文:YutaroY.
写真:Io, K.13, Ken Kawamura, Kumiko Otsuki, Toshimura, YUMIYA
日本には潤沢な野外フェスティバルの歴史がある。ここ数年においては、欧州現行シーンの流れに加えて、インド・中東・アフリカといった新興国の流れまでもが日本に押し寄せ、更なる多様な時代を迎えているように思う。ジェンダーバランス・人種のバランスに配慮したイベント、政治的なメッセージを発信したり、環境問題の改善を訴えかけるようなイベント。または、電子音楽の全ての始まりとも言えるサウンドシステムの可能性を探求したイベントがあったり、人間の儀式的側面を蘇らせるようなイベントがある。今回ここでレポートを行う「rural」は、2009年の開催以来、エクスペリメンタルな電子音楽の祭典として強い信念を持ちながら、筆者を含めた多くの電子音楽愛好家を魅了し、日本のダンスミュージックシーンを率いてきた存在だ。善し悪しはともかく、「rural」というフェスティバルは1つの会場を舞台にして、毎年細かなアップグレードを続ける類のフェスティバルではない。むしろ確固たる哲学は保ちつつ、幾つかのユニークな会場を転々としながら、フレキシブルに新たな夢世界を創造することに長けていると思われる。それは、新型コロナウイルスが流行した不遇の時代においても、神戸ポートタワー直結のベニューや「Contact Tokyo」「Circus Tokyo」といった会場で日本アンダーグラウンド現行の電子音楽を発信してきたことからも分かるだろう。
そんな「rural」が通例の三日間のイベントを開くのは2019年から実に3年ぶりのことで、彼らが今回スピンオフイベントの会場として新たに選んだのは、日本の高度経済成長期に高級ホテルの先駆けとして開業し、熱海のシンボルとして愛されてきた「ニューアカオ」というホテル。宿泊施設としての営業を去年11月に終えて、現在はアートスペースとして利用されているというベニューだという。つまり今年はオープンエアーではなく屋内でのイベントとなったわけだが、この特別な会場が「rural」のキュレートする先鋭な電子音楽とどのような共鳴を起こすのか、私は大きな期待を胸に抱きながら熱海へと訪れた。
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「ニューアカオ」は海を見渡す高台から入る17階が正面玄関となっており、会場となっていたのは2階となるフロア。高級感のあるエレベーターで15階もの高さを下って扉が開くと、まずは「アビスフロア」と名付けられたセカンドステージが視界に入ってきた。実際にこの一室が「アビスラウンジ」として使われていたことに由来するこのフロアは、クリエイター集団「三角FRASCO研究所」がコンセプチュアルなデコレーションを手掛けており、「OtOdashi」チームが保有するサウンドシステムがいつも通り高品質な音を鳴らしていた。ここではアンビエントからハウスミュージック、ミニマル系のサウンドが中心に流れており、時間帯によってその様子は風変わりしていたが、常に大勢の人の賑いを見せ、フェスティバルにおけるセカンドステージの役割が大きく機能していたように思う。私が参加した初日土曜の夕方には、ASYLやRyuji Suganumaといった実力派DJが、バウンシーで心地の良いダンスミュージックでフロアを温めていた。
前述のように「ニューアカオ」はホテルとして閉館済みであるため、中に入ること自体が稀な体験であり、多くの参加者がまずは建物内部を散策しているように見えた。今回は一部の部屋が客室として開放されており、限られた参加者は、この文化遺産とも言えるホテルでの宿泊体験を満喫していた。
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陽が沈みかける頃にメインステージとなる「クリムゾンフロア」がオープンすると、多くの人が、ワームホールのようにも思える煉瓦造りの長い廊下を抜けて、VOID acousticsスピーカーによる唸るような重低音が響く方角へと足を運び始めた。ここの扇状に広がる絨毯のフロアは、かつてホテルのメイン食堂として使用されており、熱海の海と波で削られた歪な岩塊を一望できる独特で贅沢な光景が広がっていた。オーガナイザーチームの1人でメインステージの音響を監修したRyo Araseによれば、フロアではオーディエンスが「聴く」のではなく「感じる」ような箱鳴りを意識してサウンドデザインを手掛けたという。低音域には深みが出るように、高音域は抜けるように、また広いスペースを有効に使えるように高音域を鳴らすスピーカーはフロアを囲むように設置されており、ダンサーはどの場所にいても踊れるような仕掛けが施されていた。
