「新譜ってどうやって探しています?」
取材対象者の大沢伸一から聞かれて回答に少し困った。編集部に届く情報はmp3データやCDの音源データやリリース情報が書かれた冊子やメール。しかしそのほとんどはアルバム作品だ。DJでもしていれば新譜と接する機会は格段に多いはずだが、みんながみんなDJをしているわけでもない。それに私もアルバムばかりチェックしていることに気がついた。大沢は、サブスクリプション型(定額制)音楽ストリーミングサービス「AWA」でHAYAMIMIという新譜を紹介するプロジェクトを始めたが、その背景はユニークな名前以上に挑戦的な内容だ。HAYAMIMIのプレイリストは下記よりチェックできる。
今の日本は結果が伴ったものにしか着目されない。
それを変えるためのプロジェクト。
——レーベルから送られてくる資料がメインですが、アルバムばかりですね。昔はDJもしていたので新譜のEPを購入していたから定期的に接点はあったんですけど。今は少なくなっていますね。
「メディアの人でも困っているんですね」
——HAYAMIMIを始めた経緯と関係してきますか?
「今、音楽を聴く方法のひとつとしてあるサブスクリプション型音楽ストリーミングサービスって、多くの人は過去の音楽を聴き直すためのものとして使っているんですよ。みんなアーカイブからスタートしている」
——たしかに私もアーカイブとして使っていますね。
「そうすると新しい音楽に出会う機会って少なくないですか? 音楽ストリーミングサービスを使ってアーカイブを聴くことに重視していたところを、ちょっと変えたいなという想いもあって。でなければ新しい音楽は広まらない。日本って結果が伴ったものにしか着目されないような時代になっちゃいましたよね」
——なるほど。
「実際AWAの中で調べてみると、新しいアーティストの曲で面白いなと思うものもあったりするんですが、再生回数が0とかもある。これってすごくもったいない。じゃあこれらをひとつのパッケージにして窓口を作って誘導するシステムがあったら、みんな喜ぶんじゃないかなと思って」
——でも大沢さんはAWAでプレイリストを作っていますよね? その中で行えばよくないですか?
「僕が奨めるものがすべてではないじゃないですか? たまたま発案して旗を振ったのが僕であって、HAYAMIMIはいろんな人がやっても良い。僕が紹介しているから聴かない人もいると思うし、僕のことはどうでもいい人や知らない人もいるから。だとするとHAYAMIMIはAWAが奨めるものなんです。名前には『早いもの』や『流行り耳』という意味があります。だから個人がひとつのモードを利用して作っていくわけではないんです。広義の意味でのリコメンドなんです」
——ではこれから、キュレーターがどんどん増えてくるんですね。
「増やしていきたいですね。僕の好みがすべてじゃないから。僕は新しい音楽を探すための時間を毎週必ず作るようしています。忙しくても必ずここ何年もずっと作っているんですけど、やっぱり僕が反応できる音楽も限られている。だから、いろんな人にやってもらったほうがいい」
——新しい音楽はどのように探しているんですか?
「ネットが多いですね。海外の音楽ブロガーが紹介しているものをチェックしたり。音楽業界の政治が絡まずにチャート作りがされているものって少ないんですよね。本当はそういったものをクラべリアがやらないとダメですよ(笑)。でも、日本って音楽ブロガーの存在が希薄じゃないですか?」
——私も、ほんの数人しか知りません。
「海外だと、ものが売れていったり浸透していったりするための要素として音楽ブロガーの存在が重要視されています。それは10年前くらいからあって、日本はその波に乗り切れてない。そういう文化ごと日本に持ってきたい」
——過去3つのHAYAMIMIプレイリストを作られてみてどうですか?
「1つ作るのに100曲近くセレクトしてその中でAWA内に存在する楽曲をざっと選び、さらに8曲に絞っているんですから大変ですよ。AWAって割とリラックスしたものとかチルアウトに近いような音楽が多く存在していることもあって、アップしている3つのプレイリストの雰囲気は近いかな」
——セレクトのテーマは“新譜”なんですよね?
「僕は過去1年ぐらいのものを“新譜”と呼んでいます。人々の耳に届かずに流れていってしまうことも多いので、そうするとその人たちが見聴きした時が新譜なのかなと思っています」
——“新譜”ということ以外にサブテーマは付けないんですか?
