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渚音楽祭、Body&SOUL、クラベリアを手がけた日本クラブシーンの父、T.ISHIHARA。その功績を振り返る

 1990年代から現在に至るまで日本のクラブシーンを支えてきたオーガナイザーT.ISHIHARA。あなたが今見ているクラベリアの立ち上げに始まり、渚音楽祭、Body&SOUL Live in Tokyo、奄美皆既日食音楽祭など数々のフェスティバルやパーティーを手がけてきたシーンの父的存在だ。
 
 そのT.ISHIHARA氏は、WOMBが行っている日本のクラブカルチャーを影から支えるキーパーソンにフォーカスした企画「#WOMB [________ & FRIENDS]」に登場。1月12日(土)にパーティーを開催する。パーティーを迎える前に、T.ISHIHARAの功績を振り返ってみよう。 
 

日本でもっとも歴史のあるクラベリアの立ち上げ
 
——クラベリアを立ち上げた経緯を教えてください。

当時、1993年に設立したブランニューメイドというパーティーや音楽フェスに特化した会社を運営してました。そこから数年、パーティーやフェスの運営のみでは、会社を大きくすることが困難になり。そのころは、ちょうどインターネットが普及し始め、ガラケーでメールをしたり、パソコンでウェブサイトちょっと見るという世の中。これを利用して情報を発信できれば面白いのでは?と思い、クラベリアを立ち上げました。
 
——クラベリアの設立は2000年ですね。
 
はい。そこから3年間は代表として会社を運営しました。そのころは、ガラケーの有料サイトが全盛の時代。着メロがものすごく流行っており、クラベリアの事業のひとつとしてavex系列の会社と組んで携帯サイトの開発も行って。会員数も1万人程度まで増え、スポンサーがつくことになり会社を売却しました。そこから何代か代表が変わり、現代表へと至るわけです。
 
クラベリアを離れた今でも、もちろん携わっているイベントを通して利用しているし、なんといっても今でもgmailの自分のアドレスにはclubberiaというワードが入ってますから(笑)。変わらぬclubberia愛はありますよ。

 
ニューヨーク発の伝説的イベントBody&SOULを日本へ
今は無きvelfarreで開催されたBody&SOULの様子。(写真提供:T.ISHIHARA)

——Body&SOULの日本開催は、どのように実現したのでしょう?

ブランニューメイド運営当時にニューヨークにはまっていて、年に何度も行ってました。その都度Body&SOULに通っていたので、この素晴らしいパーティーを日本に持ってきたいという想いが発端ですね。

最初はたぶん1999年頃。現地に住んでいたDJ GOMIにフランソワ(FRANCOIS K.)を紹介してもらうべく、当時Body&SOULが行われていたクラブVinylに行って、彼がプレイを終えて店を出るところを店の外で“出待ち”して紹介してもらい(笑)。そこから何度も通い必ず挨拶をして、まずは顔を覚えてもらいましたね。1年くらい経ったころ、ようやくビジネスの話ができるような関係になり、Body&SOULを東京で開催したいという気持ちを伝えました。すると「いつまでニューヨークにいるの?」と聞かれ、「水曜まで」と答えたら、「じゃあ火曜日にミーティングしよう」ということになり具体的な話が始まりました。
 
——ミーティングはどんな内容でしたか?

フランソワからBody&SOULを行うにあたって、FRANCOIS K.、DANNY KRIVIT、JOE CLAUSSELLの3人が揃って来日することはもちろん、音響や照明技師、そしてダンサーも連れて行かなくてはならないというたくさんの課題をもらいました。一番の課題は開催するクラブでしたね。
 
——最初はvelfarreで行っていましたよね。
 
そうなんですけど、最初、自分は恵比寿のガーデンホールでやりたかったんです。でもフランソワが来日した際に見てもらったら「このスペースはBody&SOULにはちょっと綺麗すぎる」という意見をもらい……。たまたまフランソワがツアーでvelfarreでプレイすることになり、彼がvelfarreを気に入ったんです。でも当時のvelfarreはディスコ箱だったので、ここで大丈夫なのか?と思ったんですけど、「スピーカーを追加したり、デコレーションをすれば、きっと良いスペースになる」というフランソワの強い希望もあり、会場をvelfarreに決め、2002年5月1日、2日の初開催にいたりました。これまで1000本以上のパーティーに携わってきたし、今から16年も前のことだけど、今でもその日付まではっきり覚えています。それくらい自分にとって、この日は大きな出来事でした。
 
——ほかの課題も無事にクリアされました?

なんとか。彼らも、ニューヨーク以外で初めて行うBody&SOULだったから、すごく慎重で大変でしたよ。「DJ機材のセット図を見せろ」と言うのは当たり前だけど、「音響の配線図を見せろ」とか(笑)。スピーカーも42台追加したりして、とにかく手の込んだことをしましたね。
 
——反響はどうでしたか?