既にコアな音楽通から絶大な支持を集めている悪魔の沼によるオープニングアクトが音を鳴らし始めると、この新しい会場に目を丸くするオーディエンスに対して、すぐさま纏わりつくようなグルーヴを提供し、その一筋縄ではいかない夜に始まりを告げた。そこから、アブストラクトなベースミュージックのDJとして世界的な評価を得るENAと、無念にも来日が困難になったDJ Marcelleに代わって、DJ Fulltonoが重心低めのダンスセットを披露。いつの間にか辺りは暗くなり、「密林東京」と「Mirror Bowlers」による美しいデコレーションとそれらを浮かび上がらせるミニマルなライトが、妖艶な空気を演出し始めた。
この日のハイライトとして、多くのオーディエンスが期待をしていたのは、孤高の電子音楽家Black MerlinによるLive Setであろう。淡々と反復するベースラインと脳を突き刺すような電子音に、あるものは激しく踊り、あるものは瞑想状態に近い状態で音を堪能していたのが印象的であった。それに続いて、ruralチームが全幅の信頼を寄せるWata Igarashiが3時間に及ぶテクノセットを始動した時には、フロアが大きなエネルギーを蓄えているように見えた。自らが制作するキラートラックに加えて、Pariahによる『Catepillar』といった最新のテクノサウンドなどを取り入れたセットによって、クラウドの動きも大きく加速し、この日最高潮の盛り上がりを見せたことは言うまでもないだろう。その後、初日のメインフロアのクロージングに抜擢されたのは、スペインテクノシーン最重要人物の1人であるOscar Murelo。卓越したDJスキルに裏付けされたダークながらも繊細な展開に恍惚として聴き入っていると、大きな窓ガラスから陽の光が差し込み始め、私は異世界旅行から戻ってきたような気分となった。
陽が昇るタイミングに合わせてセカンドステージに移動すると、奈良拠点のアンビエントレーベル「Muzan Editions」を主宰するEnduranceがトリッピーな要素を含んだ上質なアンビエントLiveを行い、暫しの休息を求めたダンサーに心地よい安らぎの時間を提供していた。メインフロアがクローズした後にもこのステージでは、Chida、Altz、気持ちーずといった個性豊かな日本を代表するDJらが音を鳴らし続けていたが、初日にも関わらず大きく体力を消耗した私は、美しい日の出を眺めながら海に面した温泉に浸かり、激しく動かした身体をリラックスさせて、眠りについた。
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二日目となる日曜日には、都心からのアクセスが近いこともあり、ワンデイチケットを購入してきたと思われる客層も多く、常に多くの人が往来していたように思う。外は太陽光が突き刺すような暑い日で、ある友人は熱海を観光したり、近隣のビーチで夏のひとときを過ごしていた。それぞれがおもいおもいの休日を過ごす中、メインフロアではAkiram Enが彼の得意とするエクスペリメンタルなダンスミュージックで下地を作り始めた。続いた日本の電子音楽黎明期から活動を続けるPhewによる魂の叫びを連想させるような壮大なLiveセットへの流れは、未だ体感したことのないような唯一無二のグルーヴに溢れており、まさに「rural」の真骨頂が見えたハイライトの1つであったように思う。
長くエクスペリメンタルな時間が続いたメインフロアを大きくダンス方向にシフトしたのは、レバノンをルーツに持ちながら「LIVITY SOUND」からもリリースを行っているDJ Plead。彼のディープハウスからダンスホールまで横断した多幸感あふれるセットは、会場の雰囲気とも相性が良く、フェスティバルに新たな彩りを与えることに成功していた。続いてフランスから初来日となったGiGi FMは、壮大な拍手と共に迎えられた。彼女はベースからテクノへと見事な橋をかけつつも、ポリリズムを駆使したテクニカルなセットで、あらゆる趣向の音楽愛好家を踊らせ、多くの人の心を魅了していた。