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アンビエントの名門レーベルInterchill Records主宰Andrew Ross、最新レーベルコンビ『Zero Gravity』を語る。

取材・文:Shigeki Kimura
翻訳:posivision Amsterdam
 
 
 西カナダのソルトスプリング島を拠点に、サイケデリックかつトライバルでダビーなダウンテンポ/アンビエント専門レーベルとして、20年以上の歴史を誇るInterchill Recordsから、レーベルコンピレーション『Zero Gravity』がリリースされた。それも全21トラック/CD2枚組というボリュームで、サイケデリックトランスシーンのベテランアーティストEat StaticやLoop Guruから無名のルーキーまで、幅広いセレクトがなされている。ここではレーベル創始者のAndrew Rossに新譜のこと、レーベルのこと、カナダの音楽シーンについて話を聞いた。
 
 
レーベル運営で一番楽しい作業のひとつが「オリジナルコンピを制作すること」だ。
 
──『Zero Gravity』のコンセプト、制作背景などを教えてください。
 
「ダウンテンポのエレクトロニックミュージックから、自分のお気に入りのアーティストの傑作を選び出して、ひとつにまとめたい」という動機から始まった企画だ。SNSからデジタルコンテンツまで、日常生活のなかで私たちの気を引こうとするものはたくさんある。だから、それらから頭ひとつ抜きん出て人の目に留まり、耳を傾けてもらえるようなものに仕上げたかった。特別な時間に限らず、日々の暮らしのなかで「チルアウトしたい、より深くリラックスしたい」と思ったときに、これを聞いてもらえれば心地よい時間を過ごせる……そんなコンピレーションを作りたかったんだ。
 
──作品は21トラック/2CDと、かなりボリューミーですね。
 
最初に選んだ2トラックの再生時間がそれぞれ10分以上もあったんだ。CDの収録時間のリミット「約78分以内」という制約は、このジャンルの場合、短すぎることに気がついたのさ。その時点でダブルアルバムにすることに決めたよ。
 
──ベテラン勢とInterchillの常連組、さらには無名のルーキーのトラックなどが収録されています。これには、どのような狙いがありますか?
 
レーベルを運営していて一番楽しいことのひとつが「オリジナルのコンピレーション」制作だ。そこで、どのアーティストを起用するかの判断だけど……そこは多少、現実的にならなければいけない部分もある。たとえばそのアーティストの知名度や実績も大切だ。ほかにもソーシャルメディアのフォロワー数が多いなどもポイントになってくるよ。
 
自分の頭のなかには「こういったコンピを作りたい」という確固たるアイデアがあって、誰がその音を作りあげるのに適しているかも熟知している。でも、自分のアイデアやセンスを絶対視するのではなく、周囲からの意見を聞く耳も同時に持っていたほうがいい。他人からのアドバイスに対しても、ある程度オープンである余地も残しているんだ。今回の例で言うと、友人であるGreg Hunter(※1)やSix Degrees Records(※2)のBob Duskisが勧めてくれたなかにも素晴らしいトラックがあったんだ。
 
※1:Greg HunterはThe Orb、Killing Joke、Juno Reactorなどのエンジニアとして有名。中近東音楽と最先端エレクトロニクスを融合させたサウンドで知られる。
 
※2:Six Degrees Recordsは、米西海岸を拠点に、ワールドミュージックと電子音楽の架け橋になるようなサウンドに特化したレーベル。Interchill同様、20年以上のキャリアがある。



ベテランEat Staticによる収録トラック。


──作品には、既発表曲から未発表曲まで様々な時期に作られた楽曲が混在しています。なかにはLoop Guru の1994年リリースの曲があったり。
 
以前ならば、一度リリースした曲は新しいアルバムに含めるべきでないし、そんなことがあれば問題だとする風潮があったかもしれない。でも近年は、何事も人の目に留まるスパンが短くなったことが手伝って、それがあまり問題にならなくなったんじゃないかな? だから今回の『Zero Gravity』に収録された21曲のなかに「すでにリリースされた曲が2、3曲混じっている。だから買わないよ」という人も、そんなにいない気がするよ。
 
コンピレーションを制作する際、アーティストたちに新曲を依頼した後、だいたいどんなものが送られてくるか、明らかではないケースが少なくない。だからレーベル側は、どんなタイプのトラックが仕上がってくるのか、ある程度フレキシブルなスタンスで待っていることが多い。そして「アルバムにおけるサウンドの流れを作る」という観点からいうと、違ったムードの曲と曲とのあいだにブリッジ的なサウンドがほしいときがある。そんなときに、すでにリリースされたトラックも選べるとなると、選択の幅がぐんと広がるのさ。
 
Loop Guruは、レーベル初期のころからの古い友人のひとりだけど、彼が1994年にリリースしたトラックを今回選んだのは「名曲は時代を問わず、いつ聴いても素晴らしいものだ」ということを伝えたかったこともある。
 
──『Zero Gravity』を代表するようなトラックをあえて挙げるとすれば、どのあたりですか?
 
