INTERVIEWS

Steve O'Sullivan


 - 昔、Peter "Baby"Fordが俺に「4/4っていうリズムは、生命の鼓動なんだ」って言ってくれたことを憶えてる。 -
 
 
- やあSteve、調子はどう?


すごく良い感じだよ。シーンからずいぶん長いあいだ離れていたけど、また音楽制作を楽しめるようになったし、ここ数ヶ月の間にみんなから受けた歓迎ぶりは素晴らしいの一言に尽きるね。正直に言ってしまうと、俺の音楽がアンダーグラウンドで何故これほどまでに長く愛されてリスペクトされているのか自分ではその理由がまったく見当つかないんだけどな。

  - 1度音楽から離れてしまったその理由は?

自分探しのためにチベットで修行するから音楽を辞めた・・・とでも言えばちょっとは格好がつくかもしれないが、実際のところは自分の中で創造性の限界という壁にブチ当っていたんだ。俺は自分自身を批評するということにかけてはやたら厳しくてね。ちょうど音楽を1度辞めた頃(2003~2004年頃)には、自分自身の音楽にまったく満足できなくなってしまっていたんだ。要するに、自分が同じことを繰り返してるって感じてしまったんだな。もちろん、仮にそのまま続けていったとしても、既存のレーベルのファンたちを満足させることはできたんだろうけど・・・でも、それはプロデューサーとしての俺自身のあるべき姿ではないと思ったんだ。

クオリティコントロールを落としていくレーベルはこれまでいくつも見てきたし、<Mosaic>も俺自身も絶対そんなもんには成り下がりたくない、って思ってた。俺はそれぞれのリリースごとに膨大な時間と愛情を注ぎながら、Paul MacやExos、そしてDean DeCostaといったプロデューサーたちによる素晴らしいレコードをリリースしてきた。「次にリリースされるレコードは、その前にリリースされたレコードよりも同等か、それ以上のクオリティでなければならない」っていうポリシーが俺にとっては大事なことだったし、そうでなければレーベルをやってる意味なんてない・・・ぐらいに考えていたんだ。俺にとってレーベルは自分自身の作品のための乗り物という意味合いが大きかったし、その流れが一旦止まってしまえばすべてを畳んでしまうという選択はごく合理的なものだろ?望むものといえば、それまでに残したカタログのクオリティをみんながリスペクトして享受してくれることだけだしね。その後、俺は本当の意味でアンダーグラウンドに潜っていったってわけだ。

  - 君を再び音楽制作へ復帰させたものは何だったの?

すべてはビーツのお陰ってとこだろうね。昔、Peter Fordが俺に「4/4っていうリズムは、生命の鼓動なんだ」って言ってくれたことを憶えてる。つまり、1度自分自身の中にその鼓動が息づいてしまえば、決して途絶えることはない・・・と俺自身はその言葉を解釈しているんだけど。ここ数年の間にも、実は制作自体は続けていたんだけど、どうしても自分自身で「これだ」って思えるものができなくてね。でも、去年になってようやく音楽制作のプロセス全体を再び楽しめるようになってきたんだ。最近のテクノにおいて起こっているルネサンス的な動きにもすごくインスパイアされたしね。自分のサウンドをよりよいものにするために新しい機材を揃えて、本当の愉しみとしてまた音楽制作と向き合えるようになったんだ。それまで自分自身の中にあった情熱を取り戻したという実感を感じていたところに、ちょうど<Sushitech>のYossi (Amoral) からアプローチがあってね。俺の過去のクラシック作品をパッケージして、まだそれらを知らないファンに届けようっていうアイデアを話し合ったんだ。絶好のタイミング、とはまさにこのことだね。そうして俺は長い眠りから覚めたってわけさ。

  - Yossiからのコンタクトはまったくの青天の霹靂だったの?それとも、それ以前からの面識があった?

確か、2007年頃にRuss Gabrielの紹介で、すでに面識はあったと思う。その時は、<Sushitech>から2枚の12インチを出そうってことで話が落ち着いたんじゃなかったかな。彼はすごく情熱的で説得力のある男で、俺の音楽に対してもすごく愛情を持っている。だから彼と仕事をするということは、ごく自然で正しいことなんだよな。

  - Russ Gabrielと君の関係についても教えてもらえるかな?過去に君たち2人で制作したことはあったの?