「ないです! それをやりだすとHAYAMIMIというテーマから細分化しちゃうんで。今、みんなテーマを決めてやっているでしょ? それって悪いことではないんですけど、テーマがなくてもみんな聴いてくれますよ。だから『これかっこいい』とか漠然としてていいと思います。それに『デートで最適なプレイリスト』をデートでかけてる人ってダサくないですか?(笑)」
——たしかに(大爆笑)
「だからHAYAMIMIは、めちゃくちゃいい切り口なんですよ。とにかくフレッシュなものがここにあるわけだから。例えばこれと正反対『GOOD OLD』とかをやってもいいと思うんですよ。それぐらいざっくりしてた方がテーマはいいと思います。「夜景に合うムード」とかやってるからややこしくなるんですよ(笑)」
「プロじゃないということはすごく清いということ」
2010年代なりの仕事と音楽の関係
——つまり「音楽との出会いはもっとシンプルなものでいい」ということだと思いますが、大沢さんが過去記憶に残っている、新しいものを聴いて衝撃を受けたエピソードはありますか?
「過去10年ぐらいに絞っていうと、The xxがファーストシングルをリリースする直前に、その曲『Crystalized』を聴いた時が衝撃的でした。僕のなかのニューウェイブのスイッチが入った瞬間でした。2008~2009年くらいだったんですけど当時はエレクトロ全盛で、音が詰まったものが流行っていました。そのなかでThe xxはすごくミニマルでいて、Everything But The GirlとThe SmithsとThe Durutti Columnのいいとこ取りしたようなバンドだなと思いましたね。その2ヶ月後ぐらいにメジャーデビューするときのニュースがまた衝撃的で」
——というのは?
「メジャーデビューが決まった瞬間にメンバーの女の子がバンドを辞めるんですよ。その理由が『私はこんなにサクセスするためにこのバンドをやっていたわけじゃないから、こんなに忙しくなって、やりたいことがやれないぐらいだったら辞める』ってインタビューで読んで。これがまたすごいなと思って。その時に『もう一回バンドやりたい』って思ったんです(笑)」
——あとHAYAMIMI上で、30代の作る音楽より20代の作る音楽のほうに惹かれる。と書かれていましたが、30代と20代の音の違いというのは?
「今の30代の人っていうのは、40代、50代を見てやってきているので、どこか踏襲している感があって、時代遅れ感もそこから引きずっている印象です。でも今の20代の人は、関係なく自分らが思ったものを好き勝手にやっているパンキッシュな感じはありますよね。それは上の世代にあまり良いビジョンを見ていないからだと思うんです。彼らは今30代以上の人が活躍した2000年~2010年の音楽シーン環境を見てきています。この時代って、音楽が売れなくなるといった激変の時代だったんです。そのなかで悪い流れを断ち切って新しいものをやろうとしているというか。でも、新しいものが生まれる時って、何かが潰れたり、何かを断ち切らないとダメじゃないですか。そういうものがやっと出てきたんじゃないでしょうか。年代論は勿論例外も多分にありますが」
——今日本のシーンに目をむけた時に、注目している20代のアーティストはいますか?
「The xxが出てきた時みたいなアーティストはまだ知らないですね。1曲聴いて、それ以降もっと聴きたいなという感じになかなか至らないというか。もしかしたらアマチュアにいるかもしれないですね。プロになると、なかなか尖ったことができないので。アマチュアのほうが姿勢はアートに向かってる人が多いですよね。だからプロじゃないということはすごく清いということだと思うんです」
——大沢さんのところにプロになるためのアドバイスを求める人も来るのでは?
「どういう状態がプロなのか? と聞くんです。そうすると『それ(音楽)だけで生活ができること』って言うんですよね。でも、そんなことは大して美徳じゃないと思います。そんなに素晴らしいことではなくて、それよりも生活ができて音楽に没頭できる時間がめちゃくちゃある方がいいと僕は思います。違う仕事をやってクールな音楽をやろう、ということの推進派です、僕は」
——でも大沢さんは音楽を仕事にしていますよね?
「僕も生活のために音楽をやって、それで得た経済と空いた時間で好きな音楽をやっている、というだけのことで、他の人が違う仕事をしていることと同様なんですよ。もちろん生活のための音楽も嫌々やってないですよ。僕はまだラッキーな世代なので好きなことの延長線上に何かをやらせてもらってまだ経済をまかなえる状態にはギリギリあるのでいいんですけど、そうじゃない時代に生まれた人が、無理やりラッキーな世代と同じ状況を作り出すことはかっこ良くないということを分かってほしいですね」
Mondo Grossoとしてニューアルバムのリリース
——大沢さんの仕事に関してなんですが、僕ら編集者と似ている部分もあるのかなと思ったんです。編集って“ものを集めてひとつに編み紹介する”行為。今回のプレイリストはもちろんなんですけど、普段のプロデュースなどもそうですよね?