私にとって音楽フェスティバルの重要な醍醐味の1つは、未だ知らぬアーティストと出会うことであるが、彼女のセットはまさしくその欲求を満たしてくれるものだった。主宰のAtsushi Maedaによると、二日目ナイトタイムのタイムテーブルは、若い年齢層のダンスミュージック愛好家へのアプローチだったというが、テクノとベースミュージックがクロスする瞬間が多く、特定のジャンルで表現するのが難しい昨今のダンスミュージックシーンを象徴しているようにも思えた。事実、音楽的な流れはもちろん、フロアは様々な年齢層が入り混じった理想的なものになっていたように感じる。GiGi FMに続いた英国ブリストルを拠点とするBatuは、同フェスには3年ぶりの出演で、その高い技術力と革新的なサウンドは日本人テクノ愛好家の中でも評判が高く、彼の来日を待っていた人も多いと思われる。そして、もちろん今回もCurve『Falling Free(Aphex Twin Remix)』などのトラックで耽美的な世界観を創り上げながら、Surgeonによる『Floorshow Part 2』などのテクノクラシックを織り交ぜて、個性溢れる強烈なサイケデリックストーリーを構築するのに成功していた。
常にメインステージとは異なったサウンドが鳴るように工夫された「アビスフロア」では、この日もRila、DJ mew、Akeyといった日本のアンダーグラウンドシーンを支えるDJらが、時に激しく、時に爽やかに音を鳴らしていた。海の見える景色も相まってフロアは終始心地良い雰囲気で、メインステージから出てきた人の心を掴み続けて離さなかったように思う。夜更けにはChee Shimizuが経験に裏付けされた上質なダンスセットをプレイしたあと、札幌を拠点として活動する実力派Mitayoがアンビエントからトリッピーなダンスミュージックを横断したセットを披露。愛に溢れる選曲を終えて、今回のセカンドステージは大きな拍手と共にフィナーレを迎えた。
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全てのオーディエンスがメインステージへと集まり始めると、UKテクノシーンのパイオニアであるSteve Bicknellが、全く色褪せることのない風格あるテクノを展開しているところであった。Luke SlaterのPlanetary Assault Systems名義による新譜『Say It Loud』など、硬派なハードミニマルを中心としながらも、全く飽きさせない緻密なミキシングによるプレイは、改めてテクノの真髄を啓蒙しているようにも思え、これがこのまま永遠に続くかのように感じた。しかし残念ながらもこの美しき時間は佳境を迎えており、メインフロアに2度目の陽が差し始めた時、「rural」と長年の信頼関係を持つJane Fitzが4時間に及ぶクロージングセットのためにステージに登壇。途中、惜しくも針のトラブルで苦戦していたようにも見えたが、幾度となく人々を狂乱に導いてきた彼女がそのグルーヴを失うことはなかった。もちろん彼女の膨大なコレクションから厳選されたオーディエンスをクレイジーにさせることに特化したレコード群は、Voidスピーカーとの親和性も高く、フロアは熱狂的なエネルギーに包まれ1時間の延長をした上で三日間の物語に終止符を打った。
こうして、世界でも類をみないほど希少なベニューで開催された新鮮で強烈なこの三日間の桃源郷は、多くの人の心を惹きつけて閉幕した。というのは決して大袈裟ではなく、実際に私も帰宅後に何度も撮った動画を見返したうえ、翌週末にクラブで出会った友人とは今回の「rural」がどれほど特別なものだったのか、体験を共有した人たちと語り合った。野外で行われる音楽フェスティバルに多くの人が惹きつけられていることも事実だが、ダンスミュージックが常に空間と共にある芸術様式であることを考えれば、今回のイベントは電子音楽の新たな側面を提示することに大きな成功を収めていたと思う。
さて、気持ちは早いかもしれないが、来年はどのような会場で開催されるのであろう。それがどのような場所であろうと、ruralクルーの力によれば、神秘的な体験が待っていることは間違いないだろう。
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©️Kumiko Otsuki
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