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知識をシェアし、変化へと繋げるADE Green

 
取材・文:Kumi Kawai
 
 ADEの昼間の部に関して言えば、機材系、ミュージックビジネス系、クリエイティブ系などのコンテンツがあるが、私が注目しているのは、6年前に初めて開催されてから定番となったADE Greenというプログラムだ。初日の水曜にあるこのコンテンツでは、フェスや音楽業界におけるイノベーションや社会的影響、そしてどうサステナブルでいられるかをテーマにしたパネルディスカッションやトークがある。
 
 イノベーション、サステナブルなコンテンツの一つとして「Six Innovations That Will Change the Event Industry」というタイトルで、6人のスタートアップ起業家が招待されてプレゼンテーションを行った。このプログラムの主催はInnofestという団体で、世の中をよくしていくアイデアやプロダクトをサポートしている団体だ。



 世の中のイノベーションのうち、9割は失敗に終わっているという。その一因として、プロダクトを市場に出す前に、テストが十分に行われていないことが挙げられる。Innofestは「フェスティバルは社会の縮図。街の中と違って規制が少ないので、試すには絶好の場所」としている。オランダだけで900ものフェスティバルがあり、年間およそ230万人が訪れている。これを利用しない手はない。その発想は合理的で、とてもオランダ人らしい。
 
 また「失敗から学ぶことの大切さ」を訴える手段として、FuckUp Awardという賞を設けている。これは、とんでもない失敗をした起業家に与える賞で、過去には、通行人や車・自転車の数を自動でカウントするカメラとシステムを開発した学生グループFlowSenseが受賞した。人や乗り物の数と位置を把握することで、街中やイベント時の混乱を避け、うまく分散させるためのシステムだったが、人どころか雨つぶまで拾ってカウントしてしまっていたそうだ。彼らには、その後の開発のために1000ユーロ(約13万円)の賞金が手渡された。
 
 今回の6人のプレゼンターのうち、気になった2名を紹介したい。
 ロンドンからは、Comp-a-tent(http://comp-a-tent.com/)のファウンダーの1人、James Molkieが招待された。
 年間、およそ2万個ほどのテントがフェスティバル会場に置き去りにされ、フェスティバルはクリーンナップのために£100K(およそ1445万円)を費やしているという。


 Comp-A-Tentは、生分解されるバイオプラスティックでできた、捨ててもOKな自然に優しいテント。このテントが売れることで、フェスティバルはゴミの費用がその分浮いて、利益が出る、という好循環になるという。
 会場での質疑応答では、「捨ててもOKなテントでは、人々の行動が良い方には変わっていかないのでは?」という鋭い質問もあったが、Jamesはそれに同意しつつ、人の行動を変えるには時間がかかるので、現実に即してできることからやっていっている、これは中途の目的だ、と冷静に回答。事実、テントは捨ててもいいのだが、返却すると購入時に支払ったデポジットが返ってくるシステムとなっている。

 
 元気いっぱいのテンションでステージに現れたのは、イラン生まれ、ドイツ育ち、オランダで起業したHooman Nassimi。彼はソーシャル・エンタープライズSociety in Motion(https://www.so-mo.org/)を立ち上げ、難民の人たちにボランティアとしてフェスティバルに参加してもらうという試みをしている。
 移民大国オランダには、2017年の段階で23.5万人の移民がいるが(筆者もその中の1人)、8人に1人が国外で生まれているという計算になる。近年の移民の多くは、戦禍を逃れてやってきたシリアからの難民とその家族。シリアからの難民申請者のうち9割が滞在許可を取得して、自分の住居を得ているそうだが、その後の問題は仕事が見つからないことだ。仕事がないため、なかなか社会になじめず孤立してしまっている状況があるという。
 たくさんのフェスティバルがあるということは、ボランティアもそれだけ多く必要だということ。この試みは、難民の人、フェスティバル側、社会にとっても三方良しとなるもの。フェスティバルは、人種や性別ほかあらゆるバックグラウンドを越えて人々が交流できる場所、小さな社会だから、そこでのボランティア経験で自信を得たり、新たな出会いを経て、実際の仕事を得たり...という好循環を狙っている。
 難民の人たちのほとんどは、過去にフェスティバルに参加したことがない人たちだったが、ボランティア後には「人生が変わるほどの素晴らしい体験だったよ!」といったポジティブなフィードバックも多くあったという。フェスティバル側からは「新しいエナジーを得られた」という声もあったそうだ。