「僕はクリエイションということ自体が編集に他ならないと思っています。みんな『音楽を作ってる』て言いますよね? でも僕に言わすとそれは選んでいるんです。編集しているんです。『これ降ってきた!』みたいなものも、それは絶対どこかで聴いている。聴いていて頭のなかにあるから出るわけで、それを使わせてもらっている。僕も自分でメロディーを作ることもコードを作ることもたくさんありますけど、実際はどこかで聴いて知っているものを引っ張ってきている。西洋音楽に限っていうと12音しかない。ソングライティングという意味では、メロディーやリズムなどいろんなものの組み合わせを変えてやっていっているから、日夜表現の隙間が埋まっていっている。だとすると、割り切って編集した方がいいと思うんです。これはどこかで聴いたことがあるけれども、この組み合わせは僕が思いついたかもしれないとかね。ひとつのドラムトラックを作るときでも『このキックの音は必要かどうか、長さはどうなのか、これをトリミングして、ここに置くとどうなるのか』ということの繰り返した末に完成するわけで、それは編集でしかないんですよ」
——意識して鍛錬しましたか?
「鍛錬しましたよ。トライ&エラーを繰り返してスピードを上げるしかないんです。仕事にすると時間は限られているから。例えば作業が遅い人は1時間にキックの音を5回しか変えられないけど、僕なら220回試せる。これってすごい違いですよね。必要かどうかっていう選ぶ速度を上げる練習はしていますね。間違うときも勿論あるんですけど、僕は全部の可能性を確かめたいんですよね。気分が変わるんで、いっぱい試した後に、やっぱりこれが良かったなって」
——ちなみに大沢さんの頭の中では音楽以外にあとは何がありますか?
「音楽、映画、ちょっと本みたいな感じですかね。あとNHKの『おはよう日本』。おっさんですよね(笑)」
——例えば見てきた映画をまとめて書籍化するなどの可能性は?
「ないですね、音楽でもしたことないのに(笑)。でも映画だったら自分の専門分野ではないから好き勝手できるのかな……。映画だったらやっても良いかもしれないですね。『僕のわがまま映画評』みたいなね」
——興味あります! たとえば専門分野じゃないからこそ、受けては身近に感じれるというか、人間味を感じれるというか。だからクラベリアでもテクノDJに聞く好きなヒップホップは? という企画考えていたりするんです。
「むしろ音楽じゃない方がいいと思いますよ。だってテクノの人に他ジャンルのことを聞いた時『やっぱりFour Tet聴いてるって言った方がインテリっぽく見えるかな』とか考える人もいるかもしれないし。でも映画でもそうか…『キューブリック全部観たって言った方がかっこいいかな』とか出てくるよね(笑)」
——時間もなくなってきたので、今年アルバムをリリースするMondo Grossoについて伺いたいのです。これまでのMondo Grossoから変化はしましたか?
「Mondo Grossoの音楽を聴いた世代からすると驚くと思います。マネージャーがまだ詳しくは言ってほしくないみたいなので、今はまだ具体的なことは言えませんが(笑)。あと、この10年間ぐらい僕がエレクトロとかテクノとかダンスミュージックにこだわってやってきたことからのフィードバックは、そこまでないですね」
——すみません、最後にもうひとつだけ。DMM Loungeの会員制サロン『ランダムノーツ』で紹介していたアーティストLe Son(ルソン)がめちゃくちゃカッコ良かったです。大沢さんも「なんで日本にはこういう人たちが出てこないんだ」と説明していました。それで、なんでHAYAMIMIのリストに入れないかと思ったんです。
「えっと、それは次のHAYAMIMIに入ってるんですよ。Le Sonみたいなバンドいないですよね。ビートは一応あるけど決して押し出しが強くなくて、透明感があってThe xxの延長線上にいる。彼らの音楽が日本でも評価されたら日本の音楽シーンは明るいのかなと思います」
大沢伸一発案のHAYAMIMIを視聴するには下記URLをチェック。筆者もオススメのLe Sonもあるので、ぜひご覧ください。