前売り券は、今はなきレコードショップCISCOの都内各店、札幌、名古屋、大阪など全国で販売し、すべて完売。日曜日の夕方から深夜まで開催されるニューヨークのBody&SOULのスタイルに習い、夕方4時から深夜1時までで開催したんですけど、昼の2時くらいから全国各地から集まった来場者でvelfarreに行列ができました。札幌から来たPrecious Hallの常連の友達に「アフターパーティー行く?」と誘っても、「このBody&SOULでクラブは卒業します。この体験をずっと身体に焼き付けておきたいんで!」と言われて。それほどインパクトのあった体験だったみたい。ハウスミュージックのパワーを心から感じましたね。
 
——そこまで言わせるのってすごいですね!

クラブイベントって、まずバーカウンターに行きお酒飲んだりするもんですけど、オープンとともに流れ込んでくるお客さんはすべて一目散にフロアに流れ込んで行き、そこからクローズまでみんな手を上げているくらいの盛り上がりでしたね。

あとは、ニューヨークのBody&SOULは、3人がそれぞれの時間を持ちバラバラでプレイするんだけど、日本のファンの熱い想いを理解してくれたのか、最初からB2Bスタイルで最後までプレイしてくれました。フランソワがテクノっぽい曲をかけ、ダニーがオールド・スクールをかけたり、ジョーがトライバルをかけたり。B2Bのスタイルは今じゃ珍しくないけど、当時の日本ではおそらく初めてじゃなかったのかな? B2Bには、もちろん好みがあって、それが嫌な人もいると思うけど、「あの3人の阿吽の呼吸が最高」っていう声が圧倒的に多いんで、まだ遊びに来たことがない人には体感してほしいな。
 
——最近はお台場で開催されていますよね。

2019年はオリンピックの都合でお台場の会場が使用できないので、現在2箇所まで候補が絞れていて、近いうちに発表できると思います。


フリーパーティーからスタートし、春と秋の名物大型フェスティバルとなった渚音楽祭
お台場で開催されていた渚音楽祭。写真奥に見えるのはフジテレビ。(写真提供:T.ISHIHARA

——渚音楽祭の誕生について教えてください。

これもはっきりと日付を覚えています。初開催は2003年の11月7日。当時、野外にすごく興味があった時期で、たまたま葛西海浜公園の西なぎさ浜という場所を借りることができたんです。この場所の名前から渚音楽祭という名前が生まれました。その後は、お台場で今ダイバシティが建っている場所で開催して。音はトランスで、エントランスは1000円。雨でも2000人くらい人が来てくれて、これはちゃんとやれば上手くいくという実感がありました。それから渚音楽祭は春と秋の年2回開催でやるようになり、スペースも拡大して全6ステージ。メインステージはトランスとハウスで、そのほかにハウス、ヒップホップ、チルアウト、ライブステージなどで開催しましたね。
 
——オールジャンルの野外フェスというのも、当時ありませんでしたよね。
 
昔のフライヤーを見たら、3回目のラインナップでハウスのメインにはFRANCOIS K.、EYE、DJ EMMA、Kaoru Inoueがいて、トランスはRaja Ram、Shpongle、System 7と錚々たるメンバー。しかも先行早割チケットが1,500円(笑)。ほんと安くてね。当初レイブでは前売チケットを買うというカルチャーがあったんだけど、ハウスやテクノがメインの野外フェスがまだ無くて、初めての試みだったから、できるだけ買いやすい値段設定にしたんですよね。通常の前売チケットが2,000円で当日が3,000円だったかな。とにかくたくさんの人に来てもらえるようフレンドリーな価格設定にして。このときは、7,000人くらい集まってくれて。もともと一緒に遊んでたけど、ハウスやテクノやトランスと、遊ぶ場所がバラバラになってしまった友達が、久々に一箇所に集まれる場所って感じでしたね。
 
——ピーク時ではどれくらいの人が集まりましたか?

たぶん2006年だと思うけど、2日間の開催で25,000人くらいかな。お台場での開催は2010年までだったかな。

——今まで携わってきたフェスやパーティーで、ISHIHARAさんのみが知るエピソードが知りたいです。

いっぱいある、言えることも言えない事もたくさん(笑)。2003年の最初の渚は、オールナイトで完全なフリーパーティーでしたけど、その時は今みたいにインターネットも普及してなくて、情報発信もすぐにできるような時代じゃなかった。2週間前くらいにフライヤーがあがって、フリーパーティーだからどれくらいのお客さんが来るかまったく分からないわけで、なんとなく1500~5000人くらいかなって予想してたけど、蓋を開けてみたら、まさかの10,000人以上のお客さんが来ちゃって。もうぐちゃぐちゃになっちゃって、結局最後は明け方に音を止めてストップせざるを得なくなって大変でしたね。

