Interview&Editor : Mao Ohya
Yuzo Iwata Photo : Katsuhiko Sagai
Yuzo Iwata Photo : Katsuhiko Sagai
昨年、10周年を迎えたメルボルンのアンダーグラウンド・ダンス・ミュージック・シーンの中核を担う豪州のレーベル〈Butter Sessions〉より、Yuzo Iwataがキャリア初となるアルバム『Kaizu』をリリースした。地元の刺激的なアーティストを世に送り出しながら、日本とも交流があり、実験的なDIY精神でメルボルンのアンダーグラウンド・シーンを発展させてきた〈Butter Sessions〉からリリースされた本作は、自由な発想による即興的なアプローチとインスピレーションを探求し、多種多様な音楽ジャンルを横断した、このレーベルではあまり聴くことのなかったサウンドの作品となっている。
2016年に渡独し、現在はベルリンを拠点に活動するYuzo Iwataは、これまで『Kiteki』『Spoit』の2タイトルのEPをリリース。2017年にClubberiaのpodcastへ提供したMixは、全曲アンリリースドオリジナルトラックで構成されており、「RA Mix of the Day」にも選ばれている。それを踏まえれば、このアルバムは生まれるべくして生まれたものなのかもしれない。幅広い才能と感性が凝縮された『Kaizu』は、パンデミックでのロックダウンや移動制限により募った“外の世界への憧れ”を楽曲に込め、まだ見ぬ音楽の航海図へと昇華。そして、ただ旅の記録を残すだけでなく、パーソナルな一面も表現した意欲作とも言える仕上がりだ。
今回、ClubberiaではYuzo Iwata自身初となるインタビューと、レーベル〈Butter Sessions〉のダブル・インタビューを実現。前半ではコロナ禍の困難な状況を創造の糧に、自由な旅へと出かけたYuzo Iwataにアルバムについて掘り下げてもらい、後半では日本とも接点を持つ〈Butter Sessions〉の代表Sleep Dに、レーベルのこれまでとこれからについて話を訊いた。
Yuzo Iwata
その時代を生きた記録。現実と空想が交ざり合う『Kaizu』
――アルバムの制作はいつ頃から始めましたか?また、これまでEPを二作品リリースしていますが、今回アルバムとして作品を発表することに何かきっかけはあったのでしょうか?
2020年の3月に〈Butter Sessions〉からリリースされた『Come Together』というコンピレーションに「Acid House」という楽曲で参加させてもらっていたのですが、楽曲を渡してレコードになるまでにタイムラグがあるので、その間に新しい楽曲が結構できていました。それらをコンピレーションが出たタイミングで、次のデモとして送ったのがきっかけです。いただいた話がアルバムでのリリースだったので、一貫性を持たせたくてほとんどの楽曲を捨てて、改めて新しく作りました。アルバムを作ることが決まったのは2020年の9月でそこから制作をスタートして、2021年5月に完成しています。コロナの影響でレコードのプレスに1年かかりました。普段の3倍かそれ以上です。〈Butter Sessions〉からメルボルン周辺以外のプロデューサーがアルバムを出すのは初めてのことですし、レーベルの他のリリースとも毛色が違うと思うので、この話をいただいた時は驚きました。とても光栄なことです。
――アルバムのコンセプトを教えてください。
航海です。
――アルバム・タイトルに込めた意味は?
海の地図と書いて海図です。タイトルは最後に決めました。船や海に関連するタイトルを考えていたときに目に入った言葉だったのですが、個人的に全然耳馴染みがないのに文字からすぐに意味がわかったし、広い意味で捉えられそうだったので、面白いなと。アルバムでの表記はローマ字表記になるので言葉の意味はほとんど消えてしまうのですが、最終的にローマ字表記にした時にいい字面と響きだなと思ったので海図にしました。
――ロックダウン中に制作をされたそうですが、パンデミックの中で暮らした影響が作品にも現れていますか?
はい、ロックダウン中にはダンスミュージックをほぼ聴かなくなりました。パーティーも開催されてなくて、DJもなかったし、そういうテンションじゃなかったので、アコースティックなものでも、電子音楽でも、時間を委ねられるようなアルバムを通して聴きたいな、という心境でした。よりパーソナルなアルバムを通して、人の心に触れたかったんだと思います。なので、自分のアルバムの方向性もそこが出発点としてありました。
――今作をどんなプロセスで完成させたのか具体的にお聞かせください。
アルバムとして一貫性を持たせるために1つルールがあって、まずはじめに自分が持ってるレコードから1つだけサンプリングをして、それに合わせて船の舵を切るようなイメージでシンセを弾いたり、ドラムを打ち込んだり、パーカッションを叩いたりして、録音を重ねていきました。レコードからサンプリングした音が、波とか風とか雨とか、航海で出会う外的要因の役割です。自分の中からじゃない音を起点に進めていくことで、航海というコンセプト上で一貫性を持たせました。録音はAbletonに1音ずつ録音していって、アレンジとミキシングを行いました。
――ヴァリエーションに富んでいると同時に、アルバム一枚を通してストーリー性を感じました。制作中に何か意識していることはありますか?
