INTERVIEWS

サイケデリックトランスの王者、Ace Venturaの素顔

取材・文:Masaaki Obari(ageHa / DANCE ON THE PLANET)
通訳:AJ (Ligaya, The Church of Trance)
 
サイケデリックトランスの王者Ace Venturaは、1977年、イスラエルに生まれ、音楽一家で育った。父はイスラエルの有名なソングライターでもあり、Ace Venturaの名前の由来にもなっている。(父のファミリーネームが以前はVenturaだったことにから来ている。けっしてジム・キャリー主演の映画からの引用ではない)
 
90年代初頭にDJとしての活動を始め、友人のDJ Goblinと組んで、後にPsysexというユニットとして活動。日本にも度々来日した。やがて彼の音楽はよりグルービーな方向性へと向かっていき、2004年にAce Venturaとして活動をスタート。今や、OZORA FestivalやBOOM Festivalといった、サイケデリックシーンきってのフェスティバルでプレイ。シーンをリードする存在として確固たる地位を築いた。現在は愛する2人の子どもと奥さん、そして2匹の猫、3匹のウサギ、1匹のカメと共にスイスで暮らしている。そして週末はDJとして世界を飛び回っており、12月9日(土)には、ageHaのパーティーに出演を控えている。
 
彼のビジョンと人間性をより多くの人々に知ってもらいたい。そう思い、パーティーのオーガナイザーであるDANCE ON THE PLANETがAce Venturaに話しを聞いた。
 

 
 
 
幼いころの家族の存在。今の家族の存在
 

——あなたは、どんな少年時代を過ごしたのでしょうか?

80年代、音楽に囲まれて少年時代を過ごしたよ。父がよく、スタジオセッションに同行させてくれたんだ。でもそれよりも影響を与えてくれたのは、80’sミュージックに嵌っていた姉だったんだ。姉は『Top of the Pops』などの音楽番組を毎日聞いたり、見たりしていた。だから、そういった音楽、とくにシンセポップやニューウェーブ系のバンドは、俺のDNAの一部になっているよ。音楽以外だと、幼いころにマイケル・ジャックソンの『スリラー』を見てから、ホラー映画に魅了さたんだ。今でもホラー映画中毒だよ。
 
——最近面白かったこと、驚いたことなどのトピックを、私生活とパーティーライフでそれぞれ挙げてもらえますか?
 
パーティーについて言うと、17年もツアーしていれば、正直驚くことはあまりない。でも、ファンたちやパーティー好きに愛されて当たり前、なんて思ったことはないよ。こんなにもみんなが愛してくれるから、いつも感動しているよ。

私生活について言えば、2つの変化がある。最近は、食べ物をもっと気にするようになって、ここ数週間はベジタリアン生活に挑戦中なんだ。でも、焼肉レストランが溢れる東京では、維持しづらくなりそうだね。もうひとつは、リアルサイケデリックミュージックに興味があって、トランスを聴きたくなった時はSangoma(http://sangomarecords.com/)やParvati(https://parvati-records.com/)といったレーベルを聴いていることだね。
 
——昨年のBOOMでのあなたの5時間セットは、想像を超えたミュージックジャーニーでした。驚いたのは、あの砂漠のように暑い環境でピークタイムに5時間もDJをしながら終始踊り、強烈なエネルギーを発し続けていたことです。どうやってその健康を維持しているのでしょうか?
 
スケジュールが厳しくジムに通う時間はないけど、家にはランニングマシンがあるから、余裕があるときは走るようにしている。そして、繰り返し妻の話になるけど、彼女が素晴らしくヘルシーな食事を作ってくれるおかげで、家族全員が健康でいられる。家での食生活は野菜中心で、さっきも言ったけど、肉食からベジタリアンへ変わった。それにBOOMやOZORAでプレイするとハッピーになり、1年分の充電ができるんだ。セット中はまるで空を飛んでいて、現実と離れた感覚なんだ。例えば、BOOMでの5時間セットは30分に感じたよ。BOOMのメインステージで長いセットタイムを与えられたり、OZORAに毎年戻ってこれることは、とてもありがたく思っているよ。

幼いころのAce Venturaと父。アナログレコードを手に持ち、ヘッドフォンを身に着けていることから、英才教育はこのころから始まっていたようだ。



Ace Ventureの家族写真。自分が家にいない時は妻が子供たちの面倒を見て、良い教育をしてくれるおかげで、優しくて行儀の良い子たちに育っているとも話してくれた。


——BOOMと同様に、オレゴンの皆既日食フェスにも出演していましたね。この時のプレイや皆既日食はどんな体験でしたか?

皆既日食を実際に見たのは初めてだった。はっきりと見えた日食、完璧なロケーション、フェス全体の体験は自分にとって一生忘れない思い出になったよ。そして、こんなにも壮大なイベントで3セットもプレイできたことを光栄に思っている(Ace VenturaのほかにZenturaおよびPerfectAceしてもプレイしている)。あと、フロアの方でもたくさん過ごした。Perfect Stranger、Zen Mechanics、Loud、Hallucinogen、Grouch、Captain Hookなどのセットを聴いて踊った。日食という体験はとても有意義で、その場所にいれただけで幸運だと感じたよ。

ポルトガルのイダーニャノバで2年に一度開催されているBOOM FESTIVALでの様子。ハンガリーのOZORAと並びサイケデリックカルチャーを中心とする野外フェスティバルとしては世界最大級を誇る。


インスピレーションの根源。Juno ReactorやX-DREAMの存在
 
——今年の10月には日本のiTunes限定で、コンピレーション『BEST for JAPAN compiled by Ace Ventura』をリリースしましたね。あなたはまだキャリアの中でベストアルバムをリリースしていない。その点で、日本限定に留めておくのがもったいない、ベストコンピレーションだなと感じました。曲のセレクトには、どのような意図があったのでしょうか?

