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冨田勲追悼特別公演のレポートを公開。来年再演も決定

  
 NHK大河ドラマや手塚治虫アニメの音楽などを手がけ、1974年、世界的に見てもかなり早い時期にシンセサイザーを用いた楽曲「月の光」を発表した冨田勲。ビルボード誌の第1位を獲得し、日本人として初めてグラミー賞にノミネートした。2012年にはバーチャル・シンガーの初音ミクをソリストに組み込んだ「イーハトーヴ交響曲」を発表し国内外で上演。晩年は舞台「ドクター・コッペリウス」の創作に打ち込むが、今年2016年5月5日、舞台化の実現を目前に慢性心不全のためこの世を去ってしまった。亡くなる1時間前まで打ち合わせをしていたという本舞台作品「ドクター・コッペリウス」は、冨田氏が他界前にストーリー原案と音楽の構想のほとんどを遺しており、未完成のスコアは冨田氏が信頼を置いていたスタッフたちの手によって入念に仕上げられた。そしてついに2016年11月11日(金)、12日(土)、Bunkamuraオーチャードホールで「ドクター・コッペリウス」の上演が実現した。 
photo by Yasuhiro Ohara
  第1部「イーハトーヴ交響曲」
 
 冨田氏がまだ幼い頃から影響を受け続けてきたという日本を代表する作家、宮澤賢治の世界をモチーフに、80歳で完成させた本作「イーハトーヴ交響曲」。オーケストラと合唱団、バーチャル・シンガー初音ミクによる壮大な舞台は、子供たちの歌声で幕を開けた。突き抜けるような明るさを持つ子供たちの歌声を、雄大なオーケストラの音色が包み込む。その音楽は優しいかと思えば激しくなり、悲しくなったと思えば希望に満ちたりと、さまざまな感情を表現した。そして舞台中央に設置された透明なボードにキラキラとした光りが灯ると、初音ミクが現れた。冨田氏は生前、モーグ・シンセサイザーに電子音を駆使して言葉を喋らせることに挑戦したという。かろうじて「パピプペポ」と発音させることはできたが、すべての言葉を完璧に発音することはできなかったそうだ。そんな経験を持つ冨田氏は、歌って踊るボーカロイドという新しい技術に大変注目していた。冨田氏が晩年力を注いできたバーチャル・シンガーと生身の人間による演奏との融合。初音ミクが歌うメロディーはまさにボーカロイドならではで、音階を縦横無尽に駆け回る、聞き馴染みが無い故にとても印象に残る不思議な響きを持っている。公式パンフレットによると、初音ミクを開発したクリプトン・フューチャー・メディア社の代表伊藤博之氏は、予め初音ミクの動きを作り、それに合わせて指揮者が指揮棒を振るのは邪道だとし、大変な苦労を重ねて指揮者に合わせて初音ミクが歌うシステムを完成させた。そのことを冨田氏に話すと、冨田氏は「自分で自分の首を絞めることないのに」と笑っていたそうだ。宮澤賢治の作品を愛読し、「なんともカラフルでサイケデリックだ」と表したという富田氏。宮澤賢治の作品世界を、想像もつかないレベルで音楽に昇華したそのパフォーマンスには、ただただ圧倒された。

 
冨田勲×初音ミク「イーハトーヴ」@2012.11.23 東京オペラシティ
 
第1部「惑星 Planets  Live Dub Mix」


 1977年に発表し、全世界で大ヒットを記録した冨田氏の代表作『惑星 Planets』。冨田氏が細部に至るまでこだわり抜いた作品ゆえ、最後まで他人が手を加えることを許さなかった。しかし今回、「理想のサウンドを追求するISAO TOMITAの想いを次世代のアーティストたちに引き継いでもらいたい」という遺族の意向のもと、初のオフィシャルリミックスが実現した。リミックスを担当したのはAdrian Sherwood。独自の解釈とセンスであらゆる楽曲をミキシングし、まったく新しいサウンドを生み出すダブの巨匠が、『惑星 Planets』のライブダブミックスを行なうという異色のコラボレーションが実現する。「イーハトーヴ交響曲」が終わり、幕が閉じると、会場にアナウンスが響いた。