一貫性に関しては先ほど話した制作プロセスも大きいですが、ジャンル以外でも繋がる接点が音楽同士にはあるので、そこで個性を出せたらなと思っていました。制作してた期間がドイツではロックダウン中だったので、外の自由な世界への憧れがどんどん膨らみ、その欲求を自分の頭の中で航海に出て、スタジオ内で発散してたように思います。常に移動してるイメージで制作したので、ヴァリエーションに富んでいる内容になったのかなと。具体的には「Gamelion」で使用しているガムラン以外にも、目立たないところでいろんな国の音を使っています。曲ごとに景色とか空気を頭の中で映像としてイメージしながら、フィクションですけど、そこの湿度を再現するように作業を進めていきました。
――ご自身の感情や経験が作品に影響を与えていますか?
僕はその時の感情が作る音楽にそのまま出てしまうのですが、私生活では制作期間中に妻が第一子を出産したり、パンデミックで世界が激変したり、日々初めての経験で心の変化や動きが大きい中で制作をしていたので、その感情をそのまま残すことに決めました。その時に気持ちいいと思った音のバランスで進めていったので、ミックスダウンもクラブでバシッとなるタイプの音ではないと思いますし、DJユースかどうかでいえば、僕はそうじゃないと思っています。自分がその時代に生きた記録としての生々しさを優先しました。レコードは自分が死んでも残るということを中古レコードショップで働いているのでよく考えます。
――お子さんのお話しがありましたが、Clubberiaに提供したMixの紹介文には、赤ちゃんのおもちゃの音を使っていると書かれていましたよね。私生活やパーソナルなものを音楽にしようと敢えて意識をしていますか?また、今作のアルバムではそういった音は反映されていますか?
現実世界と作品を繋げる接点という意味では、レコードからのサンプリングとフィールドレコーディングがそれに当たります。あとは楽器じゃなくても音が出るものを振ったり、スタジオに遊びにきた友人に机を指でタカタカ鳴らしてもらったのをマイクで録ったりもしました。いい音だと思えばなんでもいいです。ディジュリドゥの演奏を東京の友人にお願いして、録音してもらったものを使わせてもらったりもしました。友人の存在を作品の中に入れたいという気持ちは、パーソナルなことかも知れません。ソロ活動ですし、音楽を作るということ自体が個人的な行為なので、完成したものを第三者が聴いて、初めて個人のものではなくなるのかなって思います。
制作を支えた細野晴臣という存在
――制作の基盤となった機材を1つ、2つ挙げていただけますか?
全曲で使ったのはSequentialのProphet-6というシンセサイザーです。その次にRolandoのJuno-6。Technicsのターンテーブルもサンプリングに必要なので全曲に使ってます。ElectronのOctatrackをはじめ、TR-606などサンプラーもドラムマシンも数台ずつ使っていて、曲ごとにバラバラです。アルバム全体でドラムが同じ音色にならないようにしました。
――この1、2年でスタジオはアップデートされましたか?
特に大きなアップデートはしていません。まだある物を掘り下げる方が今は大事だと思っています。上を見たらキリがないですけど必要なものは揃っているので、機材よりアイデアをアップデートしていきたいです。
――曲作りの時に意識していることなどはありますか?
自由であること。
――この制作に取り組んでいる間、特にインスピレーションを受けたアーティストやアルバムはありましたか?
制作中は影響を受けてしまうので、できるだけ他人の音楽を聴かないようにしていましたが、細野晴臣さんは制作時間外で音楽を聴きたい時は、よく聴いていました。細野さんには昔から影響を受けています。制作時はアルバムの表現に対する姿勢の部分で、細野さんからの心の支えがとても大きかったです。アルバムは初期から現在に至るまで、その時の気分でいろいろ聴いていました。細野さんは常に先端で実験していながら、ポップであり続けているところが凄いと思っていて、憧れの存在です。他には国産LPレーベルの〈SNAKER〉がリリースしたもの、特にCOS/MESとChari Chariをよく聴いていました。自分の中のLPの指標としてある傑作です。あとはVANGELIS、Terry Rileyも聴いていました。
――このアルバムは何かのジャンルに当てはめることが非常に難しいですよね。日本とキューバにルーツがあるという境遇が、自身のスタイルに影響を与えていますか?
