INTERVIEWS

“音がいい”と噂のCITAN。
空間に施された工夫を聞く

取材・文:yanma(clubberia)
写真:則常智宏


 
  東京・東日本橋にある、“音がいい”と噂が絶えないホステルの「CITAN」(シタン)をご存知だろうか? CITANは2017年3月にオープン。客室38部屋のホステルで東日本橋駅から徒歩5分のところに位置する。地下一階がバー/ダイニングスペースとなっており、ここは、宿泊者だけでなく誰でも利用できる共有スペースとして、会社員や近隣に住む人など、さまざまな人の憩いの場所となっている。そしてここが、毎週木、金、土曜日にはDJを入れてラウンジスタイルで営業している。DJも豪華で、これまでに沖野修也、DJ NORI、MURO、クボタタケシ、DJ KANGO、DJ MAARなどが出演。そして関係者からCITANは音がいいという情報をよく聞くようになった。本特集ではCITANの音の良さの秘密を探るべく、関係者に取材を行った。
 
 

 
 
計16本のスピーカーで、ハッキリ聴こえる工夫。空間プランナーが施した音響デザイン
 
  CITANは、エントランスロビーから階段を降りると目の前に一枚板を使った大きなハイテーブル兼DJブースが置かれ、その両脇のスペースがテーブル席といった作り。広さは約200平米、席数は60席。何より至るところに設置されたスピーカーに驚かされる。その数16本。メインスピーカー6本、無指向性スピーカー5本、サブウーファー5本でフロアの音響デザインが成されている。そのうち13本がTaguchiのスピーカーを使用しているのだ。このCITANの音響デザインを手掛けたのは、これまた音がいいと評判の表参道VENTや渋谷OATH、大阪ALZARも手掛けた空間プランナーの藤田晃司さん。これほどの数のスピーカーが、なぜ必要だったのだろうか?
 
藤田さん「幸いにもスケルトンの状態から参加させてもらうことができました。最初のオーダーは、スタンディングエリア(DJブースある場所)とシーティングエリアの区分けを音響でも定義づけたい。そして、DJの音楽は単なるBGMではなく、もっと豊かなものとして提供したい。ということでした。まず、エリアを区切るためには数が必要です。2つのエリアは壁で区切られていませんから、スタンディングエリアのメインスピーカーの音がシーティングエリアにも影響してきます。その影響のされ方を他のスピーカーを使ってコントロールしています。音がぶつかる場所をコントロールして違和感を無くしているんです。その単位は、1秒/100万〜1秒/100といったレベルで調整してます。それを聞き取れるのが、人間の聴力のすごいところなんです。」


がメインスピーカー、が無指向性スピーカー、がサブウーファーの設置場所。


  例えば、空間の角に大きなスピーカーを置けば、全体に届くはずだ。だが、それをしない理由もある。
 
藤田さん「スピーカーから近いところでは、会話はできなくなります。大きな音が嫌になると、人は奥に集まるでしょう。そうすると今度は音楽がよく聞こえなくなる可能性が出てくる。CITANのような場所に大きいスピーカーは必要ありません。音を大きくする=ハッキリさせる(よく聞こえる)ではないんです。ハッキリさせることで大切なのは、雑味を取ってあげること。音を大きくするよりも、それを先にやってあげないといけない。CITANでこれほどスピーカーの数が多い理由には、雑味のない音を届けるという目的があります。メインスピーカーを補うために、他のスピーカーが必要で、かつスピーカーからの距離が近いから雑味のない音が届きやすい。そして先程説明した、音がぶつかる場所を調整して配置しているんです。そんなことをCITANではたくさんやっています。あと、一辺倒の音って、音楽体験、音響体験、空間体験として飽きると思うんですよね。」


スタンディングエリアにあるTaguchiのメインスピーカー。


Taguchiの無指向性スピーカー。これがシーティングエリアに5本設置されている。


  実際にCITANで音楽を聴いてみると、DJブースの周辺は音楽が大きく、テーブルスペースは少し小さく聴こえる。ただそれは、ボリュームが下がっているだけでなく、小さくても音楽のディテールが分かる。例えば、ギターの弦の震えだったり、ボーカルがどういう表情で歌っているかだったり、そういった情景まで浮かんでくるから不思議だ。
  またCITANのスタッフでありラウンジスペースをディレクションしている竹原さんからは、こんな工夫も教えてもらえた。

