INTERVIEWS

PHONONが10年かけて作った逸品スピーカー「MUSICLIFE/ML-1」
Gonno、5lackとその音を聴く

取材・文:山本将志
 

「今度、GONNO君と5lack君を呼んで、僕のスタジオで新製品の試聴会をしますけど来ませんか?」
 
 音響機器メーカーPHONONの代表である熊野さんから1本の電話が入った。新製品というのは、ブルートゥース対応のプロフェッショナル・モニター・スピーカー「MUSICLIFE/ML-1」(ミュージックライフ/エムエルワン。以下ML-1)だ。クラウドファンディングで先行受注が開始され、またたく間に目標金額は達成。何より、実機の視聴が行われていないのにも関わらず、16万円以上(クラウンドファンディング特別価格)するスピーカーが売れていることに、“さすがPHONON”と感服。満を持して発表されたこのML-1の細部に代表の熊野さんは、どんな工夫をほどこしたのだろうか? 7月下旬、2週にわたって行われた試聴会に参加し話を聞くことにした。
 
 
ひとつのユニットで鳴らして、いい音を聴く。
技術者が目指す、ひとつの答え。

 
 スタジオには大小さまざまなスピーカーが並び、その中央にML-1は設置されていた。筐体の実寸は、横42.5cm、高さ19.5cm、奥行き18.3cm。見た目は想像以上にコンパクトだが、手にとってみるとズッシリと重い。ぱっと見で分かるのは、コンパクトな筐体にワンユニットだということ。これはML-1を語る上でとても重要なポイントだった。
 
熊野「ユニットが複数あると各ユニットから出る音の帯域がクロスして干渉してしまいます。クロスオーバー歪みって言いますけど、それで人間の脳が錯覚を起こしてしまう。2WAY、3WAYのスピーカーって高域も低域も出て立派に聴こえるけど、長時間聴いていると分からなくなる。だからひとつのユニットでなるべく広帯域を出せれば、クロスオーバー歪みが起きないので脳は錯覚を起こさない。楽だし、いつ聴いても同じ音に聴こえるんです」
 
 そこで熊野さんが見せてくれたのが、SONYのZS-M5という家庭用オーディオプレイヤー。MDも読み込める懐かしいこのプレイヤーは、マスタリングスタジオに必ずと言っていいほど置いてある定番モニターのひとつ。定番となるには理由があり、その理由にワンユニットだということを熊野さんも挙げている。熊野さんはML-1を開発するにあたり、このZS-M5を5台も入手して研究したと言う。聴き比べると「ZS-M5」は人の声にフォーカスされ、高域と低域が正しく出ていないことがよく分かる。だから各帯域が正しく出るように研究していたらML-1の完成までに10年かかったそうだ。


スタジオのスピーカー。中央右上にある銀色のオーディオプレイヤーがSONYのZS-M5。視聴は同じ曲をさまざまなスピーカー鳴らし行われた。

 この日、同席していたGONNOさんも自身のスマートフォンからブルートゥースでML-1に繋ぎ、さまざまな楽曲をかけて視聴していた。
 
GONNO「僕のかけた音楽がMP3だってよくわかりますね。減衰していく部分がカクカクして濁って見える。すごくシビアだな(笑)。ステレオ感もすごいですね。あと、ベースラインもきちんと出るし、ベースの音階も分かりやすい。大きいスピーカーで聴くと分かりますが、すごく低音が出ている曲だから、このサイズの口径では普通は鳴らないのに鳴っているから驚きです」
 
熊野「このサイズで低域が出るように削ってユニット部分をホーン状にしています。ユニットの口径もこれ以上大きくすると、今度は高域が出なくなります。解像度を高くするために、ユニットのエッジを蛇腹状、二重にしました。これは昔のウェスタンに見られる仕様で、さらに素材は紙で作っています。足も4点でも8点でもなく6点。少しずつ仕様を変えては鳴らしての実験を繰り返して作りました。理想を言えばきりがないけど、どんなジャンルでもきちんと鳴らせます」



Gonno(左)さんと熊野さん(右)。Gonnoさんは、Visible Cloaks Feat. Miyako Koda「Valve」をはじめ、Ricardo Villalobosや自身の楽曲をML-1で視聴していた。


ユニット部分。エッジ部分が二重になっているのが分かる。


足は6点。素材はゴムを使用。硬い足のほうが良いとされているが、接地面の材質に影響を受けないようにしたため。特殊なセッティングでしかいい音が鳴らないオーディオには、したくなかったそうだ。


サビ加工の筐体と基盤。ここで使われている電線も編み込みのオリジナルのものを使用。


高級オーディオのやり方とは対極!?
ML-1は、駄目なら駄目と言ってくれるスピーカー。


 ここでハッキリさせておいたほうがいいのは、熊野さんの言う「きちんと鳴る」というのは、音源のデータ通りに鳴るということ。GONNOさんの「すごくシビアだな」という言葉がまさにそれだ。仮にデータ上で歪んでる音源は、歪んだ音として再生されてしまう。
 