 また、社会的なコンテンツでいうと、「Rave for a Revolution!」というタイトルのパネルディスカッションがあった。今年5月にジョージアの首都トリビシで、クラブへの強制捜査に抗議してデモレイヴが起きたが、その発端となったクラブBassianiのファウンダーNaja Orashviliを含む業界関係者やアーティストがゲストとして招かれた他、もともと非常に保守的な国民の多かったウガンダでNyege Nyegeというフェスを含むコレクティブを始めたベルギー人のDerek Debruなども登壇者として名を連ねていた。



 そして「A Road Map for People on the Road (巡業暮らしの人への手引き)」という3部構成のパネルディスカッションがあり、心身の健康をどう保つのか、耳の健康について、そして家族との時間、という3つのテーマで、医療関係者を含む専門家や音楽業界関係者が登壇した 。
 
 私は3つ目のカンファレンスのみ参加したが、会場の通路には1台のベビーカー、壁際には抱っこ紐で新生児ほどの小さな赤ちゃんを抱いている男性が立っていた。




 音楽業界でバリバリ働く3人のママと1人のパパが、「家族との時間のバランスをどう取っているか」「子供ができて何が変わったか?」などのトピックについて意見を交わしていた。
 ツアーで各地を飛び回ることが多いアーティストのFerry Corstenは、以前なら続けて何週間も家を空けていたところを、週末数日のためにわざわざ帰ってくることが多くなったという。ADEのWEB上に同じテーマで特設映像が設けられていたが、その中でインタビューされていたPrins Thomasも、同じような回答をしていた。3人の子供の父でもあるThomasは、平日は自宅のスタジオで作業をし、家族と過ごす時間を設け、週末にはツアーに出るというスタイルでバランスを取っていた。
https://www.youtube.com/watch?v=6TUtaSfI8k0
 
 マーケットマネージャーのOlga Zegersの娘は、ホリデーの時に鳴る仕事の電話がイヤで、母親の携帯を隠すこともしばしばだったという。今では、ママの仕事場でもあるフェスティバルMysterylandへ一緒について来て、「遅くなったから帰りなさい」と言われてイヤだと泣くくらい大きくなったそうだ。娘が小さい時に寂しい思いをさせた、と罪悪感を感じていたこともあったが、子供は自分と一緒にいない時間にもどんどん成長していくものだ、と振り返った。
 
 オランダでは、決められたホリデー以外に子供が数日に渡って休みを取るには事前に学校へ申請しなければならないし、なかなか簡単には休ませてもらえない。フェスティバルシーズン=子供のホリデーが音楽業界の繁忙期に当たるので、もしもwish listがあるのなら、みんなとずらした時期にホリデーが取れるといいのに、という意見も上がった。
 