これはまだ本人にも直接言ったことはないんだけど・・・俺はRussに大きな恩義があるんだ。あいつがチャンスを与えてくれたお陰で、俺はFeroxからの『Precession EP』で最初のブレイクを果たすことができたし、<Bluespirit>を立ち上げる時もあいつが助けてくれたんだ。彼の存在がなければ、俺は今こうしてきみからインタビューを受けてないかも知れないね。それぐらい、Russは大した男だよ。その音楽を届けるべき人々に届けて、その売り上げはしっかりとアーティストに還元してくれた。キザな言い方を承知で言うと、彼は俺がアーティストとしてやりたいことをしっかりサポートしてくれたんだ。間違いなく、Russは俺のキャリア初期を導いてくれた恩人だよ。

  - <Bluespirit>といえば、1996年にリリースされたその4枚のレコードが今では、インターネット上でコレクターズアイテム化して高値で取引されてるよね。それについてはどう思う?

まあ、当時俺たちがやってきたことが正しいものだったという、ひとつの証明なんじゃないかな。今それらのレコードを聴くと、最初に耳につくのはプロダクション上の細かなミステイクだったり、生々しさだったりするけど。というのも、当時はすべてのアレンジとミックスを生でやってたからさ。俺自身今でも当時のトラックは好きだし、そういう生々しさゆえの魅力が今でもみんなを惹き付けてるのかなと思うね。前もってすべてを綿密に組み立てて、ひたすらコンピューターの画面をスクロールしながら作るんじゃなくて、ただグルーヴを自由に走らせて直感的にアレンジを決めていくっていうやり方だったからね。そうすると、ああいうロウで生々しいトラックたちが出来上がるってわけ。俺自身、今でも当時の作品を誇りに感じてるよ。リリースの方法もすごくシンプルだったね。当時、俺はとにかくたくさんのトラックを作り貯めてたんだけど、Russがホワイトレーベルでどんどんリリースしろって薦めてくれてさ。で、俺も「そうだね、じゃあそうするか」なんつって。なんとも簡潔なもんだったね。

でも、<Bluespirit>に関して1つだけ俺から明確に言っておきたいことがあるんだ。多くの人は、<Bluespirit>のレコードがSteve O'Sullivanのソロ作品だと勘違いしているようだけど、<Bluespirit>は、俺と他のプロデューサーたちとのコラボレーションだったんだ。もちろん俺自身のソロのトラックも入ってるけど、ほとんどはLee GraingeやJohn Beer、Wisとのコラボレーションによるものなんだよ。彼らの助力がなければ、あんなレコードは実現できなかったと思ってるし、その点では改めて彼らに感謝しなきゃね。

  - <Mosaic>に話を移す前に、<Bluespirit>の直後に立ち上げられた<Bluetrain>についても聞いておきたいんだけど・・・<Bluetrain>はきみのレーベルであり、名義のひとつでもあるという解釈で良いのかな?<Bluespirit>を継承するレーベルということなのかな?<Bluetrain>のアートワーク、サウンド、テーマについても聞かせてほしい。

正確に言うと、<Bluetrain>を立ち上げる以前から既に<Mosaic>はスタートしてたんだけど、君の指摘はある意味正しくて、<Bluetrain>は確かに<Bluespirit>を継承するレーベルだと言えるよね。<Bluetrain>の最初のリリースを聴けば、それもすんなり納得できると思う。<Bluespirit>でコラボレートした連中とも引き続き<Bluetrain>でコラボしつつ、新しいコラボメンバーも引き入れたりね。言うなれば「Bluespirit マーク2」ってとこかな。レーベルのコンセプトで言うと、俺が考えていたのは当時リリースされていた他のどのレコードとも違うものを作りたい、ってことかな。デザイン面でも、古いレコードのデザインを引用することでそのレコードがどんなものから影響を受けたかっていうことが暗喩されてたし、カッティングにもこだわってた。短いメッセージを盤面に彫り込んだりもしてたし、とにかく他にはないレコードに仕上がってたよね。

サウンドという点では、<Mosaic>とはまた違ったものにしたいという考えはあったんだけど・・・とは言っても最初から何か具体的なアイデアがあったわけでもなくてね。ただトラックをどんどん作って、どんなかたちで世に出すのが最善なのかはその後で考えるって感じだった。でも『Echo Freaks EP』をリリースして以降は、<Bluetrain>のサウンド路線はストーンしてて音数が少なくて、当時のシーンを反映したダークなダブテクノって感じで定着していったし、それはずっと最後まで継続してたね。今だから言えるのかもしれないけど、1人のプロデューサーとして、ダンスフロアーでの反応を案じることなく音楽と向き合える環境を作れたのは、理想的だったと言える。サウンドやアトモスフィアに対してより深く実験することができたし、レコードも結構売れてたしね。それ以上は望むべくもなかった。

  - <Bluetrain>としての最後のEP『Tighten Up』は、<Mosaic>からのリリースだったよね。これはどうして?

