INTERVIEWS

Danny Krivit

70年代からNYで活躍し、原曲の魅力を最大限に引き出したリエディットが多くの人々に愛され続けるDJ、Danny Krivit。ハウスの生みの親で昨年惜しくも他界したFrankie Knucklesが「もっとも好きなDJ」と名指しし、ハウス創成期にNYの第一線で活躍している彼は、当時の状況とサウンドをリアルタイムで体感し表現者として生き抜いた、世界を見渡してもとても限られた存在である。今年のGWの目玉として、日本では初めてのハウス クラシックス セットを5月2日に披露することとなった彼に、ハウス創成期のシーンについてインタビューを行った。
 

Interview by Nagi
Photo by Niiiyan
 

 

 

- メッセージを込めたDJというのは、残念ながらもう過去のものなのかもしれないね。 -
 

 

 

- 80年代頭にFrankie Knucklesはシカゴで、D-Train や(NYC) Peech Boysといったエレクトリックなダンスミュージックの繰り返しの部分を引き延ばしたり、ドラムビートをDJプレイに追加するといった実験的なプレイを行い、ハウスを誕生させた、と言われています。ただ、Frankieはインタビューで、同じようなプレイをしているDJはNYにもいたと答えていました。実際のところ、当時のNYで同じようなことは行われていたのでしょうか?
 

 

 

確かにいたよ。当時、あまりNYではそういったプレイスタイルはなかったけど。NYのDJたちはドラムマシーンよりは、どちらかというとキーボードにフォーカスしていたよ。それと、自らドラムマシーンやキーボードを弾くというより他のアーティストが一緒にプレイしていた。David ColeとBoyd Jarvisはそんなことをやっていたね。でもクラウドのリアクションは、まぁまぁってところだったな。普通のプレイよりは、やった方がインパクトがあるといった感じだったね。
 

 

 

- 80年代、あなたは確か”TRACKS”でレギュラーDJをしていましたよね。
 

 

 

そう、1987年から92年の間、”TRACKS”で火曜日と金曜日の17時から朝5時は必ずプレイしていた、当時は、火曜日にはおよそ2,000人、金曜日には3,000人くらいの客が入っていたんだ。ほとんどが黒人で、あとはヒスパニック系のゲイの男の子と、あと女性客もいたね…。それでも当時、あそこは過小評価されていたクラブだった。僕のお客さんはクラシックスが大好きで、彼らはその歌詞も知っていて、プレイすれば曲に合わせて歌っていたよ。80年代後半のヒップホップも好きだったね。でもやっぱりハウスミュージックが1番盛り上がって、皆を一晩中踊らせたよ。
※ 
Photo by Niiiyan

 

 

- 90年代頃のNYのDJは、シカゴから出たものにはハウスという言い方を用い、NYからリリースされたものにはダンスミュージックという名称を用いていた記憶があります。
 

 

 

シカゴ産で初めてのハウスミュージックのレコードは、1985年のJM Silkの「Music Is The Key」だったと記憶している。僕らにとって、ハウスミュージックという名称と、その音が初めてリンクしたレコードだった。その前にもNYから似たようなレコードはいくつかあったけど、ダンスミュージック、クラブミュージックとその時までは呼んでいた。ダンスミュージックとクラブミュージックは、いわゆるフリースタイル、R&B、ダンス系のロック、全ての音楽を含んだ呼び方だったんだけど、ハウスミュージックを聴いた時、4/4拍子のビートで、ミュージシャンがドラムマシーンに置き換えられたものだと思った。ディスコミュージックが分解されてシンプルになったような音という印象も持ったよ。ディスコの骨組みを残した音楽だなってね。1980年あたりからは、ディスコの衰退でクラウドたちの足がクラブから遠のいてしまい、業界は経営的に難しい時代が続いていた。そこにハウスミュージックが生まれたことで、ようやくディスコミュージックにとってかわるような新たな音楽が出現した、というイメージで、皆がそのハウスミュージックにのめり込んでいった。1980年から85年までは、次世代のディスコミュージックみたいなものを皆が探し求めていた時だ。そしてハウスミュージックが登場し、僕はその時、自分にもぴったりだと確信したんだ。ハウスミュージックは、まさに僕にとってもジャストフィットといったところだったよ。
 

 

 

-  一部のハウスリスナーにとっては、黒さを感じさせないハウスに軽薄な印象を持ったり、たとえ同じようなテイストの音楽をプレイしていても、黒人のDJを尊ぶ風潮があるようです。あなたは黒人ではないですが、黒人でないことで正当な評価を受けられていないと感じたことはありますか?
 