 インターナショナル・エージェンシーを21歳で起業したCaroline Hosteは、フェスティバルのバックステージで生後2ヶ月の娘に授乳しながら仕事していたというタフな女性。ワークシェアリングが浸透しているオランダでは、パートタイマーも、正社員と同じく産休制度を使うことができ、休んでいる間もお金がもらえるというシステムがある。
 その受給期間が産前2ヶ月、産後2ヶ月となっていて、多くの女性が産後2,3ヶ月という早さで職場復帰をしている。ママの産後の肥立ちが気になる所だが、出産を機に時短勤務やパートタイムへの転向をする女性もいる。0〜4歳児を預けられる公的な場所(KinderdagverblijfやGastouder)も充実している。
 費用は決して安くはないが、共働きでいくつかの条件さえクリアすれば、その託児費に対する補助が8割近く国から支給されるようになっているのは非常にありがたい。2.5〜4歳児が通える幼稚園Peuterspeelzaalだと、両親の収入によって金額が変わるシステムなので、家計としての収入が多い+子供が複数いる場合だと、その費用はかなり高額になるそうだ。
 このように小さな頃の保育費は無料ではないが、4歳から始まる日本の小学校に当たる(basisschool)以降の義務教育は無料になる(公立の場合)。校外活動費など実質負担となる金額も、年間約50ユーロ(約6400円)ほど。
 最近人口が増えたとはいえ、オランダの人口は日本のおよそ1/7とずっと少ないこともあり、託児施設の数は足りている状況で、ママが働く環境は比較的整っているように思う。


 「効率的な方法でやることを求められる、毎日がレッスンだ」「自制心がより求められる」「仕事とオフの切り替えをハッキリさせる」という言葉も聞かれたが、40分というコンテンツの時間では、なかなか具体的なTIPSまで話が及ばなかったのが少し残念だった。
 
 4人が共通して言っていたのは、「仕事か子供か」のどちらかだけを選ぶ必要はない、ということ。たしかに、子供ができることによって仕事のチャンスを失うことがあったり、スタンスを変えざるを得ない事実もあるけれど、本人の考え方、やり方次第で子供も仕事も両方を選ぶことができる。子供には、仕事に対する姿勢や情熱を見せることもできる。ただしそれには「パートナーの理解と協力が必須」だと全員が口を揃えていっていた。
 仕事と家族との時間、そして家計とのバランス、それに育児や家事の配分は、家庭ごとに違うものだと思うし、その時々によっても異なるもの。
 clubberiaでも、Koyas氏が「子育てと音楽活動の両立」というテーマ(https://clubberia.com/ja/bloggers/116-01-Eiji-Dachambo/)でインタビューをしていてなかなか興味深い内容となっているが、同じようなテーマがどんどんいろんな場所で話題になっていけば、世の中のパパもママも、もっと勇気をもらえたり、バランスを見直すいいきっかけになるのではないかと思った。

写真:Dick Rennings 

 最後に、ADE GREENのニュースに混じってひょっこりと、ひとつのインタビューを見つけた。アムステルダムのエレクトロニックミュージックシーンを語る上で外すことのできない重要なクラブ、Trouw AmsterdamのファウンダーでDJでもあるOlaf Boswijkのインタビューだ。Trouwクローズの後、彼らのクルーはErnestを新しいディレクターとしてDe Schoolを始めたが、3年前、Olafは妻と黄色いバンでカナダからパタゴニアまでの長い旅に出る。

 「自然とのつながりを取り戻す」というテーマで、いくつかの質問に答えていた。
 週末ごとに世界を飛び回るトップアーティストたちは、CO2排出量という観点からいうと、確かによくないかもしれない。ただ、環境によくないから行動を抑制していこうという方向性は、この目覚ましく発展し続ける世の中にはそぐわない。
 でも、アーティストには人に影響を与える力がある。それをポジティブなインパクトに変えることはできると思う。
 食に関していうと「地産地消」という考えがあって、地元のものを食べてCO2量も増やさないが、音楽でいうとローカルDJをもっと起用したり、ローカルのシーンを盛り上げていこうという流れがあってもいいのではないか?と提案していた。
 

 40分~1時間という時間で1つのトピックについて話すので、当日、深く掘り下げていくことはできず、ダイジェスト版のようにさまざまなトピックをショーケースのように見せていく形となる。
 
 お互いの知識をシェアし、刺激し合い、変化へとつなげていこうとする試みであり、同じ志を持った人や団体が出会う場として機能している。