『Tighten Up』に関して言えば、Aサイドのトラックは、より<Mosaic>的だと当時は感じてたし、<Mosaic>からリリースした方がよりフィットするかなと思ってそうしたまでだよ。まあ、俺の場合、最初からしっかりとしたマスタープランを立ててレーベルを運営するタイプじゃないからさ。その時に正しいと感じたことをやっていっただけ、というか。

   
- 「昔はよかったよな」なんて懐古主義に浸るつもりはさらさらないけど、これもデジタルエクスプロージョンによる弊害なんだろうな。-
 
 
- 現在のダブテクノに関して何か思うところはある?

まず、昔よりも今のほうがそうしたサウンドのリリースの絶対量は増えた気がするね。全体の数が増えた分、クオリティや個性という点で質が低下してしまうのは、仕方ないことなのかもしれないな。でも、俺自身からの視点で言えば、そうした傾向は他のジャンルでも広がっているようにも思えるね。「昔はよかったよな」なんて懐古主義に浸るつもりはさらさらないけど、これもデジタルエクスプロージョンによる弊害なんだろうな。でもしかしだよ、そんななかでも素晴らしい資質を持ったプロデューサーはかならず出てくるものだし、そうした連中が既存のジャンルの枠組みをどう切り崩しているかってことに俺自身も刺激を受けてるんだ。Rod Modellは依然として素晴らしいし、Luke HessやMakam、Oscar Schubaq、オーストラリアのPrimary Coloursの連中もかなりいい。いま俺の頭によぎった名前はごく一部だけどね。まあ要するに、今もシーンはヘルシーで活発だってことだと思うよ。
 
- じゃあ、話題を<Mosaic>に移そう。<Mosaic>はまさに名レーベルと呼ぶにふさわしい存在だったと思うけど、そもそものレーベルの始まりのきっかけは何だったの?レーベルを通じて築いた繋がりや、君にとって特別なリリースについても教えてほしい。

そもそもの始まりは、As It IsっていうディストリビューターをやっていたMark (Ambrose)がきっかけだったな。1996年の夏に彼から「レーベルを立ち上げてみないか?」っていう誘いを受けて、「じゃあ、やる」って答えてね。さっきも言ったけど、当時はそういう簡潔さがごく当たり前だったんだよ。最初に自分の作品をいくつかリリースした後、「レーベルをさらに発展させるには、他のアーティストたちにも参加してもらわないといけないな」と気付いたんだ。幸いにも俺と一緒にやりたいって言ってくれるアーティストは周囲にたくさんいた。しかも、幅広いジャンルでね。いろいろな出会いがあって、振り返ってみると7年間もの間に素晴らしいアーティストたちと共にレーベルを育てることができた。彼らには感謝しても到底しきれないよ。AubreyにMark Ambroseに、The Memory Foundation、Mark Broom、Peter Ford、Dean Decosta、Ben Nevile、Ben Sims、Paul Mac、Exos、John Tejada・・・とても全員の名前はここでは挙げきれないけど、そのリストは膨大なものになるだろうな。いま<Mosaic>が得ている名声は、彼らの存在がなければ成し得なかった。俺としては、ただただ謙虚にこの幸運に感謝するしかない。