熊野「常々不思議でしたけど、データ上で波形が潰れてしまっているもは、理屈で言うとデジタル歪みが生じているはずなんです。でも普通のモニターで聴いても迫力のある音楽にしか聴こえないことが多い。歪んでいるというデータ上の事実が現実世界に反映されない。マスタリングをしていて、解像度の高いヘッドフォンで聴かないと分からなかったり、ボリュームを落として歪み感が残っていないかを確認したり、そうしないと音源自体の歪みが分からないことは、仕事的にかなりのストレスになってしまう。作り手にとってモニタースピーカーに求めるものは、歪んでいる音源はきちんと歪んでほしい、ごまかさないで駄目なら駄目って言ってくれること。ヒットチャートに入っている曲でも割れたりしているものがある。だからML-1は、危険センサーとしても役にたちますよ。とくに分かりにくかった低域の歪みが、分かるようになっていますから。聴きやすいオーディオは、嫌な部分を出さずに聴かせてくれる。これは高級オーディオのやり方なんですけど、ML-1は、おそらく逆にいっている。大きいスピーカーは、やはり化粧をしていることが作ってみて分かりました。ML-1のほうが正しい鳴りをしているんだなって」
 
 この正確性を実現するためにML-1ではコンデンサに低インピーダンスのものを使用している。抵抗が低い分、信号がすぐに伝わる。だから立ち上がりが早く、波形のまま出るようになっている。一般的にオーディオ用のコンデンサは、反応を少し遅らせることで、オーディオ感を出しているそうだ。さらにユニットの磁石には、磁力がとても強いネオジウムを使用。「コストはかかってしまうが音質には変えられないからしょうがない」と熊野さんは言う。
 
 GONNOさんは、iPhoneからかける音楽を聴くたび苦笑いしながら「シビアだなぁ〜、シビアだなぁ〜」と繰り返していたのが印象的だった。
 
GONNO「これで鳴らせば、あとはどのスピーカーで鳴らしてもOKが理想ですけど、そういったモデルはありませんでした。ML-1を世界標準機にしたら歪む音楽はなくなりますよ。僕は、普段2WAYのスピーカーを使っていますけど、低音にフォーカスし過ぎてしまいます。いざスマホで聞いてみると低音がモッコモコだったりする。音楽的に優れたものを作るのであれば、全体がバランス良く出ていることが大事なのかなと思います。ML-1で曲の大枠を作って、最後のお化粧は大きいスピーカーで行うのが理想じゃないでしょうか。使っていない機材を整理して買おうかな」
 
 二人のなかでよく出ていた言葉に「歪み」がある。しかし歪みすべてが悪というわけではない。それについて熊野さんはDr.Dreを例にこういった見解を示している。
 
熊野「Pro Toolsが出たころにDr.Dreがわざと歪ませて出す音が流行ったんですよ。その歪みがかっこ良かったし、Dr.Dreの音でした。だからいい歪みもあるんですよ、割れていてもね」



5lackML-1を購入した理由


 別日に視聴した5lackさんもGonnoさんとML-1の使い方について同じような感想を述べていた。

5lack「いいですね! 早く自分のスタジオで使ってみたい。今使っているモニタースピーカーは、ヒップホップっぽいというか、低音が飛び出してくる。だからミックスには向かない気がするので、ML-1でバランスを取りたいですね」
 
 5lackさんは、すでにML-1のSunburstを購入済みだが、実際に鳴りを聴くのはこの日が初めて。決して安い買い物ではないML-1を買った理由は何だったのだろうか?
 
5lack「このサイズ感のスピーカーを持っていなかったので、気になっていました。PHONONの製品は、いくつも持っているから信頼もしていますし。熊野さんには、マスタリングもお願いしていて、日頃のセッションもあるので。それに、自分も同じものを使って作ったほうが、いいかなということもあったり。あと、スタジオに来るたびにML-1が、ちょっとずつできる過程を見てたんで(笑)。最初見たときにそこで俺、買いますって言ってたと思いますよ」
 
 5lackさんが熊野に寄せる信頼は厚く、今年3月に行った恵比寿Liquidroomでのライブでは、熊野が音響の監修を担当。また先日リリースしたばかりの新曲「Twiligh Dive」のマスタリングも熊野が行っている。
 
熊野「最近はスーパーロウが多いよね。謎の低音。Twiligh Diveもそう。面白かったよ」
 
5lack「あれ、イカれてますよね。音楽に法律があるとしたら犯罪ですよ。こんなトラックは世界に無いと思って作りました。自分で弾いた音をカセットに録音して、それを今度はパソコンに戻して。するとめちゃくちゃ歪みができて。テープの歪みがスーパーロウと混ざって、いい意味で表現しきれない音になりましたよ」
 
熊野「あの曲をマスタリングするとき、ML-1を全部撮影に出していて実機がなくて。だから試作品を組み立ててからマスタリングしました。そしたら入稿が今日だって分かって。知っていたら組み立ててなかったのに(笑)。でもそれくらい、これがないと、もう仕事をしたくないんですよ」


 
5lack「Twiligh Dive」


“ずっと自分たちが欲しかったモノ”
 
 Makuakeで記載されているこのコピーが表すように、作り手が自信をもって完成させたML-1。神は細部に宿るとはこのことですね。熊野さん、僕も財布と相談します!
 
なお、ML-1の先行受注はMakuakeで9月28日(金)まで。
https://www.makuake.com/project/phonon/
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