竹原さん「壁が薄いと壁自体が鳴ってしまうので、石膏ボードを3枚巻いて厚くするような工夫もしています。また、微々たるもので気付きにくいのですが、DJブースの後ろなどの壁に傾斜を付けています。スピーカーから出た音が直線でぶつかり増幅してしまうとノイズになってしまうので、それをどれだけ散らすかっていうことを壁の作りから考えています。」


あらゆる境界線を越えて人々が集える場所。そこには、シーンを代表する人の協力も

CITANのエントランス。大通りから一本入った場所にあり交通量も少なく穏やか。右側ではドリップコーヒーも楽しめる。(写真提供:CITAN)


  CITANの宿泊者の6割が外国人。そのため週末のラウンジ営業のときは、3割前後が外国人だという。私が取材に行った日も、外国人のほかに、DJブースの前にかじりつくDJのファンと思われる人、近くの会社員と思われるスーツ姿の人、週末を楽しむ男女のグループ、それぞれが思い思いの楽しみ方をしていた。年齢層は30代〜40代がメインだろうか。様々な目的を持った人を受け入れる多様的な空間であるが、それはコンセプトにあるとマネージャーの清水さんは言う。
 
清水さん「弊社は他にも3店舗を運営していますが、“あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を”、というのが共通コンセプトです。それを達成するために、CITANは特に音楽に力を入れています。東日本橋という場所柄、年齢層が高いエリアなので、そのなかでどう認知してもらえるか? 楽しんでいただけるか? そして音楽ってやっぱりいいねっていう気付きを作れるクオリティのものをCITANのなかに入れたいという感じですね。本当にいいものじゃないと価値観の広がっていく力が弱いと思うので。音楽のほかにも、ワインだったりウィスキーだったりの品揃えも工夫しつつ、いろいろな年代、国の人が楽しめる空間作りを心がけています。」


写真左が清水さん、右が竹原さん。コーヒーのいい香りが漂うエントランスロビーで撮影。


  ラウンジ営業は年中無休。DJがプレイしているのは木、金、土曜日の20時から23時。エントランスやミュージックチャージが、かからないのも嬉しいポイントだ。しかし、お洒落な空間でDJも入っている…、こんな空間でバクバク食事をしていていいのか? とも思うし、声のボリュームも心配だ。恥を忍んで竹原さんに率直に聞いてみると笑いながら…
 
竹原さん「もちろん大丈夫です! 食事を楽しんでもらいたいですし、DJブースの目の前で、がっつり食事をしている人もいます(笑)。なんなら、ジェンガをやっていても僕らは嬉しいくらいです。DJさんにもCITANのスタイルに関して、理解してもらったうえで出演していただいていますし、幸いにDJさんにも、けっこう面白がってもらえているので。DJさんがお客さんとブース越しに会話しながら、飲みながら曲を選んでかける。まるで居酒屋の大将スタイルみたいな光景もCITANならではでないでしょうか。」
 
  このことについて、CITANでプレイしたことのある沖野修也さんも、こんな感想を寄せてくれている。
 
沖野さん「ブースの前がカウンターになっていて、呑んだり食べたりする人が目の前にいるのは衝撃的でしたね。お客さんがいろいろな場所で違う体験をできるユニークな空間だと思います。」
 
  さまざまな企画で人々を驚かせる、あの沖野さんを驚かせるなんて!
じつは、沖野修也はDJとしての出演だけでなく、CITANのオープン前から音楽面に関してアドバイザー的な役割で協力している。
 