で、俺の個人的なフェイバリットリリースなんだけど、これは難問だな。でも、俺自身が手掛けた作品の中からトップ5を選ぶとするなら・・・まず1枚目はThe Wise Caucasian『Night Fever EP』だな。これは俺にとっての最初のリリースってこともあるし、それまでの俺の音楽的影響が反映されてる。2枚目は、The Wise Caucasian『Movement』。このEPにはこれまでの自分作品の中で1番の出来だと思ってる「Socratic roads」っていうトラックが収録されてる。このトラックは俺にとって最初のプロパーなダブテクノトラックといえる1曲で、今聴いてもグッとくるところがあるね。次は3枚目、Low Lifeの『Sideways』だ。俺はたくさんの人とコラボレーションをしてきたけど、そのなかでもBen (Sims) との作業は忘れ難い経験の1つだ。こういう言い方が正しいのかはさておき、このトラックが持ってる「トラック然としたところ」が好きなんだよな。「Entry」も俺とBenのスタイルが完璧にミックスされた良いトラックだね。4枚目はBluetrain vs Dean Decosta「Diminishing Returns」。Deanが作ってくれた素晴らしいオリジナルに対して、俺もしっかりと応えることができたヴァージョンだ。<Bluetrain>として手掛けたプロダクションの中でもこれは個人的にベストと思える。最後に5枚目、T.A.C『Funny Money』。これも、俺の音楽的影響が如実に反映されてるという点で屈指だと思う。クリアヴァイナルでプレスしたから、なおさらスペシャルな1枚と言えるかな。
さらに他のアーティストが手掛けた作品からフェイバリットを選ぶとなると、あまりにも候補が多いんだが・・・でも、まず1枚を選ぶとするならば、The Memory Foundation『Greenflash』だ。俺は、彼らが<M-plant>からリリースしていた12インチや<Central>でのすべてのリリース、はたまたLast Disco Superstars名義でのリリースもすべて大好きだった。彼らが<Mosaic>からEPをリリースすることを承諾してくれた日、俺は嬉しくてまさに天にも昇る気持ちだったよ。その後すぐに届いた彼らのトラックを聴いたら・・・ただただ「ワオ!」の1言に尽きたね。最良のダブテクノだ。2枚目はJorge Zamacona『Mosaic Efforts 1』。個人的には、Paul Macが手掛けたすべてのレコードの中でもベストの1枚。3枚目はDean Decosta『Alternate Materials』だな。これはまさしくピュアなディープネスの探求、その一言に尽きる。Deanは驚嘆すべきプロデューサーで、数々の素晴らしいレコードを残した後、まさしくアンダーグラウンドなスタイルのままシーンから姿を消した。他にも、Mark Broom DriftやExosが手掛けたすべてのプロダクションなど、<Mosaic>らしいサウンドを体現した作品は数多くあるね。
 
- きみの他の名義とThe Wise Caucasian名義はどういった違いが?

正直に言うと、明確にその間に線引きをしたことはないんだ。でも、初期のWise Caucasian名義のトラックには430 WestやM-Plantっぽいデトロイトのヴァイブがあるんじゃないかな?まあ、それは俺の初期のプロダクション全般にも言えることだろうけどね。長年、自分自身のサウンドと向き合っていくと、あまりに多くの名義を使い分けるのも良くないと思えるようになってきたというか、新しい名義を作るごとに自分自身のサウンドが縛られていくような気がしてね。作品を聴いてくれる人をこれ以上混乱させたくもなかったし、それで自分の本名でレコーディングするようになったんだ。そのほうがよりシンプルだろ。

  - Precession名義については何か裏話はある?最初のリリースとその次のリリースには10年間の開きがあるけど。

俺がPrecession名義でリリースしたのは、厳密にはferoxからのただ1枚だけだと思うけど、君が言ってるのは2004年か2005年に<Deep Transportation>からリリースされた『Sandcastle』のMike Huckabyによるリミックスだろ?あれはRussの仲介でリリースされたもので、俺自身は自分の作品とはカウントしてないんだ。

   
- 「より少ないことは、より豊かなこと(less is more)」とは使い古された言い回しだが、デトロイトやベルリンの連中はそれをまさしく完璧にやってのけた。-
 
 
- ああ、なるほど。僕が聞きたかったのはまさにそのレコードのことなんだ。ダブテクノとデトロイトの関係は実に興味深いと思って。君自身はデトロイトのサウンドやアーティストと何か繋がりはある?


そうだね、Basic ChannelやM Seriesの存在がなければ、ダブテクノは今日のように発展することはなかっただろうし、Basic Channel / M Seriesとデトロイト、この両者間の繋がりは明確なものだよな。これは個人的な解釈にすぎないけど、ダブテクノの源流は90年代初期のデトロイトにおけるミニマリズムとBasic Channel / Chain Reactionの両者が造り上げた延長線上にあるんじゃないかな。「より少ないことは、より豊かなこと(less is more)」とは使い古された言い回しだが、デトロイトやベルリンの連中はそれをまさしく完璧にやってのけた。俺にも彼らのような先見性や才能がほんの少しだけでもあればいいのにな、とつくづく思うよ。彼らは純然たる天才だね。