僕のチョイスは日によって変わるだろうけれど……Atmosphere Factory(Makyoのソロ名義)の「11 Apsaras」は、取りあげておきたいね。この曲は、コンピュータを一切使っていないライブ音源なんだ。Makyoのサウンドは、このコンピの音の方向性を形成する大きな要素のひとつだと思っている。あと、Log(M) & Laraaji (※3)のトラック「Oregano in E Minor」もとても気に入っている。
 
※3 Log(M)は、カナダ出身のダブ・アンビエント・ユニット。Legion Of Green Menの別名儀。Laraajiは、ツィターと呼ばれる弦楽器の奏者。Brian Enoとの合作『Ambient 3(Day Of Radiance)』(1980)で知られる。
 
 
──オーガニックでサイバーなアートワークを担当したAndy Thomasについて教えてください。
 
Andyとは、過去にもいっしょにInterchill関連の作品制作をしたことがあるよ。Hibernationのアルバム『Second Nature』(2012)のジャケットカバーやLiquid Strangerのトラック「The Gargon」のビデオだね。彼と最初に会ったのは、15年前のメルボルンだった。素晴らしい才能の持ち主で、最近ではビョークのステージビジュアルを手がけたりもしている人物だ。
 
自然の偉大さ、美しさを表現しつつも、そこにはAndy独特の世界観や要素が混じり合っている。今回のアルバムジャケットのデザインコンセプトをAndyに話したら、彼は莫大な量の素材を持参してくれた。これまた古い友人で頼りになるデザイナーのSijay Jamesがそれらを使って、ダブルCDのジャケットをレイアウトしてくれた。素材を隅々までよく観察して、アルバムのメインテーマを引き出して作りあげた。アートワークの仕上がりには、とても満足しているよ。


Interchill Records 20年の歴史


──レーベル設立当時のことを聞かせてください。資料によれば「1996年、Andrew Ross Collinsがモントリオールで設立」とのことですが、すでに20年以上も前の話ですね。
 
当時はモントリオールのレイブパーティーシーンの黎明期だった。そのころに、友達と僕が“Interchill”という名義でDJをやっていたのが、そもそもの始まりだった。レコードでプレイしていたけど、ほとんどが輸入物で、カナダ国内でリリースされたものが本当に少ないことに気づいたんだ。当時、良質な音楽をリリースしていたのは、カナダだとバンクーバーのMap Musicくらいしかなかった。
 
一方その頃から、スカンジナビアではいい音楽がたくさん生まれていた。スカンジナビアの冬はとても長くて日照時間もすごく短い。長い時間を家のなかで過ごすほかないのだけれど、音楽制作者にとってその環境はもってこいなのさ。そしてカナダの気候や環境は、スカンジナビアとも共通する部分が多々ある。だから、ここでもいい音楽がきっとたくさん生まれるはずだと思ったんだ。1997年、Interchill Recordsとして最初にリリースしたコンピレーション『Northern Circuits』は、100%カナダのアーティストが参加したアンビエントダウンテンポのコンピレーションアルバムだった。このディープなチルアウトサウンドは、ほどなくイギリスやアメリカへも広まっていった。嬉しかったね。
 
──Interchill Recordsの拠点であるソルトスプリング島は、どんな場所ですか?
 
カナダ本土とバンクーバー島の間に位置する、ガルフ諸島の中で最も人口の多い島で、アーティストもたくさん住んでいるところだ。島の歴史がなかなか面白くて、解放されたアメリカの黒人奴隷や、ハワイ、日本、スコットランドなどからの入植者、さらに60年代には兵役を逃れてきた若者やヒッピーなどが、この島に移り住んできた。自然とともに生きるライフスタイルを追求する人たちが多く、強いコミュニティ感覚があるので、とくに子育てには最適な場所だよ。




──Interchillサウンドは、エレクトロニックダンスミュージックのチルアウトとして機能しているふしがありますが、そもそもどのようなリスナー層にアピールすると想定されていますか?