 「これから披露される演目は、通常のオーケストラとはまったく異なり、重低音を含む大音量のパフォーマンスとなります。気分を悪くされた方は速やかにホールの外へ移動してください。なお今回に限り、立って演奏を楽しむこと、またホールの出入りを自由とします」

 初めて聞くアナウンス内容に会場は笑いに包まれた。しばらくするとDJブースが照らされる。Adrian Sherwoodを中央に、右にはダブストリングス4名、そして左にはパーカッションの、計6人による演奏が始まった。このようなオーケストラが演奏するホールでダンスミュージックを聴くのは初めてだったが、とにかく音の反響が複雑に飛び交い、4つ打ちのキックは2重にも3重にも重なって聴こえ、それがダブミックスに凄みを与えている。BPM早めの躍動的なダブが続くと、「木星」で一気にドラマチックで美しい展開に。曲調は目紛しく変化し、楽器の生音を飲込む迫力のあるダブミックスだった。会場のほとんどの人は席に座っていたが、立ち上がりステージ最前列で踊っている人、中には座った人に囲まれた状態でその場に立って踊る人もいて、それぞれに初めて披露されるミックスを楽しんでいた。
 
第2部「ドクター・コッペリウス」

 「ドクター・コッペリウス」とは、冨田氏が長年追い求めてきた「宇宙への夢と希望」に満ち溢れた壮大なストーリー。オーケストラとシンセサイザー、そして冨田氏の遺したオリジナルのエレクトロニックサウンド、さらにバレエとバーチャル・シンガーによって作り上げられる時空を超えたスペースバレエシンフォニーだ。日本各地で語り継がれている羽衣伝説や宇宙開発の父と言われる糸川英夫博士をモチーフに、史実と神話が織り交ざったストーリーが時を行き来しながら展開していく。複雑な設定ではあるが「重力のしがらみを乗り越えようとする人間の情熱」という、シンプルで力強いテーマが根本にある。またこの作品の大きなテーマに、初音ミクが生身の人間とバレエを踊る、という構想があった。これは見事に実現され、今まで誰も見たことのない不思議な光景に、会場の人々は好奇心を駆り立てられ、引き込まれていった。

 「ドクター・コッペリウス」が終了し幕が閉じると、会場には割れるような拍手が鳴り響き、再び幕が上がってオーケストラやダンサーたちの紹介が行なわれている間も拍手は途切れることなく、何分間にもわたって鳴り響いた。再び幕が上がると客席の中央にスポットライトが当たり、冨田氏の遺影を胸に抱え、ご遺族の方々が静かに立ち上がった。会場はより一層大きく、暖かい拍手で包まれた。ご遺族の方々、そしてこの作品に関わった全ての人々が冨田氏の意志を受け継ぎ、全身全霊をかけてこの公演を実現させたということを終始感じる、強く胸を揺さぶられる公演だった。そして同時に、追悼公演でありながらあらゆる挑戦と可能性を秘めた、未来を感じさせる公演でもあった。
 

 2日間で4,200人という多くの人々に感動を与えた本公演は、来年2017年4月東京・すみだトリフォニーホールにて、新日本フィルハーモニー交響楽団を携えての再演が決定している。また2017 年1月29日(日)23:00 より、NHK-BSで本公演が、1月20日にはNHK WORLD「NEWSROOM TOKYO」で本公演についての特集が放送決定。そして本公演の終演後に行われたインタビュー動画が本日初めて「ドクターコッペリウス」オフィシャルサイトにて公開された。
 

■<2016.11.11fri,12sat 開催> ドクター・コッペリウス公演の終演後インタビュー

 
再演についての詳細はまだ発表されていないが、このような作品を生で体感できる機会はきっと人生に何度もない。少しでも気になっている人はぜひ足を運んでほしい。 
 

コンサート写真:(C)Crypton Future Media,INC.www.piapro.netphoto by 高田真希子

■ 「ドクターコッペリウス」オフィシャルサイト
http://www.dr-coppelius.com/