俺個人とデトロイト / Basic Channelとの繋がりというと、それは影響を与える者と受ける者という関係に過ぎないと思う。1995年に俺が自分自身で音楽を創りはじめた当初、サウンドとアイデアを形成するにあたっては明らかにデトロイトやBasic Channelのサウンドからの影響が大部分を占めていたしね。The Wise Caucasian名義でのサウンドにしろ、<Green>でのリリース群にしろ、その影響はかなり広範囲にわたっていたと思う。おそらく、あまりにも影響が色濃く出過ぎていたこともあるかも知れないが、俺も当時は若かったしね。これも若気の至りってことで許してもらえるとは思うんだが。

  - まったくその通り。今日ではダブテクノを語るにしろ読み解くにしろ、Basic Channelを引き合いに出さないことには始まらないよね。それ自体は悪いことではないと思うんだけど、Basic Channelの影響力があまりにも強い所為もあって、ダブテクノは未来へ向かうというよりは回顧的な聴かれ方になってしまっているようにも思える。もちろん、これは全体にあてはめているわけではなくて、ダブテクノを新しい領域へ押し進めようとしているアーティストたちもいるよね。それでも、ジャンル全体として見た時にある種の停滞感は感じずにいられないんだ。

そうだな、ダブテクノはまだまだ新しい領域へ進むことができると思うよ。きみの言うように、ちゃんと音楽を未来に向けて押し進めようとするアーティストたちは常に存在するし、これからもそうだろう。そういう連中こそ、音楽を前に進めるために必要なんだろうな。まあ、"M4.5" のさらに別のヴァージョンなんてもういまさら必要ないってことだ。

   
- プロデューサーからDJに転向する連中をこれまでたくさん見てきたけど、ぶっちゃけて言えば、みっともないプレイをする連中ばかりでさ。俺は絶対あんな風にはならねえぞ、って思ってたもんな。まあ、DJをやってたほうがもっと稼ぎは良かったんだろうが、そもそも儲けるためにやってることでもないしな。-
 
- <Mosaic>を止めた理由は何だったの?また再始動する予定はある?

<Mosaic>が止まってしまった最初の理由の1つは、2003年暮れに取引していたディストリビューターが倒産してしまったことなんだ。さらに、俺自身のクリエイティビティの枯渇という問題が追い打ちをかけてね。で、最初にも言った通り、高いクオリティを保ったままレーベルを畳むという決断をしたんだ。<Mosaic>を再始動させることについては、確かに考えたことはあったが、はたしてそれをやる必要があるかどうか分からない、というのが偽らざる本音だな。<Mosaic>は長く続けたレーベルだったし、俺にとっての不安の種はこれまで築いてきた<Mosaic>の名声??いや、もしそう呼べるものだとしたらの話だが、失われるようなことになってはならないってことなんだ。再始動が意味のあるものなのかどうか、まだ判断はついていない状態だし、これからどんな展開になるかは俺自身にもわからない。大事なのは、今俺がこうして再び音楽制作そのものを楽しめているってことだ。俺自身の作品か、それとも他者による作品かはまだわからないけど、それにふさわしいと思えるようなマテリアルが手元に揃ったあかつきには・・・またその時にどうするか考えてみるよ。

(訳注:このインタビューは2013年6月に行われたものであり、この後<Mosaic>は、Jorge ZamaconaとBen Buitendijkによるスプリット12インチ『Split Series Part One』で見事再始動を果たした。)

  - 音楽制作に復帰して、君自身のサウンドにおいて従来との変化はあるのかな?

そうだな、たしかに以前とは違うサウンドになっているかもしれない。でも、みんなが俺に期待しているサウンドの本質は失われていないはずだ。制作のスタイルはハードウェアからソフトウェアに移行してこそいるが、その音楽自体は紛れもなく俺自身のものに変わりはないし、またそうであってほしいと願っているよ。これから俺がリリースしようとしている音楽は、必ずしもそれまでの俺のサウンドと同じである必要はない。サウンドは常に進化しなければならないが、唯一変わらないものは俺という存在だし、俺自身のサウンドに対するアプローチだろ?みんなが俺の作品を聴いて、「こいつは昔とまったく同じサウンドじゃねえか」なんて思われたくないしね。とはいえ、俺が常々言っておきたいと思っていることが1つあるんだ。それは、最近みんながその音楽の内容そのものよりも「どうやってその音楽が作られているか」ってことばかりを気にし過ぎるってことだ。俺自身は、その手法うんぬんよりもトラック自体の強度こそが大事だと思ってるんだが・・・俺は間違ってるかな?昔、ReliefからリリースされていたLester Fitzpatrickの古いトラックを聴いてみなよ。彼のトラックはそのほとんどがBossのドラムマシンDR660のみを使って作られている。でも、そのサウンドは滅茶苦茶ロウだし、そのグルーヴは驚くべきものだ。KSPがリリースしている作品群も同じさ。素晴らしいプログラミングとトラックの強度が両立してる。それがソフトウェアだろうがハードウェアであろうが、そんなことはどうだっていいって気にさせられるだろ?