日本とキューバって地球のほぼ裏表の、しかも両方島国なんです。母親がキューバ人で父親が日本人です。あまり見かけない組み合わせなので、同じ組み合わせの人に会ったことって、今までほぼないんです。作る楽曲もどこかそういった異空間同士が合わさって、カテゴライズしづらいものが多いのも、そういう理由からなのかも知れないなと、このアルバムを作りながら考えました。DJでもその傾向があります。十曲十色なのでこのアルバムを何かのジャンルに当てはめるのは難しいと思うのですが、46分間通して聴いてもらうことで見えてくるものがあると思っています。
――アルバム・アートワークをTAPPEIさんが手がけていますが、どんな風に依頼をされたのでしょうか?
InstagramでTAPPEIさんのことを知りました。描くドローイングもTattooも遊び心と鋭さがあって、とても素敵だなと思ってフォローしていたんですけど、アルバムのアートワークを考えていた時にTAPPEIさんにお願いできたらすごくいいものになるイメージが浮かんだので、ダメもとで直接ご連絡させていただきました。忙しい方ですし無理を承知だったのですが、気持ちが通じて本当にありがたいことに引き受けていただけて。このアートワークでアルバムが完成したと思っています。TAPPEIさんが描く文字も大好きなので、文字で構成された背面もすごく気に入ってます。
――スリーブ背面デザインに札幌Precious Hallのスローガン“Music Brings Us All Together”を使用した理由を教えてください。
Precious Hallが僕の音楽人生で一番大きな影響を与えてくれた場所だからです。そこで聴いた音や感じた感情、いろんな大切なことをPrecious Hall周辺で過ごした札幌生活で学びました。Precious Hallは多様性という言葉が今みたいに前に出てくるずっと前からフロアでの平等性を尊重し、自然な形で実現してきました。誰もが自由になりながら、音楽で1つになれる特別な場所です。デビューアルバムという1度しかない大切な作品なので、その言葉をお守りとして刻んでおきたくて許可をもらって使わせていただきました。Precious Hallで僕たちが開催してきた「FLOPPY」というパーティーのフライヤーにも毎回書かせてもらってきた、とても大切な言葉です。
マイクを握り、吠えた“ACID”
――10周年を迎えた〈Butter Sessions〉のコンピレーションに参加していますよね。楽曲にはどのようなコンセプトが込められていますか?
「Acid House」という曲名で、曲名そのままなのですが、RolandのTB-303、TR-606、SH-101、あとマイクという古典的な機材で直球の「Acid House」を制作しました。何回目かわからないのですが、Acid House系の音とその言葉自体がファッションアイコンとしてすごく流行ってて。303の音を使ってればオーケーみたいな軽い曲が多くてすごく飽きてたので、Acidは流行り関係なく自分のDJスタイルの上で重要なものだったのですが、もうこれで決別しようという気持ちで、マイクを握って“ACID ACID”吠えてました。結局決別はできませんでした。
――〈Butter Sessions〉の魅力はどんなところですか?
〈Butter Sessions〉 = Sleep Dです。
この2人の人柄がレーベルの色になってると思います。オーストラリアのNaarmというメルボルンや、その周辺のエリア出身のアーティストのリリースがほとんどで、そうやって地元で作られた音楽を世界で流通させているのが、とてもいいですよね。この11年で〈Butter Sessions〉に影響を受けた新しい世代も地元から出てきて、世界で活躍し始めてたり、メルボルンのアーティスト間で共通した地域特有の音もあって、Sleep Dの2人が与えてきた影響はおそらく物凄く大きいと思います。まだ行ったことがないので、いつか行ってみたいです。
“Music Brings Us All Together”
――2022年の残りの予定は?何か新しいことに取り組んでいますか?
制作はスローペースで続けているし、新しいアイデアのテストもスタジオで常にしていますが、それが何年も地続きなので、新しい取り組みという感じはしていないです。何かで形になった時に、独創性があるものになってればいいなと思います。今はなんと言っても子育てという新しい取り組みの最中で、それが最優先事項なので、毎日があっという間です。時間的にも気持ち的にも器用に両立ができないですし、制作フェーズが3年間も続いていたので、これからはDJにもっと気持ちを向けていこうとしています。
――最後に、Yuzo Iwataさんのアーティストとして、また個人としての夢や目標があれば教えてください。
Music Brings Us All Together.
