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ベルリンの壁崩壊から35年、激変する街で新たなカルチャーを発信する「MaHalla」

text: Kana Miyazawa
ベルリンの老舗クラブ「Watergate」が今年いっぱいで閉鎖することを発表、22年という長い歴史に幕が閉じようとしている。家賃の高騰、ランニングコストの上昇などが理由に挙げられているが、深刻な状況に陥っているのは他のローカルクラブも同様だ。コロナ禍以前からクラブ関係者を悩ませてきた高速道路A100の延長工事による立ち退きの危機が刻々と迫っている。”ドイツで最も高く、無駄な予算をかけた墓場”とさえ呼ばれている工事にも関わらず、来年には着工すると言われている。

ベルリンのクラブカルチャーを支援し続け、これまで幾度となく問題の前に立ちはだかってきたホワイトナイト役を担う「Clubcommission」でさえももう打つ手がなさそうだ。ベルリンのジェントリフィケーションは筆者が移住した10年前からとっくに始まっていたが、ここまで激変するとは思っていなかった。コロナ禍による長期に渡る営業休止と経済低迷、物価高騰、ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー危機などが追い討ちをかけ、ツーリストの減少、若者のクラブ離れなども影響しているという。

ベルリンのクラブシーンは、壁の崩壊とともに独自のテクノカルチャーが誕生し、世界を魅了するまでに成長したが、このまま衰退してしまうのだろうか。街の中心地が絶望的な状況にあることは変わりない。しかし、そんな状況下でもまだ救いがある。中心地から離れた東西南北の至るところで放置されたままの古い建造物をリノベーションし、イベントスペースとして再利用する動きが活発化していることだ。中でも、東ベルリンに位置するオーバーシェーネヴァイデ地区周辺が新たなハプニングスポットとして注目を集めている。かつて、ベルリンで最も重要な工場地区のひとつとして栄えたのち、壁の崩壊とともに衰退したが、2010年代後半からイベントスペース、ギャラリー、スタートアップの進出により再び活気を取り戻し始めている。
Photo: Musashi Shimamura
その一角にあるのが「MaHalla(マハラ)(https://www.mahalla.berlin/)」だ。電力発電所として1895年に建てられ、1990年代初頭に閉鎖したのち、長年に渡り放置され続けてきた廃墟同然の建物である。2019年に映画監督でアーティストのラルフ・シュメールベルクによって発見され、コロナ禍を経て、多種多様な文化が入り混じる新たなコミュニティーの場として変貌を遂げた。

東ドイツ時代の面影をそのまま残したインダストリアルな空間は、9000平方メートルという広大な敷地面積を誇り、巨大ホール、スタジオ、地下スペースなどを含む70のルームで構成されている。2022年の正式オープン以来、アートエキシビジョン、インスタレーション、コンサート、ダンスパフォーマンス、ファッションショー、ワークショップなど、国内外のアーティストやクリエイターを招聘し、多彩で希少なプログラムが行われている。
9月のアートウィークの公式プログラムとして開催されたグループエキシビジョン「OPEN TOGETHER」は「MaHalla」でしか実現できない圧巻のスケールとベルリンのカルチャーシーンの未来を感じさせる完成度の高さだった。同展は、伝統的な慣習にとらわれず、先見的な作品で空間を変容させ、アートの境界を探求しながら、新たな周波数を創造することを目的に、12組のキュレーターが100組のアーティストを選出し、5日間に渡り、絵画、映像、彫刻などの作品が展示された。また、出展アーティストとゲストアーティストとのコラボレーションによるライブパフォーマンスやダンスパフォーマンスなど、毎日異なるショーが披露され、連日訪れても楽しめるプログラムが組まれていた。

広さ約3000平方メートル、12メートルの天井高を誇る「Black Hall」では、スペイン拠点のアルゼンチン人アーティストLoloと日本人アーティストSosaku(https://www.instagram.com/loloysosaku)のデュオによるサイトスペシフィックなインスタレーション「1 DA = T the derived unit 1.66053906660(50) x 10-27 KG」が披露され、ライブパフォーマンスには多くの人が駆け付けた。ファウンダーのラルフが自らキュレーターとなり、日本人アーティストの海外進出もフォローする感性キュレーター吉田真理子との共同キュレーションによって実現した同展は、アートインスタレーションの枠を超えた規格外のスケールに驚いた。