  - いいね。もっとぶちまけてくれよ!

俺をエキサイトさせてくれる音楽は、今でも山ほどあるよ。Marcel Dettmanがここ数年やってる作品は俺も大好きだし、『Eclipse EP』をリリースする前後の彼は特に素晴らしかったね。KSPも驚くべきプロデューサーだと言うほかにないね。彼がPaul Macのレーベル<Tactical>に提供したリミックスにはぶっ飛ばされたよ。Markus Suckut、Perseus Traxx、Roger Gerressen、Huerco S、Functionなんかも素晴らしい音楽をやっていると思うし、同時にPaul Mac、Aubrey、Mark Ambrose、そしてBen Simsといった昔から馴染みの連中が今でも非常に高いレベルで仕事をやってのけているのは嬉しいかぎりだね。でも、去年から今年にかけての俺にとってのベストの2枚と言えば、Terrence Dixonの『Far From The Future Part 2』とRobert Hoodの『Motor:Nightime World 3』だろうな。正直に言えば、この2枚の作品のおかげで俺も音楽制作復帰のための刺激をもらったんだ。彼らの音楽は俺が音楽制作を始めたころから大きなインスピレーションの源泉だったし、今こうして俺が音楽に復帰できて、しかもそのきっかけを与えてくれたのがまさにこの2人であったなんて、まさに神の思し召しとしか思えないほどだよ。

  - 君は自分自身でDJはやったりしないの?

俺自身はプロデューサーとしてキャリアをスタートさせてるんだけど、俺の音楽が少しづつ注目を集めるようになってからはよくDJとしての出演リクエストが舞い込んできたもんだよ。でも、DJは単純に俺には向いてないよ。プロデューサーからDJに転向する連中をこれまでたくさん見てきたけど、ぶっちゃけて言えばみっともないプレイをする連中ばかりでさ。俺は絶対あんな風にはならねえぞ、って思ってたもんな。まあ、DJをやってたほうがもっと稼ぎは良かったんだろうが、そもそも儲けるためにやってることでもないしな。自分に向いてないことにトライするなんて意味ないことだろ。だから、これからも俺がDJとして人前でプレイすることはあり得ないと思ってくれ。でも、依然としてライブすることは楽しめているし、これからもいくつかの日程が埋まってきているところだよ。

  - それは楽しみだね。じゃあ最後に、君の好きなお茶を教えてくれるかな?

俺の1番好きなお茶?そりゃイングリッシュブレックファストと一緒に飲む1杯の紅茶に決まってるね。ついでにベーコンのサンドウィッチも添えてな。

  - Steve O'sullivan Tour Information -

4/4(金) Present Tense feat. Steve O'sullivan @ Club Mago 名古屋
4/5(土) Cabaret feat. Steve O'sullivan @ Unit/Saloon 東京



Steve O'Sullivan (Mosaic / Bluespirit / Bluetrain / Sushitech / UK)
90年代から活動、<Mosaic>、<Bluespirit>、<Bluetrain>などの伝説的なレーベルを始動させ、現在のダブテクノ、ミニマルハウスの基盤を作る。これらレーベルのリリースは現在でも数多くのDJ/リスナーから支持を集めており、中古市場において高額で取引されている。2003年から突然シーンから姿を消し消息がつかめない状態になっていたが、彼を支持するリスナーの要望に応じる形で2013年からライブ活動、およびレーベルMosaicを再開。それと同時に<Sushitech Records> から<Mosaic>、<Bluetrain>の名作をコンパイルしたコンピレーションアルバムをリリース。当時を知らない若いリスナーにもシンパを拡大している。現在、来日を待望されているベテランライブアクト。
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