Interchillのリスナーは世界中にいるけれど、メインストリームのサウンドよりもっと内容が濃くて深みのある音楽が好きな人が多い気がする。チルアウトミュージックは、日常生活のなかのさまざまなシーンにフィットすると思うんだ。家でくつろいでいるとき、ドライブ中、仕事で集中したいとき、アフターパーティー……そういう意味でも、ポテンシャルはまだまだ大きいと思っている。

──「Interchillレーベルを代表するアーティストは?」と訊かれたら、誰を挙げますか? また、これまでInterchillからリリースされた作品のなかで記念碑的なタイトルがあれば教えてください。

この質問に対する回答も日々変わるだろうし、ここで名前を挙げなかったからといって、ほかの参加アーティストをないがしろにしているわけではないけれど……という前置きのうえで、あえて質問に答えれば……アーティスト名で言うとEat StaticとKaya Project(Seb Taylor)を挙げたい。また、レーベルのサウンドも常に変化しつづけているから、リリースタイトルに関してもどれが代表的かを選ぶのはとても難しいけれど……Liquid Strangerの『Cryogenic Encounters』(2012)と、Another Fine Dayの『A Good Place to Be』(2015)を挙げておこう。

──20年以上もレーベルが継続した秘訣を教えてください。また、Interchill Recordsがライバル的に意識しているほかのレーベルがあれば聞かせてください。

レーベル維持の秘訣は、高いクオリティを保つこと。アーティストとの関係をしっかりと築き、誠実につき合い続けていくこと。楽しんで、インスパイアされること。それからレーベルメイト的な存在は、たくさんあるよ。Painted WordやIshqのレーベルVirtual、Liquid Sound Design、 ZamZam Sounds、それにSix Degrees Records。ダブやレゲエ方面ならば、Dubs Galoreもとてもいいね。

──逆に「もうレーベルをやめよう」と思ったことは?  

それが、今まで一度もないんだ。音楽を愛し、自分たちが音楽で何か貢献できることがあると思うから、やっているのさ。でも、時々休むのもいいと思う。音楽をやるには強いインスピレーションが必要だから、もしもそれが足りないと感じたら「休みどき」だろうね。近年は「このリリースが最後の1枚になるかも」と考えながら、1枚1枚を作っている。いつかはそれが本当になるからね。

──最後に、カナダの音楽事情やパーティーシーンに関しては、ここ日本ではあまり情報が入ってきません。“カナダならでは”と言えるような特色と、おすすめの音楽フェスを教えてください。

カナダはとても大きな国だから、一括りに説明するのは難しくて、より地域ごとに特色が出ていると思う。厳しい冬の反面、夏は素晴らしい大自然のなか、フェスティバルを楽しむ人も多いし、イベントの数も多い。もしも夏のブリティッシュ・コロンビア州(太平洋に面したカナダ最西部)に来る機会があったら、Bass Coast Music and Arts Festival、Shambhala Music Festival、Kamp Festivalあたりをチェックしてみてほしい。でもフェスティバルに限らず、普通のキャンプで大自然を満喫するのも忘れずに。

ダウンテンポのイベントもあるにはあるけれど、だいたい「音楽を聞きに出かけよう!」というときは、「踊りに行きたい」と思う人が多いのも事実さ。でも、上に挙げたような大型フェスティバルの会場内には、踊り疲れたときにチルアウトできるステージを必ず見つけられるからね。


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期限:2018年9月30日

Interchill Records
https://interchill.bandcamp.com/


作品情報
タイトル:Zero Gravity
アーティスト:V.A.
レーベル:Interchill Records
 
[トラックリスト]
1. The Egg & Az-Ra - Orangenie
2. Noodreem - Firebird (Rising From the Ashes of Time Dub)
3. log(m) & Laraaji - Oregano in E Minor               
4. In the Branches + Bluetech - Behind the Sky
5. Adham Shaikh - Into the Deep 09:50               
6. Dirtwire - Blockchain (Interchill Extended Mix)  
7. Az-Ra - Scorpion Tales      
8. Organismic - Ultrafiltration
9. Eat Static - Elegua             
10. Sinepearl - Intertwined
11. Stereo Hypnosis - Waiting Waves
12. Atmosphere Factory - 11 Apsaras (Live)       
13. Kaya Project - Forgiven (Hibernation's Chilled Remix)   
14. The Heart is Awake - Re 
15. Loop Guru - The Third Chamber Part 1 - 9AM Distant Train         
16. Gus Till - Smokey Moon, Sweating Stone 14:00            
17. Wåveshåper - Autonomous Phenomena (Zaibatsu Mix)
18. Krusseldorf - Circuit Boarding         
19. Liquid Bloom - Whispers of Our Ancestors (Erothyme Remix)
20. Ishq - Sakura
21. Master Margherita - Night Bird
 
Interchill Records
http://www.interchill.com/