自分のトラックとリミックスだけでコンピレーションを作ったんだ。過去を振り返って、自分にとって特別だと感じた、あるいはフロアで特別なインパクトがあった曲を選んだ。簡単じゃなかったけど、総じて、Ace Venturaの歴史を辿っていく良い旅になったんじゃないかな?
 
——SNSにも積極的なあなたは、今後音楽の楽しみ方がどのように変わっていくと思いますか? そして、変わっていってほしいと願っていますか?
 
完全なるバーチャル消費に向かっているのは明らかだ。ストリーミングが加速して、CDは絶滅しつつある。そして一方では、アナログレコードの販売に上昇も見受けられる。このことから、物理的な形を持った音楽を愛する人がいる、ということも分かる。個人的には、ブックレット付きのCDや大きいレコードを実際に手で持つことが大好きだし、今でも買っている。でも、膨大な音楽ライブラリを携帯やパソコンに保存できることもいいよね。だから、アーティストとしてもこの2つの世界をできるだけ楽しみたいと思っているよ。

——ところで、日本人のオーディエンスの多くが未だに不思議に思っていることがあります。トランスはもちろん、トランスに限らずイスラエルからこれほど多くの音楽的な才能が排出されるのは、なぜだと思いますか? 若者がミュージシャンを目指すことが、社会的にも受け入れられやすい文化的背景があるのでしょうか?
 
決して社会的にも受け入れられやすい文化的背景があるわけではないよ。イスラエルは美しい国だけど、市民の生活に関わる深刻な治安の問題がある。音楽は、この現実から逃れるための手段なんだ。とくにサイトランスは強烈で素早く、精神に変化をおよぼし完璧に作用する。世界各地のサイトランスフェスでイスラエル人に会えるのも、イスラエル人のサイトランスプロデューサーが多いのも、これが理由だと思う。サイトランスを作り始めた90年代の終わり頃は、作曲作業は今より大変だった。パソコンひとつで音楽は作れなかった。オーディオ技術も発展していなく、外部シンセ、ミキサー、サンプラーなどを揃える必要があった。現代とは大いに違う。でも、ここまでの道のりは良かったと思うよ。
 
俺はイスラエルをはじめ、世界中のアーティストを好きになり、憧れ、まずファンとして音楽シーンに入った。だから、今その憧れのアーティストとコラボできるのは本当に嬉しいことなんだ。代表的な例は、Juno Reactor。彼らのアルバム『Bible of Dreams』は、俺の最も好きなサイトランスアルバムだ。自分のアルバムのために、Juno ReactorのBen Watkinsと一緒にトラックを作れたのは夢のような出来事だったよ。



Juno Reactorとの楽曲「Ingonyama」


——過去のインタビューにおいてあなたのアルバム『Paradise Engineering』の楽曲「Brave New World」が、オルダス・ハクスリーの小説「Brave New World(邦題・すばらしい新世界)」から着想を得た、ということを知りました。オルダス・ハクスリーの書物のように、あなたがサイケデリックミュージックを作るにあたり、インスピレーションを受けている音楽以外の存在について、教えてもらえますか?

インスピレーションはあらゆる形で降りてくる(音楽、映画、文学、絵画、ウェブアートなど)。ダンスフロアにいて印象に残った瞬間や、パーティーでプレイして素晴らしいと感じた瞬間もそうだ。しかし、最大のインスピレーションの源泉は自分の周りにいる人々だ。サイトランスシーンには、素晴らしい才能と個性を持った人が本当にたくさんいるんだ。
 
——12月9日のageHaでは、X-DREAMAlex Tolsteyのトランス名義ACID BLACKと共演します。とくにX-DREAMは日本において根強い人気があります。あなたは2010年のSOLSTICE FINAL BLASTパーティーでX-DREAMと共演していますよね。それを踏まえ、今回の共演についてどう思いますか? また、どんなことを期待しますか?

まず、X-DREAMと共演することは大変光栄だよ。以前日本で一緒にツアーをした時、とてもワクワクしていたのを覚えている。90年代、自分にとって彼らの存在は大きなインスピレーションであり、その影響で深くトランスに嵌った。だから、X-DREAMと共演することは、特別なんだ。さらにageHaは、俺にとって世界で一番好きなクラブのひとつ。理由は、広さと素晴らしい音響を誇り、長年にわたるパーティーカルチャーの歴史があるから。あと、パーティーのラインナップが書かれている、映画館のような看板も好き。こんなクールなクラブの入り口は、ほかにないよ!
 
——最後になりますが、私たちDANCE ON THE PLANETは、オーディエンスは単にお客さんではなく、パーティーを一緒に作るクルーであると考えています。だからあなたは、与えるだけでなく求めることもできます。パーティーを通して、私たちオーガナイズやオーディエンスに期待することがあれば教えてください。

俺のために何かをする必要はないよ。俺は東京に戻れるだけで、感謝の気持ちでいっぱいなんだ。東京は間違いなく、世界で一番好きな街。昔から来てるけど、毎回すごい体験になる。そして、DANCE ON THE PLANETはいつも良くしてくれるし、パーティーはいつも楽しい。だから、今回も日本へ行けることをとても楽しみにしてるよ。



Ace Venturaの楽曲が使われた「O.Z.O.R.A. One Day in Tokyo 2015」のアフタームービー。
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