音楽を好きなまま末永く続けていきたいです。その中で音楽を通じて国境を超えた友達と出会っていけたら最高です。ありがとうございました。
Butter Sessions
――まず、Sleep Dと〈Butter Sessions〉について簡単にご紹介をお願いします。
Sleep Dは、僕らのプロダクション、DJ、ライブパフォーマンスで使っている名前です。14~15歳の頃に一緒にDJを始めて、その後すぐにエディットやプロダクションを一緒に作り始めました。〈Butter Sessions〉は2010年にスタートした僕らのレコードレーベルであり、パーティーのプラットフォームでもあります。
――〈Butter Sessions〉を設立された経緯をお伺いしたいです。
最初はパーティーとオンラインブログとしてスタートしたのですが、制作したデモが誰にも受け入れてもらえなかったので、自分たちの音楽をSleep Dとしてリリースするためにレーベルも始めました。その時点では特に計画性はなかったのですが、友人や当時(2012年頃)の小さいながらも強力なシーンの音楽を共有するプラットフォームを作る良い機会だとすぐに気づきました。
――レーベルのサウンドはどういったものですか?またレーベルの設立から、どういう風に進化してきたのでしょうか。
これは難しい質問で以前にも考えたことがあるのですが、明確な答えが見つからなかったんです。私たちは常に新しいアーティストと仕事をしているので、サウンドはいつも進化していると感じています。ハウスやテクノからオブスキュアなヴァイブスまで、さまざまな系統のダンスミュージックを手がけているのが主な特徴です。サイケデリックな要素や野外の雰囲気があるレコードが多いと思います。
――〈Butter Sessions〉は10年以上にわたってコミュニティを成長させ、音楽とアートのシーンを支援してきました。レーベルはその理念をどうやって維持してきたのでしょうか?
私たちにとってそれは、自分たちのパーソナリティの延長線上にある自然なことなんです。私たちの周りにはたくさんの才能あるアーティスト、DJ、パフォーマーがいます。彼らは常にコミュニティを中心としたレーベルの理念を維持するための、インスピレーションとモチベーションを与えてくれています。
――レーベルには日本のアーティストも在籍していますね。日本とのつながりについて教えてください。
2013年からほぼ毎年、日本を訪れています。この間、日本各地で多くのパーティーに出演し、レジェンドであるKuniyki Takahashiさんとコラボして、何度か即興ライブを行いました。HarukaやYuzo Iwataの音楽を発表したり、メルボルンにTanaka Discoなどの日本のDJを自分たちのパーティーに招いたり、もちろん日本の多くのレコードショップにも足を運んでいます。私たちは日本の音楽シーンやアーティストにとても親しみを感じていて、このような機会に恵まれたことを幸せだと感じています。言葉の壁があっても、日本では多くの素晴らしい友人と関係を築くことができました。いつも刺激的な場所なので、また行ける日が待ち遠しいです。
――Yuzo Iwataのファーストアルバム『Kaizu』がリリースされましたが、彼の音楽の特徴は何でしょうか?また、言葉で説明するとしたら何と答えますか?
Yuzoの音楽を言葉で表現するのはとても難しいです。僕らにとっては他の何にも似ていない音楽です。ですから、とてもユニークで特別なアルバムで、一緒に仕事ができたことを光栄に思っています。彼のアルバムを最初から最後まで聴くと、本当に旅をしているような気分になりますよ。
――〈Butter Sessions〉とSleep Dの今後の予定は?
レーベルからはたくさんのエキサイティングなリリースが予定されています。Yuzoのアルバムはもちろん、Jennifer LovelessのEP、Poltioのアルバム、dj pgzの7インチ、そしてSleep DとしてのEPなどなど...。その他にも、7月にはメルボルンのシンボル的なフォーラムシアターで、レーベルのスペシャルショーケースがあります。Sleep Dとしては、現在ヨーロッパでツアー中です。メルボルンに戻ったら、先ほども言ったようにフォーラムで、ビジュアルアーティストのReelizeとライブA/Vのコラボレーションした、特別なパフォーマンスを行う予定です。そして9月と10月には、アメリカと東南アジアをツアーも予定しています。そして、またすぐに日本に戻れることを願っています!
■Release Infomation
Yuzo Iwata『Kaizu』
Release: 2022.6.3
Label: Butter Session
Format: LP / DigitalTrack:
1.Crux
2.Neverland
3.Funclub
4.Humid Gathering
5.Shadow Of The Rock
6.Heroes Show Up Late
7.Gamelion 06:41
8.Sundance
9.Ancient Tape
10.Time 2 L
bandcamp『Kaizu』
https://buttersessions.bandcamp.com/album/kaizu
Yuzo Iwata
Instagramhttps://www.instagram.com/yuzo_iwata/
https://twitter.com/YuzoIwata
Soundcloud
https://soundcloud.com/fabio-konair
Bandcamp
https://yuzo.bandcamp.com/
Discogs
https://www.discogs.com/artist/6543860-Yuzo-Iwata-2
Butter Sessions
WEBSITEhttps://buttersessions.com/
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https://buttersessions.bandcamp.com/
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