Performance 1 DA = T the derived unit 1.66053906660(50) x 10-27 KG at Mahalla Berlin
Co-curated by Mariko Yoshida @ma10ri12co and Ralf Schmerberg
Metal poetry: Renata Gelosi 
Sound: Juan Luis Batalla Aparicio 
Producción: Maria Pleguezuelos
Fire: Ezequiel Gonzales Bloise 
Camera: Stefano Canavese
Thanks: Sonia Fernandez Pan 

暗闇に立ち込めるスモッグ、天井から差し込む光、クレーンに吊るされた巨大な金属パイプが浮かび上がり、不気味に動き回る。中央に設置されたテーブルには複雑に絡みあう大量の機材、その周りを円を描くように取り囲むオーディエンス、会場中に響き渡る轟音ノイズ、金属に反射するサウンド、その全てに圧倒され、引き込まれていく。産業ノイズと自作楽器を融合させたサウンド・スカルプチャーを制作し、作品展示と即興音楽で毎回異なるインスタレーションを披露しているLolo & Sosaku、ドイツ初披露となった同展を終えた2人は以下のようにコメントを残している。

「ずっと僕らのパフォーマンスはドイツに合っていると思っていましたが、やはりパズルのように完璧にハマりました。この機会を与えてくれたラルフとマリコさんに感謝してます。」
地下スペース「Underworld」は、洞窟のような閉塞感と暗闇の中に最小限の明かりに照らされた作品たちが並ぶ。空間演出も手掛ける華道家の熊野寿哉の生け花作品がミステリアスに浮かび上がり、奥に進むとベルリン拠点のビジュアルアーティストで映像作家のACCI BABA(https://accibaba.com)による映像の光に引き寄せられる。抽象的な立体モチーフが高速回転しながら変化していく様は視覚バランスが崩れ、異次元の世界へと引っ張られる不思議な感覚に陥った。

筆者が訪れた日には、ベルリン拠点のドラマーChikara Aoshimaをゲストに迎えたユニークなライブパフォーマンスが披露された。
ACCI BABA


他にも、自然界とそこに存在する生物をサイケデリックな色彩で描くRyoji Homma(https://www.instagram.com/ryoji_homma/)、アブストラクトな赤い世界を描くRuna Ikeda(https://www.instagram.com/runaikedart/)の作品も展示された。彼らは「MaHalla」以外にもベルリンのギャラリーで個展やグループ展を開くなど、精力的に活動している日本人アーティストだ。「MaHalla」はルームごとに雰囲気が異なり、光の入り方や展示場所によって作品の見え方が違ってくる。錆びた鉄筋と剥き出しのコンクリートに覆われた空間では、作品は大きければ大きいほど存在感を放ち、主張が強くなっていく。

Ryoji Homma

Photography: Musashi Shimamura

Ryoji Homma

Photography: Takuma Oshima


Runa Ikeda

Photography: Musashi Shimamura

 
ベルリンはよく昔のニューヨークを彷彿させると言われるが、オーバーシェーネヴァイデ地区の工場跡地は90年代のブルックリン・ウィリアムズバーグの雰囲気に似ているかもしれない。アンディ・ウォーホルの「FACTORY」のような世界観を放つ「MaHalla」の上階に辿り着いた時、当時のニューヨークのような未知数の期待に胸が踊った。ローカルカルチャーとは、時代の変化とともに発展し、衰退し、次のフェーズに移り続けながらその地に根付いていくものなのかもしれない。「MaHalla」は、ベルリンのカルチャーシーンを象徴する存在の1つであり、不安定で不条理な世の中の希望でもある。


ベルリンは今年、壁崩壊から35周年を迎えた。この記念すべき節目にベルリン壁財団による「革命の記憶と民主主義の形成」をテーマに掲げたスペシャルプログラムやC/O Berlin主催の写真展、旧東ドイツの秘密警察シュタージ本部での歴史展示などが街の至るところで開催され、自由と民主主義を祝う日々が続いている。