしました。
 
- WIREというテクノに特化した一万人規模のフェスが日本でも行われることを知った時はどのような心境でしたか?

やっと日本でもやれて嬉しかったですよね。自分の場合、ヨーロッパで活動していた部分もあったから、大きいフェスティバルを経験はしていたので、そろそろ来るだろうと思ってはいました。初めて出演した時は、日本はどうかな~??という部分はあったんですけど、最上級くらいの盛り上がりがきたので、やっぱりみんな待ち望んでたんじゃないかなと思えて嬉しかったですね。

  - 90年代、00年代に比べると、今はクラブシーン自体に元気がないとよく言われますが、ケンさん自身はどう見られてますか?

それも正しいかもしれないけど、裏を返せば成熟しているとも言えますよね?自分はこのシーンにいるから、ポジティブな方で捉えたい。どのジャンルもそうだと思うけど、例えば、ジャズとかロックでもいいんだけど、そういうものって成熟してからの後っていうのは、そんなに大きな変化ってないんですよ。その中で生き残るか生き残らないかってことになってくるわけで。テクノというかダンスミュージック自体もそういう方向になってきているんで。新しいものというか、おもしろいものを求めていたのは、圧倒的に90年代なんですよ。ダンスミュージックの中でも新しいスタイルが次から次から出てきて、基本的に今も残っているものが多いんだけど。その中でも研ぎ澄まされてきたのが00年代。10年代は、みんなのものになった。もちろんコマーシャルなものも増えているけれども、間口が広くなったので、興味持ってくれる人って増えたと思うんだ。昔だったら、この入り口に来るまですごい大変だったから。入り口に来てくれた人の何パーセントかの人がアンダーグラウンドのものの魅力に気付いてくれればいいなと希望は持ってますけどね。

  - ケンさん的に今年のWIREの出演者で特にオススメしたい人を挙げるとしたら誰になりますか?

Giorgio Moroderは、やっぱり見たいですね。今年は、去年と違ってラインナップの色味にカラフル感がありますね。でもみんな顔馴染みだから、パフォーマンスを見るっていうよりバックステージで久しぶりに話したいな(笑)。Fumiya君も彼がROCKETSでやってて、すごい初期の頃から呼んでくれたりしていた。でも、最近は「WIRE」でしか会えないくらいな感じだからね。Josh Winkも90年代からアメリカやヨーロッパでよく会ったし、DJ Hellもそうだしね。Westbamも久しぶりだな。Westbamの変わってなさ具合に期待したいな。

「WIRE」の素晴らしいところは、全然浮気しないこと。テクノだけなんですよ。今年もそうなんだけどテクノの中のテクノのアーティストしかいないから。例えば、ベルギーの「I LOVE TECHNO」って有名なフェスがあるけど、今は「I LOVE TECHNO」って名前しか残っていなくて、誰もテクノのアーティストがいない。みんなエレクトロとか、EDMとかそっちのほうがメインとかになって。あとオランダのスタジアムサイズのテクノフェスティバル「Awakenings」は、テクノにフォーカスしていると言われているんだけど、テックハウスとかの流れになってきている中で、テクノらしいテクノだけやっているのって世界的に「WIRE」だけなんですよ。

  - では、最後に『Dots』のリリースを終えて、年内はまだ仕掛けがあるのでしょうか?

今、Ken Ishiiプロジェクトで考えていることはあるんですけど、自分だけの話ではなく、人を巻き込んでいたりするので、スパっとはまだ言えない部分もあります。何か1つ核になるものが発表できたらいいなと思っています。作品じゃなくても、やるってことは発表するまではしたいなと。あと横の繋がりでいろいろなレーベルから出したりはしているので。ちょうど数週間後におもしろい音源が出るんですよ。DJ FUNKのリミックスをしたんですよ。軽くちょっと知り合いだったんですけど、フランスにゲットーハウスをがっつり出しているレーベルがあって。なぜかそこから熱烈なオファーをもらって。もろゲットーハウスのおもしろいトラックになってるんで、ぜひ聴いてみてください。
 
- Release Information -

アーティスト:
Flare a.k.a. KEN ISHII

タイトル:
Dots

レーベル:
Sublime Records

発売日:
9月4日

価格:
¥2,500(税込)

●トラックリスト
01. Kigoh
02. Snowed Under
03. Light Showers
04. ManicState Survivor
05. 6dot4
06. Northbound Part 1
07. OffThe Point
08. Sazop Sal
09. Deicer
10. Northbound Part 2 
*Lotilyx(配信用ボーナス・トラック)

■HMV
http://www.hmv.co.jp/artist_Flare-KEN-ISHII_000000000058264/item_Dots_5493540
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