あとは、2009年の7月に奄美大島で今世紀最長の皆既日食が見れるということで、2006年から毎年7月に4回続けて奄美皆既日食音楽祭というフェスを開催しました。奄美はとにかく宿が少なくて、出演頂いたTakkyu IshinoさんとKen Ishiiさん、そしてそれぞれのマネージャーさんの計4人を相部屋で泊まってもらったことですね。大の大人の男4人にツインルーム1部屋しか用意できなくて……。今でも本当に申し訳なく思っています、すいません……。
 

T.ISHIHARAが考える今の東京クラブシーン


——現在OATHTUNNELの顧問として、またR LOUNGEでの2ヶ月ごとのレギュラーや代官山debrisの毎週木曜などのオーガナイザーとして現役で日本のシーンで活躍している一人として、現在の東京のシーンはどう見えますか?

東京のシーンを下支えしている小箱に元気が出てきて良い傾向だなと感じます。20年選手となるOrgan BarやBall、自分が携わっているOATHやTUNNEL、ほかにもZeroなど良い小箱がたくさんあるからね。エントランス代がなくて気軽に1杯飲める、でも良質な音楽をやっているところが、とくに渋谷にはたくさんありますから。この小箱の元気の良さをどうやって大箱に持っていくかということを考えたりしますね。
 
——シーン全体で見るとどうでしょう?

シーン全体としては、悪い方へは行ってないかなと思います。言えるのは層が厚くなったとこと。昔だったら男性なら長くて20〜30歳の10年間くらい、女性だったら若いころのある一定の短期間でその後はクラブに遊びに来なくなっちゃうってパターンが多かった。今は、子育ても終わってまた夜遊びに来てくれている年齢層高めな方も多いですよね。自分は今58歳だけど、20代の友達と言えるような子もいるからね。そういうのがクラブの良さだと思うから。

——WOMBISHIHARAさんとの関係について教えてください。

最初は、ニューヨークハウスのDJ、JUNIOR VASQUEZの来日を取り合うみたいな競争相手として関係はスタートしましたね(笑)。その後は縁があって一緒にやらしてもらう機会をもらって、TOKYO COLLABORATIONというパーティーをやったり、2005〜6年頃だと思うんだけど、DIMENSION KというFRANCOIS K.や DAVID MORALESを呼んでのパーティーをやらせてもらいました。DAVID MORALESの時はたしか1600人くらい動員して、しばらくのあいだのWOMBの動員記録を持っていたんです(笑)。当時のWOMBはクールな箱というイメージをどんどん構築していった時代だったから、とても楽しくやらせてもらえましたね。そこから昨年10月のDANNY TENAGLIAの時にちょっとだけどお手伝いさせてもらって、今回という流れになります。
 
——112() #WOMB[T. ISHIHARA & FRIENDS] について教えてください。

今回のオーガナイザーシリーズにピックアップされたということは、すごく名誉なことです。あと、周りの業界関係者の反応がすごくいいです。マサくん(Rainbow Disco Clubオーガナイザー)→タロウ(EDC Japanエグゼクティヴプロデューサー)→自分の流れが、なんかわかる!みたいでいいみたいですね。今回出演してもらうDJ EMMA、KO KIMURAや30年選手のDJ NORI をうまくフューチャーできるってことがすごくよかったなと思っています。あとは力強い男勝りのサウンドで、しかも可愛い女性DJ集団のROSADOと、OATHで毎週木曜日のパーティーFUNKTIONというストリートでカッコいい奴らが集まり、ヒップホップ~ハウスまでやれるチームでバランス良くできたかなと思います。
 
今回の企画は、たぶん国内にも目を向けましょうというようなイメージだと思います。日本人のしっかりとしたアーティストを集めてパーティーとして作るという。近年外タレを呼んでイベントという形式のものが増えすぎちゃったから。「友達の友達は友達だ」みたいなパーティーの方向性にWOMBはまたもって行こうとしているのかな? そういう意識が見えること、自分はすごく正しいと思うし、おじさんたちも頑張んなくちゃいけないなと思いますね(笑)。


#WOMB[T. ISHIHARA & FRIENDS]
開催日:1月12日(土)
時間:23時
料金:DOOR / MEN ¥3000、WOMEN ¥2000、FLYER&MEMBER / ¥2500 (男性のみ)
※ほぼハタチフリーキャンペーン対象イベントにて25歳以下の方は入場無料
出演:DJ EMMA、DJ NORI、KO KIMURA、SHINKAWA
[VIP LOUNGE -FUNKTION-] TIKINI、TAIKI、 Yudaini、SHOTARO MAEDA、TD FRESH A
[WOMB LOUNGE -ROSADO-] MOCA, ATSUKO, gem, AKARI, MARIA FUJIOKA

 
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