 

 

僕はコアなファンのおかげで、長い間自分がやっていることをシーンが本当に評価してくれていると思っているよ。確かにそういう人もいるみたいだけど、いわゆる黒さ云々というのを語るのはナンセンスだし、人種差別だと思っている。
 

 

 

- ハウスの誕生後、乱暴な言い方ですが、白人層の好むハードハウスや、それと対照的な生音を重視した黒人層のハウス、というようにパーティーが細分化して行きましたが、そんななかで「Body & SOUL」はそういったジャンルの分け隔てなく様々な音楽がプレイされていました。何故それが可能になったのでしょうか? (Body&SOUL Live in Tokyoは次回5月17日開催 http://www.bodyandsoul-japan.com )
 

 

 

「Body & SOUL」がそのようなスタイルになったのは、自然な流れだと思っているよ。そのような細分化のせいで、人や音楽が割れ、お金儲けやコマーシャル過ぎるものが生まれてしまったね。「Body & SOUL」は、僕、FK、Joeが楽しむ事にフォーカスして、僕たちの経験と友情を通して、NYで何者にも比べられない類の音楽をプレイしてきたし、それができたと思う。それと、最高の音のクオリティーを演出するためのセッティングも大事だよね。当時は誰も考えてなかった、自分の家で友達と一緒にパーティーをする雰囲気を感じられる、そういうイメージにしたかったんだ。
 
※ Photo by Niiiyan

 

 

- あなたはダンスクラシックスのエディットだけでなく、Soul Centralの「Strings Of Life」 やKings Of Tomorrowの「Finally」 などのハウスエディットでも高い評価を得ています。エディットをする上で、ハウスとクラシックスでは取り組み方は変わるのでしょうか?
 

 

 

取組み方に型はないよ。ただ、その音楽に対してリスペクトの念は持って制作している。具体的には曲によりけりで、トラック自体は全て独特でひとつひとつ違いはあるよね。制作の仕方も全てが同じパターンではないし。ハウスミュージックはテンポが変わらないというのは簡単な部分かもしれないけど、全ての曲に個性があるから、そういう意味では、取組み方はおのずと変わってくる。
 

 

 

- 以前は、メッセージ性の強い歌詞のハウスが多くのリスナーに支持されていたように思いますし、DJに対しても人々はなんらかのメッセージを求めていました。現在、あなたは曲と曲のメッセージを繋いで流れを作ることができる数少ないDJですが、人々がハウスそしてDJにメッセージを強く求めなくなったのは何故だと思いますか?
 

 

 

当時、僕の知っていたDJたちは、みんな詩とその曲が持つメッセージを理解してプレイしていたよ。しかも、当時の曲は作詞も優れていて、強く、印象的なメッセージが込められていたものだ。曲自体の演奏やそのアレンジもとてもシンプルだったからメッセージを理解しやすくて、DJがそれを無視したようなプレイや繋ぎをすれば、客はそれに気づいたものだよ。メッセージを込めたDJというのは、残念ながらもう過去のものなのかもしれないね。
当時は、たとえ期待を裏切るような思いがけないメッセージだったとしても、オーディエンスはそれを瞬時に理解して、グレートな反応を返してくれたものだった。僕にとってDJという行為は息をするような(ほどに無意識な)ものだ。頭で考えてどうこう、というものではないんだ。もちろん、後から振り返ってみれば、自分がどういう道筋をたどってきたかは、把握できるんだけどね。
 

 

 

- NYのハウスシーンの一部は*ヴォーギングと密接な関係を持っていたかと思います。自身のパーティー「718 sessions」の映像を見ると、ダンスフロアでヴォーギングする人々の姿が映っていることがありますね。なぜあなたのパーティーではヴォーギングが起きるのでしょう? それとも現在のNYでもまだ頻繁に見られるものなのでしょうか。
*ヴォーギングとは1960年代に「ボール・ルーム」と呼ばれたダンス・シーンから発展した非常に様式化されたクラブダンス及びストリートダンス
 

 

 

ヴォーギングは僕のパーティーに限らずで、NY特有の流行のひとつだと思う。昔の”TRACKS”、”Sound Factory”、”Sound Factory Bar”のお客さんは特にね。彼らはいまだに僕のパーティーに来てくれるんだ。
 

 

 

- ハウスの誕生から現在までの約30年にわたってハウスをプレイし続けてきたあなたにとって、ハウスとはどういった存在でしょうか?
 

 

 

“4 On The Floor Beat”で、ちょっとシンプル化した次世代のディスコっていうところかな。1985年当時は稀有なものだったかもしれないけど。今は最も一般的なクラブミュージックと言ってもいい存在に間違いない。僕らDJはクラブで様々な音楽をプレイするけど、ハウスミュージックはその中でも重要なモノと言えると思う。
 

 

 

- 最後に、今回のハウス・クラシックス・セットに対しての意気込みをお聞かせ下さい。
 

 

 

クラシックハウスは僕にとって70年代の音楽と同じように僕のハートに密接していて、プレイしていてとても楽しいモノだよ。今回クラブ”AIR”で行うクラシックス ハウス パーティーで、その楽しさを皆と共有できるのがとても楽しみだよ。
 

 

 

■Danny Krivit Official Web Site
www.dannykrivit.net



- Danny Krivit Japan Tour 2015 -

4月30日 Dommune
■ Dommune official page
http://www.dommune.com

5月2日(土)代官山”AIR”
■clubberia event page
http://www.clubberia.com/ja/events/235648-DANNY-KRIVIT-HOUSE-CLASSIC-PARTY/

5月3日(日)大阪”Circus”
■clubberia event page
http://www.clubberia.com/ja/events/234911-DANNY-KRIVIT-JAPAN-TOUR/

5月5日(火)滋賀”Move”
■clubberia event page
http://www.clubberia.com/ja/events/234404-CLUB-MOVE-18-HARMONY-SPECIAL-KING-STREET-SOUNDS-PRESENT-DANNY-KRIVIT-JAPAN-TOUR-2015/


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