沖野さん「CITANとの打ち合せの中で、生音のソウルやジャズを中心にという要望がありました。内装の雰囲気、スタッフの距離感などからして、すごくCITANに合っていると思いました。またダンスをさせるというよりも、ムードを演出し、自然に身体が動く音楽を選ぶことが念頭にありましたので、オーガニックな音楽と相性が良かったんです。音質のコントロールは僕の担当ではないのですが、Taguchiさんのスピーカーだったので、個人的にはやりやすかったです。音量はバー〜ラウンジのイメージですので、クラブに慣れたDJには難しいかもしれません。今迄にないタイプのハコなので、まだまだ試行錯誤は必要だと思いますが、音質も音量もDJとスタッフがまだまだ喧々諤々やるといいかなと。勿論いい意味で。」



バーカウンターには様々なお酒が。生ビールはなんと1リットルのメガジョッキまである。また、飲食にはクレジットカードも使えるのも嬉しいポイント。


  CITANには、もうひとり大きく関わった人物がいる。恵比寿にあったクラブMILKや原宿の音楽カルチャーを支えたUCのプロデューサーだった茅野修一さんだ。ブッキングやラウンジスタイルでの営業についてアドバイスをしているが、取材に対して本人は「便利屋さんですよ。」と戯けてみせる。
 
茅野さん「CITANの魅力は、お洒落で音が本気なところ。ここに、みんなびっくりしますね。DJからもお客さんからも、よく言われます。上がホステルというとこで多国籍なところもいい。そして何よりエントランスがフリーで、お酒が安くてうまい! じつはこれ、単純だけど実現するのが一番難しいですよね。僕のポジションで気をつけているのは、DJに、お店をちゃんと理解してもらうこと。そしてマンネリになってしまいがちなラウンジミュージックを自分なりに解釈してもらって、オリジナリティーを出してもらうよう心がけてます。」



機材はPioneer DJで統一。CDJはCDJ 2000 nexus、ターンテーブルはPLX-1000、DJミキサーはDJM 900 nexus。


DJブースの裏側に電源を配置することで、人から見える部分をスッキリさせている。プラグも3芯のものを使用している。


CITANのこれから

  まだオープンして1年にも満たないCITANは、今後、どのような空間へと成長することが期待されているのだろうか? このことについて、沖野さんと茅野さんが“牽引する場所”、“情報発信する場所”と同じような見解を示しているのも面白い。
 
沖野さん「東東京を牽引する場所になってほしいですね。僕がプロデュースするThe Roomよりもある意味“タマリバ”感が強いので、もっともっと人が集うことでしょう。The Room同様、CITANから音楽(DJや楽曲、さらにはアーティスト)を発信できるといいですね。種は蒔いたと思うので期待しています。」
 
茅野さん「東京という街のコンシェルジュになったら面白いですね。ビジネスマンも観光客も遊び人も、日本人も外人も様々な人が出会い、いろいろな情報を得られる場所になったらいいですね。」
 
  そして藤田さんは、音質面をどのようにアップデートしていこうと考えているのだろうか?
 
藤田さん「うまく機能していない点をブラッシュアップするのですが、それには事例が多く必要です。その事例を集めるのに1年は必要だと思っています。さらに、そこから分析もしないといけない。だから音を良くするのには時間がかかる。でも音響って、最初に完璧にするより、育てて行くほうが楽しいんですよ。その変化がスタッフの皆さんにも分かったほうがいいと思うし、設備を入れてよかったなって実感も持ってもらえる。スタッフの皆さんと一緒に成長していけるんですね。結果、アーティストにとってコントロールし易い空間にもなっていくんですよね。」


  さまざまなスペシャリストが知恵を出し合い作り上げたCITAN。“あらゆる境界線を越えて人々が集える場所”というコンセプトにもあるように、肩肘張らず過ごせる空間は、多くの人から大切にされるに違いない。
 
店舗情報
名前:CITAN -Hostel, Cafe, Bar, Dining-
住所:東京都中央区日本橋大伝馬町15-2
公式サイト:https://backpackersjapan.co.jp/citan/



写真(上)のダブルルームは室内にベッド、デスク、洗面台とシンプルな作り。トイレ、シャワーは共有。この他に、複数人で使用するドミトリータイプも。値段も3000円〜14000円とお手頃。


客室の廊下部分。むき出しの配管やコンクリートがデザイナーズ物件のよう。


エントランスロビーの共有部分。

 


DJのプレイがCITANのSoundCloudやMixcloudにもアップされている。